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鉄の王国  作者: しま
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始まりの砂漠





タイヤの焼ける臭いはいつまで経っても慣れない。

血の臭いやガソリンの臭い、腐敗した肉の臭いは大丈夫なのにこれだけはダメだと、僕はため息をついた。

そんなちっぽけなため息なんてかき消してしまう爆音に頭を痛めながら、少し身を乗り出して眼下の砂色の大地と街を見下ろす。街の郊外ではいたる所で車が燃えていて、行政がロクに機能していないこの国の現状が見て取れた。均等に並んだ丸焦げの車はバリケード代わりにでもしているのか、先月から続く自爆テロの残骸なのか判断できなかった。

低空で飛ぶブラックホークには操縦士を除く三人が乗っていた。

コヨーテカラーのカーゴパンツを履き、薄手の黒いロングスリーブのシャツを着た、銃を手に戦う人種としては少し小柄な体格の僕と、僕が所有する銃に宿る実体、通称『銃娘』達だ。ある人は僕の事を『飼い主』と呼んだけれど、この呼び方はあまり好きではなかたた。

「イチゴ。本部から追加の情報はないか?」

イチゴ、と呼ばれたバラクラバを首にやった黒髪の美しい女の子がB4サイズの端末を取り出し、ブラックホークのエンジンの中でも聞こえるように装着したsordinのヘッドセット越しに透き通った声で答えた。

「目的は変わらず『人身売買組織の屋敷の強襲、及び幹部の殺害』です」

こんな美しい女の子には到底似合わない殺害の二文字。そのアンバランスさにほんの少しの違和感を覚えながら端末を受け取る。イチゴはロングの黒髪を耳にかけながらため息混じりに続けた。

「それと、『捕虜となっている銃娘の回収』も心に留めておいてくれ、と」

イチゴは目標の幹部の顔写真の映し出された端末を渡しながら苦笑いした。

「銃娘が捕虜!? ……ドイツの軍人さんは難題ばっかり押し付ける。 ……リタ!」

僕の隣に座っていた白髪の少女を呼んだ。

「ん、なんだいオーナー」

リタ、と呼ばれた少女はイヤホンを外しながら答えた。

「作戦を少し弄る。よく聞いておけよ」

「ああ、うん。死なないでよ」

リタは目の前のイチゴの隣に移り、ヘッドセットをつけた。

「さてと、本部からの要請で捕虜の回収が追加された。心に留めておけ、なんて遠回しな言い方だけど、結局はやれって事だな。追加の情報は特に無し。回収する人数も不明。現地で上手い事やるしかない」

