003 争奪戦
夕暮れ時、人が少なくなった裏通り。
不自然な程の静けさの中、ミコトとユキは息をひそめてそのときを待つ。
昼にユキと出逢ったエリアは比較的治安の良い商業エリアだったが、今いるエリアはかなり治安の悪い貧民街と呼ばれる場所だ。
カンナ達と仲間になった後、早速カケラ集めに同行することにした。
最初なので、まず遠くからの見学をとカンナは進めてきたが、少しでも力になりたくて、実務を志願した。
今回リミットが発生する対象は、この貧民街の中でも少し名の通った女らしい。
名はエリザベート、残忍な人間性の女で、特に異質なのは襲う相手は何故か女性ばかりということ。
この世界では男女で身体能力の差はほとんどないので、女性を狙う理由については不明だ。
沢山の女性を殺してカケラを集め続けているという噂だ。
ただそういった人間なので貯めこんだカケラの数にも期待ができる。
ボロボロの廃墟ともいえる家が本日のターゲットの居場所だ。
「本当に他のグループと被らないですかね?」
「ミコトくんは心配性だなぁ。多分大丈夫だと思うよ。今まで被ったことないし」
不安を感じるミコトの問いにユキが笑って答える。
シノのギフトは珍しいものではないので、他に同じギフトをもった人間も普通に存在するらしい。
しかしリミット自体がよくあることなので、他者と取り合いになることはほとんどないらしい。
今回もカケラを回収するだけの簡単な仕事と聞いている。
「あちらは大丈夫ですかね?」
「初めてじゃないし、大丈夫だよ。みんなベテランなんだから」
現在ミコト達はニ組に分かれていた。
ミコト達はターゲットが裏口から出てきた場合に足を止める役。カンナ達四人はリミット発生と同時に表口から家に入りカケラを回収するというものだ。
回収するときは念の為に大勢で対処することにしているらしい。
シノの感覚だともう今にもリミットが起きるとのことだった。
初めてのチームプレイに息を呑んだそのとき、裏口から赤い大きなマントを羽織った女が出てきた。長い黒髪に整った顔で妖艶な雰囲気を出す女だった。
想定していなかった出来事に思わず二人が顔を見合わせる。
「気をつけろ」
クロがミコトにだけ聞こえるように呟く。
「あの女がエリザベートだよ」
ユキもミコトに呟く。
どうするべきか迷った瞬間、エリザベートが先に動いた。
貧民街の更に奥へと走りだしたのだ。
「追いかけよう!戦わずに最後を看取るだけだから!」
ユキの言葉にミコトも動く。二人はエリザベートを追いかけた。
しかしエリザベートは動きにくそうな大きなマントの割に早く、二人は並走するのがやっとだった。
そしてエリザベートが角を曲がり、ミコト達も曲がったとき、そこにエリザベートの姿はなかった。
「どこ行っちゃったのよ。あの女足早すぎなのよ」
ユキが悔し気に言うと、カンナ達が追い付いてきた。
「シノがターゲットの反応が移動したっていうから追いかけてきたけど、ターゲットはどこよ」
キョウコが聞く。
「ごめん。見失った」
「何してんのよ。裏口での足止めはそっちの仕事でしょ」
「うぅぅ。返す言葉がありません」
ユキが素直に謝る。
「攻めている場合ではありませんよ。もうリミットが始まってしまいます。見つければいいんです」
カンナがキョウコをなだめる。
「このエリアは建物が網目状になっていて探しにくいので、三組に分かれましょう。ユキちゃんは私と、シノちゃんはコヨミと、キョウコさんはミコトくんと、さあ探しましょう」
カンナがテキパキと指示を出す。
「了解だ。シノ行くぞ。一番に見つけんぞ」
コヨミがシノを担いで凄い跳躍力で目の前の家の屋根にのぼった。上から探すのだろう。
「付いてきて!」
キョウコがミコトに言いながら走り出す。
ミコトはキョウコの後ろについていきながら、キョウコに聞こえないようにクロを抱きかかえて話しかける。
「クロはエリザベートがどこにいったか匂いとかでわからないのですか」
「犬じゃないんだから、わかるわけないだろう」
「あまり役に立ちませんね」
