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星は決して堕ちぬ  作者: 銀 護力(しろがね もりよし)
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第一章 ―血塗られた過去―

朝が訪れても、夜の冷気がすっかり消え去るわけではない。尾張国の深い森に囲まれた星の里は、早朝の霞に静かに包まれていた。

里の中央に位置する高台からは、いくつかの竪穴式住居が点々と見渡せる。煙が細く立ち昇り、住民たちが起き出して火の支度を始めたのだろうとわかる。その情景はどこか穏やかな村の営みを思わせるが、よく見れば、いくつもの柵や防柵、見張り台が厳重に巡らされている。まるで、ここがいつ何時大軍に襲われてもおかしくないことを物語るかのようだ。


天香香背男アメノカガセオは、その高台の見張り台に立っていた。幾重にも重ねられた木製の柵の向こうから、わずかに朝日が差し込み、カガセオの横顔を照らす。昨夜の星見ホシミの言葉が頭の中で何度も反響し、彼の気持ちを苛んでいた。


「星々が、再び朝廷の軍勢が迫ってくると告げています」


星見の口から告げられた未来――あの残酷な光景が再びやってくるのか。カガセオはわずかな心の準備すらさせてもらえず、一瞬で大切な家族を奪われたあの夜を思い起こす。


――カガセオの脳裏に蘇る、血の記憶。


あれは、まだ自分が若く、父・母・妹と穏やかな日々を送っていたときだった。里の民は星神の加護を信じ、星の光を頼りに稲作や狩猟を行ってきた。祭の日には神殿で三柱の造化三神(天之御中主神・高御産巣日神・神産巣日神)を祀り、夜には皆で焚き火を囲んで神楽を奏でる。それは何よりも平和な光景だった。


だが、その平穏を打ち砕いたのが、大和朝廷軍の突然の襲来だった。朝廷の側についた近隣豪族が密かに道案内をし、夜陰に紛れてこの里へ兵を引き入れたのだという。その中には、後に“星の里の虐殺”の首謀者とされる蘇我足人ソガノタリヒトや、過激な武神崇拝を掲げる兵士たちの姿があったと後に知った。


あのときカガセオは、まだ戦士として一人前になりきれていなかった。父が率いる守備隊の後方に回り、母と妹を守るようにと託されていた。けれど、敵の猛攻はすべてを想定の上をいく激しさだった。父が奮戦し、母が必死に妹を庇って逃げ回ったとしても、深夜の突然の襲撃に対し、里はほとんど対策が取れないまま蹂躙された。


やがて、火の手があちこちで上がり、身を焼くような焦げ臭い煙が充満するなか、カガセオは母と妹を必死に探していた。炎に照らされる里の光景は、まるで地獄の釜が開いたかのよう。次々と兵に斬り伏せられる仲間たちの悲鳴がこだまする。そこへ舞い込んできた、荒狭アラサが発する怒声――


「しまった、敵はすでに里の中へ入っている!」


荒狭の低く轟く咆哮を聞き、カガセオは悪夢を悟った。なぜこんなにも早く突破されたのか。その裏には、荒狭が偽情報をつかまされ、里の防壁から離れた隘路で待ち伏せを企てていたという事情があるのを、当時は知る由もなかった。結果、最も脆い箇所の防衛が手薄になり、敵が容易に侵入したのだ。荒狭の妻子も、彼の目の届かぬまま殺されてしまったという。


カガセオの記憶はそこからさらに悲痛な場面へ飛ぶ。やっとの思いで見つけ出した母と妹は、既に息絶えていた。兵たちに斬られ、炎に包まれた住居の傍らで、その体を冷たく横たえていたのである。思わず母の身体を抱えあげても、彼女の口はもう血が固まって声すら出ない。妹の小さな手も、何かに強く握りしめたまま力が抜けていた。


「母上……妹よ……。」


カガセオの胸から声にならぬ嗚咽が漏れた瞬間、彼の背後から父の悲痛な声が重なった。必死に戦い抜いていた父も、深手を負って足元がふらついていたのだ。見れば、父の腕に握られていた“十握の剣”が、血を滴らせながら微かに光を放っている。しかし、父自身も限界を超え、もう立っていられる状態ではなかった。


