011 クロ歴史⑥
day 5 〜後編〜
意識を失ってからの数分が今は何時間にも感じた。
大切な者は護る。自分の命も護る。今までそうして来たのだから。
結局護ることが出来なかったくせに。
沢山のものを失ってきた。決して満点の結果だけを出してきた訳ではなかった。
だからこそ次は失わない。その気持ちが強くて、今のギフトを導いたのだろう。欲しいものを引き寄せる能力。サンザですら勘違いした能力の本質。
探すのではなく引き寄せる。似ているようで全く違う能力だ。
クロのギフトが意味を成すのはもう少し先の話になる。
クロが目覚めたとき、宿の方からは戦いが始まっている気配を感じた。
そしてその中には大切な自分の器の気配も感じる。
「あいつはまた危ないことをしよって」
独り言を呟きながら、急いで駆け付ける。
ようやくミコトの姿を見つける。ユキも居るが敵の数は五人と戦況が良くないことは明白だった。
「お前はいつもピンチだな。もう少し安全に過ごせないのか?」
こういうときのミコトに話しかけるときは、まるで子供を見護る親のような気持ちになる。ただその例えで済ませるにはあまりにも危険の度合いが高過ぎるのだが。
とりあえずダークで大きな矢を作り、敵全員に不意打ちで攻撃する。三人は倒せたが、二人には躱わされた。
またしても強い奴がいたことに感嘆する。
世界は広く、大きい。
この世界も、自分が元々居た世界も、知らないことが多過ぎる。
何が天下人か。小さな国の頂点に立っただけで、自分はいかに矮小なのか。
自分はまだまだ沢山のことを知ることができる。楽しくて仕方がなかった。
とりあえずこの場を切り抜けたら、しなくてはいけないことが山積みだった。
青髪のジルと呼ばれる女が自分に襲いかかってくる。何か機嫌を損ねたらしい。昔からこういうことはよくあった。相手が何故怒っているのかわからないのだ。
そうこうしている内にテムまで来た。あいつは城に帰ったのではないのかという疑問もあるが、とりあえずそれは後回しだ。
今はタイミングが悪い。ジルに足留めをされていると、ミコトがテムに向かっていこうとしていた。
何故今勇んで立ち向かおうとするのか。ミコトは確かに才能があり、強くなったしまだまだ強くなる。
しかし今はまだテムと対峙してはいけない。
「よせ、ミコト。お前が勝てる相手ではない。ワタシがやる」
クロの叫びはミコトに届かない。クロ自身の実力が足りない為だ。
ミコトの最高の一振りがテムに向けられる。
テムの悪意がミコトに向けられる。
シャインはダークを全て無効化するが、通常の武器は無効化しない。戦うことが上手いテムがこの弱点を突かない訳はなかった。
ミコトの胸に剣が刺さっていた。
「ミコト!」
クロの叫びは届かない。
ミコトの体が光始める。この世界からの退場である。
「いっ」
ミコトが最後に何かを言いかけた。しかしクロがその言葉を聞くことはなかった。
ミコトの体が消え、そこにはカケラが残る。
テムが勝ち誇り笑いながらクロに話しかける。
「どうだ。これが余と貴様との差だ。たまたま余と違う時代、違う場所に産まれただけの偽りの王だったようだな。身の程を知れ」
しかし今はテムの言葉はクロの耳に入らない。
また失ってしまった。
テムを許せない。許していい訳がない。
ワタシを誰だと思っているのか。相手が誰であろうと関係ない。こいつら全員を倒さなければいけない。力が欲しい。獣堕ちも人間も全てを倒す力が。
「ワタシは……俺は力が欲しい。さっさと寄越せ」
誰かが居た訳ではない。確証があった訳でもない。しかしそれはクロの求めに応えるように始まった。
倒壊した宿に残っていたカケラ、ミコトが残したカケラの光が黒い光となる。そしてその光は次第に渦になり中心へと集約し始める。
もちろん中心に居るのはクロだ。
その異様な光景にテムですら動けずに傍観する。
全ての黒い光がクロに入った瞬間にクロが光り始める。もちろん黒い光なので、眩しい訳ではない。しかしその瞬間を直視できたものは居なかった。
そこに現れたのは黒い羽の翼を生やした擬人化したクロだった。服もいつもの浴衣ではなく、黒いドレスだった。
宙に浮いている状態で、まるでこの世界の遺物かのような存在だった。
誰もが今起きたことを理解出来ずにいる中、クロとテムだけは違い心当たりがあった。獣堕ちの二人はこの世界に来たときに、似た存在に出会っているのだ。
ただその時に出会った者は天使と言われれば疑うことのない存在だ。
しかしどうだろうか。今のこの姿はまるで。
「まるで堕天使のようではないか」
テムの呟きを聞いた者はいなかった。
そしてそんな中、ジルが金縛りが解けたかのように動き出す。
