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黒の花嫁/白の花嫁  作者: あまぞらりゅう


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第八話 龍泉の異変

「またか……」


 側近からの度重なる悪報に、四ツ折夏純(よつおりかすみ)は頭を抱えた。

 最近、里の結界の力が急激に弱まっており、その影響で(あやかし)の姿をよく見かけるようになったのだ。


 妖たちからは、今のところは大きな被害はない。畑の大根を数本だけ盗まれただとか、お地蔵様のお供え物のぼた餅を食われただとか些細なものだ。


 だが、人間に悪意を抱く妖がいつ里に入って来るか分からない。

 それに――……。


「……」


 夏純は、じっと己の両手を見つめる。

 彼は体内の霊力が日に日に弱まっていくのを感じていた。それは、この地の龍泉(りゅうせん)が弱化しているのと関係があるのだろうか。


 四ツ折家は、代々この地の守護を任されていた。当時の霊力者一族の、各当主の霊力に合わせた場所を、(みかど)が決めたのだった。

 この場所は皇族の守護する地や、それに準じる名門よりも遥かに劣っていた。


 彼はそれが不満だった。当時はまだしも、現・四ツ折家は、龍神の花嫁を二人も出した家門だ。いわば名門中の名門である。


 ここ数百年は、皇族から神に嫁いだ者はいないし、他の家門はもってのほかだ。

 ゆえに、今の実質的な皇国の霊力者家門の頂点は、この四ツ折家なのである。


 なので、現状は由々しき事態だった。このまま龍泉が枯渇してしまったら、家門……いや、四ツ折夏純そのものの名誉が失落してしまう。


 幸いにも、己の霊力の低下は周囲には察せられていない。事が大きくなる前に手を打たねば。


 娘二人は、龍神へ嫁いだあと生家にはなんの連絡もない。

 姉の秋葉は黒龍が警告したので仕方がないが、妹の春菜の音信不通は想定外だった。龍神の花嫁としてあんなに大事に育てたのに、なんと親不孝な娘なのだろうか。


「…………仕方ない」


 夏純はおもむろに立ち上がり、龍神を(まつ)(ほこら)へと向かった。龍泉を操ることができるのは龍神だけだ。婿である白龍になんとかしてもらおうではないか。





「これは、黒龍側の問題だね」


 しかし白龍から返ってきた答えは、夏純にとって最悪なものだった。

 愕然と(こうべ)を垂れる義父に向かって、光河(こうが)は困ったように話を続けた。


「龍脈は光と闇、二つの神力(しんりょく)を均衡させた気を流している。ここの龍泉に注がれている黒龍の力が著しく少ない。私ではなく、彼に尋ねたほうが良いだろう」


「そんな……」


 夏純は絶望で視界が真っ黒になった。にわかに、嫁入りの日に受けた恐怖心が浮かび上がってくる。

 神の力は、人間には到底及ばない凄まじいものだった。黒龍がその気になれば、里一つなど容易に吹き飛ぶだろう。


 そんな彼は、秋葉のせいで自分たちに敵意を抱いている。

 果たして、願いを聞いてくれるだろうか。


「っていうか」


 そのとき、白龍の隣で仏頂面でずっと黙り込んでいた春菜が口を開いた。


「こんな下らないことで、いちいち白龍様を呼び出すのは止めてくれない? 迷惑だわ」


「なんだとっ……!」


 愛娘の無慈悲な発言に、父はたちまち気色ばんだ。


「下らないことではないっ! これは、四ツ折家の名誉がかかっているんだぞ!?」


「はぁ〜〜〜……」


 春菜は父の訴えなど嘲笑うように、大仰に長いため息をついてみせる。


「わたしは龍神の花嫁よ? 四ツ折のことなんて、もう関係ないわ」


「春菜っ! 親に対して、なんだその口の聞き方はっ! 」


「聞こえなかったの? わたしは龍神の花嫁なのよ。こんな些細なことにかかずらっている暇はないの」

「お前っ!」


 思わず娘に手を上げようとした夏純の動きに気付いて、光河はさっと花嫁を抱き寄せた。


「済まない、義父上(ちちうえ)殿。春菜は天界に来たばかりで、霊力が安定していない。なのに急に下界に呼び寄せられて、かなり負荷があるんだ。だから、あまり刺激しないでくれないか」