「……カガセオ……この剣は、お前が……守れ……」


父の最後の言葉。それ以降、星神を誇りとした一家は、瞬く間に炎と血に呑み込まれていった。


――ふと、朝の冷たい風が吹き、カガセオは意識を現在へと引き戻した。


胸に残るあの重苦しい感触は、今も変わらない。彼は苦悶を噛み殺すように唇を噛むと、高台から降りてゆっくりと里の中心へ向かった。木製の梯子を一歩ずつ踏みしめるたび、遠い日の焦げつく空気の匂いが鼻腔に蘇る。しかし今は里が平穏を取り戻している、――少なくとも表向きは。


途中、里の男衆が声をかけてきた。先の見張り当番から交代するらしい。防備の要所を一通り巡回しているのだ。全員が疲れた顔をしているが、それでも戦いに怯まず訓練を続けている姿に、カガセオはかすかな安堵を覚える。


「カガセオ様、おはようございます。今朝は如何でしょうか、外に怪しい影はありませんでしたか?」


若い兵士がそう尋ねてくる。星の民独特の、肩まである髪を革紐で束ねた姿が精悍だ。けれど、その瞳にはどこか戦々恐々とした光が混ざっている。


「夜明け前から静かだ。だが、いつまた侵攻があるかわからない。油断はするな」


毅然とそう告げると、兵士は背筋を伸ばして「はっ!」と答え、再び持ち場へ走り去っていった。カガセオはそんな彼の姿を見守りながら、里の人々を守るために首長となった責任を改めて感じる。


首長となった経緯は、あの朝廷軍の大侵攻の直後、まだ里が炎の残り香に包まれていたときに決まった。父亡きあと、巫女や長老たちが相談し、「星神の血を継ぎ、十握の剣を受け継いだ者が新たな首長となるべきだ」と結論づけたのだ。それがカガセオだった。荒狭や他の有力な戦士たちも血と涙の中でそれを認め、皆で里を再興することに決めた。


その後、カガセオはまず星の里の防備の強化に乗り出した。外周の柵を二重三重に設置し、大きな見張り台を幾つも建て、兵の訓練もかつてないほど厳しく行う。荒狭は猛将として前線で身体を張る一方、偽情報に惑わされぬよう情報網を整備することにも努めた。カガセオ自身も十握の剣を手にしたまま最前線で指揮を執った結果、小規模な朝廷の襲撃なら何度かは押し返すことができたのだ。


「カガセオ様」


そんな声に振り返ると、そこには長身の荒狭が立っていた。隆々とした腕は鍛え上げられ、背に携えた大剣の柄が陽光を弾き返している。その強面の奥には、人には見せまいとしている深い後悔と怒りがうかがえた。


「荒狭。どうした? 里の兵たちは順調に鍛錬を続けているか」


カガセオが問いかけると、荒狭は苦味を含んだ表情を浮かべて頷く。


「おかげさまでな。だが……俺の鍛錬が足りていれば、あのとき妻と息子を死なせずに済んだだろうに」


その言葉には、荒狭が常に抱える自責の念が滲んでいる。あの夜の大侵攻で偽情報を掴まされ、最前線を外してしまった結果、敵が容易に里の深奥まで攻め込んだのだ。それゆえに荒狭は、朝廷への憎悪と同時に、自分自身を許せずにいる。その無念が今の彼を突き動かしている原動力だと言っていい。


「荒狭……お前の責任ばかりではない。俺もあのときもっと力があれば、家族を守れたはずだった。誰一人責められないくらい、朝廷の攻めは苛烈だったんだ」


カガセオの言葉に、荒狭は苦しげに目を伏せる。大柄で強靭な彼が、一瞬だけ少年のような悲痛な表情を見せた。


「俺は、もう二度とあんな思いはごめんだ。……だからこそ、朝廷が来るなら、徹底的に叩き潰す。今度こそ逃がさねえ、全員殺してやるまでだ」


血の匂いを孕んだ言葉に、カガセオは一瞬たじろぎそうになる。だが、その思いは彼自身にもわからなくはなかった。多くを失った者だけが抱える怒り、恨み。それを否定できるほど、この里は恵まれた状況にはいないのだ。