「最近そんなの多くないかな。あんまりボク達を過信しないで欲しいんだけど」

リタがはぁ、とため息をついた。

「でも、どうしますか?とりあえずは本来の目的、強襲と幹部殺害を最優先にしますか?」

「だな。決行前に捕虜の場所くらい知っておきたかったけど、本部からの情報も無いんじゃ仕方ないし。現地で尋問でもしよう」

僕は頭をかきながら呟いた。

「装備は変わらず、イチゴはサプレッサーを装備。各自好きなサイトを載せておけ」

分かった、分かりました、と各々返事が返ってくる。

「で、どっちを使うんですか?」

イチゴが僕の顔をじーっと見つめる。透き通った綺麗な海の様に青い瞳が僕を意味ありげにとらえていた。

「イチゴずるい……。今回は市街地で閉鎖的なシチュエーションのはずだ。オーナーはボクを使う」

リタの碧眼も上目遣いで僕の顔を覗く。

「あー……」

少し考えて、

「ハンドガンで……」

「ダメだよ!!!」

「ダメです!!!」

一斉にツッコミを喰らう。どうにかならないのか、とヘリのパイロットに助けを求めたが、鼻で笑われ一蹴された。

「オーナー、優柔不断な人は早死にしますよ」

「何を迷ってるの?オーナーのためだよ?」

リタが上目遣いのまま僕の太ももに手を置き、身を乗り出した。上気した顔と顔の距離は十センチも無かった。

「分かった、分かったから離れてくれ。イチゴが睨んでる」

リタは少し居心地悪そうにしながらも、当然だと言いたげに口元を緩めていた。

「オーナー。あなたには失望しました」

ぷんすか、という表現が似合いそうな怒り方だったけれど、それを言うともっと怒らせてしまいそうだった。

「失望してもいいけど作戦が終わった後にしてくれ。背中を任せる相手がいなくなるのはゴメンだからな」

イチゴはそれなら……いいです、と少し機嫌を直した様だった。

『こちらブルーバード21。間もなくポイントに到着します。降下準備を』

ノイズ混じりの無線が既に暴れ気味の鼓膜をさらに振動させる。

僕はグローブを一度付け直し、各種装備をもう一度見直す。

プレートキャリアに作戦中被るキャップと顔を隠すためのバラクラバ。リタを使う事になったから、座席の下から弾薬箱を引き出し、300BLK.が装填されたSTANAGマガジンを四本取り出してプレートキャリアに連結したリグに入れる。背中には無線機器、左脇腹にはハンドカフが三本とファーストエイドキット一式が入ったポーチ、そして無線機器の配線が脇腹を経由して身体を巻くように配線されていた。

バラクラバを被り、アイウェアをつける。色鮮やかな世界が灰色に染まるけれど、慣れてしまえば自然と目が冴えていく。

砂色のキャップを被ってヘッドセットをつけるとヘリのモーターの駆動音がほんの少しくぐもって聞こえた。

腰のベルトにマウントされたカイデックスホルスターには拳銃、シグP226が差されていて、一度出して薬室を確認する。

ふと顔を上げると二人はもうとっくに準備を終えていた。

全員同じような装備だけれど、銃娘の二人は何故か必要最低限の物しか持っていかない。キャップもアイウェアも無しに、ヘッドギアは咽頭マイクと片耳にイヤホン、それを隠すようにバラクラバを巻いているだけ。ベストの類は着けずに腰回りに数本のマガジンと護身用のナイフだけだ。必要無いと言われればそう思うしかないけれど、気になる。

