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短文倉庫  作者: なち
13/28

傘の花



 その日は、雨だった。

 教室から窓の外を眺めながら、傘を忘れた私はいっこうに止む気配の無い雨にうんざりとため息をついた所だった。

 下校時間の眼下には、傘の群。降水確率90パーセントなんて言われていた日だから、傘を忘れた人間なんて相当少ない事だろう。

 もう一つ、ため息をついた時だった。

 私の二つ後ろの席で、同じように窓の外を眺めていた彼が、ぽそりと呟いた。


「……花が咲いてるみたい」


 独り言の風情だったけれど、思わず振り返った私に、高木は視線を向けてきた。

 よっぽど私は怪訝な顔をしていたのだろう。何を言ってるんだ、コイツは、と思ったのは確かだったから。

 純朴そうな顔が、苦笑した。

「外、傘が花みたいだなって」

 窓の下を指差しながら、高木が言う。説明されるまでも無く彼が言った花が傘をさすことぐらい分かっていた。分かっていたからこそ、子供みたいな思考だなと呆れてしまったのだ。

 思ったまま「馬鹿じゃない」とでも言おうと口を開きかけた私は、

「傘忘れてどうしようかと思ってたけど、新発見に得した気分」

はにかんだ高木の表情を見た瞬間、何もいえなくなった。


 それまで話した記憶も無い、存在感の希薄な大人しいだけのクラスメートの一人だった高木の印象が、私の中で変った瞬間だった。




 何となく気になる異性になった高木が交通事故であっけなく死んだ。

 そうホームルームで聞いた時、クラスは俄かに騒がしくなったけれど、それだけだった。

 私の持っていた印象と同じで、大半は高木を目立たないクラスメートと認識していたからだ。浮いている、という程では無かったけれど、いつも物静かで休憩時間には一人で本を読んでいる事が多いような男だった。誰かと仲良く話しているなんて所を見た事は少ない。

 そんな高木の死は衝撃だったけれど、明らかに、特別な事とは見なされなかった。

 翌日の葬儀にはクラス全員出席されるよう言い渡され、ホームルームは終わった。


 葬式の日。曇天からは雨が降り注ぎ、制服に身を包んだ集団は、暗い色の傘を差しながら列を成していた。

 その中で一人、ピンクの傘を差していた私に、誰も彼もが異質なものを見る視線を注いでいた。

“TPOを弁えない奴”

 誰も直接非難なんてしなかったけれど、そう言いたげだった。

 でも、私は構わなかった。


 高木が空からこちらを見下ろしているのだとしたら、きっと陰気な黒い花なんて、見たくないだろうと思った。

 どうせ見るなら、綺麗な花がいい。

 高木がそう思ってくれるかなんて、仲も良くない私には分からない――ただの自己満足に過ぎなくても。

 

 二人だけの教室から見下ろした傘の花。

 色取り取りの花。

 それを知っている私の、私なりの、弔いだった。





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