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黒の花嫁/白の花嫁  作者: あまぞらりゅう


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第九話 皇都でのひととき

「うわぁ〜……!」


 久し振りに来た皇都(こうと)は、以前よりもさらに異国化や近代化が進んでいた。

 見たこともない高い建造物や乗り物、華やかな装いの女性たち、男性も狐宵(こよい)のような異国風の格好をしていて、四ツ折(よつおり)の里とは同じ国に見えなかった。


「凄い……。異国にいるみたい……」


「ここ数年で急激に変わったもんなー」


「前に来たときは、まだ古めかしい街並みが残っていたわ。春菜の婚約が内定したときだから……もう七年前かしら?」


 懐かしい……と、秋葉は目を細める。

 あの頃は、姉妹で皇都を探索してとても楽しい時間を過ごした。春菜は目新しいものやキラキラしたものが好きで、滞在中はずっと振り回されていたっけ。

 もう戻らない思い出を振り返ると、少しだけ胸が痛む感覚がした。


「そりゃ楽しい思い出だったんだな」


 そのとき、憂夜(ゆうや)が秋葉の手をぎゅっと強く握った。


「……!」


「これからは、俺と楽しい思い出を作ろう。それでも淋しけりゃ、シロも瑞雪(ずいせつ)もいる。あと狐宵も。あいつらが揃うとするせぇから、退屈はしねぇだろう」


「うん……!」


 秋葉はほんのり顔を赤くして俯く。彼に応えるように、握られた手を強く握り返した。

 大きな彼の手は今日もひんやりしていて。そこに内包された頼もしい力強さが、熱く感じた。


 悲しい過去は消えない。

 でも、彼となら、それを上書きできるくらいの楽しい思い出を作れそうだと思った。


「あっ!」


 次の瞬間、彼女は弾かれたように顔を上げる。


「瑞雪とシロも誘わなくて良かったの?」


「あ〜〜〜、あいつらはしょっちゅう来てるから今回はいいだろ」


「でも……」


 憂夜は困った様子の秋葉の額を愛おしそうに軽く指で弾いて、


「今日は俺たち夫婦の『デート』だ」


 と、ニッと口の端を吊り上げた。


「でぇと?」


 初めて聞く言葉に、秋葉は目を(しばた)いた。





「冷たいっ! 美味しい〜!」


 二人が最初にやって来たのは、皇都で人気の異国風甘味屋だった。秋葉が「『あいすくりぃむ』っていう冷菓を食べたい」と熱望したのだ。


 彼女が口にしているのは、香莢蘭氷菓子(バニラアイス)

 氷のように冷えているが、削った氷とは少し違って滑らかで舌触りが良い。まろやかな甘さが、舌の表層を優しく包みこんでくれた。


「シロが言っていたの。皇都に行ったら、絶対にあいすくりぃむは食べなきゃ駄目だって。あの子が夢中になる気持ちも分かるわ〜」と、彼女は新しいお菓子にご機嫌だ。


「そりゃ良かった。異国風の菓子はまだ皇都(ここ)でしか食えねぇもんな」


 憂夜はたっぷりと蒸留酒を染み込ませた洋菓子(ケーキ)をぱくついていた。辛党の彼にとって、このツンとした酒精の香るケーキは大好物だ。


「『でぇと』って、すっごく楽しいわね。こんなに美味しいものを食べられるなら、毎日したいわ」


「あー……。少し違うが……」


 この鈍い花嫁にどう説明をしようかと、憂夜はしばし頭を捻る。だが、とても美味しそうにニコニコしながら頬張る秋葉を見たら、これはこれでまぁ良いかと思った。


「これ食ったら、秋葉の新しい服を見に行くか。上背があるから、異国の長衣(ワンピース)なんか似合うんじゃねぇか」


「え? これ食べたあとは天ぷらでしょう?」


「……」


「締めはお寿司ね」


 秋葉は間髪を容れずに真顔になって答える。

 瞳孔が開いた柿渋色(かきしぶいろ)の瞳は見えない圧をかけてきて、憂夜は「お、おう」と頷くしかなかった。


(このあと天ぷらって、食う順番が逆だろ……。つーか、まだ色気より食い気だな)


