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どうにかして私は、今は頂上部分以外はほとんど雪に隠れてしまっている松の木までたどりつきたい。
その為にどうすればいいか? と春香ちゃんと相談したところ、いくつか案が浮かんだ。
【プラン①】一階の出入口から雪女の力を使わずに雪を堀り進んでトンネルを作るという方法。
これはもっとも単純だけど、時間が掛かる上に途中でトンネルが崩落する恐れもあって危険きわまりない。何より一階には多くの人がいて目立ってしまう。それは嫌だ。
【プラン②】二階の窓から外に出て、積もった雪の上を歩いて行く方法。
この病室の窓から松の木まではほんの10mぐらいの距離だ。案外楽に行けそうな気もするけど、春香ちゃん曰く「まだ積もって間もない新雪の上を歩くなんて無謀! 途中でズボっと沈んで生き埋めになるのがオチよ! 」とのこと。このプランは諦めた。
八方塞がりの様相を見せてきた松の木作戦。女子中学生2人だけでコトを成そうとするにはやっぱり難しい問題なのかもしれない。
そもそも松の木までたどり着いたところで、自分の考え通りにコトが進む確証は無い。やっぱり無理なのか? と諦め掛けた時、春香ちゃんがとんでもない提案を持ちかけてきた。
「ようするに、歩かずにあの松の木までたどり着けばいいんだよね? 」
「まあ、そうだけど。そんなの鳥じゃない限り無理だよ」
「ふふん……なら、私たちが鳥になればいいんじゃない? 」
「え? 」
「善は急げよ! あ、コレ返しとくね」
春香ちゃんは、ポケットから私のデジカメを取り出し、渡してくれた。失くしたのかもと思って心配していたけど、彼女が預かっていてくれたのだ。
「春香ちゃん、ひょっとしてこのカメラの中の画像……見ちゃったりした? 」
私の指摘に、春香ちゃんはバツの悪そうな顔を作り、コクリと頷いた。なるほど……私のぶっ飛んだ話をすんなり受け入れた理由が分かった気がする。
「ごめん! 雪姫ちゃんのおばあちゃんに、壊れてないか見てくれる? って渡されて……いけないと分かってたんだけど……ちょっと不思議な写真が保存されてて……それでそれで」
「別にいいよ。落ち着いたら、その写真のコトも教えるから」
私がそう言うと、春香ちゃんは絵に描いたような笑顔を咲かせ「ありがとう! それじゃ、さっさとこの雪をなんとかしましょう! 」と勢い勇んで病室を飛び出した。私もその意気揚々とした背中を追う。
そして数分後、私たちは……
「ねぇ春香ちゃん……嫌な予感がするんだけど、ひょっとして」
「そう! ここから思いっきりジャンプすれば松の木まで直接ホールインワンってワケよ」
私達は診療所の屋根。つまり屋上にたどり着いていた。空調等の設備がある関係で、この場所は優先的に雪かきをされていたようだ。今は10cmほどしか雪が積もっていない。
「大丈夫だよ。病み上がりの雪姫ちゃんに80年代のアクション映画みたいな真似はさせないから」
そう言って春香ちゃんは、ここに来る途中で用具室から拝借してきた非常用のロープを体にしっかりと巻き付け、先端に取り付けられたカラビナを、屋上の手すりにガッチリ固定させた。
「私が先にジャンプして木の幹にロープを巻き付けるから、雪姫ちゃんはそのロープを伝ってついて来て! 」
春香ちゃんはそう言って自分の来ていたカーディガンを脱いで渡してくれた。どうやらコレをロープに引っかけて、公園によく置いてあるロープウェイの遊具のように滑り降りて来い! というワケらしい……
「コレでも十分アクション映画だよ……」
「贅沢言わないの! 時間ないんでしょ。それじゃ、先に行くね! 」
「ちょ、ちょっと! 本気なの? 」
「大丈夫! 雪がクッションになってくれるから! 」
「そうじゃなくて! 」
私が制止するのも聞かず、春香ちゃんは大きく助走をつけて走り出し、手すりを踏み台にして飛び上がってしまっていた!
「春香ちゃぁぁぁぁん! 」
彼女の体は薄花色の空をバックにキレイな放物線を描き、白い雪のクッションに吸い込まれて行った……信じられない……何でこんなメチャクチャなコトを躊躇なく行動に移せるの?
