95話 「人形の出生、その三」
――黄泉。
あたりは薄暗い霧が立ち込めて、地面には湿った石や岩が転がり、植物は不気味な枯れ木のようなものしか生えていない。
「――凌駕あああっ!」
「うをっ、アオコ!?」
「会いたかったぞ凌駕あああぁっ!」
「バカやめろ! 俺に抱きつくな、うわあああっ!」
アオコは死後数十年ぶりに大好きな男――須賀凌駕に黄泉の世界で出会った。そして気持ちが高ぶり、思いっきり凌駕に抱きついた。そして交わろうとして凌駕の身体に触れた。しかし昔と違って特にお腹のあたりがとてもブヨブヨした感触がする事に気がついた。
「凌駕、おまえこんな頭がハゲ散らかしたデブになってしまって、きっと不健康で死んだんだな、けど大丈夫だ、ここではもうそんな事気にしなくて良いんだぞ? それに……まぁ、お前より見た目がヤバイやつも結構いるから」
アオコはそう言って凌駕に慰めの言葉を言った。この黄泉の世界にはたくさんの死者の魂がいる。中にはちょっと生々しい姿をした魂もいるが直ぐに慣れる。
「――っ、このバカ蛇がぁ!」
凌駕はアオコの見当違いな言葉に腹を立ててそのまま抱きついたアオコを引き剥がし地面に投げつけた。アオコは少し痛がったがビクともしない。
「久しぶりの再開でこれかよ……久しぶりだな、アオコ」
「あぁ、久しぶりだな凌駕」
「その……生前はお前を退治して済まなかったな」
「……その事はもう良い、それよりお前は私に会いに来てくれたんだろ?」
「いや、済まねえアオコ、俺はお前が目的じゃないんだ……あいつに会いに来たんだ」
「……あの、イーヴァとかいった雌のことだな?」
「そうだ、昔俺達が迷い込んだ別世界にいた女だ」
アオコは嘘でも自分に会いに来たと言ってほしかったのに凌駕はそうは言わなかった。それどころかアオコを激しく嫉妬させるような事を言った。
「凌駕、ここにはイーヴァは居ない、あの雌は別世界の魂だけが行ける死者の世界にいる」
「そうか……それなら仕方ねぇな、じゃあなアオコ、俺は戻る」
「なんだと? お前は死者だろ、だから黄泉から帰れる訳が無い」
「いや、それが違うんだ、実は俺は生きているうちに魔法でいったん俺の魂をここまで飛ばしてきたんだ……」
凌駕はこれまでの事を話し始めた。今まで後悔して生きて来たこと。アオコを含めて自分の惚れた相手を思い続けていた事。そして童貞で魔法使いになり、黄泉帰の術を使える事等――。
「俺の魔法の術は、黄泉の世界へ行き来する事ができる、そして尚かつ死者の魂を現世へと連れて帰れる、そして連れて帰った魂を物に移せる……イーヴァをそれで復活させる」
「――駄目だ、そんな事はさせない」
アオコは自分が選ばれなかった悔しさと嫉妬心により凌駕に敵意を抱いて飛びかかった。そして一気に自分の身体を凌駕に巻き付けて締め付けた――その時だった。
「――あっ!?」
アオコは凌駕にぶつかった瞬間、自分の身体から何かが剥がれる感触がした。それは凌駕も同じだった。二人は一端はなれた。
そして目の前にふわふわとした白い球体が浮いている事に気がついた。
二人に起きた事はこの世界ではよく起こる事であった。それは――魂の融合。
この世界では霊魂同士がぶつかると衝撃で霊魂の一部が剥がれてしまう。その後、剥がれた一部がひきつけ合い、やがて融合してしまう。
こうした現象により二人の人格を併せ持った霊魂が誕生した。誕生した魂は二人の周りを浮遊して回る。
「くくくっ、そうか、この方法が合った」
「おいアオコ、これは何だ?」
凌駕はゆっくりと起き上がると、浮遊する魂を指さして尋ねる。
「……私達の子供だ」
アオコは霊魂を抱き寄せて凌駕にそう告げると、凌駕は口をへの字に開けて固まった。
「普通、融合してできた霊魂は時間が経つと分裂して消える、だから急いで依代に移さないと……」
そう言うとアオコは、凌駕の元へ近づいた。凌駕は怯えた顔をして後ずさった。
「凌駕、お前の力で今すぐに私達を現世へ連れて帰れ、さもないと私とお前の魂が無くなるまでぶつかり合い、この黄泉の世界を私達の子で満たす」
「――うわああああっ!!」
凌駕は絶望したように雄叫びを上げた――。
――現世、大我の部屋。
『――こうして、私はこの現世へと帰還した、そしてこの時融合してできた魂が胡蝶、今のお前だ』
アオコは黄泉での出来事を語り終えた。それを聞いて私は益々頭を抱えた。
――マジかよ、脅迫して男を手に入れるとかヤバすぎだろ! しかもこいつ、私の魂をダシにしやがった。
まさかこんなメチャクチャな理由で自分が誕生したとは思わなかった。そして少し須賀凌駕の事が可哀想に思った。
どおりで、隣に住んでる癖に、私に父親だと名乗らなかった訳だ。絶対に関わりたく無かったんだ。
『現世に魂を持って来たが、ここからが大変だった、せっかく二人で作った魂だが、上手く依代に定着しなかった――』
アオコは黄泉から帰った後の話をした――。
――現世、須賀凌駕の部屋。
