006 おひらき
崩れていたとはいえ元々が大きな建物だったらしく、探索は時間がかかりそうだった。
大きい物で二メートルくらいの塊も転がる崩壊現場で、二人は存在するかもわからないわずかな痕跡を探す。
探索中ブイヨンは一言も話さない。流石に重たい空気に耐えきれず、会話を試みる。
「リンさんとは長い付き合いなの?」
「半年ほどだ」
「どうして一緒にいるの?」
これはミコトがブイヨンに初めて会ったときから感じていた疑問だ。正直仲が良さそうには見えなくて、何故主として仕えているのか疑問だったからだ。答えて貰えるとは思っていなかったが、何か会話のきっかけが欲しかったというのが本音だったが。
「ボスのギフトについて知ってるか?」
「えっ?知らないかな」
返答が返ってきたことと、想像していなかった内容に驚く。
「私は今は見た目は子供だが、元々は大人だ。この世界では体の強さは戦闘力とは関係ない。しかしやはり大人の体でないとしっくりこないんだよ」
「それとリンさんのギフトに関係が?」
「ボスのギフトは人の見た目を変える能力だ」
「えっ?!そんな大事なこと言っちゃっていいの?」
「特段隠している情報ではないからな。それにそのギフトを求めてやってくる人間も多いんだ。私のように」
薄々感じてはいたが、ブイヨンは凄くマトモな人間だった。
「私からも一つ聞きたいことがある。あなたの性別が前回見かけたときと違うように見えるのだが、何があったのだ?」
見た目を変える為にリンに仕えているブイヨンからすると、非常に興味深いことだったらしい。
ブイヨンから話を振って貰えたことに喜びながら、ミコトの性別が変わった経緯を話す。聞き終わった後、自分にはできない方法だと理解したブイヨンは少しガッカリしていたが、丁寧に御礼を伝えてきた。少しブイヨンとも打ち解けられたような気がした。
会話に一区切りが着いてすぐだった。ミコトは違和感に気付く。
「あそこに何か落ちてる」
服が落ちていた。ブイヨンも気付いていたようだが、何も感じなかったらしい。ミコトが気に留めたのは、ミコトにとって見覚えのある服だったからだ。
うさぎが着ていたバニーガール服とサンザが着ていた騎士服が落ちていたのだ。
「そんな……どうして……」
まるで二人が消滅したかのような痕跡に驚愕する。それ以上言葉が出ないミコトとは反対に、ブイヨンは冷静を保つ。
「これはおかしい」
「えっ?何がおかしいの?」
「この世界で命を落とすときに、服が残ることはない。服や装飾品なども全て消えていることが確認できている。つまり死んだ訳ではないのに、服だけが残っている」
そこまで言われてようやく落ち着きを取り戻した。ミコトが落ち着くのとほぼ同時だった。目の前に裸のうさぎとサンザが後ろを向いた状態で現れたのだ。
「もう無理!」
姿が現れるのと同時にうさぎが叫ぶ。サンザは一瞬で落ちていた剣を拾い、自分の後ろにいたミコトとブイヨンを一刀できるように切りかかる。
ミコト一人だったらきっと死んでいたであろう一撃を、ブイヨンが剣で止める。
そのまま二人は剣の攻防を続ける。ミコトが今までに見たことのないほどの剣技の応酬だった。二人とも剣士としてかなりの高みにいて、ミコトには詳しくはわからないが凄いということだけは理解できた。
「サンザさん!辞めて!助けに来たよ!」
ミコトが叫ぶと、サンザはミコトに気付いたようで動きが止まる。
「あれ?ミコトちゃんじゃん。ひょっとしてあいつらはもうどっか行った?」
「敵はもういないよ」
「早く言ってよ。とりあえず切ろうとしちゃったよ」
サンザが笑いながら言うが、ミコトは笑えない。ブイヨンがこの場にいなければ、ミコトは最初の一撃で死んでいただろう。
リンの訪問時にも思ったが、本当に自分でテムに勝てたのだろうか。
サンザへ現状の説明を簡単に済ませて、苦しそうに蹲っていたうさぎに意識を向ける。服を着ていない為、どうにかしなければと考えたが、既にサンザが動いていた。
落ちていた上着の埃を落とし、うさぎの肩にかけ肌を隠す。
「ありがとう。助かった。うさぎが来なかったら俺っちもやられてたよ」
うさぎはサンザの感謝の言葉を聞き笑いかける。
「良かったです」
そしてそのまま目を閉じ、体の力が抜けて力尽きる。
「うさぎさん!」
ミコトの脳裏に昨日うさぎと一緒に過ごした時間が過ぎる。時間は短かったが暖かな時間だった。また目の前で仲間を失ったと悲しみが訪れる。戦いの場で悲しみに浸っている時間はないとわかっている。わかってはいるが、感情をコントロールできるかは別の問題だ。
「ミコトちゃん……悲しんでるところ悪いけど、うさぎは死んでないし、元気だぜ?力を使い果たして眠ってるだけだよ?」
「えっ?」
「だって死んだら消滅する世界だぜ」
「紛らわしい雰囲気を出さないでよ」
ミコトはサンザに軽く怒るが、サンザは笑っている。ミコトが勘違いしているのに気付いていたが、しばらく様子を見ていたらしい。
