85話 「人形への警告」
――さっきの胡蝶ちゃんは何だったのかしら……。
先程私は、脱衣場で裸の胡蝶ちゃんに抱きつかれた。その時はものすごく恥ずかしかった。しかし胡蝶ちゃんは私に何故か謝ってきた。
――もしかして、大我さんが居ないから寂しくて、甘えたくて、それで私に抱きついちゃったのかな……だとしたら、それが申し訳なくてあの時、私に謝ってたの?
だとしたら私はなんて罪深い女の子だろう。何故なら胡蝶ちゃんの大好きな大我さんを奪ってしまったのだから。
――私、胡蝶ちゃんになんて事を……でも、私も大我さんが好き、そして今は私の彼氏……誰にも渡したくない。
「――ッ、繭!」
「きゃっ!? どうしたの夢見鳥……胡蝶ちゃんとの話は終わったの?」
突然、夢見鳥が後から私に抱きついて来たので驚いた。
――夢見鳥ったら、珍しく真剣に胡蝶ちゃんと話してたみたいだけど……別に喧嘩した訳じゃないよね……あら?
私は夢見鳥が小刻みに震えていることに気がついた。
「――ねぇ夢見鳥、どうして震えるの? やっぱり胡蝶ちゃんと喧嘩しちゃった?」
「違うの、えーとね……繭、今日はもうお家へ帰ろ」
「それは無理よ、もう外は暗いし帰りの電車も無いわ、それに今帰ったら胡蝶ちゃんが一人になって可哀相でしょ?」
「それでもいいもん! 早く帰ろ!」
「夢見鳥! なんでそんな酷い事を言うの!? いい加減にしなさい!」
私は夢見鳥を振りほどき、真剣な表情をして彼女を見つめて怒鳴った。胡蝶ちゃんを一人にしていいなんて、間違っている。ここは夢見鳥を叱らなければいけないと思った。
「――夢見鳥、あなたいつからそんな酷い子になったの!? やっぱりさっき胡蝶ちゃんと喧嘩したんでしょ、早く仲直りしなさい!」
「違うの! そうじゃなくて、お姉ちゃんは別の人形なの、それと繭の事を後から殺そうとしてたの、だから危ないの!」
――胡蝶ちゃんが別の人形で私を殺そうとしてた? どういうことなの?
私は夢見鳥の言っている事がさっぱり理解出来なかった。私がポカンとしていると夢見鳥は私の手を握り、悲しそうに見つめた。
「繭、お願い……夢見鳥の言っている事を分かって」
「……夢見鳥、それはやっちゃいけない事よ」
「……えっ、どういう事?」
私は今までに無いくらいに夢見鳥に怒りを覚えた。
「――あなた、胡蝶ちゃんが私に裸で抱きついてるのを見て嫉妬して許せなかったんでしょ……だから胡蝶ちゃんの事をデタラメ言って貶めようとしているのね」
「えっ、繭? 夢見鳥に何を言ってるの? ……違う……違うの! そうじゃなくて――」
「――胡蝶ちゃんだって寂しくなって誰かに甘えたくなる時だってあるわ、だからもし、次に胡蝶ちゃんが私に抱きついて来ても嫉妬しない事、良いわね」
――そうよ、あの時の胡蝶ちゃんは寂しさのあまり、私に甘えてしまっただけ、殺そうとしてたなんてありえない。
「今すぐに胡蝶ちゃんと仲直りする事、じゃないと今日はいつもみたいに一緒に寝てあげないわよ」
「――そんなのダメっ! 繭は夢見鳥から離れちゃダメっなの!」
「……じゃあ、自分が何をしなくちゃいけないかわかるわね?」
私の問いかけに夢見鳥は無言で頷いた。するとちょうど胡蝶ちゃんがお風呂から上がって来たところだった。
「あっ、胡蝶ちゃん、ちょうど良かったわ……ほら夢見鳥、胡蝶ちゃんに言うことがあるでしょ?」
「……グスッ……胡蝶……お姉ちゃん、ヒック……さっきは酷い事を言ってごめんなさい」
「あぁ、さっきの事か……別に私は気にしていないからまた姉妹で仲良くしような」
泣きながら謝る夢見鳥に胡蝶ちゃんは近づいて言った。
「――ひっ!? 嫌!」
急に夢見鳥が胡蝶ちゃんの顔を見て逃げた。一体何があったのか私にはわからなかった。
「――こらっ! なんで逃げるの夢見鳥」
夢見鳥が逃げたあと、胡蝶ちゃんの顔を見たが何も変化はなく、いつもの羨ましくなるような綺麗な顔だった。
――どうしてなの夢見鳥? なんで胡蝶ちゃんと仲直りしないの?
