女王とその家族
ある国にこんな話があった。
公爵令嬢と平民が幼なじみで、いろいろあって結婚し、子供も生まれた。
だが事情ができて令嬢は離縁させられ、その後この国の王子と結婚させられた。
やがて兄王太子の不審死で夫は国王となり、公爵令嬢は王妃に。
さらに不審死が相次ぎ、王も世を去り……彼女は女王として即位した。
四十を過ぎても若々しい美貌の女王には、周辺国の王族や有力貴族から縁談が絶えない。
だが女王はいまだ、別れさせられた平民の夫と、その子らをひそかに慕い続けている。
彼も遠い国で高貴な地位について、幸せに暮らしている――
……これが、世間で広まっている「女王様とその初恋」のおとぎ話だ。
ただ、このお話には“続き”があると、酒場や社交界ではひそひそ囁く者もいる。
女王のそばには、どこか昔の恋人に似た騎士が仕えていたとか、その息子までもが不思議と寵愛されたとか──
けれど、そういう噂話は、お子様向けの物語集には決して載らない。
けれど実はそれ、ほとんど全部つくられた作り話なのだと、私は侍女長からこっそり聞かされたのだ。
本当の話は、こうらしい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今の女王陛下は、もともと公爵家の当主――若くして家を継いだ女公爵様だった。
若いころから、熱烈に愛していた男性が一人いたそうだ。
だがその男性は、女公爵様の性格がどうにも苦手で、ずっと避けていたらしい。
「性格?」
と私が聞くと、侍女長は少し考えこんでから言った。
「うーん、そうねえ……ちょっと過激かしらね。下の者には優しいんだけど、失敗したらすごく、すっっごく厳しいのよ」
その男性は、それが怖かったのだという。
女公爵様はずっと求婚し続けていたけれど、結局その男性が選んだのは、見た目も家柄もとても地味な女性だった。
「女公爵様はね、その“あんな地味な容姿の人”に負けたってことで、ひどくショックを受けたらしいわ」
男性は、自分の妻が傷つけられることを恐れて、結婚するとすぐに領地に引きこもってしまったという。
一方の女公爵様は、公爵としての当主としては非常に優秀だった。
領地はよく治まり、商いも農地も繁栄し、近隣からも一目置かれるほどだったらしい。
隣国が攻めてきたときには、自ら武器を手にとって前線に立ち、兵を率いて戦ったそうだ。
……ただし、その頃から、女公爵様の言動は少しおかしくなっていたという。
「『あの男は私の性格が嫌いなのよね。あなたも? あなたも? 私が嫌いなのね。だから私を殺しに来るのね』って、敵兵に向かって叫びながら、先頭で切り殺しまくったらしいのよ」
侍女長は肩をすくめた。
「勝利の女神って言えば聞こえはいいけど、はたから見たらちょっと怖いわよね」
結局、その戦争は我が国の勝利に終わった。
もちろん女公爵様の功績も大きかったという。
それでも、相変わらず彼女は独身のままだったので、心配した当時の王様があれこれと縁談相手を紹介した。
だが、誰一人として首を縦に振る者はいなかった。
そうしているうちに年月が過ぎていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
女公爵様が愛しておられた男性と、その妻とのあいだには、やがて一人の男の子が生まれた。
一方で、女公爵様の容姿は、それなりの年齢になっても一向に衰えず、それどころか年を重ねるごとに、ますます若く、いっそう美しくなっていったという。
「何か変な魔法でも使っているんじゃないか」
社交界では、そんな噂がささやかれていたそうだ。
今の女王陛下は年相応かって?
