100話 「人形へ落とし前」
――落とし前をつけてやる。
守衛さんがいきなり物騒な事を呟いて、淡々とした動作で部屋の壁にかけてある警棒を掴みとった。その様子を見て私はとても慌てた。
「守衛さん、いったいそれで何をするつもりなんですか……?」
「お嬢ちゃん、俺はこの大学の警備を任されている、だから本番となった今は容赦しねぇ、それに……人形をぶっ壊すには棒でぶっ叩くのが最適だ」
守衛さんはそう言って凶悪な笑みを浮かべる。私はその笑みを見て胡蝶ちゃんと雰囲気が似ていると感じた。とても怖い。しかし、それと同時にある違和感も感じた。
「……(守衛さん、私が助けを求める為に少しは状況を話したけど、どうにもさっきから胡蝶ちゃんの事を知ってるような話し方するわ、もしかして胡蝶ちゃんの事をよく知ってる?)
私は守衛さんに胡蝶ちゃんの事を知っているかどうか尋ねてみた。すると守衛さんの口から驚きの答えが返って来た。
「あぁ、よく知ってるぜお嬢ちゃん、なんせ俺はあんたの彼氏の隣に住んでるしな、それに……俺はお嬢ちゃんを襲ったあの人形の父親だ」
まさか、守衛さんが大我さんと胡蝶ちゃんと関係が繋がっているとは知らなかった。こんな偶然があるのだろうか。
「えっ!? あなたが胡蝶ちゃんの父親なんですか? けど、胡蝶ちゃんの父親は古家さんの筈じゃ……」
「古家さん? そいつは誰か俺は白ねぇが、娘と言っても人形の中に這入っている魂に俺が関係しているだけであって、側の方は関係ねぇ」
「そうなんですか……いったいそれはどうやって?」
「話すと長くなるから今は言わねぇ、それよりお嬢ちゃん、あんた襲われてんだろ、そっちの対処が先だ」
そうだった。私は胡蝶ちゃんに襲われている最中なのだ。胡蝶ちゃんは憎しみの籠もった目で私を見て躊躇なく玩具の銃の引き金を引いた。それは下手をすれば一生残る怪我を負わす行為だ。それほど胡蝶ちゃんは本気だ。
私はそれを思うと身体が恐怖で震えた。
怖い――私は、今までいじめにあって嫌な思いをしてきた事はあったが、それ以上だ。人生でここまで害意を向けられた事は今回が初めてだ。だからお願い、大我さん、助けて……そうだわ、今から大我さんに連絡して助けを呼ぼう。
そうして自分のスマホを取り出した時、私はある自分の思いにハッとして気がついた。
私は、本当に大我さんに助けを求めて良いの? そう思って過去を振り返る。
私は今まで自分が弱い人間だと理解して、日々オドオドして自信が無く嫌な思いをしながら悶々とした人生を歩んで来た。そんな時、今の彼氏、大我さんに出会った。
彼は見た目は筋肉がしっかり身体に付いていて、さらに顔は厳つい風貌なのに、性格は穏やかで不思議と親しみやすさが滲み出ていた。それに私は惹かれた。
そして私は無意識の元、大我さんに弱い自分を見せつける事によって彼の庇護欲をそそり、大我さんを胡蝶ちゃんから奪い取ったのだ。
『このぶりっ子女! あんたなんか弱い癖にクラスの男子に媚び売ってチヤホヤされるなんてふざけんじゃ無いわよ!』
思えばいつもこんな風な事をクラスの女子に言われて虐められた。
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こうして過去を思い出すことによって、今ここでやっと自分の本性が分かった。
「……守衛さん、もういいです、私、大人しく胡蝶ちゃんに殺されます」
「あぁ? 何言ってんだお嬢ちゃん」
「私、人に媚を売って自分を守って貰おうとする最低な女の子なんです、だからいつもそれで人間関係を壊してたから……私はもうここで終わって良いんです、それが、罰なんです」
ごめんなさい大我さん、胡蝶ちゃん、あなた達二人は好き同士だったのに、私が割り込んで関係を壊しました……本当にごめんなさい。
私は胸を罪悪感で締め付けられて、さらに目からボロボロと涙を流しながら今ここにいない二人に侘びた。そして取り出したスマホを収めた。
とてもじゃないが、大我さんに助けを求める資格なんて私には無い。
「お嬢ちゃん、あんたの意見に俺は反対だ」
「えっ?」
「だいたい、あんた死ぬ覚悟はできてても殺される覚悟はできてねぇだろ」
「いったい、どういうことですか?」
殺される覚悟とはいったい何? 私が疑問の表情を浮かべていると、守衛さんはそれを察して説明を始めた。
「お嬢ちゃん、簡単に言えば死ぬ覚悟っていうのは自分で死に方選べるもんだが、殺される覚悟ってのは死に方を選べない、どんな酷い死に方でも受け入れるって事だ、あんたにその覚悟はあるのか?」
そう問われて私は胸を掴まれた気分になった。そして急に喉が乾いて来るのを感じた。
「良いか? 今のお嬢ちゃんを襲おうとしてる人形の親である俺が言うのもアレだが、奴の本性は凶悪で凶暴だ、そして嫉妬深く執念深い、まさに最悪な奴だ」
「えっ……あっ、そんなっ、胡蝶ちゃんがそんな訳……」
口では胡蝶ちゃんの事を否定するが、思い当たる節を多く思い当たる。守衛さんの言うとおりだ。胡蝶ちゃんは絶対に私に酷い事をする。
