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68話 「天使と悪魔」


 「お兄様、お兄様ぁ……ううっ」

 

 心春さんは俺を車のシートに押し倒しひたすら俺の事を兄と呼び泣き続ける。

 

 心春さん……すまない。

 

 車の天井を眺めながら心春さんの頭を撫でる。

 

 今の心春さんの姿を見てしまうと俺はきっと情に流されて繭さんを裏切る事をしてしまうかもしれない。

 

 「ぐすっ……お兄様は繭様の事が好きなんですかぁ?」

 

 うっ、心春さんいきなり答えにくい質問を……。

 

 「はい……そうです、それと俺は今日繭さんに告白して付き合う事になりました」

 

 「ひぅ……うっ……うわぁあああ!」

 

 心春さんは俺の答えを聞くと息を飲み、そして大声で俺の胸にしがみつ着ながら再び泣き始める。

 

 ああああああ! 胸が痛いいいいぃ! 

 

 俺は罪悪感で胸が張り裂けそうになる。

 

 「こ、心春さん……あっ」

 

 心春さんを見てしまった。

 

 「うう……お兄様ぁ」

 

 心春さんは人形なので涙は出ない、しかし表情は出る。

 

 こ、これは!

 

 心春さんは切なそうに表情をして必死に俺にすがるようにする。

 

 それを美しいものと感じた。そして始めて女性に押し倒されたので童貞の俺はあまりの衝撃で心臓が高鳴った。

 

 さらに心春さんの甘い香りに理性が飛びそうになる。

 

 『おい大我、お前が心春をこんなことにしたんだろ? だったら慰めなくちゃ、それが義務だろ?』

 

 義務?

 

 『そうだ、女を泣かせるなんて合ってはならないだろ? だからここはガバッと心春を抱きしめて慰めてやるんだ!』

 

 そうか……。

 

 俺は心の中で誰だか知らない人に話かけられてなんだか分からないがその人の声に従おうと感じた。そして心春さんの背中に手を回そうとした。

 

 『ダメだ!』

 

 えっ?

 

 突然もう一人の誰かが心の中で語りかけてくる。

 

 『いいか大我よく聞け、慰めるのが義務だとか言ってるがそんなのはクズだ! 男の勝手な言い分だ!』

 

 ええっ! そうなのか!?

 

 『そうなんだよバカ、大体お前には繭が居るだろ? あの子を悲しませたらダメだ、お前が守ってやるんだろ!?』

 

 そうだ……俺は繭さんを守らなくちゃならない、目が覚めた!

 

 先程から俺の中で語りかけてくるのはおそらく俺の心の中の天使と悪魔だろう。

 

 全く一番最初に語りかけてきた悪魔は最低だな、今後は『汚い俺』と呼ぼう、それと俺を目覚めさせてくれたのは天使だ『綺麗な俺』と呼ぼう。

 

 心春さんの背中に回しかけた手を引っ込めようとする。

 

 『ふん、何今更いい奴ぶってんだよ胡蝶を捨てて繭と付き合ってる癖に』

 

 うぐぅ!

 

 汚い俺が痛い所を突く。これには綺麗な俺も苦い顔をする。

 

 「お兄様ぁ何で黙ってるんですかぁ? わたくしを無視しないでくださいぃ……ぐすっ」

 

 心春さんが甘えるように俺の胸に顔を擦りつける。

 

 あああっ、もう何なんだよ! 分からない。

 

 「心春さん、何で俺の事がそんなに好きなんですか!?」

 

 様々な感情が俺の中で混ざり合いそれが苛立ちとなって心春さんにきつく言葉を発してしまった。

 

 すると心春さんは俺に負けじとしっかりと俺を睨みつけて声を荒らげる。

 

 「何でですって!? お兄様はわたくし達人形を愛してくれる頭のぶっ飛んだ人間ですぅ! ……あっ、ごほん、ごほん、言い直します、懐が深い人間ですぅ!」

 

 おい、今俺に対して失礼な事を言ったよな?

