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黒の花嫁/白の花嫁  作者: あまぞらりゅう


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第二話 双生児は反転する

 島国――瑞穂皇国(みずほこうこく)


 この国では、神、(あやかし)、そして人間が共存していた。

 基本的に、彼らの世界が交わることはない。それぞれの(ことわり)の中で生きている。


 ただ、中には他の種族を嫌悪している者たちもいる。彼らは不寛容で攻撃的だ。多種族を全て滅ぼして瑞穂皇国を乗っ取ろうと、過激な思想を持つ者も存在していた。


 人間は、これらの種族の中で一番力が弱い。ゆえに、太古から彼らの餌食になる者が後を絶たなかった。

 そんな中、同胞たちを守るために立ち上がった人々がいた。


 彼らは『霊力』を持つ者たちだ。その力は、妖や、時には神とも同等に渡り合える能力を秘めていたのだった。



 皇国には、自然の持つ『気』が隅々まで流れており、特に激しい流れの集まりを龍脈(りゅうみゃく)という。

 その龍脈の節々には気が溜まる場所があり、そこは龍泉(りゅうせん)と呼ばれていた。


 各地の龍泉には、代々高い霊力を持つ家が建ち、その当主が結界を張って人間の世界を守護している。


 この龍泉から直接気を浴びると、人間は霊力が増す。霊力は目に見えない不思議な力を持ち、そこに建つ家はますます栄えると言い伝えられていた。

 龍泉で結界張りを担う家門は繁栄し、政界や経済界でも活躍する当主も多かった。


 四ツ折(よつおり)家も代々高い霊力を持つ家系で、規模は小さいが龍泉に結界を張る大役を担っていた。

 現当主の夏純(かすみ)は、結界を張るにあたり及第点の霊力を持っていた。

 しかし他に突出した才能はなく、他の名家の当主たちからの評価は総じて凡庸。密かに劣等感をたぎらせた彼は、飢えたように権力や財力を求めた。


 そんな彼に幸運の兆しが初めて見えてのは、妻の冬子(ふゆこ)の妊娠だった。彼女の腹の中には双生児が宿っていた。


 双子は、陰と陽の象徴である。霊力はその二つの(ことわり)を必要とするので、霊力者の間ではめでたいものとされていた。


 霊力者は、陰と陽の二つの霊気を均一に体内に取り込み、術を練り外へと出す。そこには少しのずれも許されなかった。

 二つの均衡が崩れた途端、たちまち肉体が(じゃ)に侵食されて、霊力者自身が力に呑み込まれて命を落としかねないのだ。


 生まれた双子の霊力は、均衡していなかった。

 妹のほうは父と同等の力の落ち主だった。それは十分なことだった。結界を張るのに申し分ない霊気なのだ。


 だが、姉のほうは妹を遥かに凌ぐ霊力を持って生まれてきた。それは、父も母も、他の家門の当主たちさえにも負けない霊気。


 秋葉は、『千年に一人』の霊力の持ち主だった。







 はじまりは、秋葉が七歳の頃だった。


「秋葉……! あなた、どうしたの!?」


 なにかに導かれるように、突如家から飛び出した双子の姉が、やっと屋敷に戻って来て母が胸を撫で下ろしたら――……。


「えっ? なぁに、お母さま?」


「その、額の……。印は……!」


 ()()を目視するなり、冬子は全身を小刻みに震わせて恐れ慄いた。


「しるし? ……あついっ!」


 母に言われて額に手を触れると、あまりの熱に思わず飛び上がった。それはみるみる全身に広がって、体の中で炎の大蛇が暴れているようだった。


 次の瞬間、その印から眩い光が溢れ出した。


「おい、なんだこの気は――秋葉!?」


 凄まじい力に驚いて、夏純と春菜が慌てて駆けつける。


「っつ……!」


 秋葉の額から放たれる霊気を前にした途端、二人とも急激に全身が凍り付いて(まばた)き一つできなくなった。


「これは……神力(しんりょく)…………!?」


 霊力よりも遥かに恐ろしい力を、父は感じ取った。


「これは龍神様の御印(みしるし)だ!!」


 初めて聞く父の咆哮。非常に興奮した様子で、目が血走っていた。異様な迫力に、秋葉はぞっと粟立った。


「この子は、龍神様の花嫁に選ばれたのだ!!」




 秋葉が龍神の花嫁に選ばれたことは、瞬く間に他の霊力者たちに伝わった。

 四ツ折家の格は急激に上がって、妹の春菜は次期皇太子だと囁かれている皇族との婚約が内定した。


