004 生き物係
綺麗な夕日が出始め、街を美しい赤に染める。やはり隣町も西洋風の街並みが形成されていて、綺麗な景色だと感じる。道中の自然だけの美しさも良かったが、自然と人工物の美しいコントラストはそれはそれで落ち着く。ホッとすると疲れがドッと出る。さっさと休みたかったこともあり、一直線に待ち合わせ場所へ向かう。
待ち合わせ場所の酒場に居たのはサンザではなく、異質な存在感を漂わせるバニーガールだった。最初はまさかサンザの使者だとは思わず、スルーしたくらいだ。ただ待ち合わせた酒場自体は人気がないのか、そのバニーガール以外誰も居なかった。
みんなの中でひょっとしてあの人では、という空気になってからも正直声をかけるのは凄く躊躇われた。その理由は豊満な体から色気を全面に出したバニーガールの衣装だったからではない。首から上が問題だったのだ。見た目が悪いとかいう問題ではなく、頭から紙袋を被って顔が見えなかったのだ。
そして何故か声をかける役目はミコトに回ってくる。声を掛けるまでは一切動きがなかったのに、声を掛けた瞬間にスイッチが入ったかのように動きだす。
「皆さんがサンザ様の客人ですかピョン?私はサンザ様の使者で、うさぎと申しますピョン。皆さんのお出迎えを命じられていますピョン」
雑すぎるキャラ設定に軽く引いた。使者を出すにしても、もう少しマトモな人が居るでしょうとサンザを恨む。
しかし少し接してみて見た目と言葉使いのインパクト以外は普通に丁寧な対応だった為、上っ面で人を判断した自分を恥じる。
「本日は皆さんお疲れでしょうピョン。この上が宿になっていて、皆さんのお部屋も用意していますピョン。明日のお昼前にサンザ様が来られるので、それまでは疲れを癒して下さいピョン」
こうして用意して貰った部屋でくつろぐことになった。この宿は人気がない割には豪華だった。ランクの高い宿なのだろう。ここで初めて人気がないのではなく貸切なのではと気付く。
部屋は全員分の四部屋用意されていたが、いつもの様にクロはミコトと同じ部屋で過ごす。と言ってもクロはまだ目が覚めていないので、ミコトはお世話係のような感じだ。
とりあえず部屋に荷物を置き、みんなで夕食を取ることにした。宿の酒場では相変わらず自分達以外のお客さんがおらず、サンザは意外と裕福なのかと考える。料理のレベルも高く、しばらくキャンプ飯だったこともあり、大きな幸福感に包まれる。そして食後は明日の打ち合わせを行う。
「明日の昼にサンザさんと合流して、その後すぐテムと戦うのかな?」
「流石にすぐに戦いにはならないんじゃないかな」
ミコトとユキが明日の流れを確認する。
「まずは現在の状況の共有でしょうね。テム以外にも敵は居てるでしょうし、計画を立てて早くても翌日くらいかと思います」
カンナが補足をしてくれる。ミコトは気になっていたことを話題に出す。
「クロが起きるまで待つんだよね?」
「起きているに越した事はないですが、今のミコトくんの力ならクロが居なくても何とかなると思っていますよ」
珍しくカンナが冗談を言ったと感じた。
「前もそんなこと言ってたけど、もうそろそろ真面目に話さないと」
「ずっと真面目ですよ?」
カンナが心から不思議そうにする。こうなると流石に冗談ではないと判断する。
「私がテムに勝てるなんて、流石に信じられないよ。一回殺されてるんだよ?」
「前回の段階ではまだ届いていませんでしたが、今なら十分勝てると思いますよ。クロも言っていたでしょう?」
確かにクロも言っていた気がするが、あれはミコトのヤル気を出す為のリップサービスだと思っていた。そんな流れになっていたことに今更驚く。自分ではテムに勝てるとは思えなかった。助けを期待してユキに意見を求める。
「ユキちゃんはどう思う?私がテムに勝てると思わないよね?」
「正直もうミコトと私の力の差が大きくなり過ぎてて、はっきりとはわからないかな。でも簡単に負けるとは思わないし、どちらかと言えば勝てそうかなって思う。力になれなくてごめんね」
ユキはミコトの真意を察した上で、求めた答えではないことに謝罪をする。ユキまでテムに勝てると思っていたことに驚愕する。ましてやユキより強くなったとすら思ったことなどなかったのに。
確かに天使の力を使い始めてから、強くなったという自覚はあった。身体能力の向上も感じたし、天使の力自体が強かった。
自分の考えていた成長より、周りが評価してくれている成長の方が大きかったのだ。
流石にミコトにも、これ以上は断れないとわかる。クロが寝ている以上、ミコトがやらなければ目的は達成できない。
しかしそんなにすぐに覚悟もできなかった。
「やらないといけないのはわかったよ。でもまだ覚悟はできていないから、もう少し待って欲しいな。ひょっとしたら明日の朝にはクロも目が覚めているかもしれないし」
これが今のミコトの精一杯前向きな答えだった。それを察して二人は答えてくれる。
「わかりました。急に覚悟を決めるのは確かに難しいですからね。明日の朝また話し合いましょう」
「大丈夫だよ。ミコトならできる。だっていっぱい努力してきたでしょ。力になれなくて、本当にごめんね」
カンナとユキのそれぞれの優しさに甘える。
これで夜の会議が終わる。