「……お前がその覚悟なら、それも一つの道だろう。だが、俺たちは民を守らねばならない。無謀な戦いで全てが失われれば意味がない。お前もわかっているはずだ」


カガセオは静かにそう語ると、荒狭は苦い表情のまま黙りこんだ。激しい怒りを抑えきれないのだろう。どれだけ憎んでも失った者たちは戻らない。だからこそ、荒狭の痛みは深い傷のように癒えないまま今も彼を苛んでいる。


「……悪いな、カガセオ様。俺にはまだ、どうすればよいのか……」


「いや、いいんだ。お互い、失ったものは多い。それでも俺たちは生きている。だからこそ、次こそは、誰も死なせたくないと願っている」


カガセオは荒狭の肩に手を置き、少しだけ強く握った。互いに暗い記憶を抱きながら、それでも前を向いていかねばならない。


やがて荒狭はわずかに顎を引き、「今のところ異変はない。だが、夜になったらいつでも出陣できるよう兵をまとめておく」とだけ告げると、足早に立ち去っていった。その背中からは、怨嗟の炎が消える気配はまるでない。


里の中央には、星神を祀る神殿がある。素朴だが霊妙な造りで、神域とされる拝殿には三柱の造化三神を象った木の彫刻が鎮座していた。

階段を上がって石の玉垣を越えれば、さらに奥には天体観測を行う祭壇がしつらえられている。夜になると、星の民はそこに集い、夜空を見上げて祈りを捧げるのだ。


 ちょうどその神殿の端に、白い衣装を身にまとった女性の後ろ姿があった。透き通るように黒髪を落とした出で立ちは、どこか厳粛な雰囲気を醸し出している。カガセオは足音をしのばせるでもなく近づき、その名前を呼んだ。


「……星見」


彼女――星見ホシミは静かに振り返った。夜通しの祈祷の疲れが残っているのか、わずかに瞳に赤みがある。だが、その表情は毅然としている。


「カガセオ様、昨夜は岩室へ足を運んでくださり、ありがとうございました」


「いや、俺こそ、おまえの言葉を聞いて覚悟を新たにした。……里の者たちにはまだ詳しいことを伝えていないが、あまり時間はないかもしれない」


星見は目を伏せる。彼女は里の巫女として、星の動きから近い未来を見通すことができる。その能力は民にとって不可欠だが、同時に重い責務ともなる。朝廷の侵攻が迫っている、という未来を見せられる度に、星見は胸を痛め続けてきた。


「今日の星々の運行は、一際乱れていました。もしかすると、里の周辺豪族が朝廷に通じている可能性があります」


「今回も裏切りがあるのか……。あの大侵攻のときも、里の防備が脆い場所を正確に突かれた。外部の手がなければああもうまくはいくまい」


星見は沈痛な面持ちで頷き、「そうかもしれませんね……」と小さく呟いた。里は決して大勢力ではないが、星の加護と固有の戦術で朝廷の小規模な攻めは撃退してきた。そのため、朝廷側も強引な正攻法だけではなく、懐柔策や情報工作を駆使してくる可能性がある。


「……実は、輝夜カグヤが飛騨の地へ偵察に行くと申し出ています。飛騨の両面宿儺リョウメンスクナに協力を求めるべきだと」


星見の言葉に、カガセオはわずかに眉を上げた。妹の輝夜は星見とは対照的に、もっと積極的かつ大胆に行動するタイプだ。彼女は指揮にも長け、荒狭と並ぶ武力を持つ戦士たちを束ねることもしばしばある。