そう確信すると、私は恐怖で身体が動かなくなって来るのを感じた。その様子に構わずに守衛さんは私に話を続ける。
「奴は……俺の娘は性格的に、きっと蛇みたいなやり方でお嬢ちゃんを襲う、もしそうなったらきっと嬢ちゃんは捕まえられて、娘に身体の関節を全て外されて動けなくされた後、骨を全部砕かれる、そして散々くるしめて痛めつけたあと息の根を止める……そんなやり方をしてくる筈だ、お嬢ちゃんにそんなやり方で殺される覚悟はあるのか?」
「いや……そんな方法で、殺されたく無いです、うわあああん!」
遂に私はその場に膝から崩れ落ちて、身体を震わせて泣き喚いた。もう死ぬ覚悟なんてものは私の中には無い。あるのは生きたいという意志だけだ。
「……大丈夫だ、あとは俺がキッチリ落とし前をつけるからお嬢ちゃんは、久我のガキに助けを呼ぶんだ、良いな」
守衛さんはそういうと私を置いて部屋を出た。胡蝶ちゃんの元へ向かう前に扉のカギを内側から閉めて、全てが終わるまで決してこの部屋から出ないように言うのだった。
私は言うとおりにして、部屋の中に閉じこもった。そして申し訳なく思いながらスマホを再び取り出し、大我さんが電話に出てくれる事を願いながら通話ボタンを押した。
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繭が守衛の須賀凌駕に保護され終わった頃、人形の胡蝶はエアガンを手に持ち、蛇と共に大学校内を捜索していた。
「チクショウ、繭の奴どこに行きやがった?」
『うーん、分からないな、あの小娘、気配を消したな』
私はお袋の蛇と繭を見つける為に大学の中をあちこち捜索していたが、一向に繭は見つからなかった。
『もう一度辺りを捜索してくる、お前はそこで待っているが良い』
お袋は私にそういうとシュルシュルと床を這って行き、廊下から部屋の隅々まで侵入して行った。その時、流石蛇だけあって機動力と障害を切り抜ける柔軟さのある身体を発揮して効率よく捜索していくのが見えた。しかし……。
「うわあああっ! 教室に大きな蛇が居る! 誰か保健所に連絡してくれぇ!」
「……(はぁ、またはじまっちまったか)」
運悪く、教室に残っていた大学の学生達が侵入したお袋を見て騒ぎ始める。さらにその時、勇気ある学生がその場にあったカバンや物を使ってお袋を駆除しようとする。
私はお袋が多分駆除はされないだろうが、万が一の事を思い駆除されないように行動する。
「お前ら、動くんじゃねえ!」
シュパパパ!
お袋が入った教室に飛び入り天井に向けてエアガンを放つ。そうすると中にいた学生は驚いて悲鳴を上げる。
「お前らに問う、真見繭を知らないか? 知ってる奴がいたら私に教えろ」
私がこうやって皆を脅して動けなくしている間にお袋が威嚇する音を出しながら一人ずつ学生を見て回るのだった――。
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この時、胡蝶達に脅された学生の中にある一人の男子学生がいた。彼は皆が胡蝶達に怯えて震えてる中、一人だけわくわくとした表情を浮かべていた。
「……(遂に、遂に僕が望んでいた展開が来たっ!)」
男子学生は昔から妄想していた。そして今遂に彼が妄想していた通りの事が起きたのだった。
神聖なる学び舎を占拠しに来たテロリスト。それを僕が華麗に返り討ちにする。
そういった妄想、もといシュミレーションを日々行っていた男子学生は胡蝶を見て、これは行けると確信した。
「ふ、ふふっ……(相手は見たところ女の子一人、きっと力は弱い筈だから僕でも相手にできる)」
男子学生はそう思ったが、一つ問題があった。それは学生達を見回る大きくて不気味な蛇の存在だ。こいつをどうにかしなければどうにもならない。
「おい、そこのお前、何笑ってんだ? もしかして繭の事を知ってるのか? だったら来い」
「えっ、ぼ、僕ですか?」
男子学生は胡蝶に指名された。こ、これはチャンスだ、テロリストに近づくチャンスができた。あとは隙きを着いて彼女の武器を奪うだけだ。
男子学生は心臓が高鳴って体温が上がり、背中に汗を感じた。大丈夫、何度もシュミレーションしたんだ。その通りにやれば良い。
男子学生は心の中でそう反復したが、実は彼、別に格闘技の経験や、ましてや筋トレといった日々自身を鍛える事を一切したこと無い。そんな彼はどういうわけか、自信満々で胡蝶の前に向かう。
「さてお前、繭の居場所を知ってるなら私に教えてくれ」
胡蝶はエアガンを下ろして普通に男子学生に尋ねた。すると彼は不敵な笑みを浮かべて胡蝶に言い放った。
「き、君なんて怖く無いんだよ、そんな玩具の銃を振り回して恥ずかしくないの? ハッキリ言って君、痛い子だよ、だ、だから早くそのペットの蛇を連れてお家に帰りなよ……このビッチイイイィッ!」
早口でそう言い切ると、男子学生は下品だが、中指を立てて胡蝶に向けた。そして心の中でキマッタと思い、自分に心酔した。
バチンッ!