そんな僕の複雑な思いなど知らないような表情で、二人は物憂げに砂の世界を眺めていた。

メレルの靴紐を結びなおし、紐を靴の内側に入れ込む。

一通りの点検を終えると同時にポイントに到着、降下する。

『作戦が完了したらコールしてください。それまで上空で待機します。が、二時間は超えないでください。武運を。オーバー』

ブルーバードはそう言い残すとトルクを上げ離脱した。

「さて、始めるか」

「そうですね。彼女も長くは待ってくれませんからね」

ブラックホーク、もといブルーバードが去っていった方向を見ながらイチゴが呟いた。

「オーナー……」

うずうずした表情のリタが袖をちょんちょん、と引っ張った。

「ん、それじゃ頼むぞ。リタ」

「うん!頑張るからね」

リタの白く小さな手を握り、視線を外すと手にずしんと重みが伝ってきた。

リタの手を握った筈の左手にはレーザーモジュールとT1ダットサイト、内蔵サプレッサーが施されたAAC ハニーバジャーが握られていた。

初弾を装填し、T1とレーザーモジュールを起動してイチゴの背中を叩く。

「落ち着いていけよ」

「ええ。私がしんがりを」

「任せたぞ。死ぬなよ」

「オーナーこそ。腑抜けた戦いをすると尻を蹴りますからね」

「ははっ。それは怖いな」

軽口を叩き合いながら市街地に入り込んでいく。

僕は燦々と照りつける太陽を睨み、小さく舌打ちをした。




陽気な音楽の流れる市場から二本ほど裏に入った路地をクリアリングしながら進む。

この辺は全て目的の人身売買組織のアジトになっている。民間人がいないのは把握済みだ。即ち、出てくる人間は全員殺す。それは言わずもがな二人とも分かっていた。

時折吹く砂交じりの風に顔をしかめながら、着々と進んでいく。

土固めて作った土壁の建物に囲まれているせいか、路地は何処も薄暗く、不気味な雰囲気を放っていた。

T1のドットの輝度を落とす。歩き始めて十分が経過した頃だった。

角に隠れて左手を上げ、止まれと合図する。右耳に無線が入る。

『敵ですか』

『二十メートル先、二人。AKで武装』

喧騒が溶けた薄暗い路地の奥に、談笑する武装した人の姿があった。

『門番だ。銃娘の匂いは』

『しません。粗悪品です』

『コピーか。 分かった、始末する。カバー頼む』

身を低く屈めてイチゴの反対側に移動し、リタを構える。

『右をやる。イチゴは左を頼む』

『了解。いつでも』

『撃て!』

T1のレッドドットが頭に重なったところで引き金を引く。

パシュ、と乾いた二つの銃声が一つに重なり、薬莢が煙を立てて地面に落ちるが早いか二人は同時に崩れ落ちた。

行くぞ、と呟き、亡骸の側まで移動する。

「死体なんか漁ってどうするんです?」

「端末を探す。調査班に連絡先を精査してもらう」

僕は二人の懐からスマートフォンを見つけ、リグのポーチに入れた。

「よし、待たせたな。気付かれないうちに進むぞ」

「ええ」

射殺した二人が立っていたさらに奥に進む。角や部屋を一つずつ丁寧にクリアリングしながら、アジトの奥深くに進んでいく。

『妙だな』

『え?』

『敵が少なすぎる』

イチゴは後方を警戒し、挟撃に注意する。

『出払っているんじゃないですか?』

『それならいいんだけどな。一応、増援が来た時の逃げ道は確保しておかなきゃな』

『了解です』

それから嘘の様に接敵せず、アジトの中を一通りクリアリングしてみたが接敵したのはあの二人だけだった。

中庭に差し掛かり、前方をクリアリングしていたイチゴから無線が入った。

『オーナー、この部屋の中に人の気配がします。おそらく、四人か五人。お酒の匂いがしますし、テレビかラジオの音も聞こえますね』

『曖昧だ。人数も分からないのに突入したくはないな。小窓か何かないのか?』

辺りを見回すが小窓どころか換気口すらない。おそらく、屋根の上だろう。土を固めて作った壁を触りながら考える。屋根に隠れたこの部分は冷たくて気持ちがいいけど、グローブ越しにそれを感じる事はできなかった。