「両面宿儺か……かつて朝廷に追われた彼を匿ったことで、俺たちには一方ならぬ恩を感じていると言っていたな。実際、あの男の剣技は恐ろしく強いと聞く」


「ええ、ですからもし宿儺殿が再び同盟を受け入れてくだされば、我々にとって大きな力となるでしょう」


星見の瞳には一抹の希望が宿る。カガセオは少しだけ考え込み、すぐに頷いた。


「輝夜には、明日にでも動いてもらおう。幸い、あいつには行動力がある。たとえ道中で何かあっても、うまく切り抜けてくれるだろう」


「はい。私も近いうちに星神の啓示をさらに深く読み解いてみます。もし宿儺殿の力を得て、朝廷を退けられるのであれば……」


星見の声音はわずかながら熱を帯びた。けれど、朝廷の力が増大しているのもまた、事実である。心底から楽観できない自分を自覚しているのだろう。彼女は唇を引き結んだ。


「星見、無理はするなよ」


カガセオの言葉はどこか温かく、星見は軽く首を横に振る。


「いいえ。私は巫女として、民のために星を読みます。あの惨劇を繰り返さないためにも、できる限りのことを……」


里の者たちが暮らすあたりから、太鼓の音が響いてきた。 どうやら集会の合図のようで、複数の家々から人々が出てくるのが見える。星の里では、農耕と狩猟の合間に集会を開き、情報を共有するのが習わしだ。先の大侵攻を経て、互いの状況をこまめに確認し合う必要性を痛感したからだという。


里の中へ足を運ぶと、そこは夜明けの霞が薄れ、柔らかな陽光が差し込み始めている。住民たちはみな武具や縄、農具などを手にして集まってきた。見れば年配者も少なくないし、女性たちも弓や短剣を腰に差している。この里の民は皆が戦力であり、皆が守り手なのだ。


「首長様、おはようございます!」


幾人かが手を合わせて挨拶する。カガセオは穏やかな面持ちで頷き返し、短く言葉を発した。


「おはよう。今日は朝のうちに隊を分けて周辺を見回ろう。特に東側の山道と、南の川沿いを重点的に頼む。何か小さな異変でもいい、気づいたらすぐ知らせてくれ」


わっと返事が返ってくる。活気があるが、その裏にはいつ斬り込みがあってもおかしくないという緊張感が潜んでいた。


里の向こうには、祭壇で星神に祈りを捧げる数人の姿が目に入った。皆、祈りながら夜に浮かぶ星を思い描き、宇宙の理に心を通わせようとしているのだろう。カガセオはその様子を眺め、少しだけ心を和ませる。星を仰ぎ祈る行為は、悲しみの深い彼らにとって、魂の救済でもある。


あれから長い時間が過ぎた。 里には確かに平穏が戻っている。しかし、その平穏がまるで薄氷の上に成り立っていると、誰もが感じている。朝廷の支配を逃れてきた他の豪族や旅人からも、いつまた大軍が来るかわからないという噂は絶えない。


カガセオは自身の腰に帯びた十握の剣――父の最期をともにした神剣――に手を触れた。鞘越しに感じる冷たい鉄の感触が、彼の心を奮い立たせる。


父さん、母さん、妹よ。俺はこの剣を託された。もう失うものは多くない。だけど、この里だけは失わせはしない。たとえ俺自身が倒れることになろうと……


彼の心には、まだ鮮烈な苦悔が消えない。だが、それと同じかそれ以上に、里を守るという決意が燃えているのだ。


ふと視界の隅に、薄い藤色の衣をまとった若い女性が目に入った。輝夜カグヤである。こちらに気づくと、颯爽と近寄ってきた。姉の星見と比べると明るい印象で、いつもは軽妙な笑みを浮かべているが、今はやや引き締まった顔つきだった。


「カガセオ様、今朝は忙しそうですね。兵士たちの訓練を見に行ったら、ずいぶん気合が入ってましたよ」


カガセオは微笑んで答える。


「そうか、輝夜が見てくれたか。何か問題はなかったか?」


「いいえ。皆、剣の振りも様になってます。私の“輝夜衆”に入れたい逸材もいたくらい。でも、星見姉さまも言っていたけど、朝廷はもうすぐ動き出すかもしれないんですよね」


