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短文倉庫  作者: なち
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幻をさがしています



商業都市、アデルハイドの春は長い。

 美しい花の香りに抱かれた街は常に賑やかで、世界各地の人が、者が、情報が行き交う事で有名だった。

 市の立つ通り、人込みに流されながら店先を覗いていく者ばかりの中、その小汚い男の姿が何故かヴェリには印象に残った。

 その男が買い物をするでも無く、店を営む母親と二言・三言話して立ち去ったからかも知れない。或いは温暖な気候の中、全身を隠すような白いマントを纏った身体が、砂漠帰りなのか砂埃で塗れていたからかも知れない。もしくは深く被ったフードの中、微かに覗いた目元を包帯で覆っていたからかも知れなかった。

 亜人にも、傭兵にも、貴族にも、数多の種族や変わった容貌の者を多く見守ってきたヴェリにとって、どうしてそこまで印象に残ったのかは本人にすら分からなかった。

 ヴェリは肩に担いでいた夕食用に買い込んだ麦袋を奥に下ろして、会計をしている母親の背後から何気なく声を掛けた。

「母さん」

「ああ、ご苦労さん。いい買い物出来たかい?」

「値切ったよ」

「そりゃ良い仕事をしたね」

 合間にも引っ切り無しに通り過ぎていく客達に声を張り上げている。

 ヴェリもそれに混ざりながら、男が消えていった方向をちらちらと視界に入れていた。もう当人の姿はとっくにないというのに。

「さっきのさ、」

「え? ――ああ、それは4リラだよ」

「俺が帰ってくるちょっと前、」

「はい、毎度」

 汗が噴き出す額に、ポケットに突っ込んでいたバンダナを巻く。そうするとチンピラにしか見えない姿が幾分商人のそれになる。

「そのフィブ・ラの実は朝摘で新鮮だよ。日持ちもするね。――白いマントの男が居ただろ?」

 チラリ、と眼窩に沈み込んだ母親の瞳がヴェリに向いて、すぐに逸らされた。

「ああ、居たね」

「客じゃ無かったんだろ? ――はい、ありがとよ」

「人探しだそうだよ。写真を見せて歩いてるようでね」

 ただね、と繋げた母親の顔が曇ったのをヴェリは見逃さなかった。自分と同じ赤髪を頭上から見下ろすと、前髪の間から同じ色の睫毛が揺れるが分かった。

 ふいに、白マントの男を思い出す。目元を覆い隠した包帯は、当然視界を遮断している。それなのに盲目だという事をいっさい悟らせないような動きは見事だった。人波も器用に泳いでいるようで、ヴェリもその男の目の包帯に気付かなければ健常者だと疑わなかっただろう。

 最も、それならばこんなにも頓着せず客の一人だと忘れ去った事だろうが。

「訛の無い流暢な王国語でね、「この人を探しています。見た事はありませんか」と聞くのさ」

「へえ、それで」

「……それがねぇ……」

 歯切れ悪く言って、母親は客に呼ばれていったん店先へ出て行き、しばらくしてまた同じ位置に戻ると、軽く咳払いしてから続けた。

「どうにもね、色褪せちまって……顔なんて分からない有様でね。あたしゃ、困っちまったよ。で、「悪いけど見た事ないねぇ」なんて答えちまってさ……正直に言った方が良かったのは分かってたんだけど、何ともねぇ」

「何だ、そりゃ」

「いやね、すぐにそうしようとも思ったんだけどさ。そしたら兄さん、穏やかな声でこうも言ったのさ。「幻のような存在ですから、仕方ありません」ってね」

「……何だ、そりゃ」

 今度こそ装わない呆れ口調で、ヴェリは返した。我知らず強張っていた肩が脱力する。

「じゃ、何かい? その男は誰だかわかんない奴を探してるのか?」

「……何にしても、不思議な事だよ。王国語っていう事は身分はしっかりしてるんだろうにさ。齢若い兄ちゃんが、盲目の身で砂漠を渡って――手掛かりの無い人探しをしてるっていうんだからね」

 大きくため息をついた母親は、もう話はこれっきりと言いたげに、俄かに活気付いた屋根の下へと出て行った。

 ヴェリは母親の背を見送ってから、もう一度だけ、男が消えた方向へ目を走らせた。


 人波に紛れていった白いマントの男。

 まるで彼こそが幻のように、一人異質な空気を纏っていたのを思い返す。

 何処から来て、何処へ還るのか――還る場所が果たしてあるのか。


 そんな埒の無い考えを起こした自分を苦笑して、ヴェリは思いを振り切るようにして声を張り上げた。





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