「相変わらず悪趣味な男だ」
ブイヨンの呟きは誰にも届くことはなかった。
「ミコトちゃん、うさぎに服を着せてやってくれないか」
ミコトはサンザの提案に頷き応える。今だに二人とも裸の為おかしい絵面だった。何とかうさぎに服を着せ終わるといつのまにかサンザも服を着ていた。服を着たことでようやく落ち着き真面目な話ができる。
「どうして急に二人が裸で出てきたの?」
「うさぎのギフトなんだ」
「裸になるギフト?」
「結果としてはそうなんだけどね」
サンザが笑いながら経緯を説明してくれた。
うさぎのギフトは、自分と自分が触っている生物を消すギフトだった。服は生物でない為、消えずにその場に残る。それが二人が突然裸で出てきたカラクリだった。消えている間は本人も他人も何も感じることはできず、一切干渉ができなくなる。ただしずっと続けられる訳ではなく、うさぎの体力が削られていき、限界が来ると強制的に解除になるらしい。今回は敵が去るまで力が持った為、今に至る。
「それでテムはどうなったの?」
ミコトはテムの最後をサンザに確認する。
「テムの最後は確認できなかった。でも敵の目的はテムの始末だ。既に奴等が撤退していることから目的は果たしたんだと思う」
「つまり?」
「あぁ、テムは死んだ」
「良かった……」
思わず本心が漏れる。この世界に来てから続いた闘いの連鎖が、ようやく途切れた気がした。
「メイは?」
安堵と共にもう一つの心配事を確かめる。
「器は貴重だから、殺さずに連れていかれてるとは思うんだけどな。基本的に器は善人しかなれないのは周知の事実だしな」
「そっか。じゃあ助けないとね」
「いいのか?」
サンザは先程のミコトの安堵を見透かした様に聞いてくる。メイを取り返すということは新たな闘いを始めるということになるからだ。
「もちろん。テムとの闘いが終わってホッとしたのは本当だけど、まだ仲間が捕まってるからね。助けるよ」
ミコトの真っ直ぐな眼差しを正面から受けたサンザは、思わず笑顔になる。
「そうか。やっぱり良いチームだ。うさぎも入れて貰おうかな」
「うさぎさんも歓迎だけど、サンザさんもだよ」
「えっ?」
「サンザさんももう仲間だよ」
サンザが前回クロと軽口程度で話をしていたことを思い出す。
「それは嬉しいね。用事を済ませたら是非そうさせて貰おう」
「用事?」
「あぁ、大切な人を迎えにいってくるよ」
大切な人と言われ、テムに人質に取られていたサンザの恋人だとわかる。
「幸い目星は付いている。テムも居ないことだし、難しいことはない。二人で世話になってもいいかい?」
「もちろん」
「ありがとう。とりあえずうさぎのことは頼んで良いかい?」
「良いに決まってるでしょ。心配しなくて良いから早く行っておいで」
ミコトがサンザを快く送り出す。
「じゃあそうさせて貰うよ。そこのダンナもいきなりすまなかったね。あんたが強かったおかげでミコトちゃんをうっかり切らなくて済んだよ。ありがとう」
サンザが洒落にならない洒落を披露する。
「礼を言われることはない」
ブイヨンが冷たく言い放つ。サンザと仲良くする気はないらしい。その意図をサンザも感じ取ったようで、話を終わらせる。
「さてそろそろ行こうと思うんだけど、クロのだんなは?行く前に挨拶だけしていこうと思うんだけど」
「それがクロは前にサンザさんと会ったときから、ずっと眠り続けてて」
「えっ?それじゃあどうやって戦うつもりだったの?俺っちが言うのも変だけど、もう少し真剣になった方がいいんじゃない?みんな強かったけど、クロのだんな抜きでは流石に勝てないでしょ」
「私もそう思ってたんだけどね。本当に……」
「よくわからないけど、いろいろあったんだね。今は聞かないでおくよ」
サンザが何かを察してくれる。
「それじゃあ。もう行かせて貰うよ。また後でね」
今度こそサンザは出発した。
そしてサンザとうさぎが生きていたという情報共有の為に、一旦カンナ達と合流することにした。
ブイヨンがうさぎを背負う。子供の姿の為お姫様抱っこはできないが、背負うことはできるということで、引き受けてくれた。多分この世界のミコトならうさぎを背負うことはできたが、ブイヨンの気遣いに甘えることにした。
二人がカンナ達の方に向かっていた途中、急に戦いの波動を感じた。敵と遭遇したのだろう。カンナとリンのペアなので、負けるとは思えなかったが、相手も相当な強さだとわかる。
ブイヨンも気付いているようで、二人の行動が一致する。
急いで駆けつけようと足が動く。瓦礫が落ちている似たような光景が続くが、確実に近付いている感覚はあった。
後少し。
ミコトの研ぎ澄まされた天使の感知能力はかなり精度が高い。それはブイヨンを持ってしても並ぶことができない力だった。
そしてその感知能力が一つの気配が消えるのを認識するのと、カンナが目の前で消えるのを見るのは同時だった。
ミコトの力は研ぎ澄まされていく。




