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短文倉庫  作者: なち


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荒廃と再生



 仕事とは様々なもので、夢を叶えて好きな職に就いた者も居れば、趣味と実益を兼ねている人間もいる。一方生活の為、単純に条件を重視する場合もある。大義を掲げる者あらば、その日暮らしの者もいる。

 しかしどんな職業に就こうと、職場環境や人間関係は無視出来ない。

 俺は大学卒業後、大きな展望も抱かずとりあえず就職した口だが、この会社に骨を埋めても構わないと思えていた。

 明るい同僚達に、綺麗なオフィス。充実した福利厚生。そこそこの給料。パワハラもセクハラも無縁で、縦の風通しも良い。新人も長く居付き、寿退社も育休休暇もどうぞどうぞと言う雰囲気だった。

 ――ある日までは。

 その日、を境に、職場の空気は一変した。

 別に、特別何があったと言う訳ではない。新規で大きな案件が飛び込み、連日の残業に嬉しい悲鳴があがったところまでは良かったのだ。

 しかしその後も舞い込む案件に人手も時間も足りず、職場は地獄と化し屍が蠢く四面楚歌へと変貌した。

 新人への常套文句の『慣れれば楽』も空言にしかならず、入ったそばから離職の嵐。気付けば元々び人員で数倍の業務をこなす日々に、笑いも嘆きも枯れ果てた。

 ここは荒野か砂漠かと思う程、朝から職場は殺伐として。


 憂鬱な気分を朝から抱え、溜息を吐きつつ出勤する毎日。


 ――おや?

 と首を傾げたのは、オフィス階のあるフロアにエレベーターを降りた時である。

 幻聴かと耳を疑う明るい笑い声が聞こえて来る。数年振りのことでは無いか。

 訝りながらも自然と歩調は速くなり、半ば駆け込む勢いでオフィスに入った。

 するとやはり現実に、仲間達が楽し気に談笑していた。相変わらず目の下にはくっきりとクマを浮かべ、永久記憶の如き寝癖を晒している者もいる。

「……おはよう」

 控えめに声を掛けながら自席に鞄を置くと、気付いた後輩が弾んだ声で呼ばわった。

「長野さん!」

 嬉々として駆け寄って来て、言う。

「聞いて下さいよ~!」

「……なんかあった?」

 一瞬何かリテイクでもあったかと胸をひやりとさせるが、彼等の表情からはそうとは思えない。

「いや~、朝の電車ですっごい美人と遭遇しまして!」

 後輩の飛島は疲れが滲んだ顔を紅潮させている。よれた襟元を宥める為に肩を叩いたついでに直す。

「今時珍しい大和撫子風の、黒髪が似合う美人でして! その子の髪が、俺のスーツのボタンに絡まってしまって」

「あー成程」

「降りる駅が近付いて来て焦りましたよ~。いや、まあ俺は乗り過ごしちゃったんですけどね。その所為で彼女がえらく恐縮して、後日お詫びをと連絡先を交換しまして!!」

「俺の話も聞いて下さい、長野さん!!」

 飛島を押し退けるようにして手を挙げるのは、ここ数年眉間の皺が定常化しつつある牧田だ。

「電車の隣の席に座ってた女子高生が、俺の肩で!! 寝てました!」

「……お、おう。そうか」

「いい匂いでした!」

「えー変態! 牧田変態! ねー、長野先輩!」

「そ、そうだな……」

 妙なテンションで、早朝の通勤での出来事を披露している仲間達。まだ頭はついていかないが、久し振りの和気藹々とした雰囲気に気持ちが和んで来る。

 内容は兎も角として、活気が出るのは良い事だ。

「それなら、私も! これから部活なんだろうジャージ姿の男子高生二人がね!! 頬寄せ合ってスマフォを覗いてたの! ふふ、わりとイケメンよ? あれは、何かある匂いがぷんぷんしたね。付き合い立てか、その直前ね」


 ――……内容は兎も角として。

 

「いや、斎藤さん。それはなんか違くない?」

「なにがよ。同じでしょーがよ」

「いいですよねー、男子高生。まだちょっと初々しい感じの。空気感隠せないと言うか、隠す気すらないと言うか」

「そうそう!」

 もう長い事、定時よりも早く出勤しての、残業しての。

 休日出勤も当たり前、休日前の飲み会なんて儚い夢。雑談などできる空気もしたい人間もいない、そんな日々だった。

 それがみんな、なんて楽し気なことだろう。

「良くわからんが、みんな朝からいい事あったみたいで良かったなあ」

 一人縁側でお茶を飲むような心持ちで頷いたら、満面の笑みが振り向いた。

「って言う、妄想です!」

「……は?」

「「「妄想です!!」」」

 見事に揃った声で、言う。

「……」

 言葉を失った俺に構わず、彼らの話はまだまだ続く。


 ――わりと彼らはしぶとい。まだまだ大丈夫だろう。


多分。





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