99話 「人形の襲撃」
『学籍番号――番、真見繭さん、日野先生がお呼びです、至急、二階○号教室まで起こしください』
「――えっ、私?」
突然、自分の名前を呼ぶ構内放送が響いた。そして、何故だか知らないが先程食堂であったばかりの日野先生が私を呼んでいる。
「黒田さん、ちょっと私行ってきます」
「ちょっと待ってください繭氏、わたくしもついて行ってもよろしいですか?」
黒田さんは私に何か嫌な予感がするといって、どうしてもついて行きたいと申し出た。
確かに私も嫌な予感がする。昨日私を襲った胡蝶ちゃんがこのまま何もせずにじっとしているとは考えにくい。もしかしたら今日も何かをしてくるかもしれない。
「黒田さん、一緒に日野先生の教室まで着いて来てください」
「はい喜んで、わたくし繭を氏の為ならどこにでも着いていきますよ」
こうして 私達は日野先生が待つ教室へと向った――。
「――日野先生、失礼します」
「よぉ、繭……待ってたぞ、それじゃあ早速だけど死ね、この泥棒猫!」
「――ひぃっ! 胡蝶ちゃん!?」
嘘っ、何でここにいるの!? 教室に入ったら何故が胡蝶ちゃんが居て、私に銃を構えていた。咄嗟の事に私は動くことができず胡蝶ちゃんに撃たれるのを待つしか無かった。しかし私の身体にはいつまで経っても痛みは来なかった。
「――っ、繭氏……うわあああっ! 痛い、痛いですよぉ!」
「あぁっ!? てめぇ黒田ぁ、邪魔すんじゃねぇよ!」
黒田さんが私を咄嗟に庇い、胡蝶ちゃんが発射する銃弾――もといビービー弾を私の代わりに受けた。それを確認した胡蝶ちゃんは激昂して汚い言葉を発した。
「ううっ、どうやら胡蝶タンの持っている銃はビービー弾を発射するエアガンみたいですね、それでも痛いです」
「黒田さん大丈夫ですか!?」
「ええ、とても痛いですけど大丈夫です……それより繭氏は早くここから逃げて、そして守衛さんを呼んでください、胡蝶タンはおもちゃとはいえ武装してますから危険です……早く行って下さい!」
「えっ、でも……」
私は黒田さんを置いて行く事に躊躇して、逃げるかどうかもたついた。しかし、そうしている間に胡蝶ちゃんは憎しみの籠もった声で私の名を呼び再び銃を構えた。
「――繭ううううっ!」
「ぬおおおっ、真見君は絶対にやらせないぞぉ!」
「――なっ!? 日野っ……畜生、てめぇのせいで狙いを外したじゃねぇか、畜生離せ!」
咄嗟に日野先生が胡蝶ちゃんの腰に飛びついて転倒させた。その衝撃で胡蝶ちゃんは手から銃を離した。
「真見君行くんだ、ここは僕と黒田先生の男二人でこの凶悪人形を抑えて置くから早く行きたまえ!」
「は、はい、分かりました!」
私は日野先生に言われて今度こそ躊躇せずにその場を逃げた。男性が二人いるなら凶暴になった胡蝶ちゃんを抑え込む事が可能だと考えたからだ。こうして私は急いで助けを呼ぶ為に守衛さんのいる詰所へと走って向った――。
――畜生、繭に逃げられた。
教室には私と黒田と日野の三人が残った。そして現在、倒れた私の腹の上に日野が跨って上から押さえつけている。格闘技でいうマウントポジションを取られたら状態だ。
「おい、てめぇ私の上からどけろ、この変態!」
「うるさい黙れこの凶悪人形! それより何をボーッと見ているんだ黒田先生、早く君も押さえつけるのを手伝いたまえ!」
「……えっ、そうですね、すぐに加わります」
「――っ、黒田ぁ……てめぇまで加わるのか、男二人で私を押さえつけるなんて卑怯だぞ!」
――まずい、ここでさらに黒田にマウントポジションを取られたら私は何もできなくなって終わりだ、武器も手放したしどうすれば……。
