001 お迎え
光が一切入らないせいで、視界は頼りにならない。更に手足は縛られ一切動かすことができない状況で地面に寝転がらされていた。
ただ地面に付いた顔は砂の感触を感じ取ることができた。どうやら意識を失っていたようだ。
「地下牢って感じか。まさかこんなに簡単に捕まるなんて、俺っちも落ちたものだな」
しみじみ思うが、絶望は感じていない。意気揚々と恋人を迎えに行ったサンザだが、今はこうして捕えられている。
「すぐ戻る感じの空気出して来たし、帰らなかったら迎えに来てくれるだろう」
楽観的な独り言を吐き出す。しかしその後何故か自分なしでみんなで楽しく過ごしている映像が思い浮かぶ。
「迎えに来ないかも?!」
「うるせぇな。捕まってるっていうのにどうしてそんなに元気なんだ?」
少しイラついた様子の男が声を掛けてくる。もちろんサンザも人の気配を感じていたので、誰かが居ることは気付いていた。ただあまりに気配が薄かった為、寝ているか死にかけているかだろうと思っていた。
サンザと同じ位置から声を掛けてくることから、看守ではなく捕まった側だろう。
「動けないだけで、身体に損傷はないしな。あんたは元気ないな?」
こんな状況でも声を掛けられたら明るく返すところが、自称の長所だ。
男はサンザと話すつもりはなかったようで、それ以降口を開かなかった。サンザも男を気にするのは辞めて、考えを纏める。何故こうなったのかと、今後どうするのかを。
そんな中ふと思い浮かぶのは、もう少しで取り返せた恋人のことだ。
こうして真の暗闇の中で、三人の人間が囚われていた。
なんとも言えない雰囲気だった。大人三人と子供二人と猫一匹が同じ卓につく。決して家族団欒という訳ではない。
「前までと違った感じで賑やかになりましたね」
カンナが子供達の面倒を見ながら言った。カンナは優しく的確に子供達にご飯を配膳する。大皿で出てきた料理を一皿に集めて簡易お子様ランチの完成だ。
「「お子様ランチだ!!」」
子供達、コヨミと少女は喜んでご飯を食べ始める。
「ゆっくり、よく噛んで食べて下さいね」
笑顔で注意する姿は、流石元天使といったところなのだろうか。
「さて、これでようやく静かに話ができるな」
そう言いながら真面目な空気を作ったのはクロだった。
「いくつか議題はあるが、まずは状況の整理からだ。カンナはもう完全復活と考えて良いのか?」
「はい。ご心配をおかけしました。復活した段階で完全に元通りです」
「そうか。次にうさぎはワタシ達のチームに入るということで良いのか?」
「サンザ様がそうおっしゃっていたのなら、私に異論はありません……ピョン」
「もうその設定は守らなくても良いんじゃないの?」
うさぎは宿に戻ってきてからは、紙袋は被っていなかったが再びバニーガールの衣装を着ていた。その為話し方も設定通りに戻そうとしていたのだが、元々がそういうキャラでないことを知ってしまったミコトは思わず止めてしまう。
「いえ、そういう訳にはいきません。この服を着ているときはこうすると決めているので……ピョン」
「だったらもっと自然に付けろ。逆に気になる」
クロが珍しく人の在り方に意見した。
「わかりましたピョン」
「うむ、次にサンザについてだ」
うさぎの表情が固くなる。
「全然帰ってこないんだけど、遅すぎない?」
食堂の窓から外を見ながら、ミコトが心配気に発言する。
「確かにな。あいつ程の強さがあって、問題もないならこんなに時間がかかるとは考え辛い。何かあったと考えるのが普通だ」
クロも同意する。
カンナは子供達の様子を見つつ、少し考えるように視線を落とす。
「サンザ様は無茶をする方ではありませんピョン。ただ……油断はする方ですね」
「それは安易に想像できる」
クロが即答する。
「迎えに行った方がいいんじゃないかな」
ミコトの言葉に、場の空気が少し引き締まった。
「だが問題は場所だな。どこに行ったのかがわからない」
クロの言葉に、誰も反論できなかった。
