008 三つ巴
カンナが目の前で殺されて怒りが湧き上がる。どうして間に合わなかったのか。いつもどうして自分は肝心なときに居たい場所に居ないのか。いつもどうしてと。
「ミコト!目の前の敵に集中しろ!」
リンが叫んだことで、目の前の敵の殺意が自分に向いたことに気付く。
カンナを殺した槍を回収し、男が襲いかかってくる。男までの距離は十メートルほど。すぐに詰められてしまう距離だ。
ミコトは咄嗟に強く願う。この男に消えて欲しい。居なくなって欲しいと。ミコトから光が溢れる。
そして男がそんなミコトに警戒し、突きの速度を上げた。そしてそれが裏目に出る。
ミコトの目の前に大きな金色の門が現れる。それは一瞬で開き、男を飲み込む。門が開くのも一瞬、男が突っ込むのも一瞬。男は避けようがなかった。
そのとき男が何を思ったのかはわからない。恨み言を残す暇もなかった。
門が閉じて煙になり、消える。もちろん男の姿はなかった。
こうして訪れた危機はすぐに消え去った。
「なんだ今のは。まるでデタラメじゃないか。天使の力はこんなにもふざけたものなのか」
リンが興奮気味に言う。それはもはや歓喜ともいえる様子だった。
「誰?」
ミコトがリンに問いかける。まだリンだと気付いていなかった。
「その言動と雰囲気はまさかボスなのか?」
ブイヨンはリンの能力を知っていたし、ミコトより付き合いが長かった為気付くことができた。ミコトはブイヨンに言われてようやく理解した。
「リンさん?どうして小さくなってるの?」
「そんなことは今は重要ではない。天使の力は使いこなせているのか?さっきのはなんだ?あいつをどうしたんだ?」
珍しくリンが質問を重ねる。他人に興味を示すタイプでは無さそうだったので驚く。しかし言われてみれば自分自身でもさっきの門はびっくりした。完全に想定外だった。
「あの男に消えて欲しいって強く思ったら、あの門が出てきたの。私も初めてのことだし、よくわからないよ」
「なるほど。イメージを具現化したということか。それとも今回の場合は願いを叶えたということか。どちらにせよ、恐ろしい能力だ。ミコトのおかげで全員命拾いしたな」
「こっちは三人だし、門が無くても勝てたんじゃないの?」
「いい加減敵の強さがわかるようになった方が良いぞ。おいブイヨン。お前はさっきの奴に勝てたか?」
「すまないが全く勝てる見込みがない。悔しいがあんな化け物と今までに出会ったことはない」
ブイヨンが申し訳なさそうに言う。ミコトから見てもブイヨンはかなりの強者だった。そのブイヨンからしても、さっきの男は圧倒的な強さだったようだ。
「そんなにだったんだね。それで今の状況を教えてもらえる?」
「そうだな。カンナは死んだ。だがあいつは蘇るんだろう?便利なものだ」
「リンさん!」
ミコトが怒る。蘇るにしても、死ぬことが良い訳ない。痛いかもしれない、苦しいかもしれない。
怒られた本人はやれやれといった様子になる。悪気はなく価値観の違いなのだろう。
「そういえばあいつらも死にかけているぞ」
そう言ってリンが指を刺した方向を見る。
「コヨミ!?どうしてこんなところに?というか生きてる?やばい状態じゃない?」
そこにはコヨミと以前テムの手下として出会った女がいた。
今日は驚いてばかりだった。一緒に居た仲間は死んでしまい、久しぶりに再会した仲間は死にかけている。
今の状況を振り返って考えてみる。ミコトが動かなければコヨミを助けることができないのは間違いなかった。そして一つの疑問が過ぎる。
「リンさんはどうして無事なの?その姿になったから?」
「そうだな。推測の通りだ」
「この二人もリンさんみたいに小さくなれば、助けることができるんじゃない?」
「まぁそういうことになるな」
「お願い」
「断る」
「どうして?」
「ワシに何のメリットがある?」
言葉に詰まる。リンは元々仲間ではなく、今回はたまたま助けに来てくれただけなのだ。何かリンに要求を通すすべを考える。
「天使の力欲しそうだね」
「くれるのか?」
「まだわからないけど、今助けてくれたらもしものときの選択肢になるのになと思って」
お互い無言になる。リンが天使の力を欲しがっているのはわかっていたが、流石に無理矢理過ぎたかと別の交渉手段を考えようとした瞬間にまさかの返事が返ってくる。
「仕方がない。今回は貸しということで助けてやろう。そっちの味方じゃなかった方も助けるのか?」
「もちろん」
ミコトの真っ直ぐな眼差しに、リンは鬱陶しそうにしながらも、二人に手を伸ばす。何が起きるのかは誰も知らない。
リンが触って数秒で、コヨミと女は三歳くらいの幼児の体になる。リンより圧倒的に小さくなったが、傷は塞がり命に別状はなさそうだ。
「これってどういう原理?」
「ワシのギフトは生き物の体を作り変えること。健康体なら質量は関係ないが、怪我人は別だ。怪我をしている部分は使えなくなるからな。その理屈から、重症であればあるほど怪我を取り除いて命が助かっても小さくなる。そいつらはかなりの重症だったから、そのザマだ。小さ過ぎてしばらくは自分の意思も持てないだろう。しっかり育てろよ」
リンが笑いながら言う。便利だが万能ではない能力のようだ。しかしこのギフトが異質であることはミコトでも感じる。人を作り変えるなんて、まるで神のようだった。
「もはや探索どころではない。一旦宿に戻るぞ」
目当てのサンザも見つかり、コヨミの無事も確認することができた。カンナは非常に残念な結果だが、今のミコトには待つことしかできない。
「そうだね。戻ろう」
段々とミコトの環境がぐちゃぐちゃになっていく。なかなか落ち着かない心と環境で、より気分が落ち込んでいく。
「早くおきてよ。クロ」
誰にも聞かれることのない呟きが漏れる。
意識のないうさぎと幼児二人を連れて宿に戻るのは、流石に大変だった。




