88話 「人形の軍師」
私の策が成功し、繭と二人きりになる事ができた。こうして、私がこれから行う事は、何とかして繭と黒田を会わせるように仕向ける事だ。
……さて、何をどうしてやろうか、くくくっ。
『――胡蝶は心の中で情景を思い浮かべた。情景の中の自分は、三国志の軍師の格好をして、羽扇を振りがざし、万の軍勢を率いている。そして立ち向かう相手には重そうな甲冑を着てオロオロしながら頑丈な砦を守る、繭の姿を想像した。 ――次回、繭砦の戦い』
――謎のナレーションが終わると、胡蝶は玄関を出て、繭の元へと向かった――。
「すまない、待たせたな、繭」
「いいのよ、胡蝶ちゃん……その服かわいいね」
玄関を出ると繭が居て、私を見ると、着ている服を褒めてくれた。
繭は私を羨ましそうに見ている。どうやらこれは本心でそう言っているようだ。
――首には黒色チョーカー、上は長袖のフリルが着いた上品な白色のブラウス、そして下は黒色のフレアスカートのミニ、そして靴下は太腿まである黒色のニーハイソックス、最後に靴はシンプルな黒のパンプス――。
これが今の私の着こなし。我ながら完璧な装備だ。おっと、忘れちゃならない事があった。人形特有の関節を隠すのに手袋が必要だ。
私はスカートのポケットから白色のレースの手袋を取り出して、装着した。よし、今度こそ本当に完璧。
「胡蝶ちゃん、本当によく似合ってるわ、あはは……」
繭は私のその一部始終を見て力無く笑うと、私から目を反らした。
――勝った。
『軍師胡蝶は、此度の戦の勝利を確信した。何故なら自らの兵は皆士気も高く、装備や武器も強力な物ばかり。そして、完璧な布陣を敷いて何時でも砦を攻めれる。一方、繭将軍が守る砦は頑丈だが、中にいる兵達の装備は普通、士気も、繭将軍に影響されて少し低い。これはもはや勝負あったも同然だ』
――くくくっ、何ていい気分なんだ。
「さぁ繭、どこか二人きりで話せる場所に行こう」
私と繭はバスに乗り、街へ出かけた。そうして街に着いたあと、二人で喫茶店に入った――。
喫茶店の席に着くと、私は早速、夢見鳥の事について話を切り出した。
「……なぁ繭、夢見鳥の事についてなんだが――」
「――えぇ、そうね……はぁ、夢見鳥、なんで変態さんになっちゃったの?」
繭はそう言うと、顔を抑えて泣き始めた。それと同時に店員が注文を取りに来た。
店員は何が合ったのかと驚いた顔をして私を見た。どうにも気まずい。
直ぐに店員に言って、適当に飲み物を注文したが、この時、間違えて二つ飲み物を注文してしまった。こうして私と繭の目の前に飲み物が置かれた。
「あら? 胡蝶ちゃん飲み物を飲めたの?」
「ごめん繭、飲めないのに間違えて頼んでしまった」
「いいのよ、私が二つ飲むわ」
繭は私の前に置かれた飲み物を自分の所へ持ってきた。
――負けた!?
このやり取りがまるで人間と人形との差を示しているような気がして繭に負けてしまった気分になった。
『なんと!? 戦が始まると、胡蝶軍の一部が離反、そして繭軍に合流。曰く、この戦に『義』は無いとの事。やはり普段傍若無人の軍師胡蝶には人望が足りなかったのか?』
――ちょっ、黙れよナレーション! 畜生、落ち着け私、まだ戦は始まったばかりだ。
気持ちを落ち着かせて、本題に乗り出す事にした。どうにかして繭と黒田を会わせるように誘導しなければ。
「なぁ繭、夢見鳥のことをどう思ってるんだ? 今回の事で嫌いになったか?」
「……胡蝶ちゃん、私は夢見鳥の事は今でも好きよ?」
「――っ、繭、なんというか、あいつはお前の事を恋愛対象としてるぞ」
「それは分かって居るわ、けど私には大我さんがいるからあの子の気持ちには応えれない」
「だったら、今後どうするんだ?」
「それは……分からないわ、私、本当に恋愛対象としてではないけど、夢見鳥の事は好きなの、でもだからと言って私の下着を使ってイヤらしい事をしてたなんて、ダメ、気持ち悪い、私あの子とどうやって接すれば良いか分からないわ、ぐすっ……胡蝶ちゃん、私どうしたらいい?」
予想以上に繭が傷ついていたので私はとても驚いた。まさか私の嘘がこれほどの効力があったとは……。
繭と夢見鳥の二人に対し、今更ながらとてつもない罪悪感を感じた。
畜生、なんで私は罪悪感を感じてるんだ、元はと言えば繭が大我を私から奪ったのが行けないんだろ!? しっかりしろ私。
「ごほんっ……えーと、私もどうして良いか分からない……だから、他の誰かに相談してみないか?」
「相談? そうね……だったら大我さんに――」
「――黒田がいいんじゃないか!?」
私は机から身を乗り出して言った。
『――軍師胡蝶の策が発動! 黒田の計! この計略により、繭将軍の兵に動揺が走る!』
――くくくっ、見たかナレーション、これでこの戦は私の有利になるぞ。
「胡蝶ちゃん落ち着いて、ところで、どうして黒田さんなの?」
繭が動揺する。そして私を宥めようとする。
「えーと、その……大我のやつ私に全く連絡も寄越せないくらいに仕事が忙しいだろ? だから相談する暇なんて無いんじゃないかと思って……」
「えっ? 私、昨日『大我さんに電話』したら普通にでてきたけど……あっ!?」
『――流石繭将軍、動揺する兵を宥めて、直ぐに反撃に出た。そしてなんと、砦から繭軍最強の精鋭騎馬部隊が駆け出し、スマホを盾にして飛んでくる矢を弾いて、次々と胡蝶軍を蹴散らして行く!』
――何だと!? 繭の奴、自分は何時でも大我と会話する事ができるとアピールしてきた! 畜生、私が人形だからスマホを扱えない事を知っているな?