『屋根に登ってみますか』

『……は?』

イチゴの冗談に素っ頓狂な声が出てしまった。

『嘘ですよ。それ使いましょう』

イチゴが恥ずかしさを誤魔化すように指さしたのはスタングレネードだった。

『これか……』

『何か引っかかる事があるんですか?』

『いや、いい手だとは思うんだがな……いかんせん騒ぎが大きくなるんじゃないか?』

『さっさと片付けちゃえばいいんですよ』

何を馬鹿な事言ってるんですかと言わんばかりに呆れた声だった。

『分かった、じゃあ扉蹴破れ。目と耳塞げよ。 ……ああ、それと』

『何ですか』

『一人でいいから生け捕りにしろ』

『了解です。いきますよ……ふっ!!!』

しゃがんでスタングレネードのピンを抜く。すぐ目の前をゴアテックスが横切った。かと思えば木製の扉が轟音を立てて蹴破られていた。

間髪入れずスタングレネードを投げ込み咄嗟に目と耳を塞ぐ。

強烈な光が消えるのと同時に僕が突入、その後をイチゴが追従する。

僕はイチゴの射線に入らない様に部屋の壁沿いに移動しながら三人を射殺する。中には四人いたようだ。

強襲に成功し、オーダー通りイチゴは一人を生け捕りにしていた。

イチゴから端末を受け取り、目標の幹部の顔写真を表示する。

「こいつだったのか」

驚愕に満ちた目を見開いたまま絶命した目標の眉間に一発撃ちこむ。念には念を入れる。

あとは捕虜だけだな、とため息を吐く。

イチゴがパシュトー語で脅しているのを止め、あくまで優しく話しかける。

「よお、気分はどうだ?」

「く……クソが……お前ら何もんだ……!!! アメ公じゃねえな!?」

「僕らは捕虜を回収しに来ただけ。捕虜の場所を吐け。そしたらお前は助けてやる」

助けてやる。その言葉に男はピクリと反応し、慌てたように早口でまくし立てた。

「ほ、捕虜はここから南東の建物だ……!扉が青く塗られている!」

「本当なんですね?」

イチゴが銃口を背中に押し付ける。

「ほ、本当だ!!!い、命だけは助けてくれ……」

「大丈夫だ。あと一つの質問に正直に答えればな」

「な、なんだ!答える!答えるぞ!」

「仲間は何処だ。本拠地にしては仲間が少なすぎる」

前情報としてこの組織の規模の大きさは知っていた。アフリカから南米マフィアに東南アジアまで手を伸ばしている巨大な組織だ。先ほど射殺した奴は中東担当の幹部だ。

「な、仲間……?」

男が視線を外した。こいつ、何か知っている。

「ああそうだ。何処に行ってる?」

「……知らない」

「嘘はつかない方が身の為だぞ」

「本当に知らないんだ!」

イチゴが男の耳元に二発撃ち込んだ。バシュ、バシュ、とくぐもった音が砂混じりの空気に溶けた。

男は悲鳴をあげるが、知らない知らないの一点張りだった。

「そうか。あくまで話さないなら、もうお前に用は無いな」

「本当に……本当に知らないんだ……助けてくれ……頼む……」

埒があかない。僕はリタを構え、ふくらはぎに一発撃った。

男が声にならない叫びを上げ、玉のような油汗を顔中にたらしながら話し始めた。

「あいつらは……っ、『市場』に行っているっ……!もうすぐ……『商品』を下ろして、帰って……くる……!」

激痛に耐えているのだろう。ヒューヒューと過呼吸気味になっているが知った事ではなかった。

「頼む……家族が……いるんだ」

男は涙ながらに許しを請うた。

「お前らが今までやってきた事を考えればお前の頼みを聞く義理もない。嘘つきにはお仕置きだ」

イチゴにアイコンタクトを送る。

イチゴは男を起こしチョークスリーパーをかける。

二十秒とかからずに男は落ち、口元からはだらしなく唾液と泡が溢れていた。

息絶えた四人から端末を回収し、防水パックに入れてリグのポーチに仕舞い、ふぅ、と息を吐く。

「急ごう。早く捕虜を回収しないと大勢帰って来るぞ」

「了解です。でも、どうやって連れて帰るんです?」

「銃娘なら少なくとも歩けるだろう。歩けなかった時は僕が担いでいく。もしくは協力してもらう」

「分かりました。では行きましょうか」

血のイチゴは髪に血の匂いがつくと言いたげにポニーテールを翻して足早に部屋を出て行った。




南東の建物はすぐに見つかった。

ボロボロの木の扉には南京錠がかけられていて、容易に壊せそうには無かった。

「青い扉……これか」

部屋の中を確認するための鉄格子の小窓があった。そっと中を確認する。

「……いた。あの迷彩……ドイツだな。 にしても、随分小さいな」

「どうしたんです?」

「小柄なドイツの娘だ。何でこんなところに捕まっちまったんだろうな」

「それは本人に聞きましょう。開けますよ」

南京錠を撃ち壊し、扉を開けるとドイツの娘は不自然に足を動かさず、心底怯えた様に後ずさった。

「落ち着け。僕達は君を助けにきた。 ……英語は分かるか?」

ドイツの娘はこくん、と頷き、口を開いた。

「誰の依頼なの?」

「僕達は知らない。分かるのはドイツからって事だけだ」

ドイツ娘の手首に巻かれた縄を切ると、手首の痣を労りながらため息を吐いていた。

「……Need to know. ね。私の所属を考えればそうかもしれない」

イチゴが膝をつき、優しく問いかけた。

「あなた、名前は?」

「私は……MP7。名前なんかない。必要ない」

「そう、MP7ね。所属はどこなの?」