「失礼な。裏口から出てきたときにお前がちゃんと取り押さえておけばよかっただけだろう」
慣れてきたクロとの小競り合いに少し落ち着く。
「いた!」
キョウコが指さす方を見ると、赤いマントの後ろ姿が角を曲がるのが見えた。
エリザベートの姿が見えなくなった瞬間、角から白い光が見えた。
「リミットだ。もう走らなくて大丈夫ね」
キョウコが足を緩めて教えてくれる。
どうやらキョウコも走り続けることに疲れていたらしい。
「ユキが逃がしちゃったときは、本当に焦ったわ。早く生まれ変わって、この世界にさよならしたいのに」
しかめっつらが多かったキョウコが珍しく笑顔になる。
「さあ、さっさと回収するわよ」
キョウコの動きが角を曲がった途端に止まった。
「あっ」
「どうしたんですか?」
追い付いたミコトが目にしたのは、キョウコの心臓と喉に刺さったナイフだった。
「な……んで……」
さっき見たばかりの白い光が、キョウコの体から発生した。
一瞬のことだった。
キョウコが消えて、カケラが現れた。
「なぜ」
ミコトは目の前で笑う女、エリザベートに問いかける。
「いただきます」
エリザベートが消えるような速さで動き、キョウコのカケラを取って、ミコトの後ろに回る。
「あなたも死んでちょうだい」
エリザベートが手に忍ばせたナイフでミコトを後ろから狙う。
ミコトは動けない。
「避けろ。アホウが」
クロがミコトに体当たりして吹き飛ばすことで、ナイフが刺さらずに済んだ。
「あら、ただの猫だと思ったら、獣堕ちなの。頼もしいパートナーがいて良かったわね」
エリザベートが笑う。
「ありがとう、クロ」
体勢を立て直して感謝を伝える。
「戦いの途中でボーっとするな。簡単に死ぬぞ」
クロの言う通りだ。
「エリザベート、リミットが起きたはずなのに、何故あなたは生きているのですか」
「なぜかしらね。マジックの種明かしをしてあげるほど優しくはないのよ。坊や」
エリザベートは相変わらず余裕の笑みを浮かべている。キョウコを失った悲しみと驚きで、冷静に思考をまとめることができない。
この世界に来て初めて関係を深めた人間を失った。もう生き返ることもできない、完全な死。
ちゃんと注意をしていればと、もう戻らない時を悔やむ。
「下を向くな。死んでしまったら、もうどうしようもないんだ。だから今を精一杯生きろ。後悔しないように強く生きろ。ワタシのパートナーなのだから」
クロの言葉に前を向く勇気を貰った気がした。
とりあえず今はエリザベートを何とかしなくてはと、目の前の女を観察する。
走り回っていたときに着ていた大きなマントがない。マント一つでここまで動きが変わるものなのか。
冷静になったミコトが必死に状況を分析していると、先にクロが口を開いた。
「カケラのせいでおかしな気配なのかと思っていたが、今わかった。お前人を一人担いで逃げていたな」
「えっ?」
クロの言葉の意味が解らず、思わず疑問を口にする。
クロの発言で、エリザベートから初めて笑みが消えた。
「随分頭のキレる猫ね。危険だわ」
「どういうことですか?」
「簡単な話だ。あのマントが大きい理由は人を隠す為だ」
「まさか」
ここまで説明されて、ミコトにもクロが気付いたことが理解できた。
「シノがリミットを起こすと感じたのは、この女ではなく、この女がずっと担いでいた何者かだ。リミットが起きたと錯覚させて、油断したところを逆に狙っていたんだろう」
「なんてことを」
悪意はこの世界に来てすぐに感じた。
しかしここまでの計算しつくされた悪意には、初めて遭遇した。
「避けられたのも、見破られたのも初めてだわ」
「今まで何度もこの手口でやっていたんだな」
「その通りよ。リミットした人間からカケラを集めようだなんて、臆病者は本当に弱かったわ。でもね、さっきの女の子には悪いことをしたわ。後悔しているのよ。何故だかわかる?」
「くだらん。お前のような小者と話をする気はない。カケラは頂くぞ」
「あら残念。ねえ、そちらの坊や。何故だと思う?」
「相手にするな」
「一瞬で殺してしまったからよ。命乞いが聞きたいの。叫び声が聞きたいの。苦しむ顔が見たかったの。あぁ、残念、せっかく楽しめたのに」