 呆れ気味に秋葉を見やるが、それでも嬉しそうな彼女を見ているだけで彼の胸は幸せな気分で満たされる。こんなに喜んでくれるのなら、毎日でもデートに連れ出したいものだ。



「秋葉ちゃん……?」


 そのとき、不意に憂夜の背後から男の声が聞こえた。その瞬間、秋葉の瞳が爛々と輝きだす。


「夏樹叔父様!」







 皇都の街外れに、四ツ折夏樹(よつおりなつき)の邸宅があった。

 彼は当主の夏純(かすみ)の一回り下の弟で、皇都で軍人として働きながら妻と幼い息子と慎ましく暮らしていた。


 次男の彼は、兄が家督を継ぐと同時に、問答無用で四ツ折家から追い出されてしまった。表沙汰にはなっていないが、弟のほうが高い霊力を持っていたからだ。

 兄は、このまま弟が居座れば己の地位が危ぶまれると恐れて、まだ未成年の弟を生家から追放したのだ。


 夏樹は持ち前の霊力を活かして、軍の陰陽部に入隊した。そこで才覚を発揮し、みるみる間に将校まで上り詰めたのだった。


「秋葉ちゃんも龍神様の花嫁になったって噂で聞いたけど、まさか黒龍様の花嫁とは……」


「あはは。私が一番びっくりしたわ。見ての通り、まだ霊力が戻っていないから」と、秋葉は肩を竦める。しかしその表情は、里にいた頃と違って明るく輝いて見えた。


「ま、そのうち霊力も戻るだろう」


 憂夜が珈琲をすすりながら涼しげに言う。落ち着き払った彼の様子は、とても初めて訪れた邸宅での態度に見えず、秋葉は首を傾げた。


「もしかして、二人は知り合いなの?」


「あぁ、言ってなかったね。僕は黒龍様の神力(しんりょく)をお借りして戦うことが多いんだ」


「そ。夏樹はよく俺を祀ってくれるんだ。黒龍を崇める人間なんざあんまいねぇからな。ま〜、夜とか闇は恐怖の対象だからなぁ」


「陰と陽は表裏一体、闇がなければ光も生まれません。黒龍様も白龍様も、我々人間にとって大切な龍神様ですから」


「言ってくれるな〜。じゃあ、次からは酒の量を増やしてもっと俺を崇めてくれ」


「飲み過ぎはいけませんよ、黒龍様」


「お前も言うか……」


「ふふっ、旧知の仲ってわけね」


「まぁな」


「そう」と、秋葉は目を細める。尊敬する血の繋がった叔父が、自分が花嫁になる前から夫と懇意にしていて嬉しく思った。


 叔父とは、片手で数えるほどしか会ったことはない。父が異様に嫌悪していて、四ツ折家の敷居をほとんど跨がせないようにしていたからだ。


 少ない時間だが、叔父からは霊力者として多くのことを学んだ。話は尽きずに夜遅くまで続いて、いつも母親に「いい加減にしなさい」って怒られていたっけ。


 霊力が消えてしまった秋葉を唯一庇ってくれたのが夏樹だった。彼は不当な理由で長女を冷遇している兄を非難して、自分が姪を引き取ると言ってのけたのだ。


 だが夏純は、秋葉が皇都で暮らすことになると、家門の恥が露呈してしまうと頑なに首を縦に振らなかった。

 その後は徹底的に弟を遠ざけ、秋葉宛てに送られた手紙や贈り物も全て処分していたのだった。


「本当は嫁入りの日に祝いに行けたら良かったんだけど……。何もできなくて悪いね」と、夏樹は口惜しそうに唇を噛みしめる。


 彼は少しだけ湯呑みの添えた己の手を見つめながら思案したあと、ふっと顔を上げて秋葉を見つめた。


「いや……嫁入りの日だけじゃなくて、僕は苦しでいる秋葉ちゃんを助けてやれられなかった。あの時、どんな手を使ってでも、君を屋敷から連れ出すべきだったんだ。本当に申し訳ない…………」