「……言えない」

「陸?海?」

MP7は何も答えない。おそらく特殊部隊員のものなのだろうけれど、鹵獲されここに連れてこられたんだろう。

「仲間は今何処に?」

「殺られた……テクニカル扉、あいつらに」

「酷いことはされなかった?」

「……顔を殴られた。身体は大丈夫。何もされてない」

MP7の言う通り、頬には大きな痣ができていた。

「大丈夫よ。手当てしましょうか。オーナー」

「了解だ。任せろ」

脇腹のポーチを開け、応急手当てをする。

消毒が染みるのか、MP7は顔を歪めて耐えていた。

「一応の応急手当てはしたけど、ちゃんと修理してもらうんだぞ。立てるか?」

僕が手を差し伸べるとMP7は首を振った。

「ストックの基部……腰が折れてる」

銃娘は人間より丈夫だとされているけれど、腰を折っても涼しい顔をしているのを見るとなんだか複雑な気分になる。

「そうか。銃にはなれるか?」

「……私を使うつもり?」

「運ぶだけだ。撃ちはしない」

僕は笑ってみせたけれど、MP7は信用できないという顔をする。

「どうしても嫌なのか」

「あなたが私を撃たないという保証はない。それに、まだ私はあなたたちの素性も知らない。信用に足らない」

ここまで頑なになるのは軍用としてのプライドなのだろうか。

「そうか。僕達も君と同じで素性は明かせない。それなら、その姿のまま運ぶまでだ。リタ」

リタを床に置くと銃娘の姿に戻った。

「どうしたの、オーナー」

「この娘を運ぶ。イチゴと援護を頼む」

「えっ……なんで?その娘が銃になれば……」

「できない理由があるんだ。行くぞ」

僕がMP7を担ぎ上げようとしゃがむと、リタが納得できない様子で声を上げた。

「そんなワガママ聞けるわけないよ!納得できない!」

「落ち着け、リタ」

宥めようとするけれど、リタは構わずに続ける。

「大体、こいつを助けるのは本来ボクたちの任務じゃなかったじゃないか!オーナーもボクたちも命をかけて来てるのに、こいつのワガママ一つでオーナーをもっと危険な目にあわせるなんてボクは認めない!」

「リタ!!!」

腹の底からの大声に、外を警戒していたイチゴもビクッと振り向いた。

リタはぐっ、と息を呑み、目元を拭ってそっぽを向いた。

MP7が難しい顔をしているが気にしない。救助が優先だ。

「よし、担ぐからな。痛いだろうが我慢しろ」

MP7を担ぐとうめき声がした。

「大丈夫か?」

「……これくらい、許容範囲」

「そうか。偉いな」

僕はホルスターからシグを抜き、片手で構える。アイアンサイトのトリチウムが薄暗い部屋の中でぼうっと光っていた。

イチゴをポイントマンに変え、後に続く。僕の後にリタが続き、後方を警戒してくれていた。

MP7の腰に振動がなるべくいかない様に静かに元来た道を早足で進みながらブルーバードにコールする。

『ブルーバード、着陸準備。座標114.514』

『114.514了解。急行する。オーバー』

僕の無線を聞いて、MP7が口を開いた。

「ブルーバード……あなた、アイルランド人?」

「いや、日本人だ」

「そう……日本人に助けられるなんて、不思議ね」

「オーナーは優秀ですから」

「あなたは?アメリカ生まれ?」

イチゴが銃娘だということはとっくに気づいていたようだった。

「いいえ、ベルギー生まれよ。もう長いこと帰ってないけど」

MP7は視線をリタの方に向けた。

「あなたはアメリカね。そっちの人と似た匂いがするけど、もっと強い匂い。あなたみたいなのは、どこの戦場にもいる」

「ぽっと出のPDWごときが軽々しく話しかけないでくれないかな。今はただの鉄屑のクセに」

「……私を構成している主な材料はポリマー。金属を使っているのはほぼ内部だけ。鉄屑はあなたよ」

「なっ……!!!」

リタがMP7に殴りかかろうと振り向いた。

「止めろお前ら!!!」

言い争う二人を一喝し、どうにか落ち着かせた。

遠く西の空からブラックホークの音が聞こえてきた。

あと少しだと思った矢先だった。

『オーナー。テクニカル二台を発見』

イチゴが強張った声で無線を入れてきた。

『くそ。帰って来ちまったか』

大通りへ出てポイントまで行く為の近道がテクニカル二台で塞がれていた。

厄介だ。時間が惜しいと死体を隠さなかったのがあだになった。

テクニカルに弾幕で押されてしまっては身動きが取れなくなる。そうなる前に荷台からやってしまいたいところだ。

『荷台には何人乗ってる』

『二人ずつです』

『全部いけるか?』

『それはちょっと。リタ、道の反対側に移動して。片付けるわよ』

『……分かった』

リタがこそこそと移動し、廃車の裏に隠れた。

路地の入り口の二台のテクニカルに合計八人が乗っている事が分かった。イチゴの目の良さはこういうところで役に立つ。

MP7を一旦その場に下ろし、もし撃たれた時に盾代わりになるように陣取る。

『タイミング合わせて荷台から殺れ。シグにはサプレッサーがついてないからお前らに任せるぞ』

『『了解』』

パシュシュシュシュ!と発砲音が重なり、二人がフルオートに切り替えたのだと分かった。

向かって右側のテクニカルは制圧。左側は角度的に狙えなかったのだろうか、助手席の男は生きていた。助手席の男がテクニカルから降りて車の影に隠れ、ロシア語で何かを叫んでいた。