狂っている。
この女は生き返るのが目的でカケラを集めているのではない。楽しむ為に人を殺し、その結果としてカケラを集めているのだ。
「許さない。私はあなたを絶対に許さない。エリザベート!」
「なぜ怒るのかわからないわ。あなた達もカケラを集める為に、人を犠牲にしているのでしょう。自分で止めを刺すかどうかの違いじゃない。そういうのを偽善っていうんじゃない?」
「ふざけるな。ガタガタぬかすなよ。小娘が。ミコト、もう良い。さっさと終わらせるぞ」
クロがミコトの代わりに怒っていた。
「待って下さい、クロ。この女は私の手で倒します」
「できるのか?この狂人はそこそこ強いぞ」
「クロ相手に何度も訓練したんですから大丈夫です。クロを相手にするよりかは楽でしょう」
「言うようになったな。ではやってみろ」
街に着く前に、森でクロから戦いに関してのレクチャーは少しだが受けていた。
絶対に当たらないから当ててみろ、というクロの発言に躊躇いながらシャインをクロに使い続けた。しかしその言葉通り、クロに当たることは一度もなかった。
クロがダークを使ったとき、クロの体から闇が放たれ、かなり広範囲で標的に向かっていたので、自分のシャインも同じような感じだと思っていたが、現実は違った。シャインもダークもその人の持つ力で大きさや形が変わる。
ミコトはシャインで、光の剣を作り出した。それがミコトの今の実力。
しかしそれはミコトが弱いのではなく、クロが強すぎたのだ。だが比較対象がクロだけだった為に、その事実に気付くときはまだまだ先のことだった。
シャインでできた武器は悪人に対してかなりのダメージを与えることができ、大体の悪人は一撃食らえば動けなくなり、二撃目が当たれば死ぬ。
ただし当てることができれば。
ミコトがエリザベートに上段から切りかかる。刃がエリザベートの肩から斜めに切り裂く。
ーーはずだった。
振り落とされた刃が当たる瞬間、エリザベートが高速で動き、刃を避け、逆にナイフでミコトの左腕を切り裂いた。軽傷ではあるが、血は溢れる。
「クッ」
思わず声が漏れる。この世界に来て初めての怪我はなかなか痛かった。
「遅いわね。そんなんじゃ簡単に死んでしまうわよ?」
笑いながらエリザベートに指摘される。
もちろんミコトを心配しての発言でないので、余計に腹が立つ。
「ほっといて下さい」
どうやって戦うか冷静に考える。
速さは圧倒的に相手の方が上で、いくら当たれば勝てると言っても、そもそも当たらない。
シャインが使えるから、戦いで苦戦はしないだろうと、甘く考えていた自分にも腹が立つ。
「坊やだけなら問題ないのだけれども、獣堕ちまでは今は相手にする気がないの。さよなら」
そう言ってエリザベートは走って逃げた。
「えっ?」
突然のことに驚く。
普通この流れは戦って決着をつけると考えていたからだ。
「どこまで人を馬鹿にするつもりですか」
そう叫びながら追いかける。
「ちょっと待て!」
後ろでクロが何やら慌てて叫ぶが、止まる気にはなれない。
「クロも来てください。エリザベートは絶対に今討ちます」
クロに言いながらエリザベートを追いかける。
しかし数分追いかけてみたものの、結局エリザベートを見失ってしまった。
「おい、ミコト!」
シノを抱いたコヨミが上からとんできた。
「こんなところで一人でどうしたんだ?キョウコは?」
ミコトはコヨミの問い掛けにすぐに答えることができなかった。
「キョウコは?」
ミコトの雰囲気を察して、シノも不安げに聞いてくる。
「すみません。エリザベートに殺されました」
「お前が付いてて何でそんなことになってんだ。女を護るのが男の役目だろうが」
コヨミがミコトの胸倉を掴んで怒鳴る。
「やめて」
シノがコヨミの手にしがみついて止める。
コヨミはそんなシノを振りほどこうとしたが、シノの顔を見てやめた。
シノの大粒の涙を流した顔を見て。
「すみません」
ミコトはただ謝ることしかできなかった。
無力な自分が何よりも腹立たしかった。