輝夜は軽い口調とは裏腹に、その瞳には緊張が漂っている。カガセオは視線を合わせながら小さく頷いた。


「その話をおまえにも伝えようと思っていた。おまえが言うとおり、飛騨の両面宿儺に助力を請うのが得策かもしれない。もし出立するなら早いほうがいい」


すると輝夜の表情が一瞬ぱっと明るくなり、「わかりました!」と力強く答える。


「この足で数人の部下を選んで、明日にも飛騨に向かいましょう。宿儺殿は昔、私が子供の頃に一度だけ会ったっきりだけど、すごく大きくて強そうだったなあ……。あの人の戦力が得られれば、百人力ですよ。ね、カガセオ様もそう思うでしょ?」


相変わらずの快活さだが、輝夜の言葉には強い信頼と期待が感じられる。カガセオは嬉しそうに微笑みつつ、しかし幾分かの警戒をにじませる。


「そうだな。だが、相手はあの朝廷軍から何度も命を狙われている強者だ。どんな状況になっているかわからない。決して油断はするなよ」


「わかってますって。私だって、そう簡単に命を落としませんよ。――それに、万が一に備えて星見姉さまの“未来視”にも助けを乞うつもり。きっと行けます!」


まるで晴れやかな朝日に向かって進むように、輝夜はさらりと言いきる。姉とは異なるタイプの強さがそこにはあるように、カガセオは感じる。


こうして、輝夜が飛騨へ発つ段取りが整いつつある。だがカガセオの胸には、まだ星見の言葉が引っかかっていた。「すぐに来るかもしれない」という不穏な予感。その時、この里は、そして自分はどうすればいいのか。


「もし、星神の加護だけでは足りなくなってしまったとき、我々は……」


そんな思いが去来するが、カガセオは表には出さず、輝夜に向かって微笑んだ。


「よし、では明日、出立の前にもう一度話をしよう。補給の準備や道中の安全確保も忘れないようにな。荒狭にも念のため同行してもらってはどうだ?」


「うーん、荒狭様を連れて行くと目立ちすぎちゃう気がするんですよね。でも、彼の力は確かに心強い……。姉さまにも聞いて決めます。どちらにしても、心配はいらないわ!」


輝夜はそう言い残して、すぐに集会のほうへ走り去っていく。雑多な用事が山積みなのだろう、里の若き戦士たちが彼女を頼って口々に声をかけ始める。


カガセオはその後ろ姿を眺めながら、いま一度周囲を見渡した。星の民たちがこの地に集い、生き延びている姿は、確かに屈強であり誇らしい。誰もが血塗られた過去を背負いながら、それぞれの思いを胸に歩んでいる。家族を奪われた者、仲間を失った者、そして親兄弟を生き埋めにされた者――数えきれない悲しみが、星の里を覆っている。


しかし、星の里はまだ消えてはいない。


その事実こそが、カガセオの心を支える。今度こそ、守り抜かなければ――もう二度と、星の光を失わせはしない。たとえ朝廷という巨大な権力を相手にしても、星神への信仰がある限り、きっと道はあると信じたいのだ。


朝の陽光が徐々に強まり、柵や建物の影が縮んでいく。どこからか伐採の音や家畜の声が響き、里が目覚めていく合図のようにも思える。


「さあ、今日も新たな一日が始まる。

だが、その先に何が待ち受けているのか――。」


カガセオはわずかな覚悟を胸に秘め、集会へと足を運んだ。明日には輝夜が飛騨へ向けて出る。朝廷の動きが活発化するまでに、どれだけの手を打てるかが勝負だ。


だがその瞳には、一度見た悪夢が再び形を変えて襲いかかるのではないかという一抹の恐れも、確かに宿っていた。十握の剣を帯びた腰にそっと手をやり、カガセオは決意を固める。すべては、里の未来のために。


――星々が再び導きの声を放つとき、血の記憶は消えることなく、星の民の意思となって甦るであろう。


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