部屋に戻ってもどうもスッキリしない気分だった。しかしそこで不意に、うさぎから聞いた宿の説明を思い出した。
「この宿には大浴場がありますピョン。是非入ってみて下さいピョン」
とのことだった。せっかくなのでお風呂に入って気分を変えようと思い、ユキも誘うことにした。ユキの部屋の扉をノックしてみるが返事がない。出掛けたのか寝てしまったのか。
しつこくしても仕方がないので、一人で行くことにする。
この宿の大浴場はかなり豪華なようで、久しぶりのお風呂に気分が上がる。この世界にはシャワーも大浴場も存在するので、意外と便利だ。しかし流石に今日まで移動してきた道には当然そんな設備はない。川などで水浴びをしていたが、やっぱりお風呂が一番だ。
そもそも男だったときは大浴場には行く気にならなかったので、この世界に来て始めての大浴場だった。予想していた通り脱衣所には誰も居らず、貸切だった。
久しぶりに湯船に浸かりホッとした時間を満喫していたとき、誰も居なかったはずの背後から急に話しかけられる。
「お湯加減はどうですか?……ピョン」
びっくりして滑って少し体が沈みかけるが、すぐに体勢を整え後ろを振り返る。
「うさぎさん!びっくりさせないで下さいよ」
うさぎが服のままミコトの背後に立っていたのだ。
「せっかくなので、お背中でも流させて頂こうかと思いましてピョン」
「そんなのいいですよ」
お風呂場にいるバニーガールというこの異様な光景だけのせいではないが、普通にお断りする。
「そう言わずにピョン」
何故か押しが強いうさぎだが、ミコトは凄く断りたかった為、少し意地悪な返しをする。
「服を着たままでお風呂はマナー違反なので、大丈夫ですよ」
チラッと紙袋を見る。まさかこの紙袋は外さないだろうとたかを括っていた。しかしまさかの返答が返ってくる。
「わかりましたピョン。急いで脱いできますので、少々お待ち下さいピョン」
「えっ?」
うさぎは脱衣所に入っていく。まさかの展開に焦る。どこか隠れられる場所、と周りを確認するが当然ない。それならばここから脱出を、と考えるが窓もない。そうこうしている数十秒でうさぎが出てくる。
当たり前だが全裸だった。そして紙袋もなく、初めて顔を観る。髪は綺麗な白に近い金髪のショートカットで宝石のような青い瞳が印象的な美人だった。
同性のミコトから見ても豊満な破格のスタイルで、上から下までトータルでドキドキさせられる見た目だった。
「そんなに美人なのに、どうして顔を隠しているんですか?」
思わず聞いてしまうが、うさぎは不思議そうに当たり前のように返す。
「あんな恥ずかしい格好をしているのに、顔まで出せる訳ないじゃないですか」
「えっ?」
微妙な空気が流れる。しかしうさぎは気にせずに目的を果たそうとする。
「さぁこちらへ。お背中流させて頂きます」
油断しているのか服を脱いだからかなのかはわからなかったが、語尾のピョンがなくなっていたことには突っ込まなかった。
「力加減如何ですか?」
「ちょうど良いです。ありがとうございます」
本当に背中を洗って貰いながら、ミコトは深く考えることをやめた。やってくれるというならやってもらおうと開き直ったのだ。
ましてやサンザの使者なので、敵ではないのだから。ミコトの番が終わったので、代わろうと声をかける。
「ありがとうございます。次は私がうさぎさんの背中を流させて下さい」
自然な流れだと思い提案したつもりだったのだが、思わぬ返事が返ってくる。
「えっ?結構ですよ。初対面の方にして貰うことでもありませんし」
盛大な梯子外しだった。ではミコトは何だったというのか。ただの厚かましい人間に成り下がったミコトが落ち込んでいると、うさぎが笑い出す。
「申し訳ありません。お客様相手に少し意地悪を言ってしまいました。もしよろしければお言葉に甘えさせてもらってもいいですか?」
美人が笑うとこんなにも綺麗なのかという驚愕と、受け入れて貰った喜びで、ミコトも笑顔になる。
最初はどうなることかと考えたが、意外と仲も良くなり楽しい時間を過ごせた。気を張る出来事が多いこの世界でこんなにもほのぼのとした時間を過ごせて、暖かい気持ちになる。
この時に聞いたことだが、うさぎは普段はバニーガールの格好はしていないそうだ。今回ミコト達のお迎えは極秘任務だった為、変装してというサンザの提案でバニーガールになったとのことだった。
可愛いけど、可哀想にと少し同情した。
お風呂から出てうさぎとも別れ、部屋に戻る。ベッドでは相変わらずクロが気持ちよさそうに寝ている。これでクロ曰く、気を失っているだけで、睡眠のような快適さはないとのことだった。
どう見ても気持ちよさそうにしか見えないが、本人が言うならそうなのだろうとツッコむ気にならなかった。
久しぶりにお風呂に入ったからか久しぶりのベッドだったからなのかはわからないが、その日はぐっすり眠れた。
そして朝になり下層に朝食を食べに降りる。この世界に来てから朝食と夕食は仲間と食べることが多く、そのお陰で寂しい思いをすることはなかった。
いつもカンナとユキは、ミコトより早く席に座っていることが多かった。しかしその日はカンナしか居らず、珍しいなと思った。
違和感ならあった。確かにあったはずなのにと自分の呑気さを悔やむ。
その日ユキはミコト達の目の前から姿を消した。




