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黒の花嫁/白の花嫁  作者: あまぞらりゅう


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第十一話 驕れる者の結末

「――つまり、憂夜(ゆうや)龍泉(りゅうせん)へ十分な神力(しんりょく)を流さなくなったから、里に被害が及んでいるのね?」


 秋葉は公平に夫と父からそれぞれ話を聞いて、やっと今の状況を理解した。

 彼女は眉根を寄せてじっと憂夜を見る。


「呆れた。神様がなんでそんなみみっちい嫌がらせをするのよ」


「っ……」


 妻から批難されて、憂夜は衝撃で凍り付いた。反対に娘が味方に付いてくれた夏純(かすみ)は、ニタリと嫌らしい笑みを浮かべる。


「あ、秋葉……さ、ん…………?」


 憂夜はかろうじて妻の名を呼ぶが動揺は激しく、今にも消え入りそうな掠れた声しか発せられなかった。肉体を下界に留めているのもやっとで、ふらふらと揺れながら徐々に身体が透明になっていく。


 しかし、秋葉はそんな可哀想な夫など意にも介さずに、厳しく言い放った。


「私は、人間に被害が及ぶのは嫌だわ。私怨で無関係な人々を傷付けるのは違うと思うの」


「……」


「だから、憂夜はすぐに元に戻す。話はこれでおしまい」と、秋葉は淡々と述べると、消えかかっている憂夜の手を取った。


「さ、帰るわよ」


 そして父の存在など無視するかのように、夫を連れてその場を離れた。


 ぽつねんと、夏純だけが取り残される。


「はは……」


 彼は脂汗を袖で拭いながら、乾いた笑いを零した。

 あの無能娘もたまには役に立つものだ。むしろ、初の親孝行なのかもしれない。


 いずれにせよ、自分は勝ったのだ。

 あの生意気な(おとこ)に。





 秋葉と憂夜は天界――黒龍の屋敷に戻ってきていた。

 無言でずっと自分に背中を向けたままの彼女に、彼は不安が拭いきれなかった。


 少し、やりすぎただろうか。


 今でも秋葉の家族のことは許していない。むしろ、それ相応の罰を受けるべきだと思っている。

 だがそれは、憂夜個人の考えであって、秋葉の本意ではないのかもしれない。


(幻滅されちまったかな……)


