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異性転生  作者: 貴志
第三章 クロの時間
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002 どこにもいない

「器なんて本当にあるのか。全く気配を感じないぞ」


 薄暗い森の中、少しの苛立ちと綺麗な黒い毛を纏いながら彼は歩く。

 既に森の中にいた動物も魔獣も一通り倒している為危険はない。

 彼に負けた動物達は、二度と彼に逆らうことがないように心をへし折られている。

 たった数日でこの森の主となった。


「もう森で得られることはないか。準備運動は終わりだな。人を探すか」


 森での数日の足留めは意図していたことであり、体の調子を整える為もあった。

 その結果獣達相手にもフィジカルのみで圧倒できるくらいにも猫の体には慣れた。


 猫の研ぎ澄まされた感覚のおかげで、街の場所もわかっていた。

 人の気配に火の匂い、猫になってからは人間の時には気付かなかったことに気付く。

 半日も移動すれば街には着いた。


「見たことの無いタイプの街並みだな。だが良い」


 思わず呟き、初めて見る中世ヨーロッパを基にした街並みに感動する。


「もっと早く見たかったな」


 勝手に出た次の呟きには、自戒する。人間のときから欲望に忠実だったとは思うが、猫になってからは特に感情が漏れやすくなった。

 しかも獣になったというのに、心は以前より穏やかになったと自分で感じるくらいだ。人間だったときは獣以上に獰猛だったということなのだろうか。

 森の動物達も倒すだけで、全ての命を取ることはしなかった。人間の頃の自分なら全滅させていたと思う。

 命を取らずとも動物達とは良い関係を築けたし、統治ができた。人間に対しても同じだったのだろうか、と考え出したところで考えることを辞めた。

 過去は振り返っても仕方がないし、今は新しい自分として生きて、生き返ることに集中する。


 沢山の人が行き交う広場の端っこで考える。


「うむ、これからどうするかだな。いきなり人に話しかけていいものか。今は猫だしな」


「猫が喋った!」


 誰もいないと思って呟いたはずが、思わぬ形で発見されてしまう。またしても後ろから話しかけられたことを反省する。


 振り向くとそこには女の子が建物と建物の隙間に挟まっていた。五歳くらいで長い黒髪をツインテールにして水色のワンピースを着ていた。意図せず自分から近づく形になった為に、女の子に気付かなかったようだ。


