アンチマテリアルハンター事務所
翌日、僕は学校をサボる勇気もなくきっちり六時間授業を受けた後、名刺に明記された事務所へと足を運んでいた。
携帯で検索しながら来てみたが、なにやら怪しげな雰囲気を醸し出していた。
GPSと照らし合わせてバッチリ確認したので間違いではないようなのだが、とっても怪しい。
僕が住んでいるところより都会の駅で降りたあと、地図を辿るとなぜか僕が住んでいるところより田舎っぽいところまで来ていた。そしてさらに進んでいくと、目の前にある五階建てのオンボロビルが出現したわけだ。
名刺にはこのビルの四階と表記されている。
「ここまで来たわけだし……行ってみるか」
渋々だけれど行ってみることにした。
それが正解だったのか不正解だったのか。僕はいまだに判断することが出来ていない。
「あのー、すみませーん」
僕はいつもより声を張って言ってみるが、反応はない。
「あのー」
「何度もうるさい! 聞こえてる!」
聞こえてるなら返事しろよ。と心の中で言うが実際に口に出す勇気はあいにく持ち合わせていなかった。
「それで、用件は?」
そう言って中から顔を見せたのはいつかの黒髪美少女だった。
僕はその容姿に少し緊張しながら質問をぶつけてみた。
「なんで依頼があるって分かるんですか?」
するとヒメノさんは、それはそれは大きなため息をつきました。
「それじゃあ逆に尋ねよう。キミが用件無しになぜここに来るんだい? キミはワタシの恋人にでもなったのか?」
初対面、じゃないや。再対面? なのにキツい言い方をするなぁ。美人じゃなきゃいろんな人から嫌われてそうだな。美人は認めるけど。
「いや、あの……」
僕が言おうとしていると、すかさず割り込んできた。
「それと! 敬語は使わなくていい! 敬語というのは自分より上の立場の人間に使う言葉だ。キミの常識では日本ではまだ身分制度が取り入れられているのかい? それともキミは過去から来た人間なのか? はたまたワタシが未来から来たっていうのか」
マシンガントークを目の当たりにした僕は思わず、
「ごめんなさい! いや、ごめん」
「ごめんとはなんだ! バカにしているのか! 誠意はどこへ行った、誠意は!」
もうどうすればいいんだよ。と心の中で嘆くが実際に口に出す勇気はあいにく持ち合わせていなかった。
それから事務所内へと場所は移り、なんとかヒメノ(ヒメノさんと言ったら怒られたため)を落ち着かせ、というか静かになるのを待って事件の経緯を説明した。
「ほうほう。悪いんだけれど、ここは犯罪者を正義の味方にするところではないし、水着は持ち合わせていないぞ?」
どうやら、ここにも味方はいなかったようだ。
「だから僕はやってないんだって! これで五回目だよね?」
僕の力説を華麗にスルーをすると、ヒメノは顎に手を当ててなにやら考え出した。
さっそくアンチマテリアルハンターの仕事をしているのか、と思ったがとんだ見当違いだった。
「それで、キミはなぜここに来たんだ? キミなんて知らないぞ?」
そう来ましたか。想像していなかったんでかなりダメージデカいです、はい。
「どうも“初めまして”、街中で突然名刺を渡された安岐春海です。どうぞよろしくお願いします!」
初めましてを強調したけど反応は無し。どうやらスルースキルがお高いようで。
「ハルカっていうのか。長いな。ハルでいいか?」
「どこが長いんだよ。まぁ何でもいいや」
「何でもいいと言うのか。なら、水着泥棒とでも呼ばせてもらおうか」
「いや、春海より長くなってるし。つか、何でもよくないです、ハルでお願いします」
恥も外聞もなく頭を下げる僕。
「最初からそう言え。水着泥棒が」
「定着すんな!」
一悶着どころか十悶着くらいした後、ヒメノはようやく依頼を受けてくれる気になったようだ。
「それでいろいろと聞きたいことがあるんだが」