「……えっ?」
胡蝶は無言で男子学生の顔をビンタして張り倒した。すると男子学生は何をされたか分からない様子でボケっとした。
「てめぇ、誰がビッチだこの野郎、失礼な奴だな」
「……うわあああああん!」
胡蝶がそう呟くと、男子学生はやっと叩かれた痛みを思い出して、大泣きをして教室から逃げ出した。
胡蝶はそれを見て、あまりの情けない姿にどうでも良くなって男子学生を見逃した。
「おい、お前らも逃げて良いぞ、ここには繭はいないしな……じゃあな」
胡蝶の言葉を皮切りに教室に居た学生達は何だったんだと疑問を胸にゾロゾロと教室を出ていくのだった。
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「はぁ、お袋、もうちょっとスマートに繭を捜索できないのか?」
『スマート? どういうことだ?』
「……もう、いいよ」
どうにもお袋は娘の私の為に張り切っている傾向がある、それは有り難いが、やり方がマズイ。しかし、お袋は蛇の化物で人間じゃない、だからきっとやり方を変えるように言っても理解できない。
私は諦めに似た感覚を抱いて誰もいなくなった教室を後にして扉を開けた……その時だった。
「……うっ!?」
胸にとてつもない衝撃が加わった。それに溜らず私は床に倒れて這いつくばった。
「いっ、痛い、何なんだ……って、うわあああっ!」
胸の具合を調べると信じられないことに。私の胸の部分を覆い、肌の代わりをしていたシリコンが破れて、中の心臓が丸わかりになっていた。
「な、なんで、何で何で何で何で何でだあああっ!?」
そう、喚いて居ると扉の向こうから私の胸に衝撃を加えた人物が入ってきて表れた。
「お、お前は須賀凌駕! 何でお前がここに居るんだ!?」
「あぁ? そんなの俺がここで働いてるからだ、それよりてめぇ、俺はあの時、てめぇに警告したよな、覚えてるか?」
あの時の警告とは……。
『――次に誰かを殺そうとしたら俺がお前を殺す』
あの時、私が寝ている繭よ隙きをついて襲って始末しようとした時に警告した。
「お前は、俺の警告を無視してあのお嬢ちゃんを再び始末しようとしたな? それとさっき一人の男子学生が廊下で泣き喚いて俺にお前に襲われたから助けを求めた……随分派手に好き勝手やってくれたな、その分、落とし前をつけるから覚悟しろ、それに、お前みたいなやつを排除するのが俺のここでの仕事だからな」
「チクショウ、お前が繭を隠してたのか……(こ、こいつは、相手にしたら駄目だ、力の差が有り過ぎる)」
私は須賀凌駕の姿を見て一瞬で私が適う相手では無いことを見破った。というのも、須賀凌駕は体格は一見太っているが、それはかなりのアドバンテージだ。何故なら体重が思い方が有利だし、さらに奴は手に警棒を持って武装している。しかもその警棒をくらってわかったが、かなり熟練している。
何故なら奇襲とはいえ、一瞬で正確に私の胸――要するに心臓の部分を叩いて、シリコンの肌を破壊する事に成功しているからだ。
恐らく次に同じものをくらえば、私の肌であるシリコン素材は衝撃を吸収しきれずに、中にある心臓諸共破壊される。そうなれば致命傷間違いなしだ。
『凌駕……貴様、実の娘に直接暴力を振るうつもりか!?』
お袋が蛇の姿を説いて人間と蛇が合体したような化物の姿になり、私の前に立ち塞がった。
「やっぱり、てめぇの仕業かアオコ……お前こそ娘を誑かして何するつもりだ」
『うるさい黙れ、私は娘の幸せの為に行動しているだけだ、それを邪魔するなら凌駕でも容赦しない!』
「そうか、どうやらてめぇも排除しなきゃならねぇみたいだな……このバカ蛇女ぁ!」
そう言ってお互いに罵声を浴びせながら須賀凌駕とアオコが争いが私の目の前で繰り広げられた。
「――っ、(駄目だ、ここに、居たら凌駕にやられる、逃げないと、それに身体の損傷が激しい、どこか安全な場所に行って修繕しないと)」
破れたシリコンの肌から除く、私を生きながらせる為に脈打つ心臓を見て思わず目を背けたくなる。中々グロテスクで、私が特殊な人形じゃなかったらとっくに死んでいる損傷だ。
その損傷を修繕する為に私は二人に気が付かれないように教室を逃げたのだった。