 今後は秋葉から冷ややかな視線を向けられるかもしれないと想像すると、胃がきゅっと痛くなった。


「憂夜」


 不意に、秋葉が振り向く。まるでこれから死の宣告がされるように、憂夜の心臓が跳ね上がった。


「な、なんだ……?」


 彼がおそるおそる返事をすると、


「ありがとう! お父様に復讐してくれて!」


 彼女は爛々と瞳を輝かせながら彼の手を強く握った。


「…………は?」


 さっきは怒った様子だったのに、彼女の変わりように彼は目を白黒させる。


「お父様に悔しそうな顔おかしかったなー。見た? あの表情」


 秋葉は心底おかしそうにケラケラと声を上げで笑っていた。


「怒ってないのか?」


「え? なんで?」


「だって、さっきは……」


「あぁ、あれはお父様を油断させるための私の作戦」


「作戦……?」


 憂夜が首を傾げると、秋葉はくすりと笑った。


「まぁ、個人的な報復に関係ない人を巻き込むのは良くないのは確かよ。それは絶対にしちゃ駄目。……でも、憂夜が私のために怒ってくれて凄く嬉しかった。ありがとう」


「お、おう」


 いまいちよく分からないが、彼女は特に怒っていないらしい。


「私だって、普通の人間よ。家族がこれまで自分にやってきたことは、許せないわ。だから、ちょっとすっきりした」


「そりゃ良かった。だが元に戻すとなると、あの男は絶対に調子に乗るぞ」


 憂夜が握った拳に、つい力が入る。長いあいだ愛する妻を蹂躙していた者たちが、今後も栄耀栄華を極めると思うと非常に胸糞悪い。


「そうね、だからこその作戦なのよ。お父様には迷惑を掛けたから、お詫びにたくさん神力を流してあげて」


 秋葉はニタリと悪そうな笑みを浮かべて、


「たぁ〜っぷりね?」


「……」


 一拍して、憂夜は彼女の意図を理解できたようで、同じく嫌らしい笑みを浮かべた。


「ほう……?」







 四ツ折夏純(よつおりかすみ)は、笑いが止まらなかった。


 黒龍は猛省したようで、通常より遥かに強い神力を龍脈(りゅうみゃく)に流していた。

 おかげで家門の守護する龍泉(りゅうせん)には膨大な黒龍の力が溜まって、他に類を見ないほどの頑丈な結界が出来上がったのだ。


 それでも、無尽蔵に力は流れてくる。余剰分をこのまま自然に垂れ流すのは勿体ないと、夏純は売買を行うことに決めた。


 黒龍の闇の神力は、並の霊力や妖力など足元にも及ばない貴重な代物で、飛ぶように売れた。

 四ツ折家はとても潤い、夏純は皇都や他の家門の前でも居丈高に振る舞うようになった。


 それから数ヶ月経った頃――……。


「当主を出せ!!」


「この守銭奴が!」


 四ツ折家の門を、どんどんと激しく叩く者たちがいた。そこには百人以上の人間が集結していて、全員が眉を吊り上げて怒鳴り付けている。


 彼らは四ツ折家が売り捌いた黒龍の神力により、被害を被った者たちである。夏純は、金さえ払えば素性が分からない人間にも売っていたのだ。


 その中には、良からぬ企みに力を利用する者もいたのだ。そのせいで不当に財産を奪われた人間や、家を失った者、さらには瀕死の大怪我を負った者までいた。


 被害者たちは「そもそも、神の加護を売り捌く四ツ折が悪い」と一致団結して、当主に責任を取らせようとやって来たのだ。


「四ツ折家、当主! 出てこい!」


「弁償しろ!」


 騒ぎはどんどん大きくなっていく。今では被害者たちだけではなく、「四ツ折家が面白いことになっている」と周辺の人々も集まってきていた。


 家はしんと静まり返ったままだ。業を煮やして、彼らが討ち入ろうと(くわ)を握りしめた頃――……。


「私に何か用かな?」


 ついに門が開き、当主の四ツ折夏純が出てきたのだった。

 刹那、被害者たちは堰を切ったように罵声を浴びせるが、彼は涼しい顔をして言ってのけた。


「うるさいな、貧乏人どもめが」


 眼前の者たちに、まるでゴミを見るような視線を注ぐ。彼にとって金にもならない有象無象など、どうでも良かった。響き渡る罵詈雑言も、嵐の日の一瞬の暴風雨のようなものだ。


「このっ!」


 ついに、堪忍袋の緒が切れた一人の男が、四ツ折の当主に殴りかかる。

 だが、次の瞬間。


「ぶっ……!」


 夏純の放った霊気の衝撃波が男の鳩尾にめり込んで、彼はどうと弾かれるように吹き飛ばされた。


「……」


「……」


 沈黙が落ちる。

 周囲の者たちは、あまりの力の差に息を呑んだ。


 やはり、娘二人を龍神の花嫁に出す家門は普通の人間とこうも違うのかと愕然とした。

 倒された男は先導者だった。彼が破れた今、この中に四ツ折に勝る者は皆無。


「ゴミ虫が」と、夏純は吐き捨てた。


 彼はぐるりと周囲の者たちを見回すが、誰一人として目を合わせようとしなかった。怯えて俯く人々の様子が彼の自尊心を満たした。


 やはり自分は選ばれた人間のようだと改めて実感した。何十年も燻っていた才能が、初めて開花したような気がした。


 この先、黒龍の神力があればどんな相手にも負ける気がしない。それは、格上の霊力者家門や……皇族もだ。


 おまけに自分にはもう一人の娘婿の白龍の加護もある。それは即ち、この瑞穂皇国(みずほこうこく)(みかど)をも凌ぐ霊力があるのではないだろうか。

 彼は今、無敵だった。


「さっさと散るのだな」と、彼が踵を返した折も折、


 ――ドン!


 にわかに、里の外れの森からけたたましい爆発音がした。

 すると、バリバリと深いひびが入る音、烏の大群が大声で鳴きながら一斉に飛び立つ音、竜巻のような強烈な突風、突然の雷雨。

 全てが同時に巻き起こった。


 その場の全員が呆気に取られて遠くの山々を見つめていると、


「ぐあ……ああぁぁ……!」


 突如、四ツ折の当主が胸を掻きむしりながら跪いた。


(なんだこれは……!)


