1.親切なお隣さん
登場人物
·川瀬 理人
·二条 昭博
初めてライブに行った時のあの高揚感は、きっと一生忘れない。
会場に向かう電車の車両は、痛バを持った女の子で埋め尽くされていて、男の俺は居心地が悪いような気持ちになってしまったけれど、会場に着いたらそんな感情はなくなっていた。
推しに会える。肉眼で見える距離にその人がいて、同じ空気を吸っている。それだけで胸が震えた。
高校生の時からハマっていたそのコンテンツは二次元の男性アイドルもので、元が乙女ゲームだったこともあり、ファンのほとんどは女性だ。
けれど、男性ファンもいないわけではなく、初めて行ったライブの時も、SNSで会場に来ている男性ファンで集まろうと呼びかけがされていて、ちょっと覗いてみたら、一緒に写真をとったりしてくれた。
自席の周りの女性ファンの人たちもみんな親切だったし、すごく楽しい思い出になった。
以降、俺は更に推し活にハマり、今日もまた待ちに待ったライブに来ている。今日はアイドルの声を担当している声優さんたちのライブだ。
一緒に推し活をする友達などもいない俺は、こういったイベント事も当然1人で参加している。最初はビビっていたけれど、そういう人も少なくないことがわかって、今は全く気にならない。
早めに会場入りして、席でスマホをいじったりしながら、開演前の雰囲気を楽しんでいた。端っこだけど割とステージが近い。ラッキーだ。
周囲を眺めていたら男子3人組を発見。俺と同じ歳くらいだろうか。
いいなぁ。仲の良い友達は、俺が推し活をしていることは知っているが、だからといって興味を持ってはくれなかった。
まあ、同じものが好きだとそれはそれで面倒事が起きたりもするらしいので、良し悪しなのかもしれない。
数年前と比べると、少しずつ男性ファンも増えているようにも感じる。MCで男性ファンに呼びかけられたりすることもあり、その時のレスポンスの声もだんだん大きくなってるし。
「すみません、隣失礼します」
「あ、はい」
そんなことを考えていたら、隣の席の人も男だった。時間があれば話しかけてみても良かったけれど、もうすぐ開演時間だったのでやめた。
会場に流れていた音楽のボリュームが上がり、みんなが立ち上がる。俺もペンライトを持って立ち上がる。
やばい、心臓バクバクしてきた。息するの忘れそう。
キャストさん達がステージに登場すると、最大級の歓声が上がった。会場はスタートからMAXの盛り上がり。1曲目が終わって最初のMCに入っても凄い盛り上がり。
「レディたち〜!」
「キャ――!!」
「ジェントルマンたち〜!」
「ギャ――!!」
あちこちから雄叫びが上がる。もちろん俺も叫ぶ。
楽し過ぎてそこから先の記憶が曖昧。3時間のライブはあっという間に終わった。
最後の曲で銀テが飛ぶ。こっちには来ないかな〜。風に乗って数本流れてきてるけど、真ん中近くの席じゃないと取れなさそう。
ライブやイベントの銀テはただのテープじゃなくて、サインやメッセージが書いてあったり、ライブのタイトルが印刷されていたりと記念になるようなものなので、会場に来たからにはやっぱり欲しい。
曲が終わったら、通路に落ちた銀テをスタッフさんが速攻で集めてた。あれ出口で配ってくれたりするのかな。2階席とかに行っちゃうか?
