魔王に勝ち逃げされた勇者の話
「追い詰めたぞ……魔王!」
「ついに来たか、勇者……!」
魔王城の王座の間の更に奥、最奥の部屋にて。
そこで今この時、2人の男が対峙していた。
片や勇者は聖剣を手に、片や魔王は魔剣を手に互いに向かい合う。
「さぁ、姫は返してもらうぞ。魔王!」
「やれるものならやってみるがいい! 勇者よ!」
勇者が吠える。
そして神より与えられた聖剣を手に、魔王に斬りかかる。
魔王はそれをいなし、魔剣を振るう。
魔剣より紅蓮の炎が吹き上がり、勇者を包もうとする。
「──《水壁》!」
勇者の背後から水が押し寄せ、勇者を包もうとしていた炎をかき消した。
「ふ、魔法使いか……1割未満の炎とはいえ、かき消すに至った事は賞賛に値する」
「《極炎弾》!」
今度は魔王に向けて、特大の火球が迫る。
勇者もそれに合わせて突進する。
単純な挟み撃ち、どちらか片方に対応していては、もう片方に痛手を負わされる。
しかし魔王は、迫り来た特大の火球に対して、何もしなかった。
火球が、炸裂する。
いける、このまま押し切れる。
王国から姫をさらい、人類を絶望に陥れた憎き魔王を討つ事ができる。
そう魔法使いと勇者が確信する。
だが、現実はそう簡単にはいかなかった。
煙が晴れる。
そこには、全く無傷の魔王の姿が存在していた。
「──そんな、《雷槍》! 《嵐刃》! 《石弾》!」
最大の一撃が届かなかった魔法使いは慌てて次々と様々な属性の魔法を放つ。
五色全ての魔法を極めた世界一の魔法使い、そのプライドにかけて、その全てをもってして魔王を討ち取ろうとした。
しかし、魔王は全く気に留めない。
それらの魔法は全て直撃したが、そこには相変わらず無傷の魔王が立っていた。
「五色全ての属性を極めているのか。それに詠唱省略まで、確かに稀有な才能だ。───しかし、この私にそれは通用しない」
エレメンタルブレイク、それが魔王を魔王たらしめている固有能力。
この能力が存在する限り、魔王には通常の魔法など通じない。
「魔王様──!」
扉が破られ、大鎌を持った死神が駆けつける。
大鎌が振るわれ、その柄で魔法使いを壁まで吹き飛ばす。
魔法使いは背を壁に打ち付けられ、気を失って床に伏した。
勇者がその名を呼び、駆けつける。
「魔王様、今加勢を──!」
「よい、手を出すな。お前は後ろの転移の陣を起動させろ」
「はっ、承知しました」
その時勇者は、死神の後を続いて部屋に入ってくるもう1人の影を見つけた。
「───姫!」
「させぬ!」
再び聖剣と魔剣が交わり、火花を散らす。
「どけ! 魔王、姫は返してもらう!」
「させぬ、お前はその魔法使いを抱えて国へ帰ればいいのだ!」
「そんなわけにはいくか! 退かぬなら力尽くで押し通るまでだ!」
突如聖剣が光を発する。
それを見た魔王が跳びのく、だが遅い。魔を討つ聖なる光の斬撃は魔王を襲った。
「魔王様!?」
「成程━━━━これが聖剣の能力……これでは、魔力はもう使えんな………」
それは、勇者のみが持つ聖なる一撃。
魔王を討つためだけに編み出された、人類の最後の希望。
魔王の力を殺し、封じる光の剣。
これこそが聖剣の真の力。
「魔王様! 準備が整いました!」
死神が叫ぶ、魔王はそれを聞き、王国の姫と死神がいる転移の陣に向けて駆け出した。
「待て、魔王! 姫は置いていけ!」
再び光が振るわれる。
だが魔王は、ここでは終わらない。
もう殆ど力を扱えない魔剣を振り上げ、地面に突き立てる。
再び、煉獄の炎が吹き上がる。
今度は、城ごと──勇者を足止めする、その為だけに。
「まだ──こんな力が!?」
「たわけ、最後の意地というやつだ。これで私は、もう二度と力は振るえないだろう───この戦い、お前の勝ちだ。だが、最後に勝利したのはこの私だ」
「まて───」
勇者の手が空を切る。
魔王は虚空へと消え、魔王の城は崩壊した。
勇者は魔王を討ち取った英雄として掲げられたが、攫われた姫はついぞ帰ってくることは無かった。
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