 穏やかな声音とは裏腹に、白龍の神力は圧を掛けるように夏純の肉体を重くさせた。


「……承知いたしました」


 四ツ折家の当主は、ただ平身低頭するしかできない。

 光河は義父を許すように軽く首肯してから、


「春菜も、今の言葉は良くないね。父上に対して無礼な態度を取ったらいけないよ?」


 と、花嫁に優しく諭した。


「もっ……申し訳ありません……! わたし……本当に身体が辛くて、つい……」


 春菜は父への横柄な態度から打って変わって、しくしくと悲しげに泣きはじめる。伏せられた長い睫毛が憐れみを誘って、光河は優しく抱きしめながら背中をさすった。


「見ての通り、彼女は今ひどく不安定な状態なんだ。悪いけど、もう休ませたいので失礼するよ」


 そう言って、白龍とその花嫁はパッと姿を消した。





「あぁ〜〜ん? 知らねぇなぁ〜〜〜」


 翌日、夏純は屈辱に耐えながらも、黒龍に龍泉の神力を戻してほしいと懇願した。


 憂夜(ゆうや)はあぐらをかいて姿勢を崩し、ゲラゲラとおかしそうに哄笑する。

 これはわざとやってるなと夏純は確信したが、龍神を怒らせて神力を完全に止められたら困るので、ひたすら低頭して訴えかけた。


「どうか……どうか、お願いいたします……! 先日も、妖によって畑に被害がございました。これが続くと、里の者たちの生活も脅かされます。私は、この地の結界を張る者として、彼らを守らねばなりませぬ」


