006 決着
〜ユキ〜
ユキがミコトと別れて数分たった頃。
「いい加減にしてよ。もう周りに誰もいないじゃない」
ユキが怒りながら言う。
「そうね。そろそろ邪魔も入らないかしら」
逃げる足を止めたエリザベートが答える。
ミコトから大きく離れるエリザベートの目的は、誰にも邪魔をされずにユキを弄ぶこと。
ようやくここならと判断し、ユキに向き合う。
「こそこそ逃げ回ってるあなたが、一対一なら強気なんだね」
「私だってこれまでいろいろな困難を乗り越えてきたのよ。弱い訳じゃないわ」
ユキの嫌味にエリザベートは気にせずに答える。
突然だった。
エリザベートが答えた直後、ノーモーションでナイフをユキに飛ばした。
普通の人間であればこの一撃で決まっていたかもしれない一撃を、ユキは手にした槍で余裕で弾く。
「ユキちゃんだったかしら。あなた本当に強いわね。凄くいいわ」
「気安く名前を呼ばないでよ。虫唾が走る」
ユキの怒りが溜まる。
そんなユキに言葉の追撃は止まらない。
「女の子がそんな言葉使いしちゃダメよ。せっかく上手く演じれているのに」
その言葉にユキは少し驚く。
「上手に女の子になれていたと思ってたのに。どうしてわかったの?」
「他の人にはわからないと思うわ。私が特別なのよ。ほら、ずっと女の子と遊んできたから。勘みたいなものね」
「気持ち悪い」
「気にしなくていいわ。体が女の子なら楽しめるから」
執拗なエリザベートの性への執着に、寒気を感じる。これ以上話をしても無駄と判断し、槍を向ける。
「もういいわ。キョウコの仇。さっさと死んで」
ユキの雰囲気が変わる。
構えた槍がゆらりと動き、ユキの体が消える。槍がエリザベートの腹部を貫かんと迫る。
しかし結果は腕を掠めた程度に終わり、両者ともに驚きが訪れる。
腕から血を流しながらエリザベートは初めて冷静な表情を崩す。
「なんてことなの。想像以上よ。これは良くないわ」
「避けておいてそんなこと言われてもね。一撃で貫くつもりだったのに。意外と強いんだね」
腕から溢れる自分の血をエリザベートが舐める。
「あなたこそ。本当に強いわね。ひょっとしてどこかの国の英雄なのかしら?」
「英雄なんかじゃないよ。ただの凡人だから」
ユキの瞳に一瞬陰りが見えたが、エリザベートはそれには気づかなかった。
「そう。じゃあ素直に凄いわね。私は本気で避けたのに、まさか当たるとは思わなかったもの。一方的に命を刈り取ることは好きだけど、強い戦士を相手に自分の命を危険に晒すなんて真っ平ごめんだわ」
エリザベートは心底つまらなさそうに言う。
「ねぇ!誰か出てきなさい!」
エリザベートが大きな声で増援を呼ぶと、突然一匹の白い猫が出てきた。
「そんな!どうしてあなたが?」
今までで一番余裕がない状態のエリザベートが猫に問いかける。それだけで獣堕ちだとわかり、ユキは警戒する。
「情けない声が聞こえたので来てみたら、なんとも珍妙なことよ。愉快愉快」
「機嫌は悪くないみたいね」
エリザベートが安心したと同時に、ユキが動いた。標的は白猫だった。
もし本当の猫であったとしても、貫くことができる精度とスピードでの突き。
ユキの技術は高まる警戒心が邪魔をすることもなく、確かに最高のものであった。
「いきなり余に刃を向けるとは、無礼極まりない童だな」
まるで幼子が猫を追いかけて軽くあしらわれるかのような結果だった。
「なんて奴なの」
ユキは初めて感じる圧倒的な絶望感に困惑する。
正直エリザベート相手であれば、簡単ではないにしろ負けることはない力差だと考えていた。
「あなたがここに来た理由は、私に加勢してくれる為と考えていいのかしら?」
ユキにとって良くない方向で話が始まった。
「貴様がどうなろうと、それほど興味はない。ただ面白そうな風を感じたから来ただけのこと」
しかしこの二人の間にあまり仲間意識がないことがわかり、戦略を考え直す。
交戦か撤退か。
交戦の場合、エリザベートと一対一が前提にはなるが、倒した後にすぐに撤退。
撤退の場合は、今すぐの撤退にはなるが、心情的にできるだけ選びたくない。しかし現実的にはあの白猫と戦っても勝てそうにない。
「ねぇ。その女に興味がないなら、私が倒しても問題ないってこと?」
「そうだな、構わないぞ。弱い者がどうなろうと、余が気にすることではない。それに貴様等が戦うことには意味がある」
ユキは期待せずに聞いてみたが、思わぬ答えに驚く。あの雰囲気と実力から察するに、白猫は元々はどこかの大きな国の王だろう。騙し討ちをするような器とも思えなかった。
「じゃあこのままエリザベートとは続きをさせて貰うけど、問題ない?」
「二度は言わぬ。戦いを続けよ」
「馬鹿なことを言わないで。私はあの方の命で動いているのよ。あの方に逆らうというの?」
「何を戯けたことを。今の所利害が一致しているから、アイツと行動を共にしているが、アイツの部下になった覚えはない」
「あの方への反逆行為だわ。タダで済むと思わないで」