「なんだ。猫の正体は女の子でしたってか。しかもメイクアップも決めましたって、ここは戦場だぞ。死ねこら」
暴言と共にクロに斬りかかる。しかし先程までのような接近戦になることはなかった。
クロがジルを一瞥し、羽を一度羽ばたかせる。その動作だけでジルは消滅し、そこにはカケラが残る。
「ここまでの力なのか。貴様一体何をした」
それはテムが初めて見せた焦りだった。そしてクロがその問いに応えることはない。
クロがそっと右手でテムを指指す。そして意識を強く見つめる。ただそれだけで、まるで透明なショットガンのような攻撃が飛ばされる。
距離があったこと、テムの高い戦闘力と勘によって、見えない攻撃が避けられる。
しかし足に掠ったようで、テムの左足が少し削れ血を拭く。
そしてテムは判断する。
「お前達時間を稼げ」
テムが連れてきた二人の部下とマウイがすぐさまにクロに襲いかかる。三人が同時に三方向からクロに攻撃を仕掛ける。
今までのクロであればこの多数の攻撃は決して余裕のあるものではなかったはずだ。しかし今のクロには造作も無いことだった。
ヒラリヒラリと羽が舞うように三人の攻撃を躱わす。そしてクロが両手を上げると、クロの周りを取り囲んで居た三人の敵が消滅する。
そしてその攻撃は範囲の狭い訳ではなく、近くにいたユキを巻き込まない配慮の結果だった。
あまりの出来事に静寂が場を支配する。
クロがテムを再び見つめる。しかしテムもここで諦めるようなことはしない。念の為と用意してきた切り札を出す。
「全員出てこい。一秒でも長くこいつを足止めしろ」
呼び掛けと同時に二十人程の忍が現れる。以前カンナを足止めした者と同じ強さの者達だった。
忍達が連携を取りながらクロに襲いかかる。その間テムは逃げに徹する。クロが忍達を消していく姿は、まるで少女が紙吹雪を舞わせて遊んでいるかのような光景だ。
かなり強い者達ではあるが、一人また一人と消滅していく。これまでの戦い方を見ていたお陰で一度に全滅するような距離感は取らない。ただどれほど強い人間が居たとしても、今のクロの前では無に等しかった。
一分、たった一分。しかし今のクロからその時間を稼いだ彼らは賞賛されるべき存在だ。
そしてテムの姿はもうなかった。
「クロ……」
ユキはクロに掛ける言葉が見つからなかった。
「気に病むな。決してお前の責任ではない。ワタシの責任だ。そしてあいつにはこの落とし前は付けて貰う」
クロが両手で丸を作り、テムが逃げた方に向ける。そして意識を集中し念じる。その瞬間、まるで見えない大砲が発射されたようになる。
それは確実にテムの命を刈り取る一撃のはずだった。
しかしクロはそうならない違った感覚を感じとる。
「邪魔が入った」
「えっ?」
邪魔をした原因を確認しようと翼を羽ばたかせようしたとき、限界を迎える。口から血が溢れ出す。
「かはっ。なんだ……」
(もう限界ですよ。人の身で在りながらこれ以上この力を使うと、あなた自身が消滅してしまいます)
クロの頭に直接話しかけてくる聞いたことのある声。次の瞬間クロは再び黒い光に包まれ、いつもの獣の姿に戻る。
そしてそこにはクロが一度取り込んだ大量のカケラとカンナが居た。
「カンナくん!?どうして?」
ユキが驚き声をあげる。
「説明は後です。とりあえず今はこの場を片付けましょう。クロのお陰で脅威は去りました」
「ふざけるな。後少しだったんだぞ」
クロがカンナに悪態をつく。
「その前にあなたの限界が来てましたよ。もう十分でしょう」
「まだだ。ワタシはミコトを失った。やっと見つけた相棒だったんだぞ」
このときクロは無意識に強く願った。ミコトが戻ってくるようにと。偶然にも今ここにあった百個のカケラといき過ぎた力が奇跡をおこす。
突如クロの前に台風のような風の渦が発生する。中心に向かってカケラが集まり始め、周りのカケラが全て集まったとき、白い光が発生する。
そしてそこには、メイと同じ制服を着た少女が居た。
「あれ?クロ?こんなところでみんな何してるんですか?」
「誰?」
初めて見る相手にユキが疑問を口にするが、クロには確証があった。
「ミコト。戻ってきたのか」
「戻ってきたってなんですか?今の状況がよくわかってないんです。というか何か体に違和感が……あれ?!女の子になってる!どうして!?」
「全くお前は騒がしい奴だ」
クロは珍しく安堵の気持ちを出す。そして疲労もあったのだろう。そのまま意識が遠くなっていく。
後処理がまだ残っているのにと思うが、抗うことはできない。
クロは完全に意識を失った。
しかし不安に思うことはなかった。
今は仲間がいる。そして何よりミコトがいた。
こうしてクロがミコトと再び出会えた一日が終わる。




