006 クロ歴史③
day 2
今日もクロはミコトと別行動をする。これまた約束済みの相手の元に向かう。
約束の相手は既に待ち合わせ場所にいた。
ちなみにクロは今日も昨日も遅れてはいない。約束の五分程前に着くようにしている。待ち合わせをしている相手の来る時間が早いのだ。
「待たせたな」
待っていた相手は怒らない。
「そんなに待ってないよ」
ユキが笑いながら答える。
「でもびっくりだよ。クロが出かけようって言い出すなんて」
「色々と行きたいところがあってな。すまんが付き合ってくれ。この姿では迂闊に人に話かけることもできん」
「大丈夫だよ。ちなみにどこに行きたいの?」
「とりあえず情報屋のところだ。ワタシが行っても雲隠れを決めて出てこないのだ」
「リンちゃんのところ?問題起こしたりしない?結構仲良いから、喧嘩したら嫌だよ?」
「もちろん問題など起こさぬぞ。どうしても知っておかなければならないことがあるだけだ」
「そういうなら信じるけどさ。じゃあ行こっか。はい」
ユキがクロに手を伸ばす。
「何のつもりだ?」
「抱っこして行くのかと」
「そんな訳あるか。自分で歩ける」
クスクスとユキが笑う。
一人と一匹が歩き出す。
リンのお店に行く途中に、クロがこの世界で唯一関わった家の前をたまたま通る。
そこはもう誰か新しい住人が住んでいるようだった。この世界では常に人が溢れ消えていく。使われなくなった家を誰かが使うことは、当然のことだし悪いことでもない。
「必死に生きてこそ、その生涯は光を放つ。達者でな」
クロがあの日最後に家の中を整えたことで、一区切りついたはずだった。クロにとってもコチョウにとっても。
そして偶然とはいえ最後まで見届けたことで、見送りとしては十分過ぎる結果に終わる。
そうこう考えている内に、リンのお店に着く。
昨日ミコトが訪れたときと変わらない骨董屋があった。
のれんを潜り薄暗い店内に入ると、これまた前日と同じフードを被って顔を隠した怪しい男が座っていた。
「いらっしゃい」
店番の男の言葉にユキが首を傾げる。クロにとっては自然な挨拶に、ユキは違和感を感じたらしい。
「お菓子はありますか?」
「お菓子は今はないヨー」
「どこにありますか?」
おかしな質問だ。普通のお店であれば追い返されてもおかしくない返しだ。
しかしこの骨董屋ではそれが普通の会話になる。店番の男の雰囲気が今までと変わる。
「街の外、北に数キロ程行ったところに城がある。ボスはそこにいる。昨日あんたが帰った後すぐに向かったんだが、まだ帰ってきていない」
「わかった、見てくるよ。ちなみにそこは?」
「テムの本拠地だ」
「どうして?」
「それは本人に直接聞いてくれ」
店番の男の雰囲気が最初の何とも言えない緩い雰囲気に戻る。これ以上は話をするつもりはないようだった。
二人はそのまま店を出る。
「どうしようか?」
「ワタシは行ってもいいぞ。お前は行きたくないか?」
「行くことはいいんだけど、やっぱり偵察じゃなくて全面戦争になるよね?」
クロの好戦的な雰囲気を察したユキが心配する。
「ワタシを誰だと思っている。そんな愚か者ではない。敵を知ることは、戦いにおいて最重要と心得ている」
「誰かは知らないんだけどね……まぁ、そう言うなら偵察に行こうか。リンちゃんも気になるし。リンちゃんに限って捕まったりはしていないと思うんだけど」
話し合いの結果、二人はテムの組織の規模を知ることと、リンの安否確認の二つを目的に偵察に行くことにした。
森を出て三十分程で、小さな城が見えてきた。小さいとはいえ西洋風の立派な城であることには間違いなかった。
いつかはリミットを迎えるこの世界で、この城の創造主は何を思って城を作ったのだろうか。はたまたそれは生前でも同じことが言えるのではないだろうか。
クロはこの世界に来てから、前世の自分の行いを振り返ることが多くなった。
ぱっと見て城の周りは塀で囲まれており、入り口は正面に見える一箇所だけのようだった。
二人が城の周囲を更に確認しようとしたときだった。
「こんなところで何をしてる?」
突然真っ赤なチャイナドレスに身を包んだ女が話しかけてくる。もちろんこんなところにいるチャイナドレスの女は一人しかいない。
「無事だったんだね!」
ユキが安堵の表情を隠さずに、リンに話しかける。しかしリンは不思議そうな顔を崩さない。まさか自分を心配して来ただなんて、微塵も脳裏に浮かばない為だ。
ユキが簡単に説明する。
「そうか、シンめ。余計なことを。客に心配させるなんてけしからん」
シンとは店番の男のことだろう。本気で怒っているところを見ると、シンが気の毒に思える。
「それで、そっちの黒いのは?」
リンが思い出したかのように聞く。
「仲間のクロだよ。獣堕ちだけど、普通に可愛い猫かな」