『片付けます!援護を!』

『了解!』

イチゴとサーシャが飛び出して行った矢先だった。

「……ダメ!行っちゃダメ!!!」

MP7が叫んだ。

誰も動かしていない筈のRPKがサーシャとイチゴめがけて火を噴いた。

僕が二人を呼ぶ声と重い発砲音が、青天の空に溶けていった。




『こちらブルーバード21。ポイントに到着!応答せよ!繰り返す!こちらブルーバード21。ポイントに到着!応答せよ!』

ブラックホークは指定されたポイントでホバリングしながら何度も無線にコールし続けていた。

『出ないのか?』

『はい。ただ、無線は生きています。足止めを喰らってる可能性がありますね。移動しますか?』

『いや、ブルーバードはそこで待機。エンジンは止めるな。ミニガンはいつでも撃てる状態にしておけ』

『了解、待機します。M134、起動』

ヘリの前方に取り付けられたM132ミニガンをリモートで起動する。

『大丈夫ですかね』

『大丈夫だ。あいつらはそう簡単に負けたりせん。俺のお気に入りだからな』




危なかった。あと一瞬反応が遅れていれば蜂の巣だった。

逃げ惑う民衆の怒号にも似た悲鳴が彼方此方で聞こえる。

ボクは肩で息をしながらバクバクと昂ぶる心臓を押さえて深呼吸をした。

少し落ち着いたところでイチゴは、と射撃の止んだ大通りに視線を移す。

いやな予感がしたけれど、それは当たってしまった。

「イチゴ!!!」

道の反対側の東へ続く路地の入り口の壁にぐったりと寄りかかり、頭から血を流しているイチゴの姿があった。イチゴが通ったであろうルートには真新しい血痕がついていた。

「被弾したんだ……」

『リタ!イチゴ!応答しろ!』

耳から外れたイヤホンからオーナーの声がした。

『オ、オーナー!大変だ!イチゴが!!!』

『被弾したのか!?』

『うん!でも生きてる!生きてるけど苦しそうだ!!』

オーナーはくそ!と吐き捨てて、ボクに指示を出した。

『まずテクニカルを止めろ! そのテクニカルはリモートだ!さっき車の影に逃げた男が操作しているはず!そいつを殺れ!』

リモート。いきなり動いた謎が明らかになった。

車の裏に男の影が見えた。けれど、この角度だと弾が跳ねて当たらない。近づかないとどうする事もできない。

けれど、今動けば確実に蜂の巣にされる。

どうにかしなければ。考えを巡らせるけれどいい考えが思い浮かばない。

焦りと怒りがつのり始めた時、ザーザーと右耳にノイズが走った。

『……オーナー?……リタ……無事、ですか……?』

『イチゴ!大丈夫!?』

『……ハンドガードが欠けましたが、まだ、撃てます。血が左目に入って……狙うのはキツイですが……』

『イチゴ! そこを動くな!身を隠して止血しておけ!テクニカルはこっちでどうにかする!耐えろ!』

『はい……任せました……』

『リタ、聞いたな。こっちで誘き寄せるから一気に走りこめ!マップだとお前のいる小道から裏に回れる!』

『了解!!!』

走り出したボクを援護する為にオーナーはシグをテクニカルに向けて撃ち込んだ。

リモート操作されている改造RPKの銃口がオーナーの方を向き、掃射を開始する。

辺りに乾いた硝煙の匂いを撒き散らしながら7.62mm弾が土造りの壁に着弾して、徐々に壁を削っていく。




「私の仲間も、主人も、アレに殺られた。許せない」

MP7が握り拳を地面に叩きつける。腰に響いたらしく、ぐっ……と顔をしかめた。

「大丈夫だ。あいつならきっとアレを止められる」

「私は……」

