初恋を諦めることを許されない
バッドエンドがお嫌いな方は読まれない方がいいです。
ああ、すまないね。少し横にどけてくれないか、私も吸わないとどんどん落ち込みそうになってね。
……ふぅ、若いのにキツいのを吸っているなだって?
ストレスのかかる仕事とプライベートのせいで中々キツいのでもないと吸った気がしなくてね。煙はそっちに行かないようにするから勘べ……あ、大丈夫? すまないね。
君らはいつまで付き添うんだい? 親友だったから家に戻るまでかい。私は骨を拾わせてもらったら帰るつもりだよ。人が多いからまわってこないときは諦めるけどさ。
ん? 私は彼の何だったかだって? んー、わかっていると思っていたんだけどな。君たちが中学の時の生徒会長だった者だよ。
君たちは彼が生徒会に入ったのを気にくわなかった親友たちだったね。
まさか、生徒会室にまで乗り込んで来るとは想像もしなかったなぁ。
真面目に雑務を手伝ってもらっていた彼を、転校した会計の次に据えようとしていたのに、生徒会顧問がいたときに乗り込まれて、問題があると認識されてしまったよ。
私も生徒会の皆も顧問と先生たちを説得しようとしたけど、彼が迷惑になるからと辞退してしまった。本人にその意志がないと判断されて就任は不可になってしまったよ。
今でも、私にはどうにも理解出来ないのだが、どうして君たちは応援出来なかったんだい?
彼が嫌がっていた? 友達から離れてまでする雑用ではない? 君はいや君たちは二人よがりだね。
嫌がってもいなかったし、進んで聞いて仕事を学ぼうとしていたよ彼は。裏方作業が生徒会のやることだ。やる気のない人を入れる余裕はなかったんだよ。
この話は不愉快かい? なら違う話だ。
どうして同じ高校に彼を進ませたのかな?
彼は上の進学校を望んでいたのに、三人一緒に地元の高校に行くべきだ。にわかな勉強じゃすぐにボロが出て落ちぶれる。そんなことを彼に言ってたらしいね。
それでも首を縦に振らない彼に、彼の両親まで説得したそうじゃないか。
泣いて訴える幼なじみ、家族ぐるみで付き合いのあった彼の両親は、彼に進学校を受験させるのを止めたんだよね。彼の頑張りを無視して他人との交友の為に。
幼なじみだからだって? 私には意味がわからないな。だって君たちがしたことは、彼の人生を弄んでいたんだよ。
怒るのかい?
君には怒る権利も無いと思うな。
だって君たち二人の幼なじみの彼女を彼が好きだったのを知っていて、自分が彼女と付き合い始めても優越感を得る為に傍から離れないように仕向けた君にはね。
……おっとその表情は当たりかな。
否定しても無駄だよ。故意でも無意識だったとしても君はそう周囲に見られる行動をしてしまったんだから。
ねえ。彼は初恋だった幼なじみがもう一人の幼なじみの君と付き合うと知った時、離れようとしたんだよ。
何年か経って心の整理が出来て初恋を忘れて、幼なじみ二人を祝えるように。
君は知っていたよね。彼が幼なじみの女の子を好きだったの。知らない気づかなかったと言うのなら、幼なじみも親友と言うのは止めたほうがいいよ。彼の周囲は気づいていたんだし。
彼が苦しみながらも君たちと一緒にいる姿は楽しかったかい?
違う? 幼なじみだから一緒にいるのが当然? そんなことないだろう? 彼の逃げ道を塞いで優越感に浸りたかったんだろ?
ようやく県外の大学に行けてほっとした彼の部屋に、月に何度も行って、彼がいない間にセックスをして痕跡を残して絶望させて、自殺させて満足かい?
違う? 何が違うのかな。
そこまで追い詰めていたとは思わなかったって?
アハハ、ずぅーっと傍にいさせて、心をズタズタに切り裂いて、心の中で笑っていたのに思わなかったって、君は彼の幼なじみでも親友でもないね。
そうそう、今号泣している彼女も幼なじみじゃない。
これは彼の近くにいた女の私の勘だけど、彼の方が先に告白してたらオッケーしてたと思うよ。
そんなことはないって? いやいや、彼女は彼と君の二人に傍にいてほしかったんだよ。ずっと二人のお姫様でいたかったんじゃないかな?
たぶんだけど、彼がお願いしたら抱かせたんじゃないかな。君には秘密にして。
……強くは否定しないんだね。
そうだよね、だってそうじゃなきゃ彼氏がいるのに、他の男が自分から逃げ出すのを必死に止めるなんて出来ないよね。
さて、そろそろ火葬も終わるころだろうからお先に戻らさせてもらうよ。
誰にも言わないでくれって? それはもう無理だよ。周囲は君たちの事を、私と同じように見ていたと思うよ。彼がいたからおおっぴらに言わなかっただけで、彼が死んだら一気に広まるだろうね。『君たち幼なじみが彼を追い詰めた』って。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
……物語みたいにざまぁされた人を見てもスカッとはしないものだね。
私はスマホを取り出し一通のメールを表示する。
『先輩すいません。今までありがとうございました』
今どきメールで送るのは彼くらいだ。
後で聞いた亡くなる直前に送られて来た。その時私は高校を無理矢理変更された彼と、ようやく一緒に通えるようになった大学で実験の最中だった。
もし気づいたとしても、すでに手遅れだったと警察には言われた。彼のスマホの送信履歴からそのメールは削除されていた。
遺書もあり事件性はないと、警察は記録にとどめるだけしてくれた。
幼なじみが付き合った時、『時間が経てば初恋なんてすぐに忘れる』と、彼は両親に言われた。
彼は忘れる為に行動を起こした。
だけど、周囲は忘れようとするのを妨害してきた。
彼の両親は目の前で見せつけられても忘れる、浅い初恋だと思ったのだろうか。彼が前に進む為の受験を妨害するほど、家族ぐるみの付き合いは大切だったのだろうか。大学の部屋の住所を幼なじみたちに教えないでくれと頼んだ彼の願いはあっさり破られるものだったのだろうか。
これから彼の初恋をすぐに忘れた彼の両親に話す。
いつか苦すぎた初恋を思い出に変えて戻ろうとした一人息子は帰って来ない。
私の話をどう受け取るだろうか。逆上されるだろうか。自分たちのせいだと絶望するだろうか。彼の幼なじみ擬きを恨むのだろうか。
ま、どれでも別にいい。
これは彼に初恋をした私の恋の終活だ。
彼がいなければ、彼らは等しく私の初恋を殺した憎むべき相手でしかない。
「私は初恋の為に死ねなかったよ。でも君がいなくなったから諦める努力はするね」
彼の最後のメールを消去した。
初恋はまだ消えないけれど。
先輩は泣きません。
もう枯れ果てたので。