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86話 「人形の策略」


 ――早朝、陸上自衛隊某駐屯地。


 駐屯地全体に起床ラッパと呼ばれるラッパの音色が響く。


 すると、一部屋に数個ある二段ベットから、様々な年齢相の男達が眠りから覚めた。


 男達はテキパキとした動作で迷彩服の上着を来る。それから迷彩帽を被り、下はジャージという何とも奇妙な格好をしたまま外へ出て整列した。


 『――番号、始めっ!』


 『1、2、3、4、5……』


 一人の男の掛け声と共に、整列した男達が番号をかける。そして最後に、当直と呼ばれる人員を掌握する自衛官に全員が異常無いことを報告する――これは、点呼と呼ばれる行動だ。


 こうして、点呼が終わると整列していた男達は解散して朝食へと向かった。そしてその中に久我大我はいた――。


 「――はぁあ、点呼とか懐かしいな……さてと、飯に行くか!」


 久しぶりに自衛隊の点呼を受けて、俺は妙にテンションが上がった。昔はラッパの音で起こされるのはうっとおしく感じたが、今ではそんな事も忘れて只々、懐かしさに胸が踊る。


 ――俺、自衛隊に帰って来たんだ。


 期間限定とはいえ、俺は再び自衛官――正確には予備自衛官になって、かつて所属していた駐屯地へと帰って来た。


 「……腹減った、今日の朝食はなんだろ? つーか、今思えば朝食を作ってくれるのって、楽でいいな」


 そう言って、独り言を言いながら食堂へ入る。食堂では多くの自衛官達が黙々と朝食を食べていた。


 ――あいつはいないな……。


 俺は自衛官達の中に、ある人物がいない事を確認すると、同じように黙々と朝食を食べた。その後、部屋に帰り訓練の準備をした――。


 ――射撃訓練場。


 『――これより、射撃訓練を行う、各人安全に留意せよ』


 訓練を指揮する自衛官が、そう訓示する。


 「射撃かぁ……久しぶりだから緊張するな」


 俺は八九式小銃を手に持って呟いた。そして練習用の的がある方向へ向けて小銃を構えてみた。


 ――これこれ、この感触……それとやっぱこの重さだよな、俺が持ってるエアガンとは比べ物にならないぜ。


 「おい! 何だその姿勢は、そんなんじゃ当たらねぇぞ!」


 突然、俺の後ろから訓練を担当する教官の一人、鬼原班長が声をかけて来た。


 鬼原班長は厳しく、そして細かく射撃について教えてくれた。そのかいあって俺は射撃でいい結果を残せた。


 「ガハハハッ! 久我ぁ、てめぇやるじゃねぇか」

 「いえそんな、鬼原班長のおかげです」

 「お、そうかそうか、だったら今度俺に酒を一杯奢れ」

 「はぁ!? 班長、なに後輩にたかろうとしてんですか」

 「ガハハ! 冗談だ、それより今度飲みに行くぞ、俺の奢りだ」

 「本当ですか!? ありがとうございます!」


 こうして俺は今度、鬼原班長と飲みに行く約束をした。


 ――訓練帰り。


 射撃が終わり、帰る準備をしていると、射撃場に別の部隊を載せた大型のトラックがやって来た。そして荷台から次々と人が降りてきた。


 「……あっ!?」


 俺はその荷台から降りてきた人の中にある男を見つけた。そいつはメガネをかけて、顔がキリっとしている。要するにインテリ系の容姿だ。


 「――ッ!」


 俺は鉄帽を目深に被り、そいつにバレないように、そそくさと自分を載せて来たトラックに乗り込んだ。


 ――クソっ、朝食の時に会わなかったのに。


 先程のインテリは今朝、俺がいない事を確認した人物だった。俺はその人物に罪悪感を感じつつ、その場を去った――。


 ――早朝、大我の部屋。


 「朝か、結局一睡もできなかった……」


 私は布団から起き上がると呟いた。

 

