始めての
俺は、待つことには慣れている。人を待たせるのが嫌いなのだ。
今日の朝も、待ち合わせの二時間前。朝七時から、駅前に立っていた。いつもは三十分前だが、今日は、相手が一時間前には来るだろうと予想していた。だから、二時間前だった。
予想通り、彼女は一時間前に現れた。
ワンピースにニーハイにショートパンツ。何と言うか、別の意味で、花より団子の気持ちが解る、そんな気がした。
俺の親友ーー桂木優が半分からかい、半分祝福のつもりでアドバイスしたのだろう。アイツとそういう話をした覚えはないが。ほくそ笑んでいるアイツの姿が目に浮かんだ。
予想していたことだが、八時の時点で営業をしている店はまだない。外で過ごすにはまだ肌寒く、喫茶店に入るのは自然な流れだった。
当然、喫茶店に入っても、話すことがないのも自然な流れである。
何を話せば良いか解らない。まさか、最近はまっている哲学者の話や、万能細胞の話など出来わけがない。面倒くさい奴決定請け合いだ。
こんな、青少年の様な、良くありがちな事例で悩むことなど、恐らく、きっと、まだ起きる訳がないと、そう思っていた。
「ごめん。ちょっと外すね」
思わず、戦術的撤退する俺。トイレの鏡で、半分にやけかけた顔を引き締め、髪型を直す。
そこで、電話が鳴った。
「もしもし」
『やあ、青少年。青春してるかい?』
相手は桂木優。いつも以上に陽気な声を出している。
「なんだよ。冷やかしなら切るぞ」
『そんなんじゃないって。ほら、そろそろ戦術的撤退だー、とか言ってトイレに逃げ込んでるんじゃないかなと思いまして』
「その通りだから何も言わない」
『いやはや、君はいつもそうだね。その台本通りの行動、何とかならないのかい?』
「……」
『彼女の前ですら「芝居」を続けてたら、戻れなくなるよ』
「お前に言われたくない」
『経験者だからだよ。こんなこと言うのは』
「……切るぞ」
『どうぞ』
俺は思い切り、壁に額をぶつけた。
「ごめん。遅くなった」
「全然待ってないよ」
慌てて手をぶんぶんと振る日谷奈津。その様子を見て、俺は笑みが零れる。
「あっ、貫水君。頭どっかにぶつけた?」
「あ……、うん。ちょっとね」
「大丈夫?」
「だいじょーび」
ピースサインで応える俺にキョトンとした顔をする奈津。
「貫水君て、そういうことするんだ……」
「まあ、学校じゃやんないけどね。失望とかしたなら、別れても良いよ?」
「いやいやいや、そういう意味じゃなくて、何か新鮮だなって思って。何かほら……学校だとあんまり喋ってる姿とか見ないし、恐い人なのかなって……」
「はい。恐い人です」
両手で目を吊り上げると、奈津は笑った。俺の不安をかき消す様に。
「別れたのか? 少年?」
「ああ」
喉が乾燥しており、音になったか解らなかった。
俺は、更衣室で寝転がっている。そこに桂木優は現れた。授業中、しかも、女子であるのだが。
「他に好きな奴が出来たんだと」
「ふうん。あの娘にねえ」
「どういう意味だよ」
「いいえー、私は何も知りませーん」
明らかに知っている素振りで、語る桂木に苛立ちを感じた。
「答えろよ」
桂木は面倒くさそうな顔をした。
「……役不足だと感じてたのよ、彼女」
「俺が物足りないって?」
「逆よ逆。あんたが役不足。彼女は劣等感」
「意味わかんねえよ」
「多分、あんたが彼女にとっては魅力的過ぎたんでしょうねえ」
「尚更、意味わかんねえ」
「大人なのよ、女子は」
「ほんっと、女子ってわかんねえ」
「わかんなくて良いのよ、それを知ったら。あんたに魅力なんかなくなるんだから」
独り言なのだろうか、聞き流すには大き過ぎて、会話にしては小さ過ぎた。
俺は立ち上がり、埃を払う。
「駄目よ。あの娘のとこ行っちゃ」
「何でだよ」
「泣いてるわ、まだ。きっと」
「……また独り身かよー。学校祭どうすんだよー」
「ま、精々頑張りなさい」
桂木は更衣室を後にした。気を使ってるつもりだろうか。俺は顔を腕で覆った。