 身体中が熱い。肉体の核が、溶岩に変化してしまったかのようだ。

 血管の隅々までどろりと熱いものが伝わっていっている。心臓も、喉も、脳味噌も……焼かれていくのを感じる。


「うっ……うあ…………」


 彼はこの灼熱の正体を察していた。

 黒龍の神力だ。


 長女を通じてあの(おとこ)に神力の放出を再開させてから、これまでの数倍もの力が流れ込んできた。

 それがあまりに多すぎて、夏純の霊力の器を超え、ついに決壊してしまったのだ。

 あの大音声の正体は、四ツ折の里の結界の崩壊だった。




「やれやれ。ざまぁねぇなぁ」


「無様ね、お父様」


 そのとき。

 夏純の眼前に、二人の人影が現れた。


 黒龍と、長女だ。二人とも小馬鹿にするように、薄笑いを浮かべて彼を見下ろしている。


「おまえらっ……がぁっ……」


 夏純は二人に怒りをぶつけようとするが、激しい痛みで動くことさえ困難だ。やっとの思いで憎き神を()め付ける。


 だが、黒龍はそれさえも楽しそうに口の端を上げた。


「どうだ? お前が望んだものをたっぷり与えたぞ」


「そんな……聞いていない……」


「はっ。あんなに喜んでいたじゃねぇか。金もたんまり儲けたんだろ? 俺のおかげでいい思いができて良かったなぁ〜」


「い、今すぐ……元に……」


「あー、無理無理。お前の器は、陰と陽の均衡が崩れた。てめぇ程度の霊力なら、二度と元に戻すことはできねぇよ」


「…………」


 夏純の表情が消えた。

 霊力は、陰と陽の二つの霊気を均一に体内に取り込み、術を練り外へと出す。そこには少しのずれも許されなかった。


 二つの均衡が崩れた途端たちまち肉体が(じゃ)に侵食されて、霊力者自身が力に呑み込まれて命を落としかねないのだ。


「邪……」


 最悪の事態が、彼の頭に過ぎる。

 昔、春菜がおかされた悪意の塊だ。これに取り憑かれたら、魂ごと存在が消滅してしまうのだ。


 憂夜は彼を安心させるように爽やかに笑ってみせる。


「あー、大丈夫大丈夫。さすがに秋葉の父親の命まで奪おうとはしねぇよ」


 次の瞬間、黒龍は真顔になり、彼を纏う神力が一瞬で氷点下まで冷たくなった。


「ま、お前はもう霊力が消えるだろうがな」


 信じられない言葉に、夏純の頭が真っ白になった。


「そんなっ……嘘だっ……」


「嘘じゃねぇよ。お前の器は神の力に耐えられず、その反動で霊力を失う。当然の(ことわり)だ。ま〜、命があるだけ有り難く思うんだな」


「お父様が生きてて私も嬉しいわ」


 にわかに秋葉が父の眼前に近寄って、にこりと可愛らしく笑った。


「私と同じ『無能』になるけど、頑張って!」


「っ…………」


 彼は愕然と(こうべ)を垂れる。いつの間にか涙が溢れ出て、ぐしゃりと顔を醜く歪ませた。


 無能。長女の秋葉に、父が散々投げてきた言葉だ。

 まさか、自分自身がそうなるなんて……。


「兄上」


 そのとき、彼の頭上から聞き覚えのある声が聞こえた。


「お前は……夏樹……!」


 顔を上げると、そこには過去に強引に家門から追放した弟がいた。

 夏樹は少し寂しそうな顔をして、諭すように言う。


「もう、止めましょう。我々の霊力は、世のために奉仕するものです。決して私利私欲に利用してはなりません」


「うるさいっ! 力のある者が支配してなにが悪い!?」


 夏純は憎々しげに弟を睨み付けた。腸が煮えくり返って、体内の血ががますます沸騰していた。

 今回の件は、きっと(こいつ)が仕組んだに違いない。兄から当主の座を奪おうと、卑劣な手を使ったのだ。


 夏樹は変わらぬ兄を見て、失望したように首を横に振った。


「これまでお疲れ様でした。これからは僕が四ツ折の里を守りますので、ご安心して引退してください」


「なんだと……!?」


「俺が頼んだんだよ。やっぱ、手前の力は信頼できる奴に任せたいからなー」と黒龍。


「兄上、僕の幼い頃の夢は、貴方と一緒にこの地を守護することでした。……もう、それは叶うことはありませんが、里のために精一杯やらせていただきます」


「は………………」


 目の前が真っ黒になる。

 これが、四ツ折夏純の命が終わった瞬間だった。

 霊力者としての、生命が。



 


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