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ストレンジカメレオン  作者: チャンカパーナ橋本
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1-5 グットバイ

 時計の短針は六時を指していた。夕暮れとなり、日中の蒸し暑さもやや緩和してきた頃であったが、同様に種田の熱弁が冷める気配は毛頭なかった。


「アニメ研究会を作るのが夢だったのよ。恥ずかしい話、私あんまりオタクの友達がいなくて、高校入ったら絶対そういう部に入ってやろうと思ってたの。でもこの高校、アニ研去年廃部になったって聞いて……」

「なるほど。それでつくろうと」

「そう、そんな最中、仲間になりたそうにこちらをみている水谷君を見つけてしまったから」

「ストップ。それはおかしい」

「まあ、はいを押したわよね」

「話聞けよ!」


 事実の歪曲もいいところであった。そして人間として持ち合わせているはずの拒否権すら俺にはなかった。というかモンスター扱いだった。


「だいたい、俺じゃなくてもオタクなんていっぱいいるだろ。たとえば……あっ、ほら! 隣のクラスの村沢! あいつなんて、誰しもが認めるオタクじゃねえか」


 村沢は隣のクラスの男子である。肥満体型のため、四六時中常に汗をかき、いつも昼休みは常に携帯ゲーム機を享受し、喋れば常に半笑い。などなどいわば、世間が描くダメなオタク像をそのまま体現してしまっているような人物であった。


「アイツは……ダメ」

「え? なんでだ? 絶好の人物だろ?」

「……長くなるけどいい?」

「……どうぞ」


 先程、会話を遮られたことを気にしているのかだろうか。俺に一旦許可を取ってから、種田はコホンと息を整え、話す準備をする。


 ……まあ、普通に言い分が気になる部分もある。俺は耳と集中力を種田の方に傾ける。


「……じゃあ言うけど、まず第一にあいつは知識をひけらかしたいだけのクソ野郎ね。自分は他の人が知らないこういう知識を持っている。俺の方がすごい。とか、そういう自分本位な意見をぶつけることにのみ快感を見いだしている哀れな豚ね。一度、アイツがどこかから私がオタクであることを聞きつけて話しかけに来たんだけど、そんな感じの印象だった」

「な、なるほど、よくわかっ――」

「それにアイツはオタクとかそれ以前に周りへの配慮が行き届いてないわ。何あの臭い。クサい。クサすぎるわ。自分はお風呂にはいらなくてもいいのかもしれないけど、こっちは困るのよ。そういう自分さえ良ければいいという魂胆が、言動にも身なりにも明け透けなのよね。ああいう奴がいるから、世間で頑張って生きている無害なオタクが排他される世の中になってしまうの。それにあいつ――」

「オーケー!オーケー! 種田さん! 言いたいことはばっちり伝わったぜ!」


 早口でまくしたてる種田に親指を立て、主旨が伝わったことをわかりやすく示した。


「そう? この他にも数十個程度は、アイツの嫌いなところ挙げられるけど」


 こいつ村沢のこと嫌いすぎるだろ……。というか、少し喋っただけでどんだけ分析してんだよコイツ……。


 ……いや。しかしまずいぞ。何とか村沢に矛先を向けないとまた俺が入部する流れになってしまう。何とか村沢のほうに流れを戻さなければ。


「ほ、ほら、でも村沢のそういうところを直して正しい方向に導いて挙げるのもひとつのやり方じゃないか? そういうところを直してあげてから話してみれば、案外いい奴かも知れないだろ?」

「水谷君」

「ん?」

「……何でわざわざ私が、アイツのためにボランティアしてあげなきゃいけないの?」

「……ごもっともです」


 あくまで種田はアニ研を作りたいだけであってボランティアがしたいわけではない。種田がそこまでしてやる義理は一つもなかった。


「それにその人を嫌いな人間が、その人に対して不干渉になるのって、一種の優しさじゃない?」


 ……うーん。それも確かにあるの……かも。

 嫌いなら嫌いで接触を図らないというのも一つの手だと俺も思う。接触したところでどうせ険悪なムードになるだけだし、それができないから、いじめが起こるときもある。


 ……まあ、いまはそんなことどうでもいい! 俺は村沢に矛先を向けさせられればそれでいいんだから! だが、俺がそこまで学校の内部事情に精通していないのも事実。いざ他の奴に矛先を向けようにも、学校内で誰がオタクであるといった情報が一切ない。


 ……まあ、とりあえず多少でも、変えれるベクトルは変えておくか。


「でも、別段俺じゃなきゃいけないってわけでもないだろ?」 

「いいえ! 水谷君は絶対に逃してはいけない逸材よ!」

「何でだよ」


 食い気味で答えた種田は、なぜか鼻高々といった表情をしていた。


「だって水谷君、君は駐禁シリーズを読んでたでしょ?」

「まあ。……でもそれに何の関係が?」

「いい? これはいまトレンドの本よ。アニメ化がつい先日決定したばっかりで、いま最も需要のある本のひとつ。その本の最新巻6巻を水谷君は読んでいた、そうよね?」

「……そうです」

「こっから導き出せる仮説が二つ。一つ目は、アニメ化前から目を付けていて、いま最新刊である6巻目を読んでいる。二つ目はアニメ化が決定してから気になって6巻まで読んだ。どちらにしろ、素晴らしい熱意のあるオタクであることに変わりはない。ところで結局のところ、水谷君はどっちだったの?」