「こ、胡蝶ちゃん違うの、昨日は胡蝶ちゃんが体調を崩したから大我さんに知らせる為に電話したの、その後胡蝶ちゃんにも代わってあげようとしたんだけど、大我さん忙しくて直ぐに電話が切れちゃったの」
「へぇ、そんなのか、なら仕方ないな、それと、やっぱり大我は忙しいみたいだな、私と話す前に電話を切るくらいに……だったら私が行った通り黒田に相談した方が良いんじゃないか?」
「え、ええっ、そうした方が良いわね」
繭は引き攣った顔をしながらスマホを取り出して、操作した。
「あら? ちょうど黒田さんからメッセージが来てるわ、えーと……あっ、この前の旅行の写真の写真をムービーに加工して送ってくれてる、へぇー、おもしろーい!」
その後、繭はスマホをスクロールしながらメッセージを読んだ。しかし途中で指を止めて、急に驚いた表情をした。
「黒田さんが私の通っている大学の夏休みの特別講習に外部講師として来てるって!」
「……何だそれ?」
繭が私に説明してくれる。なんでも、繭が通っている美術大学には夏休みの間だけ、特別講習と言って、実際に著名な芸術家やデザイン関係で働いている人達を講師として呼んでいるらしい。
そこでは、学生にプロである講師達の技術を学ばせるのが目的と、卒業後、自分達がどのような進路に行く事になるのか等、講師から話を聞いて学ばせるのが目的らしい。
そして、地域奉仕の理念からこの講習は安い金額のお金さえ払えば、一般市民でも講習を受ける事ができるらしい。
「ちょうど、良いんじゃないか? 今からその講習とやらに行って黒田に会いに行くのはどうだ?」
「えっ、今から? ……でもそうね、私も前からその講習は受けて見たいと思ってたし行こうかしら」
――こうして私は黒田に会いに行く為に、繭の大学に行った。
因みに、現在の私の心の中の情景では軍師胡蝶は悔しいが、若干不利な状況なので、一旦軍勢を引いて、追撃に出てきた繭軍を場所を変えて撃破する作戦に出た――。
――〇〇美術大学――。
「胡蝶ちゃんようこそ、ここが私の通っている大学よ」
「こ、これが大学?」
私は大学という、見たことも無い敷地に圧倒された。
広く綺麗に舗装された道路と、その脇に均等に整備された真っ直ぐ伸びる並木道。そして他には無いセンスの良いデザインの校舎。
何だが毎日ここへ通いたくなって来る。繭が羨ましいな……はっ!?
『軍師胡蝶は気付いた。繭軍にわざと追撃させて、まんまと自分の有利な場所で戦の続きをしようとしたが、逆に繭将軍に有利な場所に来てしまった事に』
「――しまった、私は自分自身で不利なところに……」
「胡蝶ちゃん、何がしまったの? 何か忘れ物でもしちゃった?」
「あ、いやその……アレだ! 講習を受ける為のお金を忘れた」
「それなら大丈夫よ、私が出すから、折角だから胡蝶ちゃんも講習をも受けましょう!」
『繭将軍が地の利を活かして兵を動かす。それに対して軍師胡蝶は受け身の状態で対処するだけだ。しかし諦めるのはまだ早い。黒田の計さえ成功すれば胡蝶軍は勝利するからだ』
――そうだ、諦めるのはまだ早い、私の目的は繭が黒田と仲良くしている証拠を掴み、それを浮気とでっち上げて大我に報告することだ。
繭は私がそんな事を考えている事は知らずに親切に私に接して、私の手を掴んで大学を案内してくれる。
――ああっ、早く大我と繭が仲違いしてくれないかな、そうすれば大我は再び私のものになるのに。
「――っ痛い、胡蝶ちゃん、少し手を緩めてもらってもいいかな、あははっ……」
「すまない、つい緊張して強く握ってしまった、気をつけるよ」
繭は一瞬、キョトンとしたが直ぐに楽しそうな笑顔になった。そして私に安心するように言った。
こうして私達は大学の奥へ進んだ。
『――次回、美術大学の戦い』
なんちゃって三国志です。
三国志に詳しい人ごめんなさい。