思考を巡らせてこの危機にどう対処するか考える。そして思い出した。
――そうだ、確か最初は私と黒田は繭を大我から別れさせる事で協力した関係だ。そこをうまく利用しよう。
「まっ、待て黒田、誤解だから私を抑え込むのは待て」
「えっ、誤解? どういうことですか胡蝶たん……」
「黒田先生、この凶悪人形の言うことなんて聞くな、早く来てくれ、意外にこの人形は力が強いんだ……だから早くしたまえ!」
黒田は私の言葉を聞いて悩んでいる。これはチャンスだ。
「黒田、昨日食堂で話しただろ? 私はお前に協力して繭を大我から取り戻すのに協力するって……これはその一環なんだ」
「何を訳の分からない事を……黒田先生、早く来てくれ」
「……日野先生、胡蝶たんを離して下さい」
「なっ!? 黒田先生……うわっ!?」
日野が黒田の発言に驚いた一瞬、私を抑えつける力が緩んだ。その隙きを私は見逃す事なくブリッジの要領で仰け反って、上にいる日野をひっくり返してやった。
「……さぁて日野先生、今度は私が上になったぞ」
「なっ、今すぐに僕の上からどけろ、さもないと……うっ!?」
「……しー、静かにしろよ日野先生、最初に言った通り私はあんたをこれ以上傷つけないから……しーっ……しーっ……」
上になった私は日野先生の服の両方の襟を内側から両手をクロスして掴み、それをそのまま狭めながら日野先生の首の頚動脈を締め付けて耳元で静かになるように言った。
「うっ……苦しい……息が、できない……うっ」
「くくくっ、大我に柔術の技を教えてもらってよかったよ」
日野先生は少し暴れて苦しんだ後、息ができずに失神した。その様子を見ていた黒田は叫んで私に抗議した。
「胡蝶たん何をやってるんですか!? 日野先生大丈夫ですか!?」
「そう騒ぐなよ黒田、ちょっとの間黙らせるようにしただけだ、ちゃんとあとで目覚める」
「そんな軽々しく言って……これは犯罪ですぞ!」
「……黙れ」
「えっ……胡蝶たん?」
黒田を睨みつけて黙らせた。そして近くに行き今回の件で説得を試みる事にした。
「黒田、さっきも言ったけどこれは誤解だ……不幸な入れ違いって奴だ」
「こんな明らかにやりすぎてるのに誤解とは……無理がありすぎます!」
「良いからよく聞け、これは繭をお前に惚れされる作戦の一つだったんだ」
「なっ、なんですと!? それはどういう……」
黒田は私の言った事に驚いた。バカな奴だ、私がこれから言う事はデタラメな言い訳なのに興味をもってやがる。
「あのな、私はお前の為に芝居をする事にしたんだ」
「芝居……ですか、いったいどんな?」
「内容は私が繭を襲うからそれをお前が助ける、そうすれば繭はお前に感謝して意識するというものだ……けれどちょっとしたミスで部外者を巻き込んでしまった」
「そっ、そうだったんですか……」
くくくっ、黒田の奴、完璧に私の嘘を信じてやがる。このままたたみかけるか……。
「さっ、仕切り直しだ、今度はもう少し演技を抑えて上手くやるから繭を呼んでくれないか?」
「わかりましたよ胡蝶たん、次はうまくやってくださいね……とっ、その前に気絶した日野先生を何とかしましょう」
黒田はそう言って床に倒れて気絶している日野を壁に起こした。そして日野の懐から何かを探った。
「……何してんだ黒田」
「何でもありませんよ、それよりここだと都合が悪いですから隣の部屋へ行きましょう」
「おう、わかった」
なんだ? 黒田の奴、私に騙されてるとはいえ妙にノリが良いな……私の気にし過ぎかな?