 

 「そんなお兄様をわたくしは好きになりました……もっとわかり易く言えばわたくしは始めて会った時に一目惚れしたんですよぉ!」

 「一目惚れですか!?」

 「ええ、そうです、悪いですかぁ!?」

 「いえ……悪くないです、けどちょっと落ち着いてください心春さん」

 

 だんだん心春さんが興奮してきたのを感じ取り俺は焦りを感じた。

 

 『いいねいいねぇ、一目惚れかぁ……ここは一発やっとけ』

 

 ちょっと汚い俺は黙れ、あと何をやるっていうんだよ。

 

 「ううう……お兄様は人間である繭様を選ばれました、ということは人形である胡蝶ちゃんと別れたってことですよね?」

 

 胡蝶の名前を聞いて再び胸が締め付けられた。

 

 「やっぱりお兄様は私達人形はダメですか? だとしたらわたくしも…………うわぁあああん、好きだったのに……わたしくはお兄様の事が好きだったのにいぃ! あんまりですぅ、うわぁああん!」

 「っ、違う! そんな理由じゃない!」 

 

 俺は人形だから胡蝶と別れたわけじゃない、だって俺は一生胡蝶を可愛がると言った、その時本気であいつと共に人生を過ごそうとおもった。

 

 『ふーん、よく言うぜ浮気野郎が』

 

 なんだと? ……って胡蝶!? 

 

 今まで俺の心の中で語りかけていた汚い俺が紅い蝶の髪飾りと白いワンピースを着た胡蝶の姿に変わって語りかけて来た。

 

 『じゃあ何で私を捨てて繭を選んだんだ?』

 

 ……それは。

 

 突然周りの風景が白く見える。

 

 『ふん、いい加減素直になれよ大我、お前はこう思ったんだろ? 人形の女の子は気持ち悪いから付き合いたくないって、それに元々私が無理矢理お前の彼女になってた訳だしな、さぞかし嫌だっただろう?』

 

 俺は心の中で胡蝶の言葉に対し衝撃を受けた。

 

 まさか!? 俺は本当はそんな事を思ってたのか?

 

 「お兄様、違うって……じゃあどうして繭様をお選びになったんですか?」

 「……それはですね心春さん」

 

 『ほら言えって心春は人形だから気持ち悪いって、人間の繭の方が可愛くて良いからって言えって』

 

 胡蝶が煽る。

 

 『いい加減にしろぉ!』

 

 ボコォ。

 

 『ぐふっ!?』

 

 ええっ!?

 

 綺麗な俺が胡蝶をぶん殴った。

 

 おいおい、綺麗な俺いったいどうした? ……って、ええっ!? お前も胡蝶になったのかよ!

 

 綺麗な俺は頭に髪飾りを着けておらずいつもの赤い着物を着た胡蝶に変わっていた。

 

 『大我は私達より繭を守りたいと思ったんだ、大我は気持ち悪いから嫌だとかそんな理由で私達を捨てたんじゃねえ!』

 

 ……胡蝶。

 

 『大我は他人の為に自分を犠牲にできる人間だ、お前も分かるだろ? 私は大我に色々と良くして貰った』 

 

 『……そうだな』

 

 殴られたワンピースの胡蝶はペッと唾を吐く動作をする。

 

 『大我、お前は繭を守りたいんだろ? それはきっとお前が心から思った事だ、だから私は応援する』

 

 着物の胡蝶は俺に笑顔を向ける。

 

 『大我、悪かったな意地悪な事を言ってすまない……繭をしっかりと守っていけよ、ほらあいつはか弱い女だからな、正直お前が守りたくなるのがわかる気がするよ』 


 ワンピースの胡蝶が自嘲気味に言う。

 

 俺はおかしな事だが心の中の胡蝶達に尋ねて見たくなった。

 

 なぁ胡蝶、お前本当に良いのか? 俺はお前を守ってやらなくても良いのか?