「どうしよう凌駕、私達の子供がこのままだと消えちゃう、どうしよう、どうしよう……」
アオコは慌てふためいていた。アオコの霊魂は、この世界に凌駕が持ち帰っていた自分の心臓があった為、それを依代にして現世に残ることができた。
しかし黄泉から連れて帰った霊魂が上手く依代に定着しなかった。そしてその霊魂は徐々に動きが遅くなり、透明になりかけていた。消えるのは時間の問題だ。これになアオコは居ても立ってもいられなかった。
凌駕の方は、それを見て悲しそうにアオコに寄り添った。
「アオコ、もう諦めろ、こいつは無理だ、あとはこいつが消えるのを二人で見守ろう」
「そんな、せっかく二人で協力して作った子供なのに……」
どちらかというと協力では無く、アオコがぶつかって来た事による事故でできたのだが、そのこと言うのを凌駕は心の中でぐっと堪えた。
「消えた後はゆっくり二人だけで過ごそう……俺もこの通り不健康だ、じきにくたばる、それまではお前さえいてくれたら良い」
二人は部屋で静かに寄り添い、消えゆく子供の霊魂を見守った。しかしこの厳正な空気をぶち壊す者がいた。
『――うおおおおっ!』
突如、壁から若い男の叫び声が響いた。この男は隣の部屋の住人――久我大我だった。
凌駕は空気を読まない大我に腹を立てて壁越しに大我を怒鳴った。アオコの方も子供との別れを邪魔された事に腹を立てて懲らしめてやろうとして、依代の心臓を蛇の姿に変化させてスルスルと窓からベランダへと出た。
「まったくどこのどいつだ、私の子供の別れを邪魔する輩は……ん、アレは?」
アオコは隣の部屋のベランダから部屋の中を見た。するとそこにはグッタリとした人間――いや、人形を持って独り言をつぶやく不気味な若い男が居た。アオコは直ぐに凌駕の元へ戻った。
「くくくっ、いい依代が見つかった……我が子よもう少しだけ保ってくれ」
戻ったアオコはほくそ笑んで、優しく我が子の霊魂を抱きしめた。凌駕の方は急にアオコが居なくなったかと思うと直ぐに戻って来たので不思議に思った――。
その日の夜。再び依代を蛇の姿へ変えたアオコは、ほぼ消えかけの状態の霊魂を連れて大我の部屋のベランダへとやってきた。
「どうにか間に合った、さぁ、我が子よ、もう少しだ……」
幸い、部屋の窓は開いている。そこからアオコ達は大我の部屋へと侵入した。そして床に座った状態で置かれている人形へと近づいた。
「さぁ、この人形の中へ入るんだ」
アオコに促されて、霊魂はふわふわと人形の胡蝶の中へと入って行く。その後、霊魂はうまく胡蝶を依代にできたようで僅かに人形の手を動かした。
「うまく依代にできたな、良かった……でも、少し我が子が心配だ、暫く一緒に居よう」
アオコは親心から、我が子が心配になり、側に着いておくことにした。そして、胡蝶の口の中へから体内に侵入し成行きを見守る事にした――。
『――というのが全ての成行きだ……ううっ、我が子がちゃんと生きてくれて嬉しいぞ』
アオコは私の出生秘話を全て語り終えると涙を流した。そして話を聞いた私の方は内容が酷すぎて思わず叫んだ。
「不法侵入じゃねえか! しかも勝手にこの身体を利用したとか、犯罪じゃねえか!」
――あぁ、なんてこった、私は身体を乗っ取っていたんだ。
今まで謎だった全ての謎が解けた。
私が製作者である古家亮太郎の事を知らなかった理由、そして私の姉妹達と過ごした記憶が無い理由――それ等は全て、私が胡蝶ではない別人だったからだ。
「――すまない」
私は、自分の中で眠るもう一つの魂に対し謝罪した。自分の親の身勝手な理由で本来、表にでているべき女の子の魂――胡蝶を裏へと追いやってしまった。彼女が大我と過ごすべきだったのに。
「お袋、もう私の中にいるもう一つの魂は出てこないのか?」
『あぁ、大丈夫だ、私が倒されれない限り表に決して出てくることはない、だから安心して良いぞ……私は簡単には倒せないからな、くくく』
アオコは自信満々に言う。なので私はそれ以上は何も言わなかった。
『さて、久しぶりにこの姿になった訳だし何かしたいな……あ、そうだな、おい我が娘よ、夜も遅いし私と一緒に寝よう』
「えっ、やだよ気持悪い」
『何!? せっかくの親子の触れ合いなのに、拒否されるなんて……うわあああん!』
「あーもう、うるせえ、泣くんじゃねぇよ、分かったから今日は一緒に寝てやるよ」
アオコは涙を拭うと私にスルスルと身体を巻きついた。アオコからは冷たいザラザラとした鱗の感触がした。
『――ずっと、自分の子供とこうしたいと思っていたんだ』
そう言ってアオコは私を愛おしそうに抱きしめてくる。私はその様子からアオコは親心があり過ぎて、尚かつ私のように愛が深すぎるのだと感じた。
――私もお袋も愛する人がいて、その人を愛し過ぎた為に道を外した、この代償はいつか必ず受ける……。
私はそんな不安を胸にしまって今夜は眠りについた。そして初めて肌は冷たくても母親と言う存在の暖かさを感じてそれを味わった。




