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悪役令嬢シリーズ

続『悪役令嬢クラリッサ』

続『悪役令嬢クラリッサ』



□ノックする者

ドォン…ドォン……ッカン!


硬質なノック音が、漆黒の雲が渦巻くような曇天の下、陰鬱なベルベットの屋敷に響き渡った。

空気が――震える。


“クラリッサ・フォン・ローゼンクロイツ=ド・ベルベット・グランディーヌ”


名門中の名門。貴族社会の頂点に君臨し、その名はただ発音するだけで舌を裂くかのような威圧感を持ち、

まるで呪詛のごとく人々の背筋を凍らせる。冷艶な悪徳の象徴、美しき破滅の申し子――クラリッサ。


その居城たる邸宅は、まるで生きているかのようにミシ……ミシ……と軋む。


濃密な薔薇の香りと、冷たい雨粒の混じる風が、カーテンの隙間からするりと侵入し、屋敷の空気を凍りつかせる。

シャンデリアが微かにカラン…カラン…と揺れるたび、亡霊のささやきにも似た音がこだまする。


そして――


その扉を、誰かが叩いた。


ガン。ガン。……ガン!


――誰よ?

この、狂気の薔薇園に踏み込む無謀なる者は?


赤黒いベルベットのドアが、音を立てて震えた。重厚な金属のノッカーが、ギィィ……ギン!と鈍く鳴る。


屋敷の奥、階段の最上段に佇むクラリッサは、ゆっくりと紅茶を口に運んだ。

真紅の瞳が、冷ややかに輝く――

まるで、来訪者の運命をすでに見透かしているかのように。


その唇が、妖しく微笑んだ。


「……面白い。命知らずの訪問者、歓迎してあげるわ。」


--


□戦友との再開

ドゥン…! ドゥン…! ドンガラガッシャァアアアアアン!!


雷鳴のような重低音とともに、クラリッサ邸の玄関ポーチが崩壊寸前に揺れる。


扉の外から吹き込む風に乗って、鉄と硫黄と焼け焦げた希望の香りが鼻腔を満たす……!


その主は、立っていた。


紅蓮の鱗を纏い、目は溶けたルビーのように光り、四肢には雷のような筋肉を湛えた――あのレッドドラゴン。


「まだ生きていたか、人間。例の異世界コンビニではお世話になったな!」


声は灼熱のマグマが喉を通過しながら喋っているかのごとき轟音。

そのたびに屋敷の壁がびりびりと震え、クラリッサの紅茶の表面がビクッビクッ……!と波打つ。


説明しよう。

このレッドドラゴンはただのドラゴンではない。例の異世界コンビニ事件で35cmの小人を相手に共闘した仲なのであった。


あの共闘から幾月。


今、クラリッサ邸に現れたレッドドラゴンは、悠然と姿を現した。


クラリッサは、屋上から漆黒の馬車でレッドドラゴンの脚の辺りに下りて来たのであった。


「ふふっ、折角わたしがここまで下りてきて差し上げたのだから、感謝しなさいよね」

手には大きめのカレーパン。

「これは(わし)には一口サイズだが、まあいい……。あのコンビニは4週間の営業停止処分になったらしいぞ(モグ、モグ)」


やっぱあの責任の七割ぐらいは貴方よね等とクラリッサは考えていた。


--


□突然の依頼

クラリッサの庭園に、場違いなほど軽快な通知音が鳴り響いた。


ピコン♪


紅茶のカップを傾けかけたクラリッサの眉がわずかにひくつく。

その音は、なんと――レッドドラゴンの胸鱗の裏から響いている。


「……何か、鳴ってるわよ。」

「ちょっと静かにしてくれ。ロック解除には口内温度の認証が必要なんだ」


レッドドラゴンは“ガバリ!”と自分の胸を開き(悪役令嬢は少し顔を赤らめ)、蒸気と硫黄の香りとともにスマートフォン(強耐熱ドラゴンスペック仕様)を取り出した。


画面には、凍えるような文字列が。


--


LINEメッセージ from『アークツール村・村長』


「今すぐ北極に来て欲しい。

異常気象で、この寒さでは村人が全滅してしまう。

もう、燃料となる薪もそろそろ尽きてしまいそうだ。

どうか、あなたの熱い吐息で村を……救ってくれ。」


--


一瞬、庭園の空気が凍った。

そして次の瞬間――


ボンッ!!!


レッドドラゴンの背からジェット噴射のような熱気が吹き上がる!


「……北極だと? この儂を、薪の代わりにするとは……!よかろう!!!」


瞳にメテオ級の決意が灯る。

その熱は庭園の彫像を一部焦がし、クラリッサの金髪をふわりと揺らした。


「ふふ……“吐息で救うヒーロー”とは、貴方もずいぶん軟派になったものね。」

「黙れ悪役令嬢。これは浪漫だ。人のために火を吐くのは、ドラゴンにとって最大の“誉れ”だ」


クラリッサは、ため息交じりに扇子で口元を隠す。

だがその目には、どこか誇らしげな光もあった。


️一方、北極――アークツール村


空は鉛色。

風はナイフのように頬を切り裂き、子供たちは一枚の毛布に包まりながら震えている。


「ママ、……ドラゴンさん、本当に来てくれるかな……」

「大丈夫よ。信じなさい……LINEに既読がついたから。」


次の瞬間――!