 

 『くくく、何を言ってるんだ? お前をヒガンバナ達から助けてやったのは誰だと思うんだ?』

 

 『私は高貴で美しい女だ、それと……喧嘩が強い! だから大丈夫だ』

 

 喧嘩が強いってお前……。

 

 胡蝶達はケラケラ笑いながら答える。

 

 『もう私は行くぞ……そうだな、心春にはお前の今まで思っている事を正直に話せば良い、きっと分かってくれる筈だ』

 

 は? 行くっていったい……お前達は俺の心の中の産物だろ!?

 

 ワンピースの胡蝶は白い風景の中へ消えて行く。

 

 『……大我様、私は貴方に可愛がられて幸せでした、私は貴方のラブドールで本当に良かったです』

 

 着物の胡蝶が俺に優しくまるで愛おしむかのような雰囲気で語りかける。

 

 えーと、胡蝶だよな? 何か口調がおかしくねえか? それになんだよその別れるような言い方。

 

 『ふふふ、私は胡蝶ですよ? いつも大我様と一緒に暮らしていました、けど出来れば直接会ってお話したかったです』

 

 まぁ、一緒に暮らしてたけどなんだろう、胡蝶が言ってる事が俺の認識と微妙に違う気がする。

 

 『私ももう行きますね……さよなら、繭さんを守ってあげてください……それと』

 

 ……。

 

 『……忘れないでください』

 

 えっ、どういうことだ? 忘れないでください? いったい何を忘れるなって言うんだ!?

 

 心の中で叫んで問いかけるが着物の胡蝶は俺に背を向けて白い風景の中へ消えて行った。

 

 …………

 

 ……。

 

 「……様……お兄様!」

 「……え、心春さん?」

 「お兄様、何で突然ぼーっとするんですかぁ!? わたくしのことが嫌いになって興味がなくなっちゃったんですかぁ? ……うううっ、ひどいですぅ!」

 

 気がつけば俺はまだ車の中でシートの上に寝転び心春さんが跨っている状態だった。

 

 ……あれは何だったんだ?

 

 何だかほんの少しの時間だけ別の空間にいた気がした。

 

 そうだ、俺の本当の気持ちを言わないと。

 

 「心春さん、聞いてください俺は人形である胡蝶や心春さんが嫌になったとかじゃありません……唯守りたい人ができたんです、その人はか弱い人で俺が守らないといつか押しつぶされちゃいそうな人なんです」  

 「……繭様が……ですか?」

 「はい、そうです……俺はあの子を守ってあげたい、胡蝶達よりも」

 「……そうですか、ならわたくしがか弱い女性なら守ってくれますか?」

 「ええ、守ります、そして多分心春さんを好きになっていたと思います」

 「なら、今からわたくしはお兄様好みのか弱い女性になりますぅ!」

 「心春さん! 例えそうなったとしても俺が一番守りたい人は繭さんなんです! ……分かってください」 

 

 俺の本心を包み隠さず正直に言った。

 

 「う、ううっ……分かり……ました、大我、様……ぐすっ」

 

 心春さんは俺の胸に顔を押し付けて泣くのを堪えるようにしている。

 

 「……」 

 

 俺は無言で車の天井を睨みつけて心春さんを抱きしめたくなるのを堪えた。

 

 「あ、ああああんた何やってんだよ!? お、大人の女の人を、泣かしてる!」

 「お、お兄さんダメだよ」

 

 突然幼い男の子と女の子の声が外から聞こえて来たので慌てて身を起こして外を見る。

 

 「きゃっ」

 

 突然俺が起き上がったので上に居た心春さんが倒れそうになった。それを慌てて抱きとめる。

 