「ううん。そんなことないわ」


 秋葉はふっと笑みを零しながら、少し震えている叔父の手を握った。


「私は、あのとき叔父様が味方になってくれただけでも嬉しかったわ。それに、四ツ折家に残ったからこそ、こうやって憂夜の花嫁になることができたの。だからもう大丈夫よ。心配してくれてありがとう」


「秋葉ちゃん……」


 夏樹の目頭が熱くなった。あんなに虐げられていた姪が立派に育って嬉しく思ったのだ。


「ねぇ、これからはちょくちょく遊びに行っていい? 今度、叔母様たちにも会いたいわ」


「もちろんだよ。次は皆ですき焼きを食べよう」


「やったー、すき焼き!」


「俺が美味い肉を持ってこよう。酒は頼んだぞ」


「えっ、憂夜も来るの?」


「当たり前だ」


「親族の集まりなんですけど」


「俺も親族だ。夫だからな」


「憂夜は神族でしょう」


「誰がうまいこと言えといった」


 ピン、と憂夜は秋葉の額を指で弾く。すかさず彼女も「たぁっ!」と仕返しに彼の頬を(つつ)こうと指を伸ばしたが、簡単にそれを捕獲されてしまった。


 新婚の二人の眩しいくらいに仲睦まじい様子に、夏樹はふっと口元を緩める。姪が霊力を失い白龍の花嫁の証も消失したときはどうなるかと案じたが、結果的に黒龍様の花嫁に選ばれて良かったと心から思った。


「黒龍様、姪のことをよろしくお願いいたします」


「ん?」


 憂夜は秋葉とのじゃれつきを一瞬だけ止めて、


「ああ。お前も、これからも秋葉のことを頼むぞ。親族として、な?」


「はい……!」






「今日の『でぇと』は凄く楽しかったわ。ありがとう」


「あぁ、俺も楽しかった。また行こうな」


「うん! 叔父さんとも会えて本当に良かったわ……」


 秋葉は懐かしむようにふっと表情を柔らかくした。

 叔父は父から冷遇されて、皇都で苦労していると風の便りで聞いていた。でも、元気にやっていて良かった。

 遠く離れていても、自分のことを気にかけてくれている人がいたのは心強かった。


 実の両親とは縁を切った。

 代わりにと言ったら身勝手かもしれないけど、これからは自分を大切にしてくれた叔父を大事にしようと思った。


「お二人とも……皇都へ遊びに行ったんですか……?」


 そのとき、背後から瑞雪の恨めしそうなか細い声が聞こえてきた。


「わっ!」


「お前っ、心臓に悪いぞ!」


 知らぬ間に這い寄っていた雪女に、二人は飛び上がる。


「ご主人様も奥様もずーるーいーー! 私も行きたかったのにぃぃぃぃ〜!」


 次の瞬間、瑞雪は片手ずつ秋葉と憂夜の胸ぐらを掴んで、ぐらぐらと上半身を揺らした。


「お前こないだ行ったばっかだろ。しかも小遣い全部使ったとかで狐宵に金借りてたし」


「だってぇぇぇー! ご主人様の賞与が少ないからぁ〜〜〜!」


「吹雪で俺の盆栽を全滅させた奴に大金払うわけねぇだろ!」


「あれは事故なのにぃ〜」


「嘘こけ! 庭の打ち水が面倒くせぇからって、雑に猛吹雪を起こしやがって」


「ごめんごめん。次は皆で行きましょう?」


「わあぁぁぁん奥様ぁぁぁぁ! ――ところで、今日のお土産はなんですかぁ〜!?」


「あっ…………」


 叔父との再会で、すっかり忘れていた秋葉であった。




 ぎゃんぎゃんと泣き喚く瑞雪の少し後ろから、狐宵と白銀が冷静な瞳で彼女を眺めていた。


「良いですか、シロ? あんなみっともない大人になってはいけません」


「うん。ぼく、あんな恥ずかしい大人にはならない」




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