010 クロ歴史⑥
day 5 〜前編〜
朝早くに目が覚める。この世界に来てから、睡眠時間が短くなっていた。それは猫だからなのか、それとも擬人化のときに強制的に意識を失っているからなのかはわからない。
そう、この世界のルールはわからないことが多かった。そして、わからないことは致命的な弱点だと考えていた。
今日はその弱点を減らす為の行動を起こす日だ。最近は攻めの活動が続いている。良い傾向だ。
隣で寝ていたミコトを起こさないように部屋を出る。ただ静かにしなくてもミコトは起きないと思う。平和で良いことだ。
宿を出てリンの店に向かう。今日はお行儀良く訪問する気はなかった。無理矢理にでも会うつもりだ。
リンの店に着いて感じたことは、気配がないだった。今まではリンの返事がなくても誰かがいる気配は感じていた。しかし今日は誰の気配も感じなかった。
「これは流石に本当に留守か……」
朝早くから予定が狂ってしまった。しかしそこで諦めないのがクロの強さだった。
「そうだ、テムの城に行くか。あいつならいろんなギフト持ちを囲ってそうだしな」
まるで友達に対する態度のようだが、クロは疑念を浮かべない。
「そうと決まればさっさと行くか。朝早くに出て良かった。ちょうど向こうに着く頃には良い時間だろう」
街から三十分程行ったところに数日前にも訪れたテムの城があった。
入り口は正面の一つだけだったが、正直に入り口から入る必要はなかった。
猫の体のポテンシャルの高さは人間の比ではなく、特に柔軟性、俊敏性をとれば侵入という点において不可能はなかった。
ゴツゴツした壁を勢いも付けずに登り、敷地に侵入する。
前回は城を離れたところから見ているだけだったが、実際に侵入してみると出てくる感想は「古いな」だった。
この城はテムが建てたものではなく、前に誰かが使っていたものだろうと思う。
奪ったのか余っていたのかはわからないが、この世界は長居する前提では構成されていないので珍しい。
近くで見た城は三階までありそうな大きさだった。ちょうど二階の窓が開いていたので、そこから中に入ることにした。
窓から入ると、そこは寝室になっており、とても優雅で綺麗に整えられていた。ただ使用している形跡はなく、まるでこれから新しい主人を迎えるような感じもした。
部屋の感じから女性用に用意された部屋だろうと推測する。そして一際目立ったのは部屋の中央に無造作に置かれたカケラの山だった。まるで誰か器に持たせるかのような量に驚く。
「テムの奴、こんなに溜め込んでいたのか」
もちろんこれで全てではないだろうから、驚異的な組織力だ。
「やはり一人で集めるには限界があるな」
今後の進め方の参考にする。
とりあえず情報を集める為に部屋から出る。今テムがこの城にいないことは確信していた。
獣堕ち同士がこんな近くに居たら流石に気配を感じることが確信の理由だ。
下の階から人の気配を多く感じた為、下に向かう。一階の玄関ホールでは使用人らしき者達が慌ただしく作業をしていた。廊下からその様子を観察してみる。
「皆さん急いで下さい。もう少しでテム様が器を連れてお戻りになられます。最高の状態でお迎えをしますよ」
執事長のような男が指揮を取り準備をしているようだった。
「テムがもう戻ってくるのか。それは不味いな。早く目的を果たして帰るか」
クロは独り言を呟いたつもりだった。
「そんなこと言わずにゆっくりしていけばどうだい?」
意図せず会話が成り立ち、流石のクロも驚き咄嗟に後ろを振り向く。ダークで作った鎖鎌を二つ同時に左右から挟み撃ちに狙う攻撃のオマケつきだ。
しかし相手は手に持った二本の剣でそれぞれを簡単に防ぐ。
敵の接近を許したことを反省する。ただこの世界には獣堕ち以外にも強い奴が多過ぎるのではとも思う。
何故か男は攻撃してくる素振りを見せない。
「誰だお前は」
クロが問う。
「いやいや、それって俺っちのセリフじゃない?」
男は少し笑いながら答える。上下白黒のダイヤの柄の服に身を包み、顔を白い化粧で塗った姿はまるでピエロのようだった。化粧のせいで年齢まではわからないが、かなりの強者だということはこれまでの振る舞いで理解できる。
「敵対する気はないのか?」
「平和主義なのさ」
軽薄な答えに聞こえるが、実力は軽くない為倒すのではなく利用することにする。
「お前の名前は?私の名前は」
「クロだろ?知ってるよ」
クロが名乗る前に先に名前を出される。
「ワタシはそんなに有名なのか?」
「そりゃそうでしょ。テムのダンナと同じ獣堕ちで、一度やり合って生きてるだけでも珍しいのに」
「それでお前は名乗る気はないのか?」
「隠す程の者でもないんでね。俺っちはサンザっていうんだ。よろしくな」
相変わらず表面上の軽薄さが消えることのないサンザの扱いに一考する。しかし次の切り返しはサンザから出された。
「あんたはテムのダンナを倒しに来たのか?」
「そうだと答えれば対応を変えるのか?」