サンザの行き先を、誰一人として知らなかったからだ。
その時、うさぎが何かを思い出したような素振りをみせる。
「サンザ様の行き先を知っている人が一人、心当たりがあるかもしれませんピョン」
全員の視線がうさぎに集まる。
「サンザ様と同じ、テムの元で働いていた方です。戦闘員ではなく、お医者様でしたピョン」
「医者?」
「はい。テムのアジトには常駐しておらず、少し離れた場所で診療所を開いていました。サンザ様とは古い付き合いだと言っていました」
ミコトは思わず身を乗り出す。
「その人なら、サンザの行き先を知っているかもしれないってこと?」
「可能性は高いと思います。今回の襲撃も、その診療所までは手が伸びていないはずです」
クロが少し考え込む。
「テムの関係者でありながら、戦闘員ではない……確かに行ってみる価値はありそうだな。サンザのことだけでなくいろんな情報が手に入りそうだ」
カンナも静かに頷いた。
「診療所なら情報を得る場所としては、安全かもしれませんね」
一拍の沈黙の後、クロが決断を下す。
「よし。そいつに会いに行くか」
その言葉に、ミコトの胸が少し軽くなった。
「ただし全員で動くのは危険だ。こちらには子供達もいる」
「じゃあ……」
「ワタシ、ミコト、うさぎ。この三人で行く」
うさぎは少し驚いた様子だったが、すぐに小さく頷いた。
「わかりました……サンザ様の為にありがとうございます」
「決まりだな」
こうして、サンザの行方を追う為の動きが決まった。
誰も口には出さなかったが、全員が同じことを思っていた。
――無事でいてほしい、と。
ミコトは今も不安そうなうさぎを見ながら、そっと拳を握りしめた。
診療所へ向かう道中は静かだった。
人通りも少なく、風が建物の隙間を抜ける音だけが響いている。
沈黙を破ったのは、うさぎだった。
「サンザ様と出会ったのは、この世界に来てすぐの頃でしたピョン」
ミコトとクロは歩みを止めず、静かに耳を傾ける。
「右も左もわからなくて……一人街を彷徨っていました。そんな時に、暴漢に襲われたんです」
うさぎの声は落ち着いていたが、どこか遠くを見ているようだった。
うさぎがこの世界に来たばかりのとき、当然状況が飲み込めず、ただ彷徨うことしか出来なかった。
一人で彷徨うには目立ち過ぎる容姿のおかげで、危険はすぐに訪れた。
突然背後から掴まれ、地面に引き倒される。自分の置かれた状況もわからないまま、恐怖だけが溢れた。
残酷な現実に抵抗する力も持たず、受け入れるしかないのだと諦めた。
その時だった。
「そこまでにしときな」
軽い声と共に、男が割って入った。
剣を抜くでもなく、威圧するでもなく。
ただ一歩前に出ただけで、空気が変わった。
「やめとけ。そいつは、俺っちの知り合いだ」
明らかに嘘だった。けれど、その場にいた誰もが逆らえなかった。
暴漢達は舌打ち一つ残し、その場を去った。
「その人が……サンザ様でした」
うさぎは小さく微笑む。
「助けられた直後に倒れてしまって、気付いたら診療所のベッドの上でした」
「それが、今から行く医者のところか」
クロが確認するように言う。
「はい。サンザ様は、その先生のことを信頼していました。口は悪いですけど、腕は確かだって」
「なるほどな」
クロは納得したように頷いた。
「その時、サンザ様は言ってくれたんです」
うさぎはこの世界で最初の温かさを思い出しながら語る。
「生きてりゃ、良いこともある。今回は少し運が悪かっただけだ、って」
ミコトの胸が、少しだけ締め付けられる。
「その言葉で……この世界で生きようって、思えました……ピョン」
語り終えたうさぎは、それ以上何も言わなかった。
けれど、ミコトには十分だった。
サンザがどんな人間で、なぜここまで信頼されているのか。
「迎えに行こう」
ミコトが前を向いて言う。
「そうだな」
クロが短く答える。
三人は再び歩き出す。
診療所は、もうすぐそこだった。