「――あーあ、夢見鳥に嫌われちまったな、きっと私が繭に抱きついてたからだ」
「胡蝶ちゃん……あの、言いにくかったら言わなくていいけど、その……私に抱きついて謝ってたのって、もしかして寂しくて甘えたかったから?」
「――ッ! ……そうだ」
胡蝶ちゃんは、私の質問に対し驚いた表情をしたが、暫く考え込むようにして答えた。
――やっぱりそうだったのね、けど、さっきの考え込むように表情は何だったんだろう?
少し疑問に思うこともあったが考え込まないようにした。その後私は胡蝶ちゃんに言って大我さんの部屋のシャワーを借りた。
――シャワー室。
「ふぅー、気持ちいい……」
季節は夏、夜はまだ暑いので温めのお湯を身体に当てて、今日の疲れを癒やした。
――いつも、ここで大我さんは身体を洗っているんだ。
ふとした瞬間、彼氏の大我さんがここで裸で体を洗っている事を想像してしまった。その瞬間、私は急に体が熱くなるのを感じた。
――考えちゃダメっ、これじゃあ私、変態だわ。
さらにお湯の温度を下げて体を冷ました。そうしてまずは頭を洗う事にした。
シャンプーを手に取り、泡立て丁寧に頭と髪の毛を洗う。すると何故か後に誰かいる気配がした。
――き、気のせいよ……別に幽霊とかじゃないわ。
これはよくあるアレだろう。目を瞑り頭を洗っていると、後に誰も居ないのに、誰かいるという気になる現象。
私は、はじめは気にしなかったが、やはりシャワー室のドアの向こうに誰かが居て、私の事をじっと見ている気がして段々怖くなった。
「……ッ」
私はシャンプーの泡を全て洗い流すと勇気を振り絞り後ろを振り向いた。
――えっ……嘘でしょ? 何か居る。
シャワー室のドアの前に誰かわからない人影が居た。
――どうか幽霊じゃありませんように。
そう願いながら、ゆっくりとシャワー室のドアを開けた。
「――あっ、繭、もうシャワーから上がるの?」
「夢見鳥、あなただったのね……もう、びっくりさせないでよ」
人影の正体は幽霊ではなく夢見鳥だった。それが分かったあと、私は夢見鳥に何でここにいるのか尋ねた。
「――胡蝶お姉ちゃんが、繭がシャワーを浴びている間に襲いに来ないように見張っていたの」
「夢見鳥ったら、また訳のわからない事を言って、胡蝶ちゃんがそんな事する訳ないでしょ――」
「――私が何をするって?」
――丁度その時、胡蝶ちゃんがここへやって来た。手にはバスタオルを持っている。
「繭、タオル忘れてただろ?」
「あ、胡蝶ちゃんありがとう……ほら、夢見鳥、大丈夫だから早く向こうへ戻ってて、すぐに上がるから」
私がそう言うと、夢見鳥は真っ直ぐに私を見つめて言った。
『――繭は絶対に夢見鳥が守るから』
そう言うと夢見鳥は向こうへ戻った。
今日の夢見鳥は何かおかしい。流石に私も夢見鳥の行動が気にかかった。なので今日は胡蝶ちゃんに悪いが夢見鳥とできるだけくっついて寝るように決めた――。
――深夜。
この部屋にいる三人は寝静まった。この部屋の主、大我のベットには繭と夢見鳥の二人、そして、床に布団を敷いて胡蝶が眠った――。
「――二人は寝てしまったか」
私は床に敷いた布団から出ると、立ち上がってベットで寝ている繭と夢見鳥を観察した。
繭達はお客様なので私は大我のベットを譲った。
――やっぱり繭が大我のベットで寝ているのは嫌だな……はぁ、私も大我の匂いに包まれて眠りたい。
繭は大我の匂いがするベットで心なしか気持ち良さそうに眠っているように見える。それを見た瞬間、再び言いようの無い嫉妬感が湧き上がり、やがてそれは殺意に変化した。
……あ、ダメだ私、この気持ちに絶えられない。
再び繭に手をかけようとした。
『……おいてめぇ、何殺気を振りまいてやがるんだ、眠れねぇだろうが』
急に、涼しくするために窓を開けたベランダの外からドスの聞いた声が聞こえた。
私はその声にハッとなって手を止めると、声の主を確認するためにベランダに出た。
「……よぉ、またてめぇか、俺の睡眠を妨害する奴は」
「……凌駕か」
隣に住むおっさん、須賀凌駕がベランダでタバコを吸っていた。
「てめぇ……何をしようとしてた?」
「な、何もしようとなんてして無い、大体殺気って何だよ、バカバカしい」
凌駕はタバコを吸って煙を吐き出すと、私に向かって脅すようにいった。
「俺は昔、そういのに敏感なところで働いていたんだ、それに実際に命のやり取りもした……だから分かる、そこでお前に警告して置く――」
『――次に誰かを殺そうとしたら俺がお前を殺す』
凌駕はそれだけ言うとタバコを吸い終わり、部屋へと戻った。
私は体の震えを抑えて、布団に潜り込んだ――。
――その日は眠りに着くことが出来なかった。




