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90話 「人形の誘惑」


 繭の相談事をする為に、私と繭、そして黒田の三人で大学の中に有る学食へと向かった。


 「とりあえず何か飲みますか……繭氏達の分も取ってきますのでこの席で待っていてください」


 そう言って、黒田は飲み物を取りに行った。中々気が利く奴だ。しかし生憎私は人形なので飲み物は飲めない。


 「お待たせしました……あっ、申し訳ないです、胡蝶タンは水を飲めませんでしたね」


 黒田が申し訳無さそうにコップの水を下げようとするので、私は黒田の手を掴み、それを止めると、黒田のコップを取り、一気に口に水を流し込んだ。


 「――ゴク、ゴク」

 「こ、胡蝶タン……良い飲みっぷりですね、ははっ」


 黒田は引きつった笑みを浮かべて若干引いている。そして私のとなりに座っている繭は唖然とした表情で私を眺めていた。


 「……ぷはぁー」


 少しはしたないが、水を飲み終わると、大きく息をはいた。そして自分の首の繋ぎ目を触り、水が漏れていないかを確認した。


 ――濡れていない。


 以前、大我に奢って貰ったジュースをした飲んだ時は、飲む度に首の繋ぎ目からジュースが溢れ出して来たが、今回はそうはならなかった。


 「……くくくっ」

 「胡蝶ちゃん、何がおかしいの?」

 

 繭は私が何故笑みを浮かべているのかわからないだろう、何故なら人間は普通に水を飲める。しかし人形である私が水を飲めることはとても重要であり、喜ぶべきことなのだ。


 何故なら、私が人間に近づいている証拠だからだ。繭と私の差は徐々に縮まって来ている。


 「いや、すまない、何でもないんだ、それより早く黒田にあの事を相談しよう」

 「えぇ、そうね……けどあの、ダメ、やっぱり恥ずかしいわ!」

 「おい繭、なんで恥ずかしがるんだ?」

 「だって胡蝶ちゃん、相談内容って、夢見鳥が私のパンッ、を使って……ダメ、恥ずかしぃよぉ!」

 「ま、繭氏!? いっ、一体どんな内容事をワタクシに相談つもりで!?」


 繭が恥ずかしがるので、黒田もそれに釣られて顔を紅くして、あたふたし始めた。これでは埒が開かない。


 「もういい、私が言う……黒田、相談事ってのはな、私の妹が繭の下着を使って変な事をするんだ、どうすれば良い!?」

 「ぶほぉおおっ! えっええっ!?」


 私が叫ぶと黒田が飲みかけの水を吹き出した。そしてその水が私の顔へと掛かった。汚い。そしてちょうどこの時、学食にいた何人かの人達が私達に注目して静まり返った。


 「こ、胡蝶ちゃんんんんっ!? こんな大勢のところで……はぁ」


 繭は私の名前を呼ぶと、恥ずかしい空気に耐えきれずに気絶した。


 ………。


 「はっ! 胡蝶タンすみません、すぐに拭きますから」

 「いや、結構だ、それよりちょっと耳を貸せ」


 私は、濡れた顔を拭くのをあとにして、まずは黒田の胸倉を掴み、耳元で囁いた。


 「黒田、お前は繭の事が好きだろ?」

 「えっ、胡蝶タン何を言って……ワタクシは繭氏の事は……」

 「嘘をつくな、お前は梨々香(黒田の空気嫁)を愛していると言って置きながら繭に惹かれているな?」

 「くっ……ううっ」


 私が黒田の胸倉から手を離すと、黒田は力なく席に座り、項垂れた。


 「胡蝶タン、認めます、ワタクシは繭氏の事が好きです、梨々香よりも……」

 「そうか、やっぱりな、所詮人間は人形なんて本当に好きにならないからな」


 私が自嘲気味に言うと、黒田は何かを察した。


 「胡蝶タン、もしかして大我氏と……」

 「あぁ、別れたよ、それであいつは今は繭と付き合ってる」

 「っ!? くっ、うっ……」


 繭と大我の関係をバラすと、黒田はメガネの位置を直すふりをして、悔しくて、悲しい思いを私に隠そうとした。


 「そ、そうですか、大我氏と繭氏なら、お似合いですね……ワタクシの入る余地なんて無いですね」

 「黒田、お前は本当にそう思っているのか?」

 「えっ?」


 私は席を立ち、黒田の後ろに回って、再び黒田の耳元で囁いてやる。まるで誘惑するようにだ。


 「私が見た限り、最初はお前の方が繭と仲が良かっただろ? そして海で不良に絡まれた時、お前は真っ先体を張って繭の事を守った」

 「……そんな気を使った事を言わなくて良いですよ胡蝶タン」

 「気を使うだと? 私は事実を言っているだけだ」

 「けれどあの時、大我氏が来なければワタクシはあの不良達にボコボコにされて繭氏を守れなかったはずです」

 「いいや、そんな事はない、確かにお前はボコボコにされていたかもしれないが、決して諦めずに繭を守ろうとしていたはずだ、そうしたならば結果的に不良達も周りの目を気にして諦めた筈だ」

 「……そうですかね」

 「あぁ、そうだ、お前は自分を下に見ているようだが勇気はある、自信を持て」


 私が褒めると黒田は満更でもないような態度を取った。


 「なぁ黒田、もしあの時、大我がいなかったら繭はお前の事を気に入って好きになっていたと思う」

 「うっ……でも、それはもしもの話であって今現在はもう可能性は無いです」

 「いや、ある!」

 