スタッフさんが持つそれを遠くから眺めていたら、ふいに目の前に銀テを差し出された。
「これ、いる?」
「へ?」
突然のことに間抜けな声を上げてしまう。手の先を見上げるとお隣さんだった。正面から見た顔は結構イケメン。俺より少し歳上っぽい。
「1本風で流れてきた。いる?」
「いいんですか?」
「うん。俺は特にいらないし」
「ありがとうございます!」
やった! なんていい人! 物欲しげに見ていた甲斐があった。
その後のアンコールも終わって、しばらく余韻に浸った後会場を出る。お隣さんはもういなかった。まあちゃんとお礼も言ったし、大丈夫だよな。
帰りの電車の中でTLに流れてきたコメントを眺める。みんな、最高だった〜とコメントの中でも楽しそう。詳細にどこが良かったとか書いてる人もいて、すごいな、俺マジで途中全然記憶がない。
明日も楽しみというコメントも見かける。そう、このライブは明日もある。俺は明日は近くの映画館でライブビューイング。
明日も楽しみだ。
✦✦✦
翌日。
ライブビューイングの良いところは、慣れない場所で道に迷ったりなどの心配がなく、時間ギリギリでも大丈夫。座ってのんびり楽しめる。そして何より、大画面で推しが見れるところかな。
会場だと席によっては豆粒だし。モニターもあるけどそれもやっぱり席によっては遠いし。表情までは見えなくても、本人の姿が見えるのにモニターばっかり見てるのも味気ないし⋯。とりあえず目が足りない。まあなんだかんだ言いつつそれも楽しいんだけど。
映画館に着くと、開場を待つファンの子たちがちらほらいた。ライビュでも大きな痛バでちゃんと正装。気は抜かない。
かく言う俺は、こういう場所だと一般人に擬態するタイプだ。そういう人もそこそこ多い。わかる人にしかわからないおしゃれなグッズだけ付けてたり、概念アイテム持ってたり、そういうのも格好良い。
俺はグッズ売り場でも見ながら待ってようかなとそっちへ向かった。すると、
「えっ⋯?」
見覚えのある人影に、思わず声を上げてしまう。昨日のお隣さんだ。
向こうも俺に気付いたのか、驚いた様子で目を見開いた。
「あれ? 昨日の⋯」
「こんにちは」
ライブは全国からファンが集まってくるのに、こんな近くに住んでたんだ。すごい偶然だ。
「今日はライビュ?」
「はい」
「俺も」
笑顔を向けられるとイケメンが輝いて見えた。昨日見たステージ上のキャストさんたちと負けてない。
「昨日は銀テありがとうございました。家に飾ってあります」
「ああいうのってどうやって飾るの?」
「俺は100均で買ったケースに入れてます」
100円ショップは推し活に使える商品がたくさんあるので、重宝している人は多いだろう。他にも、ストラップに出来るグッズなど様々だ。
「へえ。そんなのあるんだね」
席どの辺?と聞かれて答えると、今日はさすがに離れていた。
「まあそうだよね。今日も隣だったら逆に怖いし」
「あはは。そうですよね」
開場したので、おしゃべりは終わりにして中に入ることにした。お隣さん(今日は違うけど)は手に持っているグッズを会計してから入るとのこと。
開演時間少し前に、スクリーンに会場の様子が映ってからは、今日もあっという間に時間が過ぎた。
ここは結構大きい映画館なので、ライブ会場さながらの盛り上がりでめっちゃ楽しい。
終わった後また少し余韻に浸りながら、昨日よりはちゃんと記憶があるなと頭の中を整理していたら、いつの間にかさっきのお隣さんが近くにやって来ていた。
「あ、どうも」
「楽しかったね〜」
「ですね!」
「これ、さっき買ったグッズで当たったんだけど、良かったら」
そう言って差し出されたのは、俺の推しの缶バッチ。
「え? なんで⋯」
「昨日、この子のグッズリュックにいっぱい付けてたでしょ。服も赤だったし」
見られてたか。まあ隠してないから当然か。
「いや、でも、俺ばっかり貰うわけには⋯」
「俺は自分の推し目当てでいっぱい買っただけだから。あと、もし良かったらなんだけど、この後時間ある?」
この後食事でも行かないかと誘われた。マジか!
「あります! 是非!」
初めての推し友の予感。わくわく。
目を輝かせた俺に嬉しそうに笑ったその人と一緒に、俺はレストラン街へ向かった。