 順風満帆だった。夏純は瞬く間に名誉も金も手に入れたのだ。

 娘二人が、神と皇族に嫁ぐ。これは皇国史上、最高に名誉なことだった。



 だが、双子が十二歳のときに、突然それは壊れた。



「春菜っ! 春菜っ!」


 秋葉の目の前には、全身傷だらけで、今この瞬間もどくどくと腹から血を流している春菜が横たわっていた。

 妹は山に行ったまま夕刻になっても戻って来ず、里の者が総出で捜索してやっと見つけ出したのだ。


「これは……。(じゃ)、ですね……」


 邪。

 それは神でも(あやかし)でもなく、ただの闇。あるいは、ただの『悪意』の塊。

 この世界の影に潜んでいて、人も神も妖も関係なく、ただ眼前の獲物を喰らう存在だった。


「嘘だろう……」


「そんな……」


 夏純と冬子は、愕然と項垂れた。真っ黒な絶望が、二人を包みこんでいく。


 邪に捕食されたら、逃れることができない。特に人間如きの霊力では、魂まで全て吸い込まれて太刀打ちできないのが常識だった。

 春菜はこのまま邪の中に入って、存在自体がなくなってしまうのだろう。


「諦めちゃ駄目よっ!!」


 そのとき、重く沈む空気を切り裂くように、秋葉の力強い声が響いた。


「春菜はまだ生きてる! 私の霊力で絶対に助けるわ!」


 秋葉は妹の胸に手をあて、全身全霊で己の霊力を注ぎはじめた。すると、人間がこれまで感じたことのない、とてつもない霊気に大地が轟いた。

 里全体が震え上がる。鳥の群れがざわめきながら森から飛び立ち、獣も命からがら森の奥へ逃げていった。


 秋葉の霊気ははじめは邪に吸い込まれていたが、やがて競り合い、そして今度はじわじわと邪を侵食していった。


「頑張って、春菜! もう少しだから!」


 ぽたぽたと丸い玉のような汗が落ちて、呼吸するのも苦しくなる。体内に宿る生命力が急激に外に出ていくのが分かる。

 もしかしたら、自分自身の命が危うくなるかもしれない。

 それでも妹を助けたかった。


 可愛い春菜。自分と違ってお上品で物静かで、お人形みたいに可愛らしい子。母はよく「霊力以外は春菜を見習いなさい」って怒ってたっけ。


 家族の楽しい思い出が、次々と走馬灯のように頭の中をよぎった。この深い絆を、ここで終わらせてはいけないと願った。


「はあぁぁぁっ!」


 秋葉の霊力が加速していく。同時に額の龍神の御印が光りだし、白い閃光が里中を照らした。

 しばらくして皆が目を開けると――……。


「春菜! あ、秋葉っ!?」


 両親が慌てて娘たちのもとへ駆け寄る。双子はしっかりと手を繋いで、横たわっていた。

 春菜はぼんやりと目を開けて、ゆっくりと上半身を起こす。

 一方、秋葉は倒れた状態で瞳を閉じたままだった。


「わ……わたしは……。熱いっ……!」


 春菜は額に熱を感じて手を触れる。そこだけ沸騰しているような、強烈な熱さだった。


「は……春菜……。その御印は……!?」


「え……?」


 夏純も冬子も、信じられない光景に腰を抜かした。

 かつて秋葉の額にあった龍神の花嫁の御印は、そっくりそのまま春菜の額に宿っていたのだ。


 そして、意識を失い横たわっている秋葉の額には、もう何の痕跡も残っていなかった。

 それどころか、彼女の体内からは一滴の霊力も感じられない。


 秋葉と春菜の力は、反転してしまった。

 しかも、秋葉は空っぽになって。





 その後は、双子を取り巻く環境はすっかり変わってしまった。

 龍神の御印が出たことによって、春菜は神の花嫁になった。

 そして、なんの霊力も残っていない秋葉は、当然皇族と縁続きになれるはずもなく――……。


「きゃっ!」


 秋葉は父から離れの納屋(なや)に乱暴に投げ込まれた。


「この穀潰しが。生かしてもらえるだけ有り難く思え」


 見上げると、これまでに見たこともなかった父の冷ややかな視線。その後ろには同じ目をした母と、うっすらと笑みを漏らしている妹の姿があった。


 その日から、秋葉だけが四ツ折家の家族ではなくなった。








 それから五年。

 今日は双子が十七歳になる誕生の日だった。

 即ち、龍神様のもとへ嫁入りに行く日だ。


 秋葉ではなく――御印を持つ春菜が。

 




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