「うぎゃぁぁぁぁっ! 」
コミカルな叫び声と共に、雪の中に沈んでいった春香ちゃん。その光景はギャグ漫画のキャラクターが、高いところから墜落して人型の穴を空ける描写を思わせた。
「大丈夫!? 」
落下地点は松の木のちょうど手前。ここまでは計画通りだけど私の叫びの返答は無い。でも代わりにグイグイと手すりに取り付けたロープが引っ張られ、ゆったりとたわんでいた縄が、ピシッと張られてロープウェイの準備が整えられた。彼女は無事、松の木の幹にロープを巻き付けることに成功していた。
「次は、私の番ってことだね……」
ここまで来て春香ちゃんの頑張りを無駄に出来ない。正直メチャクチャ怖いけど、ここは腹をくくるしかない。張られたロープにカーディガンの袖を通して輪っかにして結び、後はコレを掴んで飛び降りるだけ……大丈夫、これくらいのコト、凍える寒さの中、冷たい池に飛び込むよりは楽に出来るハズ……
「雪姫ーッ! 」「雪姫っ! 」
意を決した覚悟を砕くように、突然後ろから私のことを呼ぶ声がした。
「おじいちゃん……おばあちゃん……! 」
春香ちゃんが派手にダイブしたことで、さすがに気が付かれてしまったらしい……異変に気が付いた2人が屋上まで駆けつけたのだ。
「雪姫! 何をやっとるんだ! バカな真似はやめてこっちに来なさい! 」
心配してこっちに迫る2人の顔を見て、つい心が痛んでしまった……無理もない、池に落ちて死にかけていた孫娘をようやく助けたというのに、今度は屋上からスパイ映画じみたことをやろうとしているのだから……
「これ以上私達を心配させないで! 」
「そうだ……友江や大和くんに続いて……お前まで何かあったら……」
おじいちゃんとおばあちゃんの気持ちは痛いほど分かる……私だって、家族を失うのは辛い。でも……ここで私が松の木までたどり着けなかったら……30年もの間に積み上げてきたものが無駄になる……そんな不確かな胸騒ぎがしてしょうがない。
「ねぇ、おじいちゃん、おばあちゃん……ごめんね、私は今からすることを諦めるワケにはいかないの……」
「どうして? 何をする気なの」
「そうだ! 一体何がそうさせるんだ? 」
普通に説明しただけでは、信じてもらえない……私は最終手段として、ポケットにしまっておいたデジカメを取り出し、保存されていた画像を一枚選んでそれを2人に見せつけた。
「これは? ちょっと待て! 」
「ど? どういうことなの?」
2人はまさに狐に化かされたかのような驚きの表情を作った。当たり前だと思う。なぜならそれは……
「なんで……? なんで若い頃の友江と……」
「あなたが一緒に写ってるの? 」
それは、征仁さんが30年前の世界で撮ってくれた私と14歳の母さんとの記念写真だったからだ。
「ねぇ、母さんさ。昔こんなコト言ってなかった? 雪の日に心臓が苦しくなった時に、雪女みたいな子に助けられたって? 」
2人が不可思議な写真に動揺している隙に、私は手すりを乗り越えてロープウェイの準備に取りかかった。
「それ、私なの! 」
「雪姫ッ! それはどういうこと……」
おじいちゃんが言葉を言い切る前に、私は狭い足場から身を乗り出し、ロープを伝って滑り落ちた。下るスピードは思いのほか早くて顔に当たる冷たい空気がチクチク痛い。あれよあれよと松の木の幹が私を出迎え、両足で幹を蹴るようにして決死のグライディングを止め、そのまま春香ちゃんが沈んで出来た穴に落っこちる。衝撃で脚がジンジン痺れた……
「どう、結構スリリングで楽しかったでしょ? 」
穴の中で出迎えてくれた春香ちゃんは鼻血を垂らしていた上、自慢の黒縁メガネのレンズを片方割ってしまっていた……
「うわっ!? 大丈夫? 」
「へへ、これくらい10歳の頃、軽トラに轢かれた時に比べりゃへっちゃらよ」
「何でこんなに無茶なことを……」
「刺激が欲しかったのよ……誰かが救急車を呼べばその辺一帯の人が集まってきて、それだけで3日は話題にするような……こんな田舎町にいちゃ、なかなかこういう機会はないからね……」
春香ちゃんはどこか皮肉めいた表情を作って、そう言った。
「白日町は春香ちゃんが思っているほど退屈じゃないよ……」
「そうみたいだね……ワタシも昨日まではそう思ってた……雪姫ちゃんが帰ってくるまでは」
春香ちゃんはそう言って照れくさそうに私に親指を立てた。
東京にいた頃は、家族以外でこんなにも気持ちをぶつけ合う相手はいなかった……だからその行為が、ひたすら嬉しかったし愛おしかった。
「春香ちゃん」
私もそれに応え、彼女の手を両手で握る。
「は? はいっ……」
「これが終わったら、メルアド交換しよう! 」
「う……うんっ! 」
こころなしか、春香ちゃんの鼻血の勢いが強まった気がしたけど、それはさておき。私は松の木に両手を押し付け、雪女の力を発動する為に強く念じた。
お願い……上手くいって……でなきゃ、このままじゃ白日町は大変なことになる。お願い……雪姫さん……どうか力を貸してください!