「……元々5巻までは読んでいた」

「エックセレント! 考え得る最高の結果ね!」


 テンションたけえなコイツ。


「ということは水谷君、恐らく作者買いをしたんでしょ?」

「……そうです」


 やばい、ばれてる……。


「そう、この作品の著者はアップルパイ先生。アイヒロやラブパレ等、数々の名作ギャルゲを手がけ、そのヒロインとの絶妙ないちゃいちゃ感と、物語の展開のうまさに定評のある人気シナリオライター。その人気っぷりにいわゆる作者買いをする人も少なくない人物。そんなアップルパイ先生のラノベ処女作がこの、駐禁シリーズ。……そうよね?」


 すらすらと種田の口から情報が出てくる。そしてそれは確かに、信者の俺が聞いても訂正の余地がないものであった。俺が首肯すると種田はうんうんと満足げに話を続ける。


「つまり、つまりよ。この作品を作者買いするってことは、僕はギャルゲが大好きで~す。そしてギャルゲに精通していますよ~と言っているのと同じことなの!」

「いや、必ずしもそうとは……」


 しかし俺に限って言うならば、それは完全に当たってしまっている。……何だか知らんが無性に悔しい。


「まあ、その論理が全体に通じるかは別として確かに俺はギャルゲ、結構やるよ」


 種田がその言葉を聞いた瞬間、ドヤ顔で指ぱっちんをする。うわ、うぜえ……。


「そういう人材が欲しかったのよ! かくいう私はあんまりギャルゲに詳しくないから」

「えっ、ウソだ。だっていま、アップルパイ先生のことめちゃくちゃ詳しかったじゃん」

「ああ、あれは最近調べたときの知識を総動員したの」

「一体なんのために調べたんだよ……」

「決まってるじゃない! 水谷君みたいなギャルゲオタを部員にいれるためよ!」

「……そこ、もうちょっと詳しく」


 しょうがないわねーと言わんばかりに、種田は終始ドヤ顔を崩さなかった。


「いい? 現状、アニ研の部員は私だけなの。そんな状況下でギャルゲ好きの人間が、ギャルゲを本気で語りたくてアニ研の門を叩いてきたとする」

「うんうん」

「そのとき、私がギャルゲの知識が皆無だった場合どうなる? ……入らないわよね? せっかく入ったのに、本気で好きな作品を語れないんだもん。そういう事態を未然に防ぐために、私はオタク界隈の様々なジャンルを勉強してるの」

「努力の方向性おかしいだろ……」


 あまり接したことないからやたらめったらなことは言えないが、種田はヤバい奴なのだろう。


「……あと、一つ。どうしても言っておかなきゃいけないことがある。あのな、ギャルゲとかこういう趣味は勉強したり、努力するものじゃないんだ。やりたいからやるものなんだよ」


 ここで、名言をひとつ。


 オタクとは気づいたらなっているものであり、なるものではない。

by水谷 慶悟(21世紀のオタク)


 アニメ、マンガ、ゲームなどの界隈のものは観たいから観る。読みたいから読む、やりたいからやる等と言った一種、本能的な論理の上に成り立っている。

 故に種田のように何かの役に立つから観る、読む、やる。これは邪道である。

 我々、オタクは心の底からコンテンツを楽しんで欲しい。その人に本気で魅力を感じて楽しんで欲しいんだ。だから、種田。俺ははっきりといわしてもらったぞ。


「ああ、そこら辺だったら大丈夫。私けっこう何でも楽しめるタイプでさ。ギャルゲとかひどいとき一週間に一本ペースでやってたし。勉強とか言ったけど全力で楽しんでるよ」


 不覚、俺の杞憂だった。


「というか、やっぱり、結構水谷君もオタク界隈のことになると熱くなるね~。ますます入部してほしくなったよ」


 不覚その二、意図せず俺の株も上げてしまった。


「まあとにかく、私はそんな感じで色々やってるんだけど、やっぱりまだまだ未熟だし、そんな中、水谷君みたいな本物のギャルゲオタクに入部してくれると今後のためにもありがたい訳よ。だから入部してくれない?」

「ハハハ、断る!」


 即決の俺に種田は眉をピクつかせる。


「……な、なるほど。理由を聞かしてもらおうかしら」

「俺はいまの、ひっそりとしたオタクライフに満足しているからだ」


 そう。畢竟、現代のオタクライフは、比較的リアルが孤独でもできる。意見交換をしたければネットを使えばいいし、そこから気の合う友達でも作ればいい。そういう人とのしがらみがめんどくさいなら、掲示板やまとめサイトの感想を見て、一人意見交換会を脳内ですればいい。


 そう、オタクは孤独な人間に優しいのだ。


 朝の種田を見た際の、坂本や中村の反応や発言を顧みた感じ、あの二人はオタクというものに魔女狩り並の偏見は持ってない。だが、あまりいいイメージを持ってない可能性も十分ある。よって、ここは沈黙が金。別にわざわざ、余計なマイナスとなる可能性を加える必要もない。

 以上の観点から導き出す結論、やっぱり入部はなし! 現状維持バンザイ!