ヒメノは事務所の机から手帳とペンを取り出し、
「その日補講を受けた正確な人数は分かるか?」
僕はまだしまってから日の経っていない記憶の引き出しを開けるとすぐに出てきた。
「えーと、男子が僕一人。女子は被害者の女の子含めて四人かな?」
ヒメノはそれをスラスラと手帳に綺麗にメモをする。
「名前は分かるかい?」
「被害者の子しか分からないけど……。同じクラスの藤沢美希さん」
「藤沢……漢字は……分かるわけ無いか。ミキっと」
ヒメノはぶつぶつ言いながら手帳に新たな情報を書き加えていく。
「そうだ。更衣室の場所を教えてくれ」
「いいけど、何か関係あるの?」
僕が質問するとヒメノはため息をついた。
「それはこれから判断するんだ! こういうのはどんな些細なことから解決に結びつくか分からないんだ! 考えれば分かるだろう。それともアレか? 事前に関係があると分かっていないと質問してはいけないのかい? それならこの国は犯罪者で溢れかえるだろうね」
これからは不用意な質問はやめよう。どこに地雷があるか分かったもんじゃない。
「えーと、まずプールは校舎の屋外の東側に設置されてて、一階の東側の通路かのみら行けるようになってる」
ヒメノが頷きながらメモをとっているのを確認しつつ話を続ける。
「それで、男子更衣室はその東側通路の直前にあって、女子更衣室はその真上の二階にある」
僕がそこまで言うとヒメノは質問を追加した。
「校舎はどんな形で、キミのクラスは何階にあるんだい?」
「校舎はロの字型でクラスは五階だよ」
ほうほう、と頷きながら手帳に地図まで加えていく。
「ところで、ロの字ということは中庭があるんだよね?」
「そうだけど……」
なんだ、これだけで何か分かったのか?
「つまり、中庭ではカップルが弁当をつつき合っていて、キミは入学以来中庭で弁当を食べたことがない。違うかね?」
「合ってるけど! 今度こそ関係ないよね? 絶対バカにしてるだけだよね?」
綺麗な花には棘があるって言うけど、棘どころじゃないね。棘に猛毒がたっぷりと塗られていて、触れてもないのに近づいただけで発射してくる自動照準機能まで搭載されている最新型だ。恐ろしいな。
「まぁ、それはどうでもよくて、だな」
やっぱどうでもいいのかよ。
「とりあえずハルが犯人ではないことは信じよう」
「ほ、本当?」
「そんなに食いつて来られるとまた疑惑が出てくるのだがなぁ」
「いやいやいやいや。やってないんだって!」
「ワタシが信じると言ったら信じるのだ」
僕はようやく胸をなで下ろすことが出来た。
「でも、なんであれだけで信じれたの?」
そう質問すると質問が返ってきた。
「仮にハルが犯人だとして、水着を盗んだ後どうする? 何も言わないから正直に答えたまえ」
「えーと、そのまま持って帰る、かな?」
僕は多分赤面しながら答えると、
「……くたばれ変態」
「話が違うじゃん!」
騙された。綺麗な花には自動照準機能搭載の猛毒がたっぷり塗られた棘があるのを忘れていた。
「もし仮にそうだとしたらこの話はおかしいのだよ。キミみたいな性癖を持った人間が犯人なら、二階の女子更衣室に忍び込んで水着を盗んだ後、一階の男子更衣室までわざわざ戻ることなんてあり得ない。そのまま自分の教室まで戻って鞄に大事そうにしまい込むのが普通だろ」
「僕が変態として話が進んでいるのは気になるけど、確かにそうかも知れない」
「ハルが変態だという前提がないのならこの話は見当違いだな。よし、キミが犯人だ。警察を呼ぼう」
ヒメノはそう言って事務所の受話器を持ち上げたので僕は慌てて、
「分かりました、僕は変態です! 警察だけは勘弁してください」
などと口走ってしまった。
「そうか、やはり警察を呼んだ方が身のためだな」
僕はそれから冷たい視線を肌に感じながら必死にお願いを繰り返した。