「生きていればの話だろう。精々余を退屈にさせぬ戦いを魅せてみろ」
仲間割れは確実と判断し、ユキはエリザベートに襲いかかる。しかしこうなるとエリザベートも必死で向き合ってくる。
槍で魅せる技術の最高峰がここにあった。常人離れしたスピードと狡猾さを持ち合わせたエリザベートでも防戦一方になる。少しずつ傷が増えるエリザベート対して、ユキは勝ちを焦ることなく冷静に対処する。
「そろそろ諦めたらどう?」
「それは出来ない相談ね。私見た目通り生き汚いのよ」
しかしいくらエリザベートが強がってみてもどちらが優勢かは一目瞭然だ。ただしそれが元の世界であれば。
この世界と元の世界との違いはいくつか存在するが、現状に影響がある最も大きな違いはギフトの有無だ。ギフトの中身次第では、いかに強い技術を所持していても勝てないこともある。
もちろんユキは敵がギフトという奥の手を持っている可能性も考慮した上で、慎重に戦っていた。しかし白猫が発するプレッシャーに対して意識を持っていかれていたことも事実だった。そのことで発生する一瞬のチャンスをエリザベートは狙っていた。
エリザベートを追い詰め、トドメの一撃を放つ瞬間のことだった。スピードだけは優位だったエリザベートの速さが、更に加速した。その速さは今までの倍にも達する。
エリザベートの切り札は、一つのギフトだった。一日に一度だけ、自身の動きを倍の速さにできるギフトだ。
今までこのギフトのお陰で何度も命を繋いできた。正真正銘の切り札である。
「さようなら」
エリザベートが握ったナイフが、ユキの喉元へと向かう。
今までエリザベートに敗れた者達は皆この状況で後ろに引いてしまっていた。圧倒的な速さで迫り来る攻撃に防御をとってしまうことは、多くの人間にとっては常識かつ正しかった。
しかしユキはこの状況でさらに一歩前に進み、攻撃へと転じたのだった。
「かはっ!どおして?」
ユキの槍がエリザベートの胸を貫き、ナイフは宙を舞っていた。
「攻撃こそ最大の防御」
このときのユキは数々の歴史上の英雄達に遜色ない強さを持っていた。
「なんちゃって。今はただのか弱い女の子だからね」
エリザベートの体が光り、消滅し、そこにはカケラが残る。ぱっと見て数がわからないくらいの数のカケラがあり、エリザベートの罪の重さを象徴付ける。
「それで、結局本当に観てるだけだったけど、良かったの?」
「構わん。良いものが見れた。見事だ」
「そう、とりあえず仲間の敵を討つことはできたから、そろそろお暇しても良い?」
刺激しないように、この場を離れようとする。ユキは争いを好む性格ではないし、無謀な行動をとったりもしない性格だった。
「なぜカケラを持っていかない?」
白猫がエリザベートが残した沢山のカケラを指して問う。答えとしては、このカケラをきっかけに白猫との戦闘が始まることを避けた結果だった。
「敵討ちのつもりだったから、カケラは持っていく気はなかったんだけど。持っていっても良いの?」
「良いに決まっているだろう。貴様は世を満足させた。褒美をとらせる」
「……そっか。じゃあお言葉に甘えて」
どこまでも行動の読めない白猫に対して、警戒しながらも用を済ませる。
沢山のカケラを自分に手繰り寄せて、自分の中に回収する。ユキのカケラの所持数は四十三個に達した。
「やはりそれくらいの数ではまだ足りないようだな」
「わかってたんだ。てか私とエリザベートの戦いはそんなに良かったかな?」
「貴様等は同じようなときに産まれ、同じようなときに死んだ。産まれた国が違い相見えることはなかったが、この世界で巡り合ったことは宿命とも言える」
「あんな頭のおかしい女とは、できれば会いたくなかったけどね。産まれとか死んだときとかって、何かのギフトで知った情報?」
「その通り、余のギフトの一つに見た者の生没年がわかるものがある。実戦では役に立たないがな」
白猫が機嫌良くユキと会話を続ける。ただユキとしては、聞けば聞くほど複雑な気持ちになる。
「ギフトの一つって聞こえたんだけど?」
「そうだな。いくつかある内の一つだ」
ギフトは一人一つというのが、この世界での常識だった。これだけの強さを持ち、獣堕ちとしてダークが使えて、ギフトさへも複数所持する。こうなってくると正体が気になった。
「私はユキっていいます。あなたのお名前は?」
「偽名を名乗る者に教える名はない」
「偽名ってわけではないんだけどな。一応みんなが私のことをそう呼んでくれてるし」
結局名前を聞き出すことに失敗したので、そろそろ去るタイミングだと判断する。
「それじゃあ、今度こそ帰らせて貰うね。さようなら」
このまま何もなく白猫の前から立ち去ることが出来ればと行動に移そうとしたそのとき。
「はっ!!」
最悪のタイミングでミコトが登場した。ミコトは不意打ちで白猫に斬りかかったが、当然難なく避けられた。
「元気なだけの童だな。つまらん」
白猫が不機嫌気味に言い、ユキが少しため息をついた。