 「お、お兄さんのエッチ! 大人の女の人と外で抱き合うなんて……そんなのやっちゃダメ!」

 「楓、今すぐお前の親父に通報しろ!」

 「楓ちゃんと龍太郎!? 何でここに? ってかちょっと待って通報はやめてぇ!」

 

 この前川で一緒に遊んだ近所の小学生の龍太郎と楓ちゃんだ。

 

 何で二人がここに……あ、そういえばここは普通の一般道路だ! きっと二人は遊びに行く時に偶然ここを通り掛かったんだ……もしかしたら二人以外の人達にも見られているかもしれない。

 

 サァーと体温が下がって行く。

 

 心春さんは慌てて俺から離れると二人に向かって行く。

 

 「あ、貴方達は確かヒマワリちゃんとツキミソウちゃんのお友達の、えーとこれは何でもないのよぉ?」 

 「もしかしてヒマ姉達のお姉さん? だったらあの童貞マジで許せねぇ、もう大丈夫俺達があの童貞野郎を何とかしてやるから」 

 「もう龍ちゃん童貞って言わないで! えーと、お姉さん泣いてたでしょ大丈夫? 本当にお兄さんに意地悪されたなら私のお父さんに言ってあげるよ?」

 「わ、わたくしは大丈夫ですよぉ……ほら涙が出てないから泣いてないですぅ…………ボソッ(楓ちゃんだったかしら、この事は誰にも言わないでくださぃ)」

 「えっ?」

 

 心春さんは楓ちゃんの耳元で何かを囁くと足早に車の運転席に乗り込んで車を発進させた。

 

 ___

 

 ブオオオン。

 

 ヒマ姉達のお姉さんはお兄さんを車に載せて私達の元を去って行った。

 

 お姉さんはお兄さんと車の中できっとエッチな事をしていたんだ。

 

 「……どうしよう、私どうしたらいいの? ……ぐすっ」

 

 お姉さんからこの事を秘密にするように言われた。

 

 私はそれがとても重大な事に感じた。

 

 お姉さんは涙は出ていなかったけど絶対に泣いていた、もしかしたらお兄さんに無理矢理乱暴されて泣いてたのかもしれない。

 

 川で一緒に遊んでくれたお兄さんがそんな事をするのが信じられなかった。

 

 お姉さんは何でお兄さんに酷いことをされたのを秘密にするの? もしかしてこの事をバラしちゃうとまたお兄さんに乱暴されるから?

 

 「……うわぁああん!」

 「どうした楓!?」

 「龍ちゃあぁん、私どうしたら良いのか分かんないよぉ」

 「楓……何を言われたのか知らないけどお前一人で背負い込むな」

 「えっ……龍ちゃん?」

 

 龍ちゃんが私の肩を掴んでまっすぐ見つめてくるのでドキッとした。

 

 「何があっても俺はお前の味方だから泣くな」 

 

 龍ちゃんの真剣な言葉に私は胸が嬉しくてさっき悩んでいた事が軽く感じるようになった。

 

 「龍ちゃん……あのね……」

 

 私はお姉さんのお願いを破り龍ちゃんに思った事を話した。

 

 「……そうか、あの童貞野郎は悪いやつだな」

 「龍ちゃん童貞の意味しってるの?」

 「いや、知らないけど……あいつが自分でそう言ってたから童貞って呼んでたんだけど」

 「…………龍ちゃん、絶対に外で童貞って言わないで、これだけは約束して」  

 「分かった……それよりもどうしようかなぁ……あっ、そうだ駄菓子屋の婆ちゃんに言おう、きっと解決してくれるぜ!」

 

 龍ちゃんはすごい、直ぐに解決策を出してくれる。

 

 私は龍ちゃんのこういった頼りになるところも好きだ。

 

 「行くぞ楓!」

 「うん!」

 

 龍ちゃんは私の手を引いて駆け出した。

 

 これがずっと続いてくれたら良いのに。

 

 私は幸せな気分を感じながら着いて行った。

 

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