 私は黒田の横へ移動し、下から黒田の顔を覗き込んだ。

 

 「よく聞け、このまま繭が大我と付き合うと不幸になるぞ」

 「何故ですか!? 何故胡蝶タンはそこまで言い切れるんですか!?」


 黒田の感情が高ぶって来た。それを感じ取った私は、心の中で、ほくそ笑んだ。


 「何故かって? それは大我が女にだらしないからだ」

 「そんなバカな、大我氏は真面目な人です!」

 「数日しかあったことの無いお前に何故それが分かる? 事実、この前まで大我は女のトラブルが耐えなかったぞ、しかも相手全員私の姉だ」


 黒田は私の話にショックを受けた。まぁ、実際には大我は姉貴達に手を出したのではなく、どちらかと言うと手を出された被害者なのだが……。


 「どう思う? こんな奴が繭を幸せにできると思うか?」

 「……くっ」


 黒田は段々と顔をしかめ始めた。私は頃合いだと思い話をたたみかける事にした。


 「黒田、繭を大我から取り戻そう」

 「できません……大我氏は、親友です」

 「親友? 果たしてたった数日旅行に一緒に行っただけの仲なのに本当の親友になれるのか? それにもしかしたらあの時、大我は最初から繭に惚れてて、お前の事なんか邪魔だと思ってたかもしれないぞ?」

 「嘘だ……そんな筈ありません」

 「ここまで言ってまだ嘘だと思うのか? 大我は私と別れたその日に繭と付き合う、薄情な奴だぞ」

 「なっ!? そうなんですか!?」


 ――私は何を言ってるんだ? 別れを切り出したのは私の方なのに。


 全て悪いのは私の方なのに、大我の事を悪く言う自分に腹がたった。だが、これからやる事に必要な事だ。大我が私を必要とするには繭と別れる事はもちろんだが、さらに念には念を入れて、再び孤独にさせなければならない。


 「大我氏……そんな……見損ないましたぞ」


 黒田は怒りで体を震わせている。そろそろ仕上げだ。

 

 私は黒田から離れて、今度は気絶している繭の後ろへ移動する。そして優しく繭に抱きつき、黒田を見て話す。


 「繭は芸術の才能があるみたいだな、けど残念だ、大我は芸術とはかけ離れた世界にいる、そうなると繭の才能は埋もれるだろうな」

 「……そんな、ダメです」

 「さらに、この小さい身体、きっと大我のような大男は壊してしまうんだろうなぁ」

 「――そんなのダメです!」


 黒田が叫ぶと、あたりは静まり返った。改めて周りをよく見ると、学食にいた生徒達はいつの間かいなくなり、私達だけになっていた。


 「黒田、繭とお似合いなのはお前の方だ、お前が繭と幸せになるべきなんだ、分かったな?」

 「……その通りです、胡蝶タン」


 黒田は苦しそうに返事をした。その時の表情は真剣に何かを考えている表情だ。


 「う、うーん……あれ、胡蝶ちゃん? あっ、わ、私恥ずかしくて気を失って、あわわっ」

 「繭、目覚めたか、済まなかった、あんな大勢の前で言うことじゃなかったな」


 目覚めたばかりで、慌てふためく繭を宥める。


 「繭、恥ずかしくてもちゃんと黒田に話すべきだ、きっと黒田なら力になって頼りになる、私はちょっと近くを歩きながら時間を潰すから、後は二人きりで話してくれ」


 私はそう言うと、最後に黒田にそっと耳打ちした。


 『繭が頼れるのはお前だけだ』


 こうして私は食堂をあとにして、大学の校内を歩いた。すると、美術大学らしく、絵の展示をしているコーナがあったので見て見る事にした。

 

 『失楽園』


 展示コーナにあった絵はそう題されていて、聖書の一部、アダムとエバの物語を絵にしたものだった。


 物語の内容は、神が創造したエデンの園にある禁断の果実を蛇にそそのかされたアダムとエバが食べてしまった為に、エデンの園を追放されてしまう。そのワンシーンを絵にしていた。


 因みに、そそのかした蛇はその後、腹這いの生物となったらしい。


 「……なるほど、今の私はこの絵で言うと蛇の立場だな、もし私のしていることが大我にバレたら、私は最後に何になるのかな?」


 そう呟くと同時に、目から勝手に水が流れ始めた。


 「あれ、さっき飲んだ水が漏れて来たのか? だとしたら首筋は大丈夫かな?」


 慌てて首の繋ぎ目を触るが濡れていなかった。


 「そうだ、人間は悲しくなると目から涙という水を流して感情をスッキリさせる機能があるんだった」


 私は何度も目を拭いたが、一行に流れる水は止まらなかった。


 私は最低だ、バカで愚か者だ。どこで間違えたのか分からない。こんな最低な事をしなければ、もしかしたら、皆で幸せになれる未来が会ったかもしれないのに……。


 『今、後悔しても遅い』


 私の中に宿る、嫉妬の蛇が囁く。


 「わかってるよ、お袋……」


 涙を拭き、展示コーナをあとにした。そして事の成行きが私の思い描いたように進むことを待つ事にした。

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