僕はMP7の言葉を遮る。弱気な言葉は言霊になりかねない。

「お前は怪我人だ。気にするな」

射撃が止んだ瞬間に間髪入れずまた撃つ。弾が切れるまでにリタが間に合えばいいけれど。

今は、リタを信じるしかなかった。




道を走り抜けると人一人通るのがやっとな小さな小道に入った。

このままテクニカルの裏に出れば、操作している人間を殺れる。

小道を全力で走りながら、涙を拭う。

左に曲がると、空気が変わった。

一見誰もいない小道。でも、分かる。誰かが隠れてる。

裏口だと思われる扉は四枚。どれも閉まっていて不気味で、すべてが怪しく思えた。

銃口を扉から扉へと移していきながら小道を進む。

一枚、二枚と扉をパスし、三枚目に差し掛かった。

背後に何かの気配がした。

慌てて振り向き、気配の正体に銃口を向ける。

小さな猫がバケツをひっくり返しただけだった。

「猫、か……」

安心して銃を降ろしてしまったその時だった。

どがん、と三枚目の扉が開きアフガンストールで顔を隠した男が叫びながらククリナイフで襲いかかってきた。

咄嗟に銃で防いだけれどククリナイフの根元がモロでダストカバーに当たり、脇腹に激痛が走った。

ストックで男の顔面を殴り、体勢を崩したところで腰からカランビットナイフを抜き男の腹を一気に裂いた。

臓物が勢いよく飛び出し、ボクのズボンを真っ赤に染めた。

跪いた男を蹴り倒し、頭に二発撃ち込んだ。

どくんどくんと鼓動が耳の奥に響いている。耳のすぐそこに心臓があるみたいだ。真っ赤に染まったグローブとカランビットナイフを見る。

血を見るのは言うほど苦じゃない。飛び出た鮮やかな臓物も、苦痛に歪んだ死に顔も。

武器としての本能がそうさせているのか、いつの間にか昂った胸の鼓動も少しずつおさまり始めていた。

カランビットナイフにこびりついた皮脂と血を飛ばし、腰に戻して銃を取り、小道を走った。

大通りに出るとテクニカルの裏で必死の形相でテクニカルを端末で操作している男を見つけた。

冷静に、昂ぶる意識を押さえつけて銃を構える。

T1のレッドドットが路地の向こうの男の顔と重なった。

息を止め、引き金を引く。

くぐもった音とほぼ同時に真鍮製の薬莢が飛ぶ。

テクニカルの荷台に頭蓋骨の破片が散らばった。

端末を撃ち抜くと掃射を続けていたRPKが止まった。

『オーナー……終わったよ』




『良くやった!すぐにイチゴを回収してくれ

『了解!』

シグをタクティカルリロードし、リタにイチゴを回収させる。

イチゴの傍らにはハンドガードが割れたAR15が無造作に置かれていたようで、リタの声はほんの少し震えていた。

「イチゴ、大丈夫?」

「ああ、リタ……よく頑張ったわね。あなたも大丈夫?」

「ボクは大丈夫。 オーナーが待ってる。行こう」

リタがイチゴに肩を貸し、AR15を持って僕と合流した。

簡単な処置しか出来ないけど、と僕はイチゴの血を拭き、消毒してガーゼを当てて包帯で留める。イチゴが顔をしかめている間、リタは手を握って大丈夫だよ、と声をかけていた。

イチゴの頭に包帯を巻き、血が入ったと言っていた左目を水で洗浄し、医療用の眼帯をつけた。

「イチゴ……派手にやられたな」

「迷惑をかけます。オーナー、リタ」

「いいや、よくやってくれた。ありがとう。二人とも」

二人の頭を撫でると二人とも恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。こういうところは女の子らしくて、本当に可愛らしい。