「普通に可愛いとはなんだ。無礼者め」
ユキがクロの自己紹介を雑に済ませる。しかしリンにはこれで十分だったようだった。
「もう一度聞くが、何をしにきたんだ?」
「助けに来たんだよ」
「誰を?」
「リンちゃんを」
「ワシに助けなどいらん」
「じゃあどうして今日は帰らなかったの?だから心配されるんだよ」
ユキの正論にリンが反論できずに黙る。
「そもそもお前こそそんなに返り血を浴びて、今まで何をしていたのだ?」
我慢できなくなったクロが口を挟む。
「ワシはちょっとこの城を調べていただけだ。ついでにこの城に入ろうとしていた奴を消していたがな」
「それがその返り血の理由か。まだまだ元気だね。でもみんなに心配かけちゃダメだよ。もう帰ろう?」
「そうだな。もう飽きたし、帰るか」
「一つ聞くが、テムはここに居たのか?」
ここでまたクロが質問を挟む。
「そんなに奴が気になるか?」
「そうだな。ワタシが知る限り最も世界征服を成し遂げた人間は奴だ。倒してみたい」
その返答にリンは大声で笑い出す。しかしそれは決してクロをバカにしたのではない。そしてそれをクロも理解している為怒らない。
「面白い。これほど面白い物語もそうそうなかろう。テムはここには居なかった。戻るぞ。今はまだその時ではない」
リンが帰る意思をみせ、それに二人は同意する。
帰路の途中、ユキがリンに尋ねる。
「城の中は大体片付けたの?」
「いや、なかなか強い奴等も居たんでな。全ては片付けきれなかった。ワシの戦い方は不意打ちが基本故に、強い奴等が固まっている状況は相性が良くない」
「結構大きな組織だよね」
「そうだな。しかもテムとはもう一人、裏に厄介な奴がいるしな」
「厄介なやつ?」
「あぁ、それよりクロはともかくお前もテムとやる気なのか?」
「積極的にやり合う気はないんだけどね。成り行きなら仕方ないかなって感じかな」
リンがユキの覚悟を確認する。二人の間にどんな関係があるのかはクロは知らないが、リンが情報屋としては非常に優秀であることはわかった。少なくとも先程の対応は生前のクロの名前がわかった上での対応だったのだから。
誰にもミコトにすら話をしていないクロの名前。なんらかのギフトで知った情報を共有しているのだろう。
ここで今日来た目的を果たしておく。
「おい、情報屋。お前に聞きたいことがある」
「なんだ?」
「お前はこの世界に来ている人間をどこまで把握している?
「そうだな、少なくともこの街にいる人間のことはほとんど把握している。他の街のことまでは正直わからん。街と街の交流がほとんどない上に、距離が離れ過ぎている」
「そうか、ではこの街に惟任光秀という人間はいるか?」
リンが両目でしっかりとクロを見つめる。しばらくの沈黙が続いた後にリンが口を開く。
「すまんが、そいつの情報はない」
「そうか……」
その答えを聞き、クロが少し考え込む。
ユキは街に着くまでの間に、リンが調べたテムの城の情報を聞いていた。
そうこうしている内に街に着く。
二人は街に入ってすぐリンと解散した。
「欲しかった情報は手に入らなかったみたいだけど、それ以外の収穫はあった?」
ユキがクロに尋ねる。もう夕方前になってしまい、今日の探索はこれで終わりになる。
「確かに得られなかった情報もあったが、良い時間だったぞ。しかしリンとかいう奴だが、何者だ?見た目と中身が違い過ぎて気持ち悪さを感じるくらいだったぞ」
「リンちゃんが何者かは私もわからないんだ。只者じゃないことはわかるんだけどね。ちなみにリンちゃんのギフトは人の見た目を変えられることなんだよ。自分も変えることができるから、見た目と中身が違うのは、そのせいじゃないかな?」
「そのギフトは反則級の能力だな。厄介な奴に厄介な能力が付いているではないか」
「厄介って。リンちゃんはそんなに悪い人じゃないと思うんだけどなぁ……」
クロとユキがそれぞれ考え事をしている内に宿に着く。
「今日は助かった。ありがとう。ワタシは先に部屋に戻っておく」
そういうとクロは壁から屋根に上がり部屋のあるニ階まで登る。窓から部屋に入るのは猫になってから習慣付いたことだった。
言いたいことを言ってさっさと居なくなったクロとは対照に、ユキはぽつんと立ち止まったままだった。
「相変わらず嵐のような人だね。父上から聞いていた通りの人。クロは本当にあのお方なんだね」
ユキは誰に話しかける訳でもなく呟く。クロの正体に半信半疑ながらも、今日一日を過ごしてきた結論がようやく出たのだった。
今日も一日が終わる。ミコトが倒れたり、新たな器となる奴が仲間に加わったりなど、相変わらず変化が激しい。退屈しない良い世界だ。
クロは死んでからも続く楽しい人生の余韻を満喫していく。