「そういうつもりじゃないさ。ただ目的が気になってね。こんなガチガチに護られた敵の本拠地に潜入する理由はなんだろうってな」
実際ギフトを探しに来ただけなので、隠す必要もなかった。サンザの反応で目当ての者がいるかどうかも見当がつく。
「他人のギフトの内容がわかるギフトを持っている者を探している。そんなギフトがあるかどうかもわからんが、多分あると思ってな」
「その根拠は?」
「勘だ」
「わざわざここに来た理由は?」
「それも勘だ」
サンザが心底おかしそうに笑う。
「どうしてこうも獣堕ちになる人間っていうのはとんでるんだろうか。実に面白い」
クロは言葉の意味がわからないが、悪意は感じなかったので賛称として受け取る。
「それで知らないか?それに近いギフト持ちでもいいんだが」
サンザの雰囲気が一瞬変わる。
「あんたの探してるギフトは存在するよ。目の前に」
クロは自分自身の運は良い方だと感じていた。もちろん天下統一を成し遂げた人物なのだから、当然といえば当然だったが。
しかし欲しがったものが、こうも簡単に目の前に現れるのは想定外だった。
「つまりお前は人のギフトの内容がわかると?」
「そういうことだね。対面限定の能力だけどね。ただの道化じゃなかったでしょ?」
サンザがしてやったりという顔で笑う。
「そうか。それなら頼みがあるのだが、ワタシのギフトの内容を教えてくれ。思ってたのと違うみたいなんだ」
「この状況で真っ直ぐな頼み方だね。駆け引きはしないのか?」
「協力する気があるからワタシに声を掛けているのだろう?だとしたら余計な駆け引きはいらん」
サンザは相変わらず上機嫌だった。
「それもそうだね。確かに元々協力するつもりだったよ。ただ見返りは欲しいんだけどね」
「それも当然だ。もちろん褒美はとらせる。何を望む?」
「テムを倒して欲しい」
サンザのその言葉に一切のふざけはなく、真剣そのものだった。
「良いだろう。元よりそのつもりだ」
クロが力強く答える。
サンザが真っ直ぐクロを見つめる。
お互い目で約束を取り付けた。
「それで早速だがワタシのギフトを教えてくれ」
サンザがクロに手を伸ばす。それが必要なことなのだろうと接触を許す。サンザの手がクロの頭の上に乗る。
クロの意識がそこで途切れる。
前日にも感じた感覚と共に目が覚める。クロは人間の姿でベッドの中にいた。すぐに状況の把握に努める。
クロが居るのは程よく優雅な部屋だった。この状態でベッドで寝ていたことから、罠に嵌められた訳ではないのだろう。
わからない点はまだあった。何故擬人化しているのかだ。擬人化の前は予兆があり、いきなり意識を失うことはなかった。
「良かった。目覚めたんだね。急に擬人化するから驚いたよ。クロのだんなはそういう体質なのか?」
「ワタシ自身こんなことは初めてだ。逆にお前のギフトの力の可能性が高いと思うが」
「俺っちも獣堕ちに力を使ったのが初めてだったからね。獣堕ちに対してはこうなのかな?」
「まぁいい。ちなみにここは?」
「ここは俺っちの部屋だよ」
このような部屋を与えられていることから、サンザはそれなりのポジションの人間なのだろう。
「それでワタシのギフトの内容はわかったのか?」
「わかったよ。だんなのギフトは欲しいものを探す能力だな。ただ探せるのは常に一つだけみたいだけど。当たりな方のギフトだと思うよ」
「欲しいものを探すギフトか。そんなにミコトを欲しがった覚えはないのだがな」
「ちなみに体の調子はどうだい?多分そろそろ帰った方がいいんじゃないかな?そろそろテムのダンナも帰ってくると思うし」
「そうだな。今日はありがとう。ちなみに人を探すギフト持ちはここには居ないか?」
「欲張りだね。もう次の欲しいものか。残念ながら、そのギフトはテムの仲間には居ないよ」
「そうか。そういえばテムは今日はどこに行ったんだ?」
「少し前にボコボコにされた借りを返しに行くって言ってたような。確か名前はカンナとかいう男だったかな」
「もっと早く言え。ワタシの仲間だ。ワタシはどれくらいの間意識を失っていた?」
「忙しいねぇ。十分くらいだよ」
「また来る。世話になった。じゃあな」
少女の姿でも身体能力は高く、侵入は難しくても脱出は容易だった。クロはサンザの部屋の窓から外を確認する。二階だったので躊躇うことなく飛び出していく。
今から宿に戻っても昼前になってしまうだろう。しかしクロは人間の姿で可能な限り急いだ。
「クロのだんなは人間の姿のときとのギャップがデカいな。まさかあんな可愛い姿になるなんて」
クロを送り出したサンザが楽しそうに独り言を呟き笑う。
もう少しで街に辿り着くといったころに、クロの体に異常が発生する。イレギュラーで擬人化をした反動で、急に猫の姿に戻ったのだ。
当然意識も刈り取られる。
クロが目を覚ますのは数分後にはなる。
しかしその数分が運命を左右する。
それはどの時代であっても変わらない、人が抗うことができないものとの戦いなのかもしれない。




