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「雪姫! おい! 雪姫がいたぞ! 」

「本当!? 雪姫ッ! ユキーッ! 」


「ずぶ濡れだぞ、おいっ! 早く診療所に! 」

「雪姫! 大丈夫? 大丈夫なの? 」

「息はしとる! お前は近所の若い奴を呼んできてくれ! 」

「分かった! スグ呼んでくるからね! 」


「くそう……大丈夫か雪姫……お前がいなくなってみんな心配したんだぞ……死なないでくれぇ……友江だけじゃなくお前まで逝っちまったら……」


「西条さん! 大丈夫ですか!? 」

「おお! 雪姫を背負ってやってくれ! スグに幸村先生に診せてやってくれ! 」

「任せてください……! ……冷たい……急がないと! 」

「雪姫ぃ……ごめんね雪姫ぃ……私のせいで……」

「お前のせいじゃない! 落ち着けって……ああっそれにしても……こんな時に征仁のヤツは……一人で帰りやがったのかあのバカ! 」

「二人とも落ち着いてください! さぁ、車に乗せますから、一緒に診療所に! 」


「雪姫……心配するな……幸村先生がきっとよくしてくれるからな」





 朦朧とする意識の中……私の耳に入り込んできた喧噪……

 おじいちゃんとおばあちゃんの、こんなに慌てている声は初めて聞いたかもしれない。そして、ああ……私は無事に元の時代に戻るコトが出来たんだなぁ。と安心したせいなのか、急激に眠気に襲われ、こんなにビショビショな恰好で車に乗ったらシートが汚れちゃうだろうな……と心配した直後のことはよく覚えていない。


 その後、真っ暗な部屋の中でひたすら時間が過ぎていく感覚を味わった後、私は再び目を覚ました。


「雪姫!? 大丈夫か! 分かるか? おじいちゃんのことが! 」

「雪姫ぃ……よかったぁ……」


 疲れ果てたおじいちゃんとおばあちゃんの顔……ごめんね、こんなに心配させちゃって……

「……大丈夫、平気だよ……」

 私がそう返事をすると、おばあちゃんは感極まって泣いてしまった。それをおじいちゃんが優しくなだめた。

 いつもは気が強くてしっかりしたおばちゃんと、とぼけていて頼りなさげなおじいちゃんも、こういう時は立場が逆転するんだな……そしてホントに仲がいいんだなこの二人は……と、私は心配している祖父母を前にしてそんな呑気なことを考えていた。

「よいしょ……」

 そしてゆっくりと体を起こし、羽毛の掛布団をめくり、特に大きな怪我が無いということと、清潔感溢れる白い病衣に身を包んでいることを確認した。

 次に周囲を見渡して、真っ白な天井と柔らかな明かりの蛍光灯。そしてうっすらとレース模様で飾られた白い壁があることに安心した。壁にはアナログ丸時計の針が3時20分を示していて、そばにあったカレンダーには[平成26年]と表記されている。

 ここが私が元いた時代である2014年のあいざわ診療所の病室、それも個室だということを確認できた。

 心臓が踊るような不安から解放されるも、私はまだ、もう一つ重要なことを確認しなければならない。

「ねぇ……」

「どうした雪姫? どこか痛むか? 」

「ううん。あのさ、おじいちゃん……征仁さん、ここにいる? 」

「……征仁……か……」

「そう」

 私の質問に、何やら気まずそうな空気を作る祖父母の様子を見て、それだけで確信した。やっぱり、征仁さんはこの時代に戻ってきていなかった。となると、私の考えが正しければ……今すぐにあの人に会わないといけない。あの時の理由を聞かなくちゃならない。

「おじいちゃん、それじゃ幸村先生は? 」

「せ、先生か? 」

「うん」

「雪姫……それがね……」

 おばあちゃんは、言うか言わないか迷っているようなそぶりを見せながら、私が寝ているベッドの真横に取り付けられている、スライド式のガラス窓を開いて外の景色を見せてくれた。