とんでもない。
もうすぐ百歳に届くと言われているのに、あの美貌である。
もはや種族が違う、と陰で言う人もいるくらいだ。
「それで、そのあとどうなったんですか」
と私が促すと、
侍女長は「ここからが面白いところなのよ」と言って話を続けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あの男性の息子は、立派に成長し、青年になってこの王都に出てきた。
その時、彼は女公爵様――今の女王陛下――に一目惚れしてしまったらしい。
夜会の席で、かつて自分の父が恐れて避け続けたその相手に、息子はこう言ったのだという。
「ひと目見た時から、あなたが好きになりました。どうか私と、踊っていただけますか」
あとでお互いの素性を知って、二人ともたいそう驚いたそうだ。
そりゃそうだろう。年齢からして六回り以上違うのだから。
……とはいえ、見た目には全くそうは見えず、
並んでいると実にお似合いの二人だったらしい。
やがて、疫病が流行った。
王族の方々が次々と亡くなり、血縁上残ったのは、女公爵様ただ一人だった。
そうして彼女は女王として即位し、今の地位についた――と、侍女長は言う。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そこから先は?」
と聞くと、侍女長は少し眉をひそめて笑った。
「そこから先が、またねえ……」
息子は父親にこう言って、女王様を支えさせようと懸命になったらしい。
――お父さん、一緒に女王陛下をお支えしましょう。僕は陛下のそばで仕えたい。近衛騎士になりたいんだ。
しかし男のほうは渋った。
「妻を愛している。裏切ることはできない」
と、何度も断っていたらしい。
ちなみに、その奥さん――あの地味だと言われていた女性も、疫病で亡くなっている。
それでも息子は諦めなかった。
どうしても女王様に惚れてしまった。
この人のために戦いたい、そのそばで仕えたいと。
息子の熱にほだされた父親も、ついに王都にやってきた。
そのときの女王様は、見るも痛々しいほど震えていたという。
もうその頃には女王様は、「あの男性には嫌われて嫌われて仕方がない。私はとても醜い女なのだ」と、すっかり思い込んでしまっていたらしい。
――怖がられている。嫌われている。
だからこそ、少しでもきれいに見せなきゃ。
そんな女心もあってか、男性が臣下の礼を取るために城へ上がるとき、女王様は身体を磨き抜き、選び抜いたドレスで彼を迎えたそうだ。
さすがの男性も、その美しさを前に声も出なかったという。
女王様は、「あまりにも醜くて驚かせてしまったに違いない」と本気で思っておられたそうだけれど。
ちなみに、その場に一緒にいた息子は――
興奮のあまり、気絶したらしい。
「なんだか、むちゃくちゃな話ですね……」
思わず私がつぶやくと、侍女長は「でしょ?」と笑った。
それから周囲が動き、どうしても女王様とその男性を結びつけたいと説得した。
結局、その男性は男爵家の当主でありながら、女王の最初の配偶者となった。
本当は息子のほうがなりたかったそうだけれど。
そしてその男爵様は――奥さんを裏切ることなく、一度も女王様と肌を重ねることはなかったらしい。
やがて寿命で亡くなった。
その後、息子が何度も求愛し、女王様はついに彼を配偶者として迎えた。
父子二代にわたって配偶者を迎えた、というこの経緯のせいで、女王様の評判が悪いのだと侍女長は言った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「でもねえ」と、侍女長は最後に言った。
「結局、九十をとうに越えているはずなのに、子どもが二十人以上いるのよ。 愛されてる以外の何者でもないんじゃない?」
そう言って、隣室を指さす。
「ええ、そう。その配偶者が、今お隣にいらっしゃる方よ」
言われてこっそり覗くと、とても歳が離れているようには見えなかった。
女王陛下は三十前後にしか見えない美貌なのに、配偶者の方は、もう六十をゆうに超えたような容貌で、たしかに――まるで生気を吸い取られているみたいだった。
一番上の王子殿下もそろそろよい年齢なので、女王様は譲位を考えているらしい。
「まあ、これが我が王家の話ね」
と侍女長は締めくくる。
古い貴族たちはみんな、この一連の話を知っている。
けれど最近はこうぼやくのだそうだ。
――本当に自分たちと同年代なのか、記憶が怪しくなってきた。
無理もない。
彼らが皺を増やし、髪を白くしていくたびに、女王様はあの若さと美貌を保ち続けているのだから。
そりゃあ、誰だって、自分のほうがおかしくなったのだと思いたくなるだろう。