「既に満足しているか、なるほどね……」


 種田も俺の言い分にうんうんとうなずいている。どうやら納得してくれたらしい。


「まあ、何となくあなたの言い分はわかったわ。でも、あなたが満足してようがもはや私には関係ないの。手伝わないと、オタクなことバラすよ」

「はあっ!?」


 まさかの強攻策!?


「いや、お前だって、さっきはバラさないから安心してって」

「君子豹変って言葉知ってる? 己の利益のためなら、過去の考えなんて顧みないって言葉よ」

「誤用にもほどがあるわ!」


 ちなみに本当の意味は、自分が誤っているとわかったら素直に言動を改めるという、素敵なお言葉です。


「まあそれじゃあ、とりあえずオタクがバレない程度にでもいいから、部員集め手伝ってくれない?」

「嫌だ。めんどくさい」

「は? 図書館で突然発狂するギャルゲオタクだって事実を、高校中に流布するわよ」


 そういって種田はボイスレコーダーをポケットから取り出す。


「はっ!? お前、バカっ……! いつから!」


 手を伸ばすが、軽やかに種田はかわす。


「飲み物を買いに外に出て行ったときから」


 毅然とした態度で種田が答える。ということは……。


「まあ、その論理が全体に通じるかは別として確かに俺はギャルゲ結構やるよ」


 種田が再生ボタンを押すと、そこからは、まごうことなき俺の声が流れた。


「あっ……ああ……」


 余りの出来事に、声すら失い膝をつく。


「きょ、脅迫は犯罪だぞ!」

「大丈夫よ。どうせ水谷君は、最終的にアニ研に入部して、私に感謝することになるんだから。訴えるなんて発想はすぐに消し飛ぶわ」

「むちゃくちゃだコイツ……」


 ぶっちぎりでイかれてやがる……。


「とにかく、オタクなことがバレたくないんだったら、しばらくは部員勧誘だけでも手伝って! お願い!」

「いや、こんなことして手伝うわけ……」


 そう言葉を続けようとした矢先、俺は躊躇い、言葉を失った。

 それは、目をつむり手を合わせ、全力で懇願している種田の姿があまりにも必死に見えたからである。

 種田の合わせた手は、あまりに力を入れすぎてプルプルと震えていた。目も強く瞑りすぎて、目元の皺がわずかに赤くなっている。

 その姿に、純粋に驚いた。そして、種田の何がそこまで心を動かすのか。それが不思議でしょがなかった。


「……そんなにアニ研、作りたいのか」


 自然と口から出てきたのは、そんな純粋な問いであった。そんな俺を、種田は見据える。


「……うん! 作りたい! 今まで居場所がなくて、話したくて、ずっと我慢してた! オタクのイメージが悪かろうがそうじゃなかろうが、とにかく私はこの部を作りたいの!」


 そして力強くそう言い切った。その口調に偽りは感じられない。


 素直に思った、こいつは本物だと。

 どんな状況だろうが、どんな立ち位置であろうが、作りたいから作る。やりたいからやる。

 そこには本物のオタクの姿があった。

 ……俺が決してなることのなかった、本物のオタクの姿が。


「……お前の気持ち、しっかり伝わってきたよ」

「ホント!?」

「ああ、俺もアニ研、立ち上げられるように頑張って手伝うよ」

「水谷君っ……!」


 俺の差し出した手に、種田が両手で力強く握手を返してくる。

 最終的に人を動かすのは打算でも、利益でもない。

 感情だ。感情で最終的に人は動く。

 感情を揺さぶられた俺はそのまま、なすすべなく種田の前に屈した。


 そんな俺が、次に紡ぐべき言葉は何なのだろう。

 ……悩むなあ。だって、この言葉はとても重要な気がするから。

 だけど決めた。いま、俺が込めれる最大の言葉を贈ろう。そう決心を込め、俺が言葉を選ぶとしたら、それはたとえば、こんな言葉だろう。


「……何て言うと思ったかー!! 何で俺が! やる理由がないわ! てめえ1人で勝手に作れ――」

「オタクなことバラすよ」

「……」


 周りの空気が固まった。


「……ごめんなさい」


 ゆっくりと足を崩し、本能的に土下座の構えをした。

 結局、人は弱味を握られたら負けなのだ。


 土下座する俺。見下す種田。かくして俺たちの関係は、幕を開けた。


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