「何をしているのだ?」


 目があった以上一応聞くが、子供は苦手だった。何を考えているかわからないし、怒るのも大人気ない。つまり扱い辛いから苦手なのだ。


「挟まってるの」


「それは見ればわかる。何故挟まっているのかと聞いているのだ」


「遊んでいたら挟まって出れなくなっちゃった」


「遊んでいた友達は?」


「一人だけど?」


 意味がわからない。猫の姿では助けようもない為、このまま立ち去ろうとする。


「ちょっと待ってよ猫ちゃん」


 チラッと一瞥する。助けを求めるのだろうと推測する。しかしこの姿では面倒だ。


「よしよしさせてよ」


「はっ?」


 この状況ではまず助けてと言うべきではないのだろうか。ますます理解できないが、段々と放っておく方が面倒になってきた為、とりあえず助けることにした。

 ダークを使いこなす為の練習と思うことで自分自身を納得させる。壁を少しだけ削り、女の子が出れるようにする。


「もう出れるだろう。早く出てこい」


「本当だ!ありがとう!」


 出てきて直ぐに抱きしめられる。無礼だ。抱きしめていいと許可した覚えはないし、そんな許可は絶対に出さない。


「何をする。やめろ」


 腕の中から逃げ出そうとするが、何故か抜け出せそうにない。力で負けている訳ではないにも関わらずだ。

 その後猫を愛でる会は一時間近く続いた。



 どれくらい経つのだろう。他人から純粋な好意を向けられなくなってから。



「やっと満足したか」


 言葉とは裏腹に自分の方が疲労困憊だった。


「遊んでくれてありがとう。凄く楽しかったよ。猫ちゃんお名前は?」


「名前?名前か。そうだな、他人と話すとなると名前が必要か。こんな姿で、人間の時の名前を名乗るのも変だし。どうしたものか」


「猫ちゃんはお名前がないの?かわいそう」


「可哀想ではない。変な同情するな」


「じゃあ名前付けてあげようか?黒いからクロちゃんは?」


「そんな適当な付け方があるか。ワタシはもっと威厳のある名前にするのだ。そういうお前の名はなんという?」


「私も名前ないの」


 女の子が笑いながら言う。孤児なのだろうか。


「親は?」


「今よりもっと小さいときに、ある日急にいなくなっちゃった。だから自分の名前は覚えてないんだ。多分私が良い子にできてなかったからかな」


「そんなことはないと思うぞ」


 素直にそう思った。確かに間違った育て方をした場合に責任を取るということはあるかもしれない。

 しかしこんな五歳くらいの段階で捨てるなんて、それこそ貧しくて口減らしか、突発的なことが起きて帰ってこれなくなったかなどだろう。


「クロちゃんが私の名前付けてよ」


「その名で呼ぶな。全く気に入っていない。しかし名前か。女の名前はあまり多く知らないからな。知ってる名前でいうとコチョウとか……」


「コチョウって可愛い!私の名前コチョウにする!」


「そんな勢いで決めていいのか?というかその名前は古かったりしないのか?」


「素敵な名前だと思うよ。ありがとうね」


 そんなものかと驚くが、気に入ったのであれば良しとする。ただその名前が妻から来ていることは内緒だ。何となく初めに思い浮かんだ名前を使われると思っていなかった為、恥ずかしい。


「お前家には帰らないのか?」


「名前で呼んでくれないと返事しない」


「コチョウは家はあるのか?」


 もうコチョウの制御を諦めて従う。本当に丸くなったものだ。


「ちゃんと寝る場所はあるよ」


 その答えに違和感を感じる。


「誰かと住んでいるのか?」


 自分の名前も覚えていないくらい小さい頃に一人になったのだから、当然誰か育てている人間がいるのだろう。ただ名前も与えていないことからも、良い育ての親ではないようだ。


「私を拾ってくれた人と住んでるよ」


 やっぱり拾われたようだった。こういった境遇も特段珍しいとも思わない。しかしこれ以上は深く関わっても仕方ないと判断し、コチョウに別れをつげる。


「ワタシは忙しい。もう十分遊んでやっただろう。もう行くからこれ以上はとめるな」


「わかった。ありがとう。凄く楽しかったよ」


 意外にもすんなりと別れることが出来た。コチョウは最後まで笑顔で手を振っていた。




 この世界の情報を集める為に、次は大人と話したいと思い街を歩き始める。

 しかし人が多過ぎて誰に聞けばいいのかわからなくなる。とりあえず人が集まるところに行こうと思い、その辺の適当な人間に話しかける。建物の修復作業をしている男だった。


「おい、すまんが少し聞きたいことがあるんだが」


「うわ!獣堕ち!近付いてくるな」


 迷惑そうに逃げられた。

 コチョウが子供の為に気にせず近づいてきただけで、大人は獣堕ちとは距離を取る。その事実を今理解する。


「どうしたものか……」


 そこで一つ閃く。まともじゃ無い状態の相手に聞けばいいと。つまり酒に酔った相手なら、話し相手が人間か猫かわからないだろうと考えたのだ。


「酒場だな」


 酒場に着いた頃にはちょうど夕方になっていた。まだこんな時間だというのに酒場からは既に酔っ払い達が数名出てきていた。

 そこからは話が出来るギリギリの酔っ払いを見つけては話しかけ情報を集めた。


 この地道な活動のお陰で、この街のことは大体理解できた。そんな中最後の一人に話しかけたとき、獣堕ちと理解した上でこちらに話しかけられた。


「なぁ旦那、一緒に悪さしねぇか?」


「どういうことだ?」


「獣堕ちってことは生前は結構な悪だったんだろう?この世界でも暴れねぇか?」


 そういう見方もあるのかと少し驚く。確かに獣堕ちは大量虐殺をした人間の成れの果てだ。

 しかしこちらも正義の気持ちがあってしていたことなので、悪と言われることには抵抗がある。

 一発猫パンチでもしてやろうかと思ったが、男は聞き捨てならない言葉を重ねる。


「人身売買ってやつなんだが、子供が対象だから、楽に稼げるんだぜ」


 少し興味がわいた為、深く聞いてみる。


「ほう、それはどういう段取りで進めるんだ?」


「なぁに、この世界には親が居なくなった子供が大量にいる。そいつらを捕まえて売るだけだ。旦那には用心棒になって欲しい。最近は正義の味方を気取る偽善者が居て、仕事がやりにくくなってるんだ」