 昨日の夜から今朝の今まで恐怖で眠る事ができなかった。何故なら大我のベットで寝ている繭に嫉妬して手をかけようとした。しかしそれを隣に住む須賀凌駕という男に止められた。


 『――次に誰かを殺そうとしたら俺がお前を殺す』


 凌駕は私に本気でそう言った。私はそれが恐ろしくて眠る事ができなかった。


 「うーん……繭ぅ……夢見鳥が守るから……ムニャムニャ」

 「すー……すー……冷たい……気持ちいい、すー……すー」


 大我のベットで繭と夢見鳥が寝言を言いながら気持ち良さそうに寝ていた。


 夢見鳥は幸せそうに繭に抱きつき繭の方は夢見鳥のシリコンの肌がひんやりとしていて気持ち良いらしく同じように夢見鳥に抱きついて眠っていた。


 『おはよう胡蝶、昨夜は惜しかったな、あともうちょっとそこで寝ている人間を仕留める事ができたのに……』


 そう言って私の着物から、蛇の姿をした母親が現れた。


 「おはよう、お袋……所で、隣に住む凌駕なんだが――」

 『――無理だ、あの男には逆らわない方がいい、それにあの男は……いやなんでもない』


 母親は、何かを言おうとしてやめた。そこで私は別の質問をする事にした。


 「なぁお袋、他に私を人間にするのを早める方法はないのか?」

 『……無いな、人間というのは複雑にできている、だからお前を人間にするのに時間がかかる』

 「人形の身体よりも難しいのか?」

 『当たり前だ、だから人間の血が欲しい、人間の血の中には設計図が沢山入っている、それさえあれば、時間を早められる』

 「……大我の血じゃだめなのか?」

 『ダメだ、男と女とでは身体の設計が違う、それに血は大量に必要だ、だから仮に血を抜き取ったらお前の愛する男は死ぬぞ?』

 「それはダメだ……ったく、どうしたら良いんだろう」


 私は悩んだ。このままでは私が人形から人間になる前に大我は愛情を繭に向けてしまい私に見向きもしなくなる。そうなれば私は終わりだ。


 ――ブー、ブー。


 突然、机の上に置いてある物が震えた。なので私は、それに近づいて見た。


 「……繭のスマホか」


 机の上で震えて居たのは繭が使用している白いスマートホンだった。それを見て以前私が大我とやり取りした事を思い出した。確かあれは私が大我と付き合う前の事だ――。


 ――ブー、ブー。


 「うわっ、何か震えてる」


 私は、机の上で鳴り響く謎の薄くて四角い物体に驚いた。


 この当時、私はこの物体がスマートホン――略してスマホと呼ばれる物だとは知らなかった。


 「――何だこの薄くて四角いの……触っても大丈夫かな?」


 私は恐る恐るスマホに触れた。一瞬、指先に震える感触が伝わりビクッとしたが、後はなんとも無いのでそのまま手に持って見ることにした。


 『着信――親父』


 ――着信? どういう意味だ? えーと何々……通話ボタンを押して下さい……どれだ?


