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十六歳  作者: 叶むすび
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十六歳

 進学校になんて、入るんじゃなかった。

 ……というのを、進路希望調査と書かれた薄っぺらい紙を見て思う。前々から、予習が忙しかったり、宿題が多かったり、この高校に入学した事を激しく後悔していたが、今回はそれよりも厄介だ。二年も先の事なんて、まだ私は決めていない。

 シャープペンシルをくるくると回してみたり、消しゴムやペンを机の上に立てて並べてみたり、爪で机を叩いてリズムを刻んでみたりしながら、考えあぐねてみるけれども、結局私は二年先、どうなりたいのかわからなかった。大学に入りたいのか、就職したいのかすら、ちっともわからなかった。

「じゃ、後ろの人、集めてきて」

 担任の京浦先生が、不機嫌な声でそう言うと、一番後ろの席の人達はぱらぱらと立ち上がり、自分の前の席の人達のプリントを回収して行った。あーやばい。書いていないの、私くらいじゃないの? 皆大学とかもう決めているとか反則だな、とか思いながら、一番後ろの席の田辺君が私のプリントも回収しようとやって来た。でも、私のプリントは白紙。後ろの席の子は、第三希望の大学の学部学科まで、びっちりと書いているというのに、私のプリントは貰ったままの綺麗な状態である。

「ごめん、まだ」

「あ、そう」

 田辺君はそっけない返事をした後、さっさと私の前から立ち去り、京浦にプリントを提出していた。田辺君が自分の席に戻ろうとした時、京浦にズボンを下げすぎだと注意されていた。京浦は生徒指導の先生だ。独身の四十五歳で、かなりヒステリックな面がある。口うるさいし、いつも機嫌が悪い。だから、京浦が生徒指導部の厳しい先生で、うちのクラスの担任になったと聞いた時、私は死ぬほどがっかりしたのを覚えている。

「未提出の人は、今日中には提出するようにして下さい。何か質問がある人は、放課後生徒指導室まで来なさい」

 京浦は眼鏡を指で上げながら、つんつんした声でそう言って、教室をさっさと立ち去って行った。ああ、どうしよう。生徒指導室なんて行きたくないしな……。と考えていても答えが出ない。

「何だよ、光。お前、まだ提出してないの?」

 絶望のあまり、机に伏していると、ギターケースを肩に掛けた真田が、からかうように私に言ってきた。

「だって、大学とかわかんないじゃん。真田は、どこの大学行くの?」

「は。俺大学行かないし」

「え、じゃあ就職?」

「違うよ。デビューするんだよ、今のバンドメンバーで」

「ぷ」

「ぷって言うな」

 真田があんまりに自信満々にそう言うから、思わず吹き出してしまった。ああ、いかんいかん。進路の事がさっぱりわからないんだから、真面目に話を聞いておかなくちゃ。

「光、お前も夢を持った方が良いぜ。じゃないと進路なんて見えて来ねえもん。ま、俺は夢に向かって邁進すべく、今から練習だけどな。じゃ」

 夢、か。真田は明るいし、真直ぐな人だ。夢も持っているし、その夢に向かって突き進んでいる。羨ましいものだ。夢があるっていうのは、本当に羨ましいし格好良い。格好良いと思うのは、真田だからかもしれないけれど……、まあそれは余談である。

 教室に居る生徒達が、ざわめきを連れ去って行くように教室を出て行き、気がついたら教室には私以外誰も居なくなってしまった。にっちもさっちも行かず、孤独を感じた私は、渋々生徒指導室へ向かった。折り込んで、丈を短くしていたスカートを膝下の長さに戻し、肩に付く程の髪を一つに結んだ。ここの学校の生徒指導は、妙に厳しい。刑務所みたいな生活を強いられているから、私は高校生である実感が沸かないでいる。

「失礼します」

 二回程ノックをした後、私はおそるおそる生徒指導室のドアを開けた。中はエアコンで十分に冷やされていて、背中にかいた汗が一気に冷えて、寒気がした。

「ああ、民谷か」

 キャスターつきの椅子に座った京浦は、皆の進路希望調査のプリントを手にしながら、私の方に身体を向けた。私は京浦とある程度の距離を空けて、プリントを渡した。白紙のプリントに、京浦は眉を顰めた。

「進路、まだ決めてないんです」

 私が控えめにそう言うと、京浦は小さく舌打ちをした。私はぞくっとした。

「あのなあ、民谷。それくらい、この高校に入った時点で決めておかなくちゃならないぞ。皆行きたい大学とか、就職先とか考えているんだ。何か、夢とかないのか?」

 夢って言われても……。私は口を噤んだ。夢って、漠然としすぎていて、何かよくわからない。将来何になりたいとか、どんな仕事をしているとか、想像も出来ないのである。

「早めに決めとかなきゃ、手遅れになるぞ」

 溜息を吐きながら、京浦はプリントをまとめた。私はぼちぼち教室に戻り、荷物をまとめて教室を出た。

 ああ、何で進学校なんて選んだんだろう。大学とか就職の事ばっかり考えて、それに向かってきつい勉強ばっかり強いられて。一度だけの高校生活で、どうしてきつい事ばっかりしているんだろう。そう考えると、本当に気分が滅入ってしまう。とぼとぼと階段を下りていると、三階の空き教室から、ぐだぐだな旋律の音楽が聞こえた。軽音部である。私はちょっと進路を変え、ちょっと教室を覗いてみた。奥ではショートヘアの美人な女の子がピアノを弾き、その横で切れ長の目がちょっぴりクールな男の子がドラムを叩き、センターでは以前真田が言っていた、喜代とかいう、小動物みたいに可愛らしい女の子が、不安定な音程の歌を歌い、その横で真田がギターをたどたどしく弾いている。どんなに旋律がめちゃくちゃでも、その光景は私にはない輝かしいものを感じた。真田が輝いて見える。格好よく見える。夢……。夢って、こういう事を言うんだろうか。私は肩の荷が下りた心地がした。


 翌日、私は朝早くに生徒指導室に向かった。京浦は相変わらず不機嫌そうだったけれど、私は怖じる事無く足を進めた。朝早くに生徒指導室にやって来た事に驚いたのか、京浦は呆気にとられたような表情を浮かべた。

「先生、私、夢、決めました」

 私はまだまだ若いのである。自分の人生をどのように創造しようと自分の勝手である。この夢を実現させるための時間はたっぷりある。私はまだ十六歳だ。輝かしい日々は、まだ始まったばかり。

最後まで愛読いただき本当に有難う御座います。

最終話、短いのに引っ張り過ぎて申し訳ない……。

……凄くつたない小説になってしまった;;

が、前向きな話で締めくくろうと思っていたので満足です。

もしかしたら、番外編とかも増えるかもしれません;

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