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僕は疑われた

 その夏、僕は白のワンピースを着た腰まで伸びる黒髪の美しい少女に出会った。名前は都築(つづき)ヒメノ。歳は多分僕と同じくらいで、十六歳前後だろう。その少女はちょっと変わっていて、突然奇妙なことを言い出す。

「私の趣味はアンチマテリアル探し。そして職業はアンチマテリアル探し。何か困ったことがあったら言ってくれ。0.5パーセント割引で依頼を受けてやろう」

 そう言って渡してきた名刺にはしっかりと、アンチマテリアルハンター事務所と代表、都築ヒメノと書いてあった。

 英語の苦手な僕には何を言っているか分からないが、少女曰く、アンチマテリアルとはある者にはどうしても知りたい真実であり、ある者にはどうしても隠したい虚実であるのだという。

 探偵さんかな、とも思ったが、

「あんな低俗な奴らと一緒にしないで欲しい」

 と憤慨していた。何かあったのかな?

 このときの僕はまだ何も知らないでこの少女の言っていることが理解できなかった。しかし、僕の知らないところで事件(ものがたり)はひっそりと動き続けていたのである。


 最初の事件(ものがたり)は夏休みに入る少し手前のことだった。

「だからッ! 僕はやっていません」

 僕は必死に目の前にいる腹立たしい学年主任の男性教師に訴えかける。

 だがそれも一蹴されてしまう。

「そんなこと言ってもねぇ。あの時、更衣室を使っていたのはキミだけなんだから……。それに学校側は今回のことを穏便に済ますつもりだから、一週間程度の謹慎で済むよ。キミそんなに出席日数とか危なくないでしょ?」

 違う、そんなこと関係ない! と言って胸ぐらをつかむ、ことはなく僕は静かに生徒指導室を出た。

 去り際に「あ、今週は学校あるからね。謹慎は来週からだから」とか言っていたが、耳に入りはするが頭に入ることはなかった。

 事の発端は先週の金曜日だった。

 数日前に風邪を引いて学校を休んでいた僕は、その日の放課後に水泳の補講を受けることになっていた。

 僕は泳ぎが得意でも不得意でもないので、本当に普通に補講をこなし、更衣室で着替えて帰宅した。

 そして事件はその直後に起きた。

 僕のあとに補講を受けることになっていた女の子の水着がトイレに行っている間に無くなっていたのだ。もちろんそれで大騒ぎをした。さんざん探して体育教師がようやく見つけたのが男子更衣室のロッカーだった。

 当然疑いの目が向かうのは、その日男子更衣室を使っていた生徒。つまり僕だ。

 その日に補講を受けた男子は僕一人。必然的に僕が疑われるのは分かるのだが、不思議なことに僕はやっていない。

 他に男子更衣室を使っていたのは上の学年で、みんな授業だった。ということは、放課後に使っていたのは本当に僕一人。それと、水着探しで入った体育教師だけだ。

 トボトボと事件のことを考えながら教室までカバンを取りに行っていると、「お前もなかなかやるなぁ」などと、皮肉極まりない賛頌が聞こえてくる。

 多分、本当に多分だけど彼らには悪気はないのだろう。ただ、水着を盗まれた女の子とそれを盗んだ男子がいれば充分話題が潤うのだ。

 盗まれた女の子はと言うと、実はあれからまだ学校へ来ていない。僕がやったわけじゃないが、 どうしても少し申し訳なく思ってしまう。

「……はぁ」

 この学校で今週と呼称される期間は、今日を含めずにあと五日間。丸々休んでしまいたいところだが、困ったことに僕にはやることがあった。証拠探しだ。

 残り五日間でどうにかこうにか僕が犯人ではないという証拠を見つけなければならない。警察の手でも借りられたらいいのだが、被害者が被害届を出していないというのに、一応被疑者である僕が警察に連絡するというのもおかしな話である。

 元々友達と呼べる人間が多くない僕は今回の件でさらに激減した、というかゼロになった。そんなわけで本当に自分の力だけで証拠を探さないといけないのだ。

 ……つらい、つらいよぉ。痴漢と疑われたサラリーマンってこんな感じなのかな?

 一つサラリーマンと違うとこは、あと二年もすれば自動的にここから脱出できるということだ。


 教室に着いたあと次に向かうのは当然自宅だ。

 一人遊びを平気で出来るほどザックリと年をとっているわけではなく、他人の目が気になって気になって仕方のないお年頃なのだ。

 そして家に帰っても母親の目を避け、自室にこもるだけ。

「はぁ、ホントなにやってんだろう」

 原因不明の自己嫌悪に陥りながらベッドの上でごろごろしていると、ふといつかの名刺が視界に映った。

 アンチマテリアルハンター事務所、そう書かれた名刺の右下には住所と電話番号が記されていた。

 もしこれが代表の都築ヒメノさんの自宅の電話番号であれば、僕は人生初のお母さん以外の女性の電話番号を知ったことになるが、普通に考えてその線は非常にというか超絶に薄い。

 しかしそれが彼女の自宅かどうかを差し置いても魅力的であるのは確かだった。

 もう一度言うが僕には味方がいない。

 だが彼女はこう言っていたはずだ。

――私の趣味はアンチマテリアル探し。そして職業はアンチマテリアル探し。何か困ったことがあったら言ってくれ。0.5パーセント割引で依頼を受けてやろ――

 つまり、依頼さえ出せば味方をしてくれるということだ。

 だとしたら……。

 ほぼすべての手段を断たれた僕はが出来ることはとうに限られていた。

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