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ユウナギ王子の話・2

 北の城門を抜けたユウナギ王子は、馬で草原を駆けて、やがて魔の森にたどり着きました。

 昔、お妃様を救い出すのにワダツミ国の軍隊が火をかけたせいで、森の入口はだいぶ遠ざかっていました。今でも焼けこげた木がたくさん立ち枯れていましたが、地面は短い草におおわれていました。ここが再び森に育つまで、あと何十年、何百年とかかるのでしょう。


 面積を減らした魔の森は、よりいっそう深く暗く、来る者をこばんでいるようでした。ユウナギ王子は馬を降りて、歩いて森の中へ入って行きました。

 とたんに日差しが陰り、冷たく湿った空気に濃い緑の臭いが混じりました。足元は苔と朽ちた落ち葉でふわふわしています。高い木の枝で、何かの鳥が鋭く鳴きました。

 何もかもユウナギ王子にとっては初めてでしたが、不思議と怖くはありませんでした。王子の足は奥へ奥へと進みます。


 その時、シュッと高い音がして、ユウナギ王子の耳元を何かがかすめました。シュッ、シュッ――それは矢でした。茶色い羽根のついた矢が次々に飛んできて、王子の周りの木の幹に突き刺さります。

 侵入者をはばむ魔法の矢です。ユウナギ王子は慌てて身を伏せましたが、すぐに奇妙なことに気づきました。王子の動きはとても遅かったのに、魔法の矢は一本たりとも王子に当たっていないのです。まるでユウナギ王子を避けて飛んできているようでした。

 魔法の矢が止むのを待って、ユウナギ王子は再び先へ進み始めました。

 ユウナギ王子の歩みを妨げるものは、もう何もありませんでした。王子が近づくと、絡み合ったつたは自然に解けて道を開けましたし、硬い葉っぱの茂みは風にそよいで行き先を指し示しました。まるで森全体がユウナギ王子を招いているようでした。

 薄暗い木漏れ日の中を半日ほども歩いたでしょうか。ユウナギ王子の目の前が急に開けました。


 そこには大きな大きなカシの木が立っていました。ごつごつした幹は大人十人が手をつないでも抱えきれないほどの太さがあります。たくましい枝が広く四方に伸びて、豊かな緑の葉を繁らせていました。

 そのカシの木の上には家が組み立てられていました。お屋敷と言っていいくらいの大きな家です。ユウナギ王子が辺りを見回すと、他の木々もそれぞれ家を乗せていました。そして木の陰にはたくさんの人間がいて、ユウナギ王子を遠巻きに眺めているのでした。


 ――ここは蛮族の村なんだ。


 ユウナギ王子はそう気づきました。黒い髪と白い肌の人々は、ワダツミ国の民とは違った外見をしております。みんな、獣の皮を縫い合わせた変わった衣服を着ていましたが、悪い魔法使いには見えませんでした。

 ごく静かな羽音を立てて、黒い影がユウナギ王子の目の前を横切りました。それは大きなミミズクでした。つやつやした黒い羽に白い筋が入っています。ミミズクは見定めるように王子の周囲を飛んで、カシの木の枝に止まりました。


「何をしに来た、ワダツミ国のユウナギ王子よ」


 ミミズクは低い男性の声で言いました。ユウナギ王子は鳥がしゃべったことと自分の名前を知っていたことの両方に驚きました。でもここは魔の森なのです。何が起こっても不思議ではありません。

 ユウナギ王子はミミズクに答えました。


「ワダツミ国の海が濁って魚が獲れなくなりました。父は魔の森のあなたたちが呪いをかけたのだと信じています」

「おまえもそう思うのか?」

「分かりません。だから確かめに来ました」


 ミミズクは金色の目で王子をじっと見つめました。そのまなざしはまるで人間のようで、厳しさと温かさを同じだけ含んでいました。


「おまえは賢い子供だね。それに勇気がある。だから本当のことを教えてあげよう」


 ミミズクはふわっと羽毛を膨らませて、それから目を細めました。


「海が変わったのは確かにこの森のせいだ。誰にも解けない呪いがかけられているんだよ」


 ユウナギ王子は再びびっくりしました。自然と手が腰の剣に伸びます。ミミズクはホウとひとつ鳴きました。


「早とちりをしてはいけない。呪いをかけたのはわたしたちではない。おまえのお父上だよ。ワダツミ国の王様が、この森にたちの悪い呪いをかけたのだ」

「まさか!」

「王様が昔火を放ったせいで、この森は傷つき小さくなった。落葉が減って、地下水の養分も少なくなった。しかも、木を失った森の土は、雨が降るたびにそのまま川へ流れ出している。今、川が運んでいるのは、栄養のない水と海底にたまる土砂ばかりだ」


 ユウナギ王子は信じられない気持ちでいっぱいでした。ワダツミ国では、良いことはすべて神様の恵み、悪いことはすべて悪魔のしわざだと信じられていました。人間のやったことが、しかも王様のやったことが、何年も経ってからワダツミ国を苦しめているなんて。


「信じられないかね?  ものごとは全部つながっているんだよ」


 ミミズクの語った内容は理屈が通っていて、賢い王子はすぐに本当のことだと理解しました。どれだけ都合の悪い事実でも、事実は変えられないのです。はたしてワダツミ国の王様は同じように理解してくれるでしょうか。

 ユウナギ王子は急に心細くなって肩を落としました。


「ぼくたちはどうすればよいのでしょうか?」

「どうしようもないね。海を育てていたのは森だ。その森を壊してしまったのだから、再び木々が育つまで待つしかない」

「助けてはもらえませんか? ワダツミ国と森のみなさんがもっと仲良くしていたなら、こんなことにはならなかったでしょう」

「おやおや、ずいぶん勝手なことを」


 ミミズクはくちばしをカチカチ鳴らしました。あきれて笑っているようでした。


「よくもまあそんなずうずうしいお願いができたものだ。森を焼かれて本当に困っているのはこちらの方だよ。すみかを奪われ仲間をたくさん焼き殺されたのだからね」


 ユウナギ王子は四方八方から注がれる冷たい視線を感じました。木の上から見下ろす蛮族たちは、みんな憎々しげに口元を歪めていました。


「でも我々は、おまえに危害を加えたりワダツミ国に仕返しをしたりはしない。本当の蛮族はどちらか、お父上に訊いてみなさい」

「父上が森を焼いたのは母上を助けるためです。先に母上をさらったのはそっちだ!」


 ユウナギ王子は思わず声を荒らげました。そうなのです。蛮族が若き日のお妃様をさらったりしなければ、ワダツミ国が魔の森に戦争をしかけることなどなかったでしょう。

 するとミミズクは翼を広げて、枝からすーっと滑空しました。音もなくユウナギ王子の目の前に降りてきます。


「それはお母上に確かめるといい」


 そう言って地面から立ち上がった姿は、もうミミズクではありませんでした。黒い長い外套がいとうを着た、背の高い男でした。


「はじめまして、ユウナギ王子。私はヒイラギ王。森の民のおさだ。ああ、おまえの目は姫と同じ色をしているね」


 懐かしそうな表情を浮かべるヒイラギ王から、ユウナギ王子は後ずさりました。


 賢い王子には全部分かったのです。

 なぜ自分に魔法の矢が当たらなかったのか。迷わずひとりで森の奥へたどり着けたのか。森を恋しく思うのか。そして、なぜお父様に愛してもらえないのか。

 全部分かってしまったのです。


 ユウナギ王子身をひるがえすと、後ろも見ずにその場から走り去りました。

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