「はっ」


 だが黒龍は、小馬鹿にするように鼻で笑う。


「なんで俺がお前なんぞの願いを聞き届けなければいけねぇんだ?」


「っ……」


 神は人間界の気の量を調整するのが仕事だろうと、夏純は怒鳴り付けたくなるのをなんとか呑み込んだ。


「そこを何とか……」


 彼は地面に擦り付けるように頭を下げた。こんな屈辱的な姿、従者どころか妻にも見せられないが、今回ばかりは仕方あるまい。我慢だ。


 重苦しい沈黙が落ちる。そのあいだも、人間は土下座姿勢から微動だにしなかった。

 一方神は、ひれ伏す人間の滑稽な姿を楽しんでいるようだった。


「お前らは秋葉のことを無能だと散々いびってきたよなぁ〜」


 少しして、憂夜が口火を切る。夏純がはっとなって思わず顔を上げると、黒龍はニヤニヤと嫌らしい笑を浮かべていた。


「そ、それは……」


「あいつが無能ならば、お前らはさぞかし有能なんだろうなぁ〜?」


「……」


 夏純が悔しそうな顔をして口ごもっていると、不意に黒龍の表情が消えた。次の瞬間、突如現れた刃のような鋭利な神力に、彼の心臓が凍り付いた。


「その無能娘の夫なぞに頼らずに、てめぇで何とかしてみろや」


 底冷えするような恐ろしい声音に人間が縮こまって震えているあいだに、黒龍は黙って去っていった。





「くそっ!」


 誰もいない祠の前で、夏純はドンと強く拳を地面に叩き付ける。悔しそうにギリギリと歯ぎしりをして、盛大に舌打ちをした。


 途轍もない屈辱だった。

 龍神としての仕事を怠った挙げ句、義父である自分を批難するなんて。


 大体、霊力を失って無能に成り果てた秋葉のほうが悪い。あれのせいで四ツ折家の名誉が一時的に失墜してしまったのだ。

 春菜の皇族との婚姻の破断、霊力者の総会幹部への道も絶たれ、金の工面も苦労して……。

 あの娘のせいで己の計画が全て狂ってしまった。無能以外に言い表しようがないではないか。


「はぁ…………」


 彼は体内の残留している怒りを吐き出すように、長いため息をつく。

 とんだ時間の無駄だった。あんな愚かな者たちに頼った自分が馬鹿だった。


 ひとまず様子見で、もし悪化するようだったら再び白龍様に頼めばいいじゃないか。あの無能な親不孝者の夫と違って、優しい春菜の夫ならなんとかしてくれるはずだ。







「おかえりなさい」


 満面の笑みで出迎えてくれた花嫁に、憂夜は嫌な予感がして背筋が寒くなった。


「ねぇ、下界に何か用があったの?」


 案の定。どうやら彼の行動は筒抜けのようだ。秋葉は笑顔を崩さないが、目が笑っていない。


「……なんで、そのことを秋葉が知っているんだ?」


「え? だって、瑞雪(ずいせつ)が言っていたから」


「あいつ……」


 憂夜は苦い顔をして、小さく舌打ちをした。狐宵(こよい)を通じてさんざん口止めをしていたのに、あのお喋り雪女め。


「あっ、勘違いしないで? 私が無理矢理に聞き出したのよ。なんか、そわそわしていたから」


「その『そわそわする』っつー態度を、改めさせなければいけねぇな」


「もうっ、瑞雪はそこがいいのよ。面白い子でしょう?」


 秋葉はすっかり瑞雪とも打ち解けていた。互いに明るくさっぱりした性格をしているからか、とても馬が合うようだ。


「私、雪女って、もっとクールで口数が少ないって想像していたから。あんな南の島に住んでいそうな妖だなんて思わなかったわ」と、彼女はくすくすと笑った。


 憂夜も釣られてくつくつと笑う。

 実際に瑞雪は南の島に住んでいた時期があって、あまりの暑さに溶けかけて泣く泣くそこを去ったらしい。本人は南のほうが性に合ってたようだが、雪女という体質には勝てなかったようだ。


「たしかに瑞雪(あいつ)は――」


 彼がこのままの流れで話を逸らそうとすると、


「もしかして、下界で問題でも起きたの?」


 すかさず彼女が遮って質問をした。


「……。いや、大したことはねぇ。人間に呼ばれただけだ」


「お祭りでもないのに?」


「まぁな」


 人間が儀式によって天界から神を呼ぶのはなにも特別なことではない。祭祀(さいし)以外でも日常の些細なことで神に祈願する者も珍しくはないのだ。

 だが、高位の神である龍神を呼ぶなんて、ただ事ではないのは秋葉も知っていた。


「ふぅん……?」


 秋葉は目を細めてじっと憂夜を見る。これは疑っている視線だと、彼は少しだけ狼狽した。


(瑞雪のやつ、秋葉の実家から呼ばれたって言ってねぇだろうな……)


 今回の件は、憂夜個人の復讐だ。可愛い花嫁を長いあいだ散々いびった仕返しなのである。

 本当はあの生意気な妹にもやり返したかったが、あっちは白龍の息がかかってしまったので一先ず止めておく。


 だが、向こうが秋葉に手を出したら倍にして報復してやる。――と、心に決めていた。

 そのとき、秋葉の瞳がギラリと光った。


「私、知っているんですからね!」


「っ……」


 彼女のあまりの剣幕に、彼は思わず視線を泳がせる。


「やっぱり! 隠してたのね!」


「な……なにが、だよ……」


 にわかに憂夜の中で不安が生じた。

 もしかして、生家への龍泉への気の放出を制限したことまで知られてしまったのだろうか。正義感の強い秋葉のことだ、「卑怯な真似をするな」と拳が飛んでくるかもしれない。


「瑞雪から聞いたわ! 憂夜がこっそり皇都(こうと)へ行って、お寿司とか天ぷらとか美味しいものを一人で食べているって、知ってるんだからっ!!」


「…………」


 想定外の追求に、憂夜は目を白黒させた。大きな驚きのあとに、安堵感とおかしさが込み上げてくる。

 一方秋葉は、口を尖らせて眉を吊り上げてぷりぷりと怒っていた。


「憂夜だけずるい! 私も皇都で食い倒れの旅をしたいー!!」


「ぷっ……ぷぷっ……」


 幼児のように拗ねる花嫁が可愛くて、思わず吹き出してしまう。


「なに笑ってるのよ! 私は本気なんですからね!」と、彼女が彼の胸を叩こうとするのを彼は楽しそうに捕まえた。


「あー、悪い悪い。――じゃあ、これから一緒に行くか?」


「えっ!? いいの!?」と、にわかに、彼女の瞳が爛々と輝く。


「あぁ。秋葉の好きなもんを食いにいこう」


「やったぁ! ありがとう! あっ、そうだわっ! シロと瑞雪も……」


「駄〜目だ。時間がねぇ。行くぞ」


 そう言うと、憂夜は秋葉をふわりと持ち上げてパッとその場から消え去った。





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