「さあ、帰ろう。そろそろ時間ギリギリだ」

僕はMP7を担ぎ上げ、銃化したイチゴを背負う。

「ポイントまで頼むぞ。リタ」

「了解。……大丈夫。信頼して」

「当たり前だろ」

軽口を叩きながらポイントに辿り着くとブルーバードが僕達を迎えた。

MP7を担架に移し、ブルーバードに乗せる。

「ありがとう。礼は言っておく」

「気にするな。これが仕事だからな」

「助けてもらっておいて何あの態度……」

リタがブツブツ文句を垂れている。頭をわしゃわしゃと撫でると止めてよオーナー、と笑っていた。

『遅かったですね。被害は?』

パイロットが計器を見ながら言った。

「イチゴのハンドガードが逝った。新しいのを申請しないとな」

『そうですか。私にも何かお礼を下さいよ。待っていたんですから』

「お前はアイスで充分だな」

『……まあ、期待はしてませんでしたけど』

「私もアイスがいい」

「あんたは関係ないじゃないか!」

リタがMP7にわんわん吠える。

「私もアイス、食べたいわね」

イチゴが被せるように言った。

「お前らははまだしも、MP7はドイツに帰らなきゃいけないだろう」

「そうね。 ……ねえ、あなた」

MP7は僕の方を向き、相変わらず抑揚の少ない声色で言った。

「私に名前を頂戴」

「……いきなりだな。心変わりでもしたのか?」

「いいじゃない。早く考えて」

僕はキャップをとって頭をかきながら応えた。

「じゃあ……メル。お前の名前はメルだ。ドイツでそう呼んでもらえ」

「メル……いい名前ね」

メルはそう言って微笑み、少し寝るわ、と目を閉じた。

「私も少し寝ます。血を流し過ぎたみたいなので」

イチゴも座席に寝転がるとアフガンストールを被った。

こんなうるさい中よく寝れるものだとパイロットは苦笑いしていた。




旋回の度にガタガタと揺れるブラックホークの中を器用に歩き、リタは僕の隣に腰掛けた。お疲れ、と声をかけると、お疲れ様、と小さく笑った。

「二人とも寝ちゃったね」

「そうだな。 お前は寝なくていいのか?」

「あんな経験した後に簡単に寝れないよ。身体が興奮してる」

手を握ったり開いたり、何かの感触を思い出しているようだった。

僕が血に染まったリタのズボンを見ていると、ボクの血じゃないよ?と笑われた。

開かれたままのブラックホークのスライドドアから流れ込んでくる風で、リタの白髪が純白のドレスの裾のようにふわふわと揺れていた。

音と風でメルとイチゴが起きないようにスライドドアを閉める。リタはオーナーは優しいね、と呟いた。

「なあ、リタ」

「何?オーナー」

「お前は今日一番頑張ったな。だから……何か一つ言うことを聞いてやるよ」

「どうしたの急に」

頭をかきながら続けた。

「……メルが銃化しないって言った時、お前が怒っただろ? あの時、本当はメルを諭すべきだったのに僕はお前を怒ってしまった。お前の気遣いを無下にしたんだ」

リタは黙って聞いていた。

「今考えると、僕が間違ってた。ごめん、リタ」

「ふふっ。いいんだよ、そんな事」

「だから、そのお詫びだ」

リタはうーん、と考えると小さな声で言った。

「じ、じゃあ、さ。 その……もう一回撫でて、くれないかな」

「……は?」

「もー!何でもするって言ったじゃないか!」

頬を赤らめたリタがばしばしと座席を叩く。

「言ったけど……それでいいなら」

碧色の瞳が僕の顔を覗く。

グローブを外して手を拭き、ぽん、とリタの頭に手を置く。

不満そうな表情に思わず笑みがこぼれた。真っ白の髪を指で梳き、柔らかな毛先を弄ぶ。火傷の跡が残る僕の手が動く度に、リタは恥ずかしそうに目を瞑り、伏せる。長いまつげが目元に細い影を作っていた。

頬についた小さな傷を指でなぞる。残るような傷ではなさそうだ。

「……イチゴには黙っててね」

「まだイチゴが起きてたら大変だな」

「そんな事言わないでよ……」

「パイロットにはがっつり聞かれてるからな。後で口封じしとけ」

『何故私に矛先が向くんですかね』

怪訝な声が聞こえてきた。聞かれていたのか。

ははは、と笑って誤魔化していると、リタは僕の腕をとり、抱いて眠り始めた。

「寝れないんじゃなかったのか」

「前言撤回、かな」

あくびをかきながら言われると何も言えなくなる。

「……僕も寝かせてくれないか」

「そのまま寝ればいいさ」

面喰らいつつも僕は苦笑いしながら外の世界に視線を移した。

遠くにそびえる山の稜線がオレンジ色の光に縁取られ、黄金に輝いていた。

凶悪とも言えそうなほど煌々と輝くその光は、どこか朝日を彷彿とさせた。

おい今日は月曜日。新しい一週間が始まる。

よく見る映画の台詞を、なぜだか思い出していた。





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