救国の英雄:郭子儀:09
〇郭子儀、六十二歳 鄴城攻略戦での慎重な指揮
七五九年、郭子儀は六十二歳となっていた。長きにわたる反乱との戦いはまだ終わらず、鄴城をめぐる激しい戦闘が続いていた。
史思明という反乱のリーダーが率いる残党たちは、唐の軍を苦しめていた。彼らは巧妙な戦術で、しばしば唐軍を翻弄した。
そんななか、郭子儀は全軍をまとめ上げ、慎重に戦略を練った。彼の指揮は冷静で、焦ることなく敵の動きを見極めていた。
郭子儀は兵士たちに言った。
「戦は勢いだけでは勝てぬ。敵の狡猾さをよく見て、じっくりと進むのだ」
その言葉は兵士たちの心に深く響いた。やみくもに攻めるのではなく、時を見て確実に一歩ずつ前へ進むことが大切だと、皆が理解した。
一方で、李光弼は天下兵馬副元帥として安慶緒を攻撃していた。しかし、史思明の奇襲に遭い、大きな打撃を受けてしまう。
李光弼はそのまま河陽へと撤退を余儀なくされた。戦況はますます厳しくなっていた。
郭子儀は李光弼の苦境を聞き、深くため息をついた。
「李将軍、苦しい戦いであったな。しかし、我が軍はまだ終わらぬ。共に力を合わせ、唐の国を守らねばならぬ」
郭子儀の言葉は重かったが、そこには揺るがぬ決意があった。
鄴城攻略戦は、単なる城の奪還ではなく、唐の未来をかけた戦いだった。
郭子儀は慎重に、かつ確実に戦況を見極めながら、兵士たちに勇気と希望を与え続けた。
戦いは長引いたが、郭子儀の冷静な指揮が多くの兵士を救い、幾度も危機を乗り越えさせたのだ。
「勝つためには焦らず、敵をよく知り、そして何より味方を信じることが大切だ」
郭子儀の言葉は、今も戦いの記録として語り継がれている。
〇郭子儀、六十二歳と子どもたちの活躍
郭子儀は、長き戦塵の日々を越え、ついに六十二歳を迎えていた。
幾多の戦場を駆け抜け、唐王朝の柱石としてその名を轟かせた名将も、今は老いを自覚する年頃となった。
彼には、正妻や側室との間に七男八女の子をもうけていた。
息子たちの多くは、軍や政の世界に身を置き、父の背を追って立派に成長していた。
娘たちもまた、後宮に仕える者、良家に嫁いだ者と、それぞれの場で勤めを果たしていた。
ある冬の夜、郭子儀は妻と共に囲炉裏を囲み、静かな火のぬくもりに身を寄せていた。
「子儀様……あの子たちは、元気にやっておりますでしょうか?」
妻がそっと問いかけた。
郭子儀は囲炉裏の火を見つめたまま、ゆるやかに頷く。
「ああ、郭暧は陛下の娘である昇平公主様を妻に迎え、駙馬都尉を務めた。今は、太常卿を務めておる。誇らしい事だ。」
妻は、安堵したように微笑んだ。
「娘たちも、みなそれぞれの役目を果たしておりましてございます。恥を知り、慎みを持つよう育てたつもりにございます」
「うむ。戦だけでは、国は保てぬ。文も武も、人の心も整わねば、天下は治まらぬ……子どもたちがそれぞれの場で力を尽くしてくれれば、それで十分だ」
老将軍は、ゆっくりと深く息を吐き、眼差しを炎の奥に落とした。
妻は、静かに夫の言葉を噛みしめるようにうなずいた。
「子儀様のお子たちは皆、道を違えず、志を持って進んでおります。父として、どうかご安心なされませ」
郭子儀は、目を細めながら呟いた。
「……そうだな。わが子らが、安らかに暮らせる世を築くこと。それが、我が最後の務めであろう」
その夜、囲炉裏の赤い火がゆらめく中、郭子儀と妻は、子らの安寧と未来を静かに祈り続けたのであった。
〇長安への帰還
七六〇年、郭子儀は六十三歳となり、長安へと帰還した。
彼は、長い間戦の前線で戦ってきたが、今や宰相級の待遇を受ける立場となったのだ。
「子儀様、久しぶりの長安(ちょうあんですね。お疲れ様です。」
侍臣の一人が敬意を込めて声をかける。
郭子儀は穏やかに頷いた。
「長い戦いが続いたが、こうして故郷の都に戻れることは何よりの幸いだ。」
当時、唐王朝は大きな乱に揺れていた。安史の乱という内乱がまだ終わっておらず、国の中心は混乱の中にあった。
だが、郭子儀は皇帝の粛宗から絶大な信頼を受けていた。
粛宗は彼を政権の中枢に据え、国家を立て直すための大切な役割を任せていたのだ。
郭子儀は自分の役目を強く感じていた。
「この乱を終わらせ、民を安らかにすることこそ、我の使命だ。」
同じ頃、李光弼は太尉と中書令という重要な役職に任命された。
二人はそれぞれの立場で国の復興を目指して動いていたのだ。
しかし、戦の波はまだ収まらなかった。
七六一年、李光弼は北邙の戦いで大敗北を喫してしまう。
敵の奇襲に遭い、李光弼は聞喜へと撤退を余儀なくされた。
郭子儀はその知らせ(しらせ)を受け、厳しい表情で言った。
「李光弼は大きな損害を受けたが、まだ終わったわけではない。我らは冷静に対処せねばならぬ。」
その後、李光弼は徐州に駐屯し、史朝義の反乱に備えた。
郭子儀もまた長安で多方面を統括し、乱世を終わらせるため、日夜休むことなく働いていた。
「父上もまた苦しい思いをしておられるのだろう」と、郭子儀の子どもたちも理解していた。
郭子儀は、まだまだ気を緩めることはできなかった。
「国のため、民のために、わしは最後まで力を尽くす。」
そう強く心に誓い、郭子儀は再び厳かな表情で長安の政を見守り続けたのだった。