93話 「人形の出生、その一」
『――昔、蛇である私は人間になろうとして失敗した』
お袋は昔を懐かしむようにゆっくりと語った。これからお袋が語ることは私の出生に深く関わる事だ――。
数十年程昔、山である一匹の蛇が男に捕まった。そして蛇は男とともにここではない、別の世界へと連れて行かれた。
「おーい! ちょっと待て、いきなり内容がぶっ飛びすぎだろ、何だよ別の世界って、ファンタジーかよ」
『人形の癖に生命活動をしているお前がそれを言うのか?』
「――うぐっ」
『良いから黙って聞いておけ……さて、私が連れて行かれた別世界について話すぞ――』
連れて行かれた別世界では、ある不思議な力を持った『進化の欠片』と呼ばれる物が存在した。その欠片を取り込んだ生物は新たに身体に作り変える事ができ、さらに人並みの知能を有する事ができた。その欠片を連れて来られた蛇は取り込んだ――。
「要するに連れて来られた蛇っていうのはお袋の事で、お袋はその欠片とやらを取り込んだから今こうして私と会話ができるのか?」
『その通りだ、因みに変化した当初の私の姿は蛇と人間のどっちつかずの中途半端な姿だったがな……話を続けるぞ』
欠片で変化した蛇は当初、男と殺し合いをする程仲が悪かったが、やがて打ち解け合い、男と結ばれたいと思った。しかし、現地にライバルがいた。そのライバルは現地の人型種族だった。
「お袋が今ここにこうして居るって事はその人型種族ってのに勝ったってことだよな?」
『……話を続ける』
「おい、どうなんだよどうやって勝ったのかぐらい教えてくれよ」
『……っ』
「――あっ」
私は勝ち負けの内容に言及しようとしたが、あからさまにお袋が嫌そうな素振りをするので察して。それ以上は聞かない事にした。多分お袋は人型種族に負けた。
『――人間の男と結ばれる為には蛇である身では駄目だ……そう考えた私は新たに欠片を手に入れて完全な人の身へ変化しようと考えた……』
――蛇は現地で欠片を集めて『進化の塊』にした。そしてそれを体内に取り込んだ。進化の塊は体内に取り込まれると心臓と融合し、血液を通じて体内に変化を起こす成分を運んだ。
これにより、蛇は人間――若しくはそれに近い形に身体に変化しようとしたが、それは失敗に終わった。
何事にも限度がある。欠片を取り込み過ぎた事により、身体が変化に耐えきれずに暴走した。その結果、蛇は醜い化物になり退治されることになった。そして退治された蛇の遺体からは『進化の塊』と融合した心臓――『進化の心臓』が取り出された。
『――さて、長い昔話は終わりだ、ここからお前に関係する事だからしっかりと聞いておけ』
自分に関わる事だと聞いて、なぜだか緊張してきた。胸がドキドキしてくる。
『――蛇が退治されたあと、取り出された進化の心臓は何処に行ったと思う?』
「えっ……何処ってそれは、気持ち悪いから現地に捨てたとか?」
『おい、私が言うのもアレだが、化物を作り出すような強力な代物を放ってそのままにして置くと思うか?』
「それもそうだな……あっ、まさか持って帰ったのか!?」
『その通りだ……私は結ばれたいと思った男に退治された、そしてその後、私の進化の心臓をその男が回収し、この世界へ持ち帰った』
「マジかよ、それで持ち帰った心臓は何処にあるんだ?」
私が質問すると、お袋は頭を少し動かし、私の胸の部分を示した。
「……私の、中にあるんだ」
『その通りだ、お前の中に進化の心臓がある、その心臓が意思あるお前のような人形を生物と勘違いして、中で少しずつ変化を起こして血肉を作っている、だがそれは前の私と同じように暴走しているだけだ、だから今は私が調整している』
「なるほどな、夢見鳥とわたしとで身体の機能が違う理由が分かった」
私は他の人形姉妹達と比べて、自分の身体が違う部分を一つずつ思い出した。
まず一つ目に、体温がある事。二つ目は、関節が外れない。三つ目は味覚がある。そして四つ目が涙を流せる程、体内に水分がある。
もはやここまで来ると私は人形とは言えないのでは無いだろうか?
