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異性転生  作者: 貴志
第三章 クロの時間
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008 クロ歴史⑤

day 4 〜前編〜


 朝早くの訪問者だった。一応扉に鍵はしているが、まるで何も遮るものがないかのように普通に入ってくる。


「かなり早いんだな」


 クロは突然侵入してきた見知った相手に警戒するでもなく、素直な感想を伝える。


「少し遠いので、ミコトくんは寝たまま移動しておいた方がいいかと思いまして。すみません、起こしてしまいました?」


 燃える炎のような情熱的な赤色の髪を持つ男は優しく伝える。

 正直カンナがクロの半径五m以内に入ってくれば、その異常な存在感に寝ていても自然に目が覚める。

 しかしそれは悔しいので強がって答える。


「いや、元から起きていたさ。ワタシは早起きなんだ」


 朝からそんなやりとりを繰り広げるが、カンナも予定がある為早々に切り上げる。


「それではいってきます」


 カンナはミコトをお姫様抱っこして去っていった。

 あんな運び方をされて、どうして起きないのかと心から不思議に思う。




 静かになった部屋で今日の予定を組み立てる。

 リンとの接触は諦めて、他の案を試す。


 この街には有名なギフト持ちが複数いた。その中の一つに、見た人間の前世の名前がわかるギフトを持つ者がいた。


 今日はその者に会いに行くことにした。

 事前に得た情報によると、非常に変わった女で会話がマトモに成立することが少ない変人だそうだ。


「とりあえずそのギフトをワタシの探し者に手伝ってもらうことが今日の目的だな」


 改めて口に出すことで、目的を明確にする。


 ちなみに今日はこの後に二度寝をしたので、動き出したのは昼前になった。


 クロが向かったのは歓楽街で、探し人はそこで有名な遊女だということだ。

 普通は歓楽街が活気づくのは夜だが、この世界では昼でもそこそこ需要があるとのことだった。


 今までに行ったことのないエリアだったが特に警戒はしていなかった。

 自分の強さには自信があったし、そもそも猫の姿であることから、潜入にも自信があった。


 早速歓楽街へと向かう。初めて歓楽街を観た感想は「小さな遊郭だ」だった。

 ここまでヨーロッパを基調にした文化が根付いていたのに、歓楽街となると急に和のテイストが強くなったことに困惑する。


 この遊郭も壁に囲まれていて入り口は一箇所しかなかった。

 入り口の近くでしばらく人を観察していると、ベロベロに酔っ払った男が二人ふらつきながら歩いていた。

 この世界に来てから酔っ払いの話し相手になることが得意になったクロは、早速情報収集に取り組む。


 数組から集めた情報は以下の三点だった。


 この遊郭には十件の料亭が存在し、昼に空いてるお店は三件だけとのこと。

 一番人気の料亭は『金猫』といい、昼も開いている内の一件とのこと。

 そしてその金猫に所属する一番人気の花魁が前世の名前がわかるギフトの所持者だった。


 ちなみにどうして日本仕様の遊郭が流行っているのかと訪ねたところ、日本の性産業は全世界で人気だからと答えが返ってきたときは頭を抱えた。


「もっと誇れることが他にあるだろう」


 思わず口に出るが、自分自身でジジ臭く感じた為すぐに気持ちを切り替える。


「まぁ良い。早速会いに行くか。待っていろ、ローラ!」


 日本仕様の遊郭で一番人気の花魁の名前がローラということで、クロも最初はかなり驚いた。

 しかしこれもこの世界ならではの面白さと楽しむことにした。


 ギフトの詳細については、ローラが客の席に入るときに、前世の本名を読み上げるのだという。

 例え偽名で入ったとしても、誰にも本名を伝えていなくても、強制的に名前の読み上げが行われることから、名前を人に言えない人間は客として来ない仕組みが出来上がっていた。


