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短文倉庫  作者: なち
21/28

ストロベリーチーズケーキ

第一印象から決めてました、の続き。



 彼氏の健吾との出会いは、ナンパ。それから翌日に恋人になって、そのお付き合いももう三ヶ月になる。

 高校2年生の私に対して、健吾は21歳の大学生。一応お互い学生ではあるが、健吾はアルバイトもしているし、そう聞けば友人連中は興味津々になる。

 例えば、どんなデートをしているのか、とか。どこまで関係は進展しているのか、とか。

 しかしそんな事を聞かれても、あたしは困る。

 別に照れるから、というわけでは無い。

 会える日は会うようにしているし、毎週日曜はデートもしている。毎日電話やメールをしている。

 けれど相手の年齢を考えて三ヶ月、何も無い、というのはどうなのだろうか。初日から手を繋いではいるものの、その後全く進展を見せて居ない。

 甘い雰囲気になった事なんてあるだろうか?

 そもそも健吾にとって、あたしは彼女なのか?

 そんな疑問を持っているあたしが、友人達の興味を満たしてやれる経験などしている筈が無かった。


 大体、日曜のデートは毎回同じコースを辿っているだけだ。学校が終わってから、とか、健吾のアルバイト後の逢瀬なんてものは、敢えてせいぜい三時間程度だし、ご飯を食べに行く――といっても、ファミレスとかマクドナルドだけど――だけで終わってしまう。

 日曜のデートは、毎回ある喫茶店で食事をして、映画を見たりゲームセンターに行ったり、カラオケをしたり。

 楽しくない、なんて嘘でも言えない。

 一々あたしのツボにはまる言動をする健吾との時間は、何時もあっという間。もう少し一緒に居たい、なんて思うのに、健吾は何時も家まであたしを送り届けると、あっさりと言っていい位に簡単に、背を翻して帰ってしまう。

 健吾と居る時間は、楽しい。

 それは――嘘じゃないんだ。




「あー至福」

 そう言って健吾は、もぐもぐとケーキを頬張っている。その顔は蕩けそう、と言えば聞こえが良いニヤケ面。

 男のくせに――なんていうのは差別発言かもしれないけど、甘党の健吾は、食事の後に必ずデザートを頼む。この常連と化している喫茶店では、何時もストロベリーチーズケーキなるものを頼んでいる。

 薄いピンク色に潰したイチゴが混ざったチーズケーキ。程よい酸味と上にかかったストロベリーソースが絶妙で、あたしも大好物ではある。

 けれどたまには別のケーキが食べたい。オーナーの手作りのケーキはこれに限らずどれも絶品で、あたしは何にしようか迷ったりもする。

 だけど健吾は何時だってこれ。時々二つ同じ物を頼んだりする。

 お店の中はオーナーの趣味でファンシーな雑貨が飾られ、スモークピンクでカラーが統一されていて、何と言うか乙女チック。なものだから、お客さんも女の人が多い。

 あたしがこのお店に来るようになって、カップルで来ている人を数組見かけたけど、何時だって男性の方は何となく居心地が悪そうだ。

 なのに健吾と来たら、自分が先導してこのお店にやって来る。

 何時だったか「ここのケーキ食べたかったから、むっちゃんが居てくれて本当良かったよ」なんて事を言われた。

 それは限りなく本音なのだろう。

 っていうか、むしろ、あたしがダシに使われている気がする。

 ホントに。

 どんどんと減っていく健吾のケーキを見ながら、あたしは小さく溜息をついた。

 あたしは余り食欲が涌かなくて、頼んだ同じチーズケーキに一口しか手をつけていなかった。食事に頼んだオムライスも、半分健吾の腹に納まった位だ。

「ダイエットなんてする必要ないのに」

と残したオムライスを咀嚼しながら、健吾は明後日の事を言ったものだ。誰もダイエットしているなんて言ってもいないというのに。

 というかそれはアレか。お前太ってんだからダイエットしろよ、っていう指摘か。

 何て、何時もは言える突っ込みも出来ないくらい、あたしは気持ちが落ちている。

 その原因の男は、幸せそうにケーキを食べ続けていた。

「……これもあげる」

「え? いいの?」

 こっちの皿まで卑しく見つめているから、というだけの理由では無いけど、黙って皿を差し出してやる。

「どしたの、むっちゃん。今日何かアンニュイだねぇ」

 心配、はしないのかこの野郎。そこは体調でも悪いの、じゃないのか。

 とは思うのだけど、この健吾の言葉選びは嫌いじゃ無いのだ。

「……意味が分からないんだけど」

「そう?」

「いいよ、健吾このケーキ好きでしょ」

 いいの、なんて窺いながらもうフォークをぶっ差してるんだから。


 ――あたしには過去に一人、付き合った男がいる。

 入学して仲良くなった同級の男の子に告白して、五ヶ月、付き合った。その男は、その男だから、なのかもしれないけど、兎に角手が早かった。あたしはそのペースに付いていけなくなって、最後はデートの誘いすら断わるようになってしまって、それで気まずくなって終わった。

 ちょっとした彼女扱いが嬉しかった。他愛の無い会話の積み重ねが楽しかった。

 だけど一歩踏み込むには、何かが足りなかった。

 二人きりになった時の、独特の雰囲気が苦手だった。

 そういうのは言わば、恋人同士のラブい雰囲気というやつだったのだろう。

 比較対象がそいつしか居ないので心許ないが、少なくともあたしと健吾の間にそんな空気が生まれた事は皆無だ。

 付き合っている、という事は実感出来ても、どうにも恋人、という気はしない。

 健吾から直接聞いた事があるわけじゃないけど、そもそもナンパなんてするような男だし、経験値はそれなりに踏んでいると思っている。健吾の今までのお付き合いは、こんな感じだったのか。違ったのか。

 違うのだとしたら、何故、あたし達はこうなのか。

 不満なわけじゃないのだ。もしいざそんな事になったら、あたしは尻込みしないとは言えないし。

 だけど、そう――不安、ではある。


 あたしの視線の何を勘違いしたのか、健吾はちょっと困ったように噴出した。

「はい」

 そしてケーキを一口サイズに切り出すと、フォークに乗せてあたしに差し出してくる。

「だからダイエットなんてする必要無いのに」

 と、その勘違いを何処まで引っ張る気なのか知らないが、あーんと口を開いて、あたしにそれを促す。

 そのまま数秒、健吾が手を引っ込めない事が分かったので、あたしは渋々口を開く。

 その瞬間、健吾の顔に浮かぶのは満足そうな笑顔。

 それだけで、あたしの胸は奇妙に騒ぐ。


 何時の間にか、はまってるのはあたしの方だ。


 口の中に広がる、ストロベリーチーズケーキの甘酸っぱさ。

 それなのに、それは喉を通り過ぎる時、少しの苦味を伴った。





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