「うわぁー」

 すりガラスで外の景色が分からなかったけど、開かれた窓の先から見える外の景色は、綿のような雪が降り注ぐ白銀の世界が広がっていた。

「雪、降ってるんだ。結構積もってるね」

 窓から覗き込むと、真っ白く敷かれた雪が地面を覆い隠していた。降雪10cmといったところかな? 私はちょっと窓から手を伸ばして雪を握りしめ、その冷たい感触を楽しんだ。30年前の大雪を体験した後にとっては、可愛らしいものだった。

「それで……幸村先生は? 家にいるの? 今から先生ん家まで行ってもいいかな? もう体も平気だし、あれくらいの距離なら歩いていけるよ。ああ、そうだ……私の服、どこにあるかな? それと傘だけここで借りて……」

「雪姫! 」

 おばあちゃんが私の言葉を遮り、後ろから私の両肩を掴んで、ゆっくり諭すようにつぶやいた。

「雪姫……駄目なの……あなた、今勘違いをしているの……よく外の景色を見て」

 え? 勘違い……って? それに外をよく見ろって言われても……ここから見えるのは診療所の駐車場でしょ? 右側には例の大きな松の木があって……って……アレ? 

「松の木……何かおかしくない? 何だか妙に……低いというか、何かまるで……! 」

 私は多分まだ寝ぼけていたのだろう。今になってようやく、外がとんでもない非常事態に陥っていることに気が付いた。この衝撃はもはや、タイムスリップに匹敵するほどで、その時以上に危機的な不安を抱き、絶句した。


「雪姫、ここは2階の部屋なんだ」





『昨日の未明から全国的に猛威をふりっている寒波は、30年に1度と言われるほどに大規模なもので、気象庁の発表によると北半球の偏西風がもたらした異常気象によるものだと見解がなされています。雪害にみまわれている地域の方々は、なるべく外出を避け、車を運転する場合も必ずチェーン等の対策をしてください。そして、特に被害の大きいY県F市の白日町では、この地域での観測史上最大の3mを記録し、流通が断たれてまさに陸の孤島と化しているとのこと。早急な救助、復旧作業が必要となり、陸上自衛隊や…………』


 ラジオから聞こえる世話しないニュースキャスターの声が、この事態の深刻さを、より一層色濃く認識させてくれた。

 この白日町は、冬でもほとんど雪は降らない。降ってもせいぜい積もるのは10cm前後……だから積雪対策の設備や、除雪車といった対策車両が常備されていない。なのでこんな事態に陥った場合は、ひたすら黙って救助を待つしかできない。


「おじいちゃん。この雪……いつから降り続けてるの? 」

「雪姫がいなくなった日の早朝からだ……その時はまだチラチラ小雪が舞う程度だったけどな……だんだん雪の粒がでかくなって、あれよあれよとこのザマだ……」

 私は目覚めた病室のベッドに腰かけながら、容赦なく綺麗な景色を作り続けている降雪に見入っていた。弱まる気配は全くない。

「それと……幸村先生なんだけど。ここにはいないの。あの人、昨日の夕方に無理して自宅に帰ったっきり、連絡もつかなくて……心配だわ……最近具合悪そうだったから……」

 最後に幸村先生に会った時、苦しそうにせき込んで、体も疲れ果てていた様子だった。このまま放っておいたら、自宅に閉じ込められたまま誰にも助けを呼べずに衰弱してしまうのかもしれない……もう……なんで私が目覚めるのを診療所で待っててくれなかったの……そういうところは全然変わってないんだから……! 

 私はあなたに、聞きたいことが山ほどあるのに! 

 私は祖父母が外の景色に気を取られている隙を見計らって、自分の両手に力を込め、あの時発動させた[雪女の力]がまだ使えるかを試してみた。

「おっ……! 」

 両手から青白い靄がうっすらと沸き上がり、まだその不思議な力は残っていることが分かった。でも……30年前の時代に使った時とは違い、明らかにその靄の量が少なくなっている。この規格外の大雪が相手では、途中でこの力が使えなくなってしまうかもしれない……そうなってしまったら、私はもう何もすることができない。