『まったく、お前の中で調整するのは大変なんだぞ、元が蛇である私の心臓を使っているからどうしても体内で作られる臓器が蛇のものになる、だから人間の血液――遺伝子を加える事で、変化を加える』
「そうか、だからお袋は私を人間にするのに繭の血が欲しいと言ったんだな……因みに、このまま現状を維持すればどうなるんだ?」
『……それはあまりおすすめしないな、おそらくとても危険な状態になる――』
――お袋曰く、現状は進化の心臓の暴走で身体が蛇にへと作り変えれれるか、お袋の調整が上手く行き、人間の身体に、作り変えられるかのどちらからしい。
――だが、事態はもっと深刻らしい。というのも、元々私は親父の童貞魔法により生命を与えられ、さらにその生命活動の源が持ち主の愛情に切り替わっている。
そして現在、私は持ち主の大我の愛情が薄れ、生命活動ができなくなりつつある。もしここで私の生命活動が無くなればどうなるか……。
『――もしこのままお前が生命活動をしなくなれば、私は心臓を制御できなくなる、そうして体内で暴走を続け……やがてお前の身体を化物に変えてしまうかもしれない』
お袋の言葉を聞いて、私は心と身体が震えた。何故なら私はこのままでは死ぬ、しかし唯で死ぬ訳ではない。死後、私の身体は化物に成り果て、もしかしたら、周りの人々を襲う存在になるかもしれない。そう思うと恐怖で益々心と身体が震える。
「お袋、それじゃあ駄目だ、死後に化物になるなら大我といる事はできない」
『それは大丈夫だ、進化の心臓が暴走するのは、取り込んだ者の形が定まっていない時だけだ、要するに中途半端な存在だと暴走する、だが、完璧な存在ならばちゃんとそれに沿って変化してくれる、その後なら例え死んでしまっても化物になる事はない、普通に生きて、普通に終わる――』
――ダカラ、完璧ナ人間ニ成ルタメニ、アノ娘ヲヤレ。
お袋の声や雰囲気は殺気だっていた。これには流石の私も少し怖じけづいた。
「お袋、まぁいったん落ち着けよ、まだ少し話をしようぜ」
『話だと? 他に何を話せば良い……』
「いっぱいあるだろ、今さっきの話で私の身体の仕組みは分かった、だったら次は心だ、私の中にはもう一人の人格――もとい魂が居る、そいつは何者だ、それに私という人格は誰がどうやって作ったんだ、それを教えろ」
『――それを知って良いのか? お前の本当の父親を知る事になるぞ?』
「いいよ……私は父親を古家亮太郎だと思ってるけど、本当は違うんだろ、だからこの際、全て知ってしまおうと思う」
『本当に良いのか?』
「ああ、構わない、教えてくれ」
『本当に、ほんとーに良いんだな?』
「しつけぇな、良いって言ってるだろ」
お袋は何故か本当の父親の事を言うのを渋る。そのせいで、本当の父親の事を知るのが不安になってきた。
――やっぱり、本当の父親の事を知るのはやめようなかな、父親は今までどおり古家亮太郎にしておこう。
そう思った時に、遂にお袋が口を開いた。
『胡蝶よ、おまえの本当の父親は――隣に住んでいるおっさんだ』
「……えっ、嘘だろ?」
一瞬で頭が混乱した。おっさんとは、大我の隣の部屋の住人であり、うるさくするとすぐ怒鳴ってくる中年男――須賀凌駕だ。
――いやいや、待て待て、あのおっさんが父親!? あの太ってて、顔が厳ついくて、ハゲてる、しかも普段下着姿で部屋をうろついて、あと体臭が臭い、あの汚いおっさんが父親!?
次々と頭の中で、須賀凌駕の悪口が浮かび上がる。
――いや、それは無いだろ普通、こんな美しい私の父親ってのは、年老いても髪の毛がある、スラッとした体型の白髪のオールバックの老紳士で、いつも優しくて抱きつくと仄かな香水の良い匂いがする男性で……。
次々と頭の中で古家亮太郎の良くて好きな所が思い浮かぶ。よって私の中であることが決まった。
「――よし、私の本当の父親はややっぱり古家亮太郎だったな」
『違う、隣に住んでる須賀凌駕だ』
「は? 凌駕は唯の隣のおっさんだろ……と言う訳でこの話は終わり、お袋、ありがとう、本当の父親を知る事ができて嬉しかったよ」
私は、無理やり話を終わらせて何も聞かないようにベットに寝転がって枕で耳を抑えたが、蛇の身体を持つお袋はスルスルと這い寄って、枕の隙間から話を続ける。
『良いから話を聞け、この我儘娘、お前がなんと言おうと本当の父親は須賀凌駕で、お前は私と凌駕の子供だ、今からその経緯を話す――』
私は観念してベットから起き上がりお袋の話を聞くことにした。