「胡蝶たん、この部屋で少し待っててください」
黒田は、私を隣の部屋の中へ案内すると扉を閉めて外から鍵を閉めた。
「……はっ? えっ、なんだこれ、えっ? 開かないぞ? どういうことだ黒田ぁ!」
やられた、黒田はわざとノリがいいフリをして私を部屋に閉じ込めた。
「胡蝶たん、わたくしはバカじゃ有りませんぞ、さっき気絶した日野先生を介抱するフリをして隣の部屋の鍵を抜きました……暫くそこで頭を冷やしてください、その間にわたくしはこの事を大我氏に報告します」
「ああああぁっ! やめろおおっ! 大我に言うなあああっ! そんな事したら私は破滅する、大我に嫌われる、可愛がってもらえなくなる、捨てられる、そうなったら……死んじゃうよおおっ! 嫌だあああっ!」
人形である私は大我の愛情を動力元にして生きているので、今回の騒動の事を知った大我は必ず私に幻滅して愛情を無くす。そうなればアウトだ。なので私は必死に鍵のかかった扉を手や足を使って必死になって引くがびくともしなかった。
「胡蝶たん……申し訳ありません、わたくし、やはり親友である大我氏を裏切る事はできません、それに、繭氏を傷つけようとするのは許せません」
「………また、繭か」
黒田から繭の名前が出た途端、ドス黒い感情が私の中に溢れ出た。そして身体の中から私の中に潜んでいる母親の声が響いてきた。
『面倒な事になったな……力を借す』
「――うっ!?」
私の母親は蛇の化物でいつも身体の中に潜んで私を見守っている。だから今回、私の危機を感じると、私の人形の身体の僅かな関節の隙間から這い出て来て床に落ちて登場した。その後みるみるうちに身体を太く、大きくさせて、鍵のかかった扉を無理やり圧し開けた。
『――シャアアアアッ!!』
「なっ!? うわあああっ突然何なんですかこの化物は、いったいどこから、ひぃいいいっやめてくださあああいっ!」
「おい、お袋、黒田を殺すな!」
私は母親が黒田の身体に巻き付いて締め殺そうとしていたのを止めた。そして黒田を離した時に外が騒がしくなってきたのがわかった。
「まずい、大きな音を立てすぎた、隠密に繭のを始末するつもりだったのに、これじゃあ失敗だ」
『そうだな……これからどうするつもりだ私の娘よ』
「逃げるしかないだろ、という訳で派手な登場をした後で悪いけど、また私の身体に戻ってくれよお袋」
『すまないが無理だ、登場する時に身体を構成する力を調子に乗って大量に使ってこのサイズになってしまった、だからお前の身体の中へ戻るサイズにするには構成力を消費しないといけない』
「ああああぁっ……終わった、これからいったいどうすればいいんだ私は……」
頭を抱えていると、偶然とある男女二人組が私と母親がいる部屋へ侵入してきた。
「日野先生、失礼します、課題を提出しにきました……アレ? 日野先生、何でそんな所で倒れてるんですか?」
「えっ……きゃあああああぁっ! 教室に大きな蛇がいるわあああっ!」
「本当だ! きっとそいつが日野先生を襲ったんだ、早く皆に知らせなきゃ! それと警察と、あとは保健所にも連絡か?」
男女二人が部屋を飛び出して大声で私達の事を建物にいる学生全員に伝え始めた。事態が大事になった。これはもうどんなに隠そうとしても大我に私の悪事が伝わって嫌われる。
「くくくっ……くくっ、あはははははっ!」
『どうした? 気でも触れたか?』
「ああっ、そうだよ! こんな騒ぎを起こした人形なんて、例え人間になれたとしても大我と結ばれる事なんてできねぇよ! こんな事ならあの時、おとなしく死んでおけば良かった」
『私の娘よ、そんな悲しい事を言わないでほしい、それにお前は悪くない……全てはあの繭とか言う人間がお前の男を誑かしたのが悪いんだ』
「……えっ?」
『あの人間の女さえいなければお前は人間にならずとも、愛する男と幸せに暮らせていたのだ』
「そうかも……しれない、いや、絶対にそうだ」
『そうだろ? だからあの女に罰を与えよう、じゃないとお前は報われない』
「そうだ、最後に繭に罰を与えよう、あいつは私から大我を奪った悪い奴だからな……こうなったらヤケだ、ここで暴れまくって繭に確実に罰を与えて始末してやる」
私は気を取り直すと、床に落ちたエアガン、それにナイフなどを手に取って意気揚々と部屋を出た――。
――胡蝶と蛇が出ていったあと、大学構内は混乱に包まれた。何故なら巨体な蛇が当たり前のように廊下を行き交い、学生達を襲う。そしてさらに混乱に追い打ちをかけるように蛇の側で生きた人形、胡蝶がとある在学生の名を叫びながら一緒になって暴れるからである。
一方その頃、部屋に残された黒田は、怪我をしながらスマホを使って人形の所有者である大我に連絡を取るのだった。そして胡蝶の恋敵であり、現在命を狙われている繭は大学の守衛が待機する部屋へと辿りつき助けを求めたのだった。
「お願いです、助けてください!」
「あぁ? いったいどうしたんだお嬢ちゃん」
「人形の女の子が襲って来るんです!」
「何!? それは本当か?」
繭は最初、自分の言っていることは荒唐無稽すぎて守衛に信じて貰えないと思っていたが、守衛はあっさりと信じて驚いた。
それもその筈、何故なら守衛は大我の隣に住むおっさん――須賀凌駕なのだから。だから胡蝶の事を知っている。そして須賀は、実は繭の通う大学では守衛の仕事をしていたのだ。
こうして須賀は繭を保護すると、胡蝶に対し、落とし前をつける為に準備を始めるのだった。