『どうかお願い……この場所を……私達が愛した、この白日の大地を……守ってくれますか? 』

『頼む……白日の危機を救ってくれ』


 夢の中で会った、雪女の雪姫ゆきひめさんと猟師の男がそう言っていたけど、白日の危機というのは間違いなくこの大雪のことだろう……

 でも、私に雪を昇らせる力が備わっているとはいえ、これはあまりにも規模が大きすぎる……無茶なコトを託してくれたよなぁ……もう……


「西条さん! ごめんね、ちょっと来て手伝って! 」


 私がどうやってこの大雪を昇らせようかと悩んでいると、突然誰かがこの病室に入り込んできた。その威勢の良くハリのある声……私が病室のドアの方へと顔を向けると、母さんの同級生であり手相占いが得意な、この診療所で看護師として勤めている村上さんのパワーに満ち溢れた姿があった。

「どうしたんだ? そんなに慌てて! 」

「一階の窓が雪で割れちゃったの! 何とかできない? 」

「窓が? よし、オレに任せろ。お前も手伝ってくれ! 」

「分かったわ……雪姫、私達ちょっと下に行くから、何かあったらすぐに誰かを呼んで」

「う……うん」

 診療所の危機に、祖父母と村上さんはあっという間にこの病室から姿を消し、私だけが取り残された。その慌ただしさがこの大雪の深刻さを物語っていて、早く何とかしないと……という気持ちが私を焦らせた。

 どうすればいい? こうして悩んでいる間も、雪は容赦なく降り注いでいる。もしかしたら3mどころか、4m……5mと積雪は増えていくかもしれない。それほどの勢いだ。

 一か八か雪女の力を使ってみようか? でも、この力がたとえ無制限に使えたとしても、物量が多すぎる……私一人で除雪したところで焼け石に水だろう……なによりこのことはできるだけ誰にも知られたくないし……

「ああ、もう! これもみんな雪姫ゆきひめさんがもったいぶってこの危機を救う方法をハッキリと教えてくれないからだよ! なんかこう……紙とかにメモして渡してくれればいいのに! 」


「雪姫……ちゃん? 」


 私が一人で雪姫ゆきひめさんに苦情を漏らしていると、聞き覚えのある声が背後から聞こえた。振り返ってみると、そこには特徴的な黒縁メガネを掛けた女の子がいた。


「春香ちゃん……! 」


 村上さんを母に持つ私の幼馴染「村上春香」が、いつの間にか病室のドアを半開きにしてこちらを覗き込んでいた。マズイ、独り言を聞かれていたかもしれない……

「雪姫ちゃん、体はもう平気なの? 」

「う、うん! おかげさまで。もう大丈夫」

 春香ちゃんは安心した表情を作り、室内に入って傍らに置かれたパイプ椅子を置いて腰かけ、私と向かい合った。

「ねぇ、雪姫ちゃん……」

「な、なにかな? 」

 春香ちゃんと二人っきりでしばしの沈黙が続いた。先日再会した時と同じく、とても気まずい……初対面ってワケではなく、昔は仲が良かったというのが、余計に彼女との接し方を難しくさせた。

 どうしよう……30年前の世界では、頑張って春香ちゃんに話しかけよう! と思ってはいたものの、いざこうして対面すると、やっぱりどうも緊張しちゃって上手く話しが切り離せない……

 そうこうして私が迷っていると彼女の方から意を決したようで、ズレた眼鏡を人差し指でクイッと上げて直し、重い口を開き始めた。

「病み上がりな上、こんな事態で色々と不安だってのを承知で、今からこんなコトを質問するのを先に謝っときます。ごめんなさい」

「へ? 」

 座ったまま、頭を下げて謝罪する春香ちゃん。彼女との接し方が余計に分からなくなった。

「教えて、雪姫ちゃん。さっきワタシ、見ちゃったの」

「見た!? え……と、何を? 」

「隠さないで! この右手から、変なモヤモヤを出していたのを見逃さなかったんだから! 全部もれなくまる見えよ! 」

 春香ちゃんは私の右手を掴み上げ、人が変わったような口調とキャラクターで私に詰め寄る。それはあまりに急なことだったので、瞬きを忘れるほどに驚いてしまった。

 雪女の力を見られてしまっていたということよりも、そっちの方に気が行ってしまう。

「それはエクトプラズム? 放電現象? それとも人体発火? サイコキネシス? テレキネシス? それとも手品なの? どうなの! なんなの? 教えてくれる? 」

 早口でまくしたてる春香ちゃんに圧倒されてしまい、私はうまく返事ができずに「あ……」「う……」と口をどもらせてしまっていた。けれども彼女はそんな私の反応など知ったことかとばかりに口を動かすことを止めなかった。

