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1 2年前-謎

『桐橋高校弓道部男子 九条くんインハイ優勝』という見出しの新聞の切り抜きを、生徒手帳の内側に大切に仕舞った。松本詩音はパリパリの制服を着て、彼女が通う桐橋高校に向かった。彼女はその新1年生だ。

「おはよ、詩音ちゃん」

 教室に入ると、新しくできた友達の矢花理沙が声をかけてきた。

「おはよう。今日、入部説明会だね。もう部活は決めた?」

 今日は、部活動入部希望者のための、各部のミーティングがある。そこで正式に入部となるのだ。詩音は、弓道部に入ると決めていたから、入部届には、弓道部と書いてある。理沙は部活には入らないらしい。二人で話していると、予鈴がなったので教室をあとにした。

 放課後、詩音はミーティング会場に向かった。会場である教室の前に立って確認をする。ここの教室で間違いないことを確かめると、中に入った。1年生らしい生徒は、彼女の他に二人いた。一人は男子、一人は女子だった。

 部長が仕切るミーティングが始まった。部長の軽い挨拶から始まり、自己紹介へと移った。この桐橋高校弓道部の3年生には、昨年インターハイで優勝した、九条伊織がいる。詩音は九条に憧れを抱いて、この部活に入ることを決めた。自己紹介のため、九条が起立した。

「3ーDの九条伊織です。副部長です、よろしく」

 あまりにあっさりとした挨拶に、詩音は驚いた。想像していた人物像とは全く異なり、素っ気なく、無気力感に溢れた人物にみえた。詩音が考えを巡らせていると、いつのまにか自己紹介の順番がまわってきた。

「1ーDの松本詩音です。強い選手になれるように頑張ります、お願いします」

 ささやかな拍手をされながら、席に腰を下ろす。そして、ふと九条に視線を移した。彼は頬杖をつき、夕焼けが広がる、窓の外を眺めていた。詩音は少し落胆し、机の真ん中に視線を戻す。憧れの存在は、想像とは程遠く、あまりに無感情のような人物に思えた。


 それから数日が経った。部活はいつも通り、放課後にある。だが、ひとりだけ朝練習をしている部員がいることを、詩音は知っていた。この日は朝から蒸し暑く、射場も熱気が籠っているだろうと予想された。

 詩音はいつものように早めに登校して、射場に足を運ぶことにした。そして、射場のシャッターが開いているのが見えると、入り口まで足を進めた。ーーよし、今日も誰かやってる。なにか教えてもらえるかもしれない。

 弓道場と書かれた木の札がかかる入り口まできた。すると、引き戸がいきなり開いた。

「あれ……1年生……?」

 詩音の目の前に現れたのは九条だった。

「く、九条先輩……、おはようございます」

「え……っと、うん……おはよう。で、なに。どしたこんな早朝に」

 首に引っかけた青と白の横縞のタオルで、首と顔の汗を拭いながら、九条は訊く。詩音は意外に優しい対応に驚き、言葉を選んだ。

「毎朝練習してたのって、九条先輩だったんですね」

 九条は気だるそうに首の後ろを掻きながら答えた。

「まあね……。あまり練習してるところ、他人にみられたくないんだ。だから朝やってる。それなら誰も来ないだろ」

「大会では大勢の人に見られているのに、ですか?」

「……大会と練習は別だ。あのさ、矢取り行ってきていいかな」

 前方を見つめて、詩音とは目を合わせなかった。詩音が、お邪魔してすみません、と一言言うと、九条は歩きながらぽつりと言った。「矢取りにおいで。せっかく来たんだ、教えてやるよ」

 詩音は言われるままに、うしろをついていった。

 看的所に入ると、ドアを閉めるよう指示された。九条は一呼吸おくと、振り替えって詩音を見下ろした。そして、目線を詩音に合わせるように、腰を屈めた。

「なんで、俺が練習してるところ見に来たんだ」

 詩音は思わず言葉を失った。あまりの顔の近さにも驚いたが、真剣というより狡猾な、その瞳に吸い込まれた。

「俺がインハイで優勝したから? 俺、あまり目立つことは好きじゃない。ただ、優勝は弓が好きだからできたことだ。ねえ、俺が朝練してること、他の人には言うなよ? お前には知られたから仕方ないけど、俺には俺なりの練習がある。この秘密、守れるよな?」

 詩音はその迫力に気圧されて、ただ見つめているしかなかった。やっと発した言葉は「はい」と従う返事だった。

「ん、それならよし。矢取り教えるね。矢取りは、的中してない矢から取る。それから、安土の前に立つときは、安全確認を怠らないことだな」

 九条は2回手を叩いて、矢取りを始めた。詩音もそれに続いて矢取りを行った。

 射場に戻ってくると、詩音は荷物をまとめ、九条の邪魔にならないように、射場を出ていこうとした。ありがとうございましたと言おうとすると、「どこに行くんだ」と問われた。

「九条先輩は、あまり練習を人に見られたくないとおっしゃっていましたから、私は教室に行こうかと思いますが」

「見られちゃったら、嫌もなにもねえよ。それにお前、俺の射に憧れて入部したんだろ? その辺は人伝に聞いた。憧れてもらえるほどの射じゃないけど、見てけよ。見るのも稽古だしな」

 詩音は不思議な気持ちで一杯だった。謎めいていた九条の存在の謎はさらに深まった。それに、接しにくさは倍増した。本音を言えば、面倒くさい人だとも思った。しかし、せっかく全国トップの射が見られるのならと、彼女は見とり稽古をしていくことにした。


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