「面白い。カケラをお金の代わりにしているようだし、最悪買収もしやすそうだ」


 光秀が客としてきている可能性はほぼないだろうが、ローラを連れ出すことで光秀を見つけることは容易だろうと考える。


 そしてとりあえず店に向かう。




 金猫は想像より遥かに小さかった。一番人気の店だと聞いていた為、大きな規模の店をイメージしていたが、実際は一組くらいしかもてなすことができないように感じる規模だった。


 クロが店から少し離れたところから中の様子を伺っていると、店の周りを掃除している少女がいることに気付く。禿だろうか。十歳くらいで綺麗な赤の着物に身を包み、黒の髪をショートボブにした品のある少女だった。


 とりあえずもう少し近付いてみる。店の入り口まで来たところでもう一度中を確認する。店の中には人が数人いる気配を感じる。そのまま店の中に入ろうとした瞬間。


「あっ猫ちゃんだーー」


 外にいた少女がクロを発見し、駆け寄ってくる。そしてそのまま抱きしめられる。


「可愛いーー」


 急に猫に抱き付くなんて、猫の扱いを知らない少女だとクロは思う。これが本当の猫だったら、引っ掻かれて少女は怪我をするところだ。


 少女はクロを抱きしめたまま店に入る。


「みんな見てーー。猫ちゃんがいたよーー」


 大声で他の者を呼ぶ。

 するともう一人の禿と年齢的に女将であろう女性が出てきた。もう一人の禿は先に居た少女と同じ服装と髪型だが、髪の色は金色だった。

 女将も昔は大層な美人だったのだろう、今も溢れる魅力が特徴的な金髪の女性だった。


「これカナ、猫ちゃんを勝手に捕まえてきてはいけませんよ。マナも早速猫ちゃんで遊ぼうとしない」


 黒髪の少女はカナ、金髪の少女はマナとそれぞれ呼んでいた。


「でもアエリアさん。この猫ちゃんとても可愛いの。ほら」


 マナが女将をアエリアと呼び、クロを見せる。どこかのタイミングで獣落ちだという必要があった為、クロは今を選択する。


「盛り上がってるところすまんが、少し用があるのだが」


 クロがアエリアの方を向くのと話し掛けるのはほぼ同時で、余程びっくりしたのかアエリアはかなり驚いた顔をみせる。

 そしてマナも驚き思わずクロを落とすが、難なく自分で着地する。

 驚いていなかったのはカナだけで、「猫が話し出したーー」と言ってゲラゲラ笑っていた。




「それで何の用でしょうか?当店は獣落ちのお客様をお迎えした経験はなく、おもてなしに自信は持てませんが」


 一通り驚いた後で、接客モードに変わった女将がクロに尋ねる。

 アエリアの後ろではマナとカナが礼儀正しく控えている。

 「すまんが客としてきた訳ではなくてな。ワタシはクロという獣落ちだ。実はこの店の遊女のローラに会いたい」


「客じゃん」


 カナがボソっと言うのが聴こえる。


「確かに客みたいな言い方をしてしまったが、本当に違うんだ。ローラは人の名前がわかるギフトを持っていると聞いた。それで聞きたいことがある」


 ここまでいうとアエリアは何かを接した様だった。


「そういうことですか。本来ならそのような理由ならお客様として通って下さいとお伝えするところですが、猫ですもんね」


 アエリアは少し悩んだ後にこう付け加えた。


「それでは今回だけ特別ですよ。ローラを呼んできます。マナとカナはクロ様を待合室へ案内してちょうだい」


 アエリアはローラを迎えにいってくれたようだった。残されたマナとカナはしばらくクロを見つめた後に待合室と呼ばれる部屋へ案内してくれた。


「「こちらでお待ち下さい。お客様」」


 二人はクロを部屋へと案内した後に姿を消す。

 待合室は広くはないが、とても綺麗で品のある和室だった。

 それから五分もしない内に部屋の扉がノックされる。


 扉が開いてからのローラの登場は圧巻だった。下駄は履いていないが、マナとカナを引き連れ歩く姿はまさに太夫と言っても過言ではなかった。

 ローラは銀色の髪に青の着物を着ていて、クロですら思わず見惚れてしまう美貌があった。