両手に全身の力を全て持って行くイメージを作ると、青い靄がじんわりと湧き出てきた……! この松の木は竜脈の中心! ここに雪女の力を加えれば、パワーが増幅されて町全体に昇雪現象を起こすことが出来る……
……ハズだ!
確証はない……荒唐無稽なことをしているのかもしれない! でも、私がこの力を手に入れて、母さんを救い、再びこの時代のこの診療所に戻ったことには、何かに導かれた意味のあることだと、私は確信している!
そして、何より、私はこの雪を取っ払って……あの人に一言伝えなきゃならないんだから!
「昇れぇぇぇぇ! 昇ってぇぇ! 」
その時、屋上で見守っていた雪姫の祖父母を含め、診療所に避難していた白日の人々は、目の前で起こった不可思議な現象に目を奪われた。
建物を覆い、町を覆い尽くしていた白く巨大な壁が、一つ一つの細かい粒へと分解されていき、吸い上げられるように再び天空へと昇っていったのだ。
その光景を目にした者達は一様に昇雪現象を思い浮かべたが、規模のあまりの大きさに、白辰神社で見られる自然現象とは全く別物であることは明白だった。
道で、山で、川で……威圧するようにそびえ積もっていた雪の塊が次々と昇っていき、雲も散り散りに消えて太陽が顔を出した。
上昇していく雪の粒に太陽光が反射して輝き、白日の町は光に包まれた。
その神々しさに魅了された住民の多くは、この瞬間を記録に残そうとカメラ等の端末を用いて一斉にシャッターを切り、あまりにも超自然的な光景にただ唖然と見つめる者もいれば、両手を合わせて拝む者もいた。
そして……特に人々の注目を浴びていたのは、この現象を起こした張本人、西条雪姫に他ならない。
雪が無くなって露わになった松の木は薄青く輝き、その傍らに立っていた雪姫の白い病衣は、さながら伝説の女が着ていた白無垢を連想させた。
彼女の神秘的な姿に、診療所にいる人々全員が釘付けになり、間近で座り込んでいた村上春香に至っては口を開けてその姿に魅入っていた。
「雪姫ちゃん……スゴいよ……どこぞの映画の女王みたい……」
「あ、ありがとう……いやぁ、自分でもここまでうまくいくとは思わなかったよ……」
ギャンブルじみた賭けだったけど、どうやら私の思惑は上手くいったみたいだった。これで雪は無くなり、白日の危機は去った。
「ね、ねぇっ雪姫ちゃん! 」
春香ちゃんがなにやら焦った表情で私の袖を引っ張った。まだ雪が残っているか? と思い、後ろを振り返ると、そこでは想像しうる最悪の事態が引き起こされていたことに気が付く。
「うっ! 」
診療所の窓から、数え切れないほどの人が私達を見ていたのだ……しまった……雪が無くなれば当然私達の姿がまる見えになる……なんでそんなことに気が付かなかったのか?
「あの子がやったのか? 」
「松の木が光っとった! 」
「伝説の雪女じゃ! 」
「いや、ありゃ西条さんとこの孫だぞ」
等々……好奇の視線にさらされてしまい、人見知りの私が耐えられるハズもなく……
「ごめん春香ちゃん! あとは頼んだ! 」
「えぇっ! ちょっと! 」
ちょっと悪いなとは思いつつ、私はその場に春香ちゃんを置き去りにしてその場からダッシュで逃げ出すことにした。雪女の力を見られちゃったことは、とりあえず後で考えることにしよう!
「雪姫ちゃん! どこにいくの!? 」
そう、今すぐ私はあそこに向かわなきゃならない。全てが手遅れになる前に!
「自己中な父親に会いに行くの! 」




