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アカツキ姫の話・1

 ワダツミ国は、大陸の西の端にある小さな国でした。

 温かい海に張り出した半島にあって、年中明るい日差しが降り注いでいます。港にはいつもたくさんの帆船が出入りしていて、外国から珍しい品物を運んで来ました。潮風は穏やかで人々はにぎやかで、たいへんに繁栄した美しい国でした。


 ワダツミ国の王様には、十四歳になるひとり娘がおりました。

 国内はもちろん、海を挟んだ隣の国でも知らない人がいないほどの美しい姫君でした。両の瞳は夜明けの空と同じ薄紫色で、細かく波打つ長い金髪は朝日に照らされた海のよう。バラ色の頬で微笑みかけられると、誰もが太陽の光を浴びたような幸せな気持ちになれました。

 だから人々は、親しみと敬愛をこめて彼女のことを『アカツキ姫』と呼びました。本当の名前は別にありましたが、王様やお妃様でさえ娘のことをこう呼んだのです。 


 国中でいちばんぜいたくに大切に育てられたアカツキ姫は、両親や国民から十分に愛されておりましたが、自分が幸せだとは思っていませんでした。

 どこの国の王女でもそうであるように、アカツキ姫もまた自由に外を出歩けませんでしたし、大きな声で歌ったり笑ったりすることも許されませんでした。どんな時でもおしとやかに品よく振る舞うことが当然で、厳しい家庭教師からたくさんの礼儀作法を教え込まれました。

 幼い頃は特に何とも思っていなかったのに、最近になって、アカツキ姫はそんな毎日が窮屈でたまらなくなりました。お年頃になった姫に結婚の話が舞い込むようになったからかもしれません。


 ワダツミ国で王様の次に偉い公爵家の息子や、国中の軍隊を預かる将軍や、海の向こうの国の王子様や、たくさんの身分の高い男性がアカツキ姫に結婚を申し込みました。彼らは口々に姫の美しさをほめたたえて、自分のお嫁さんになってほしいと言いました。

 そんな熱烈な求婚をお日様のような笑顔で受けながら、アカツキ姫は、心の中ではうんざりしていました。だって、彼らが姫と結婚したがるのは次の王様になりたいからだと分かっていましたから。

 公爵家の息子はいつも軽薄な笑みを浮かべていて虫が好きませんでしたし、詩も詠めない将軍は強いだけでさっぱりあか抜けておりません。隣国の王子にいたっては、自分の国で王様になれないからワダツミ国の王座に座るつもりなのです。


 ――ひとり残らず、まったく、全然だめだわ。


 アカツキ姫は彼らの見えないところでため息をついていました。

 どの男性も、自分の表面だけで中身を見てくれないと思いました。美しい姿かたちと、王様のひとり娘という身分が好きなだけなのでしょう。


 ――わたしの中身を、本当の私を愛してくれる人じゃないといやだわ。


 アカツキ姫はそんなふうに思って、自分の不自由さを嘆きました。





 お城で働く人たちが寝静まる真夜中に、アカツキ姫は、よく部屋のバルコニーに出て外を眺めました。昼間にそんなことをすれば、美しい姫の姿をひとめ見ようと野次馬が集まって大騒ぎになってしまいますが、暗い夜なら心配はありません。

 アカツキ姫は白い寝間着に裸足のままでバルコニーに出て、大きく伸びをします。花びらのようなきれいな唇から、ほがらかな歌声が流れ出しました。これもふだんは禁じられていることです。


 お城はワダツミ国でいちばん高い建物で、アカツキ姫の部屋はそのまたいちばん上の階にありましたから、バルコニーからは小さな国のほぼ全部が見通せました。楽しげな歌声が伸び伸びと空を渡ってゆきます。

 お城の周りには貴族の住む立派なお屋敷街があって、太い通りを挟んで庶民の住む小さな家々がごちゃごちゃと連なっています。街並みは西の港まで続いており、その先には紺色の夜の海が黒い船影を浮かべていでいました。


 けれどもアカツキ姫の視線は、自分の住む国ではなく、反対の方角へと巡ります。北の街外れには高い石積みの城壁が築かれていて、外側にはなだらかな草原が続いていました。そしてそのずっと先には、地図に墨を塗りつけたように、真っ黒い森が広がっているのでした。

 ワダツミ国の人々が恐れる、魔の森です。ワダツミ国の北側からその向こうの高い山脈へとつながっていて、深く暗く広く、一度足を踏み入れたら最後、二度と戻って来られないと言い伝えられておりました。しかもその森には昔から蛮族が住んでいて、怪しい魔法で侵入者をつかまえては彼らの神様へのいけにえにするというのです。


 ――やつらは森の大木や岩や動物なんかをあがめているんだよ。


 王様はアカツキ姫が子供の頃から何度もそう言い聞かせました。


 ――野蛮な連中だ。決して森に近づいてはいけない。我々には立派な港と神様のご加護があるからね、あんな汚れた土地を通らなくても豊かに暮らせるんだよ。


 前の王様もその前の王様も、そうして魔の森と蛮族の存在を無視してきたのです。幸いにもこちらから近づかなければ彼らは危害を加えてきませんでしたから、忌み嫌いながらも、戦争になったためしはありませんでした。


 ――どんなところなのかしら。


 アカツキ姫は歌いながら薄紫色の両目をこらし、暗い森を見すえます。

 聞かされてきた話は、怖いけれどひどく魅惑的なものに思えました。闇の魔法使いたちが不気味な森に隠れ住んでいると想像すると、姫の胸はどきどきと高鳴るのでした。まるで怖い絵本をめくっていく気分です。その気持ちは、成長するにしたがって薄れるどころかますます強くなっていきました。


 もし自分があそこに住んでいたら、とアカツキ姫は思いを巡らせます。大きく茂った大木の葉ずれの音、夜露に濡れた柔らかな下草、土と植物の濃い臭い、狭い夜空から降り注ぐ金色の月明かり……何もかもがロマンティックに感じられて、アカツキ姫はうっとりしました。

 それに比べて昼間のワダツミ国は明るすぎました。強くまぶしい太陽の光も、ギラギラ輝く広い海も、元気でにぎやかな人々も、姫にとってはちっとも魅力的ではありませんでした。開けっ広げなくせに、姫には窮屈な暮らしをいているのです。


「ここから出て行けたらどんなにいいかしら」


 アカツキ姫は歌うのをやめて、思わずそうつぶやきました。

 すると、


「それは本気かい?」


 ごく近い場所からそう問いかけられて、アカツキ姫は飛び上がりました。辺りを見回しても誰もいません。


「ここだよ、お姫様、ここだ」


 慌てて振り向くと、部屋の中へつながる窓のひさしに、一羽のミミズクが止まっていました。いつの間に飛んで来たのやら、とても大きなミミズクです。体をおおう羽根は真っ黒で、ところどころに白い筋が入っています。星明りでもはっきり分かる真ん丸い二つの目が、金色に輝いてアカツキ姫を見つめていました。

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