 そして更に衝撃的な瞬間が訪れる。


「ようこそいらっしゃいんした。織田信長様」


 予想していたことではあった。名前がわかるということは当然自分も例外ではないということは。

 この世界に来てからは一度も生前の名前は名乗っていないし、呼ばれたこともなかった。

 特に意図があった訳ではないが、あえてそうしていた。

 久しぶりに自分の名前を呼ばれ、目が覚めたような感覚になる。

 自分が織田信長だったことに。


「ワタシのことを知っているのか?」


「もちろん知ってやす。有名人でありんすから」


「そうか、それで今日は人を探しているんだ。その者について教えて欲しい。惟任光秀という男だ。明智光秀と言った方が通りが良いかもしれんがな」


 クロは今日来た目的を果たす。生前唯一の心残りを。


「明智光秀様でありんすか。残念ながらお会いしたことはありんせん」


「そうか……ちなみに探すのを手伝ってはくれないだろうか?」


「それは流石に信長様からのお願いでも聞けんせん。お店がありんすので」


 クロもローラの応えは当然だろうと思う。生活の為に働いているのだから、人の頼みごとを聞いている余裕などないだろう。こうなると残された交渉材料は一つ。


「ではお前を一週間中買うなら、カケラはいくつ必要だ?」


 そう、買って解決だ。


「残念ながらあちきには信長様の希望を叶えることはできんせん」


 その凛とした応えには、ローラの強い意志を感じた。

 どうしたものかとクロが困っていると、いつもの変調に気付く。そろそろ擬人化が発生するのだと。

 自分の名前がバレているところで、少女の姿になるなんて絶対に避けたかった。なので今日は大人しく引き下がることにした。


「わかった。突然来ていろいろお願いをしてしまってすまなかったな。今日はもう帰らせてもらう」


「いいえ。こちらこそ満足のいくおもてなしができず申し訳ありんせん」


 話が終わった空気になった瞬間、怒号が響く。


「ローラ!出てこい!俺の物になりやがれ!」


 それは店の入り口から聞こえ、明らかに暴力の匂いがした。大方ローラの客が金に困り、力ずくでローラを自分の物にしようとしたのだろう。遊郭ではよくあることだった。


「大丈夫か?」


 クロは念の為に聞くが、答えはわかっていた。こんなよくあることに、何の対策も用意していない訳はないのだから。


「ご心配いただきありがとうござりんす。しかし私達は自分の身は自分で守れんす。マナ、カナ!」


 ローラは二人を連れて入り口へ向かう。クロはこれを最後に観ていこうと、後ろを付いていく。

 ローラが現れた瞬間、男の顔が明るくなる。


「やっときたか。へへっ。さあ行くぞ」


 男は酒に酔っているようで、顔が少し赤い。ローラを掴もうと近付いたとき、マナとカナが動く。二人は凄い速さで、それぞれ男の左右の腕を取り男を地面に押さえ込む。顔だけをあげ、ローラを見上げる形になる。


「どうしてだ。俺達は愛し合っていたんじゃないのか」


 男が縋る様に尋ねる。


「愛してやしたよ。はい、今でも。もう疲れたでありんしょう?眠りなんし。おやすみなんし」


 ローラはいつのまにか手に持った扇子で男を一刀両断する。

 シャインで作り出した物なのだろう、切れ味は抜群で男はそのままカケラへと変わる。


「慣れたものだな」


 クロは独り言のつもりだったが、ローラはそれに応える。


「ええ。綺麗な花には棘がある。常識でありんしょう」


 ローラは笑顔でそう言い放ったのだった。




 その後は擬人化の限界を迎えそうだった為、すぐに店を去った。


 とりあえず金猫の裏にあった納に身を隠し擬人化を迎えたのだったが、これが不味い方向へと進むことになることを、この時のクロは予想もしていなかった。


 クロの意識が途切れる。

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