空から超音速の轟音が響いた!

ゴオオオオオオオオオオ!!!!!


氷原が割れ、風が逆巻き、炎の尾を引いて飛来する巨大な影。


レッドドラゴン、北極緊急降臨ッ!!!



村人たちよ! 俺の名を叫べッ!


「ドラゴォォンさまぁぁああ!!」

「吐いて!早く吐いてェェ!!」

「うおおおおお、顔が溶けるうううッ!でもあったけぇぇぇ!!」


レッドドラゴンの吐息が赤々と村を照らす。

ストーブ代わりに、一軒一軒にダイレクトフレイムを送り届ける彼の姿は、まさに……


《伝説の火神(ヒノカミ)》そのもの。であった……


--


□一人と一匹の共同作業

——そう、彼女もまた“ただの観戦者”ではなかった——


北極の空に、もう一つの閃光が走った。

それは、レッドドラゴンの炎とは違う、雅と艶と死の香りを孕んだ美しき紅蓮の帯――。


「ごきげんよう、氷の世界。」


氷原に、パキィィィン!という轟音が走る。

その中心に、黒曜石の馬車が突如として現れ、純白の氷を薔薇色に染めながら扉が開いた。


風を切る音とともに現れたそのシルエット――


“クラリッサ・フォン・ローゼンクロイツ=ド・ベルベット・グランディーヌ”


ヴェルベットのコートは炎の刺繍、指先には魔力の結晶でできた宝石の指輪が煌めく。

唇は灼熱のルビー。

足元には、氷を焼きつくすように真紅の薔薇が咲いてゆく。


「まったく……。私の午後のティータイムを邪魔してくれるとはね。」


クラリッサは一歩、また一歩と村へと近づくたび、凍てついた地面がジュウウ……と音を立てて溶けていく。


村人たちの目が、ぽかんと見開かれたまま凍る。


「えっ、あの人……氷の上に火のドレスで立ってる!?な、なんで服が燃えないの……」

「違う……服が、燃えることで彼女の温度が一定なんだ……!!」

「説明になってねぇ!!」


そして、クラリッサが両手を広げる。


《ロゼ・インフェルノ・グランディネ》


――その詠唱とともに、

空から真紅の薔薇の花弁が舞い降りる……が。


それはすべて、マグマ級の熱を帯びた魔法の火焔。


ドッ。ドン、ドガアァァン!!!


「きゃああああああああ!!」

「お風呂!村が!お風呂になったァ!!」

「赤ちゃんのほっぺがピンク色になった!治癒効果まである~」


レッドドラゴンは、溶け始めた氷の湖に尻尾を浸しながら感心したようにうなる。


「……やるな、令嬢。北極ごと蒸すとはな。」

「当然でしょう。“場の温度を制す者こそ、社交界を制す”ってね。」


二人の視線が交錯する。

そこにはもう、宿敵でも、異邦の共闘者でもない。


――熱を通じた、究極の“相棒”という絆。


その夜、北極には奇跡が起きた。


凍っていた湖は薔薇の湯になり、

凍傷寸前の老人は火照りすぎて若返り、村中に笑い声と湯気があふれたという。


--


□そして、別れの時

——別れの余韻は、薔薇の香と熱気に満ちていた——


夜の北極は、もはや“極寒”ではなかった。

村の空は、クラリッサの薔薇焔が描いた赤いオーロラに彩られ、

レッドドラゴンの吐息が空気を撫でるたび、粉雪が湯気に変わり、星がまたたく。


子供たちは温泉で浮かび、村の長老は肩まで湯に浸かりながら、「これで寿命が80年延びたわい」とつぶやいている。


その中心で、クラリッサとレッドドラゴンが対峙していた。

だが、そこにあったのは戦意ではない。


ある種の“別れの気配”だった。


「やるな、令嬢。どうだ、儂の村に来てみるか? 招待してやってもいいぞ……」


レッドドラゴンは、鼻先から少しだけ煙をくゆらせながら言った。

その声には、熱と誇り、そしてわずかな“期待”が滲んでいた。


けれど――

クラリッサは、ゆるりと首を横に振った。


「折角だけど、お断りするわ。私は黒薔薇の栽培で忙しいもの。」


彼女の手には、焦げた氷の隙間から芽吹いた一本の黒い蕾。

寒さと炎、死と再生――その相反する力を受けて、“新しい薔薇”が誕生していた。


「“死にかけた場所”ほど、薔薇はよく咲くの。

それに、私と一緒じゃなくても……あなたなら、どの村でも照らせるでしょう?」


彼女はひとひら、黒い花弁を指先でなぞると、風に乗せて、フワリとドラゴンの肩に落とした。



レッドドラゴンは、それをじっと見つめ――やがて。

小さく笑った。


「……そうか。なら、またどこかでな。」

「ええ。“非常識”な場所でね。」


そして翌朝。

クラリッサは静かに馬車へ乗り込む。

レッドドラゴンはそれを目で追って、高く高く空へと舞い上がり、次なる“依頼”を求めて炎の翼を広げた。


二人の姿が消えてなお、北極の村には火照った空気と花の残り香が、確かに息づいていた。


こうして、

伝説は語り継がれる。


「その昔、炎の神と漆黒の花が、氷の国を救ったという……。

まるで、おとぎ話のような、本当のお話」


【完】

これは『赤い竜と悪役令嬢』の続編です。

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