 ――スマホには突起のようなボタンはついておらず、画面に通話ボタンと表示されてるいるだけなので当時の私は混乱したのを覚えている――。


 「とりあえず触って見るか、えいっ……あれ? 反応しねぇぞ、何だこれ?」


 私が何度も通話ボタンを押してもスマホのボタンが反応しなかった。


 「ああっもう! 反応しろよ、この、この!」


 その後の私は、向きになってスマホの画面を何度も指で押した。するとそこへ、風呂から上がった大我がやって来た


 「あっ! お前なんで俺のスマホを勝手に触ってんだよ、貸せ……あっもしもし親父?」


 大我は私からスマホ取り上げると、操作して通話を始めた。私はそれをじっと眺めた。そして大我の通話が終わると質問した。


 「おい、それは一体何だ?」

 「えっ、スマホだけど――って、胡蝶は知らないのか……だったら教えてやるよ――」


 大我は私にスマホの操作の仕方やアプリの使い方を教えてくれた。


 「――てな訳で、使い方分かった?」

 「あぁ分かった、早速やって見るから貸せよ」

 「ちょ、おい取るなよ」


 私はスマホがとても便利で面白いものだと分かり、大我から取り上げて遊ぼうと思った。しかしスマホは私の手には反応を示さなかった。


 「あぁそうか、胡蝶はシリコン素材の人形だもんな、だからスマホが反応しないんだ」


 大我はそう呟いた――。


 『シリコン素材の人形』


 回想が終わり、今現在、その言葉を思い出すととても悲しくて胸が締め付けられた。


 ――大我は今の私をこう思ってるんだろうな……人間ではないシリコン素材の人形――只の置物。


 「チッ……嫌な事を思い出した……おや?」


 繭のスマホを見て不愉快な思いをした。そして同時にスマホにメールが届いていることに気づいた。


 『メール受信――黒田』


 「……黒田からメールか……待てよ?」


 私は、一瞬、悪魔的な閃きをした。そうして思わず顔が歪んだ。


 ――黒田を使えば、大我と繭の仲を引き裂ける……くくくっ、知っているぞ黒田、お前は繭の事が好きなんだよなぁ。


 私は前回の旅行で海に行った時の事を思い出した。そして、その時に黒田と繭の事を観察していた。その時の様子を思い出した。


 ――黒田はまず、旅行中はほとんど繭の事しか写真に取っていない。そして……。


 ……黒田が旅行中に片時も離さずに大切に持っていて、尚かつ恋人と宣言していた空気嫁ダッチワイフの梨々香。


 ――私は、見たぞ? お前が梨々香を置いて繭の所へ行くのを……。


 あの時、黒田は梨々香を私の側に置いて繭と一緒に海へ行った。

 

 ――それだけじゃない、帰り道……実はあの時、お前は梨々香を萎ませてカバンにしまっていたよな、そして繭と楽しそう会話をして歩いていた……それも大我が羨む程に――。


 ――以上の事から私は、黒田は繭の事が好きなのではないかと思った。ならば黒田の気持ちを利用して繭に近づくように仕向ければ良い。


 なんとかして黒田と繭を二人だけで会わせよう。そうしたならば大我はきっと傷つく。


 ――恋人が別の異性と二人だけでいると哀しい。


 私は過去の自分の経験から分かっていた。


 『――哀しみ――』


 以前私が大我と付き合っていた時に、大我は私の姉の心春と二人だけで部屋ですごしていた。


 その時の私の心の中はとてつもない嫉妬心で彩られたが、最後にやがて深い哀しみへと変わった。


 『――裏切り――』


 大我の裏切りが原因で私達は別れた。しかしその事については仲直りをした。だが……繭の存在が私と大我の関係の修復を邪魔する。


 「そうだ、繭に大我を裏切らせよう!」


 黒田に繭を会わせて良い感じになれば、それを大我に報告しよう。そうすれば大我は繭に裏切られたと感じる。


 『――依存――』


 大我は、恋人に裏切られたショックで落ち込むだろう。そこに私が現れて慰めてやれば、きっと大我は私を必要としてくれて依存する筈。そうして再び二人だけで過ごすんだ!


 『哀しみ、裏切り、依存』


 ――この三つのことをを行えば大我は再び私のものに……。


 「――くくくっ、完璧じゃねぇか……」

 『どうしたんだ胡蝶? 悪い顔をしているぞ』

 「お袋、いい方法を思いついたんだ、だからこれから行動に移る」

 『……そうか、くれぐれもヘマをしないようにな』


 お袋は再び私の身体の中へと戻った。その後、私はベットで眠る繭達を起こした。


 「さて、そろそろ二人を起こすか……おーい、繭、夢見鳥、起きろ、朝だぞ!」

 「う、うーん……おはよう胡蝶ちゃん」

 「くくくっ、あぁ、おはよう繭」


 私は寝ぼけた様子で起き上がる繭に笑顔で接しながら、繭を貶める策略を巡らせた。


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