「ワタシはこう睨んでるの! 白日町に雪姫伝説が伝えられていたり、白辰神社で昇雪現象が引き起こされている裏には、この地形がレイライン上に存在していることが関係しているのだと! そしてアナタは今、その影響を受けて何らかの能力を授かり、隠し持っているのね? 受精卵がレイラインの影響で遺伝子変異が起こり、発火性遺伝子を携えて人体自然発火現象を巻き起こしている。という説も知っているんだから! 1988年、イギリスのアルフレッド・アシュトンの事例では……」

 春香ちゃんの知らなかった一面……それはここまでそっくりでいいのか? と思うほどに、母親である村上夏樹さんと同じだった……これが血の繋がりというモノか……

「ちょっと待って! 」

 このまま放っておけば、たとえ雪の重みでこの診療所が崩れ落ちたとしても、ずっと喋り続けていそうな春香のオカルト話を強制中断させた。

 まさか春香ちゃんが[この手]の話をさせたら止まらなくなってしまうタイプの人だったとは……でも、そのおかげで今、私はこの白日町を閉じこめようとしている大量の雪を、どのようにして昇らせるか? という問題を解決できそうなプランをバッチリ思いついたのだ。

「と……途中で止めないでよ! ここからが大事なところなのに」

「春香ちゃん、ありがとう! おかげでこの積もった雪をなんとかできるかもしれない! 」

「へ? 」

 私の飛躍した返答にキョトンとした顔を作る春香ちゃんは「な、何? どういうコトなの? 」と言いたげな空気を作っていたけど、そんな彼女が口にした[レイライン]というワードが、私の記憶の引き出しからとある可能性を導き出してくれたのだ。

 あの時……幸村先生は確かにこう言っていた……


『地球上に点々と存在する不思議なパワーが漲る場所。レイラインとかボルテックスだとか色々と呼び名はあるんだけど、日本では[竜脈りゅうみゃく]って呼ばれるコトもあるね……どうやらこの白日町の大地にはその竜脈がビッシリと蜘蛛の巣のように張り巡らされているらしいんだ』


 私はその言葉を思い出し、窓から身を乗り出した。雪に埋もれてしまい、頂上のわずかな部分だけが顔を出している診療所のシンボルを見つめ、さらに幸村先生の言葉を頭の中でリフレインさせた。


『その竜脈の中心と言われているのが僕の職場、あいざわ診療所の一本松なんだ』


 時間移動に加えて不思議な力を授かり、雪女と夢で会話までした。ここまでくれば、竜脈を使って町全体の雪を昇天させるくらい、シェイクしたボトル入りのコーラの蓋を開けて爆発させるのと同じくらい、当たり前に起きていいハズだ! 

「春香ちゃん! ちょっとお願いがあるんだけど! 」

「は、はい? 」

「あの松の木まで、どうにかして行けないかな? 」

「え、なんで松の木に? 」

「私がこの雪を昇らせる為に! 」

「えぇ? 」

「ちゃんと説明している暇は無いけど、実は私には雪を昇らせる力を持ってるの! だから、ちょっと協力して欲しいの! 」

 さすがに話を端折り過ぎてしまったかもしれない。こんなに雑なお願いの仕方で、春香ちゃんもきっと困惑しているだろう……と反省した。

「雪姫ちゃん……何言ってるのかよく分からないよ。けど……」

「けど……? 」

「メチャクチャ面白そう! やろうよ! 手伝わせて! 」

 私が昔から彼女と親交があって、なおかつこの診療所に偶然居合わせたことをひたすら感謝した。そして、春香ちゃんが細かいコトを気にしないタイプの性格だったことも……

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