 自分に関係のないことなので放っておいても良かった。しかしそれだと何だか心が晴れなさそうに感じた。


「ちょうど今日も取引があるんだが、今日から用心棒どうだ?」


「面白い、行ってやる」


 こうして男に付いていくことになった頃には、もう時間は夜遅くになっていた。移動の間にも引き続きいろいろ聞き出した。


 この人身売買組織は三人の小規模組織であり、もう活動を始めて数年になること。

 赤ちゃんを拾ったりして、客が求める年齢になるまで育てることもあり、今日はその最後の一人の出荷日であることなど。


 そうこうしている内にアジトに着く。普通の二階建ての民家だった。拾った子供がたまたま家に住んでいた為、そのまま家も頂いたとのことだった。中には後二人の男がいた。


「これで全員なのか?」


「あぁそうだ。欲を出さず小さくやってるのさ」


 用心棒として獣堕ちをスカウトしたことを仲間内で共有し、どうやら受け入れられたようだった。普通の人間には距離を置かれるが、悪人には歓迎されるらしい。


「歓迎するぜ。あんた名前は?」


「名前はまだないんだ」


 こんな子悪党共には名前を名乗る気にもならない。これ以上話をするのも限界だった。


「そういえば今日売る予定の子供はどこにいるんだ?」


「商品なら二階の部屋で寝てるぜ。子供にきょ」


 話している途中だったが、ダークで作った鎌で三人の男の首を切り落とす。

 三人の体が光り、カケラがたくさん出現する。人がカケラになるのは初めてみた。


 二階に上がり、部屋の中を確認する。


「やはりお前か」


 そこではコチョウが寝ていた。こんな境遇で育った割に、笑顔の多い子だと改めて感心する。

 生前の自分でも同じ状況になったら、子供を助けていたのだろうか。段々と以前の自分の考え方などが思い出せなくなる。


「さて、これからどうするか」


 つい助けてしまったが、この先のことは考えていない。


「そうだ、家来にでもするか。この世界で初めての家来だな」


 とは独り言を言ってみたが、しっくりはこない。こんな小さい子を家来にするなんて、小物感が出過ぎている。

 頭を抱えていると、コチョウの体が光りだす。先程見た光景と同じ流れに驚く。


「何故だ。命を失うようなことは何もしていないぞ」


 このときはまだリミットの存在を知らず、どうしようもなく慌てふためく。だが命が消えかけているということはわかる。

 そのとき下にカケラがあったことを思い出し、コチョウにカケラを渡そうとするが、一つの問題に当たる。猫の体ではカケラを持てないのだ。

 しかしここでアイデアが生まれる。ダークでコチョウの体を包み運ぶことにした。ただでさえ扱いの難しいダークで、人を運ぶというのは至難の技だったが、不可能ではなかった。

 卓越した集中力で運びきり、カケラ目掛けてコチョウのカラダをぶつける。

 

 カケラがコチョウの中に入り、流石にコチョウが目覚める。


「あれ、どういうこと。私は何してるの」


 二階で寝ていたはずが、急に一階にいて体が光っているのだから当然だ。先程よりも光が強くなる。


「誰かいないの?怖いよ」


 流石のコチョウも泣き出す。何か言わなければ。直感が言っている、これが最後の会話になると。


「ワタシだ!お前の友達のクロが来たぞ!」


 今までにないくらい声を張り上げて伝える。


「クロちゃん?来てくれたんだ。嬉しい」


 泣いていたはずのコチョウが笑顔になって、クロに手を伸ばす。昼間のように抱きしめたいのだろう。仕方がないから、今は抱きしめさせてやるかと近づく。


 しかしそれは叶わなかった。

 触れ合うことはできず、コチョウは消える。


「くそっ」


 この世界に来て最初の挫折だった。この世界に来て最初に温もりをくれた相手だった。彼を『クロ』にしてくれた相手だった。


「カケラがないということは、間に合ったのか。コチョウは生まれ変わることができたのか」


 この問いかけに答えるものはいなかった。





 その後クロはこの家から男達が過ごした痕跡だけを消す。

 まるで何もなかったかのように。コチョウが幸せに暮らしていたであろう家族だけの頃のように。





 この数日後にクロはミコトに出会うことになる。

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