002 day 1〜ユキ〜
雲一つない青空。朝食を食べ終わり、約束の場所に早めに着く。
女の子は待たせるべきではないと、男性の立場になってより思う。最も彼女はそんなことくらいで怒るような人ではないが、そもそも人を待たせるのは好きではない。
早めに着いたはずだったが、約束の相手は既に待ち合わせ場所にいた。
「ミコトくん、おはよう」
ユキが笑顔で挨拶してくれる。
「おはようございます」
ミコトも笑顔を返す。
思えばこの世界に来て、クロ以外でミコトに最初に声をかけてくれた人はユキだった。ユキとの出会いがなければ、そもそも日常生活すらどうなっていたか。
しかしやはり付き合いが長くない分、ユキのことは知らないことも多い。今日はユキのことを知れたら良いなと期待していた。
ひょっとしたらカンナはそういうことも見越して、みんなと過ごす時間をくれたのかも知れない。
「そういえばクロは?」
「クロは今日も眠たいから寝てると言っていました。あと、ユキちゃんと一緒なら安全だろうと」
「まさかのクロからの信頼。意外だね。正直獣堕ちってみんな会話の成り立たないヤバい奴だと思ってたんだよね」
「確かにテムとかはそんな感じでしたが、クロは結構会話が成り立ちますよ。多分」
「テムか……あのとき私が勝ててたら、ミコトくんが大怪我することもなかったのに。ごめんね」
「謝らないで下さい。ユキちゃんには沢山助けて貰っていて、感謝しかありませんよ」
実際ユキはミコトの想像の遥か上の強さだったし、何より人に優しい。責任感も強く本当にできた人間だと思う。このゆるふわな見た目と違い、中身は凄く大人だった。
「ユキちゃんは普段は何をしているんですか?今日はユキちゃんのことをもっと知りたいなと思いまして」
「やだ、口説き文句?ミコトくんたらおませさん」
「そういうつもりでは」
ミコトが焦り、ユキが笑う。
「私はいつもその辺を散歩してるよ。基本的には行ったことがないところがないくらい、その辺を見て回ってるかな」
「散歩ですか。健康的でいいですね。でもその言い方だと偵察してるみたいですね。暗殺者みたいに」
ミコトが笑いながら言う。
「バレたか」
ユキは笑わずに言う。
「えっ」
「ん?」
言葉が詰まるミコトと可愛らしく首を傾げるユキ。
「冗談だよ」
我慢できずにユキが笑い出す。
「暗殺者は冗談だけど、散歩は本当だよ。もしも危険な目にあったときに、立地を把握していると逃げられるしね」
「驚かさないで下さいよ。でも凄いですね。戦うことに慣れているみたいな。私は平和な世界に居たので、そういうことを思い付きもしなかったです」
「平和な方がいいよ。戦ばっかり、もううんざりだったもん。さぁそろそろ今日の散歩を始めようかな」
「今日はどこに行く予定ですか?」
「今日はせっかくミコトくんが一緒に居てくれるので、賑やかな商業街で新しくできたスポットを中心に行きます」
「それは良いですね。始めて行くので楽しみです」
「楽しみにしててくれていいよ。この世界はいろんな人が居るから、知識や文化が混ざってるの。見たらびっくりすると思うよ」
ユキが気を使って、行き先を明るいところにしてくれたことに感謝する。そのまま楽しく話をしながら歩く。話をしながらでも周辺の確認も同時におこなっているところは、流石としかいいようがなかった。
商業街までは十分ほど歩いた頃に着いた。
「凄い!」
思わず出た言葉がそれだった。しかしそれはミコトでなくても、この景色を初めて見た人間はそう言うだろう。
このエリアでは基本的な建物の作りは西洋ファンタジーの街並みだが、一つ一つの建物でコンセプトが分かれている。世界中全ての異文化を時代を問わず詰め合わせて、最高峰にまで昇格させた街。
「こんなの初めて見ましたよ!」
ミコトは心から感動していた。
「そうでしょ。ここは本当に凄いんだから。しかもしばらく来ないとガラリと内容が変わるんだよ」
もちろん現代の方がハイテクではあるが、この世界の文明も決して低くはない。死んだ者が送られてくる世界で、記憶は持ったままなので当然といえば当然だ。
「私のお気に入りのところがあるから、まずはそこに行ってみようか。気に入って貰えるといいんだけど」
二人が向かった先は現代でいうと中華街のようなところだった。
「ここは華やかで綺麗なのも魅力だけど、何よりいろんな情報が集まるのが一番の魅力なんだよ。用がなくても週に一回は来てるの」
「イメージ通りというか、やっぱりという感じですね。映画で観たような既視感が凄いです」
「映画?とりあえず馴染みがありそうで良かった。まずはあそこの骨董屋に行かせてね」
指の向く方を見ると、これまたいかにもな骨董屋があった。
のれんを潜り薄暗い店内に入ると、フードを被って顔を隠した怪しい男が座っていた。
もういちいち驚くことはしなかった。
「いらっしゃい。何でもあるヨー。何でもね」
店主が薄ら笑いを浮かべ歓迎する。
常連のユキが自然と会話する。
「新商品ありますか?」
「久しぶりだネー。お菓子があるヨー。甘いのと辛いのがね」
骨董屋の新商品がお菓子なことに驚くが、ユキは慣れた様子で続ける。
「じゃあ辛いの下さい。奥で食べていきます」
「お茶いる?」
「一番熱いの下さい」
「あいヨー。リンちゃんお茶よろしくネー」
奥に進むと中華料理店に置いてあるような円卓が用意されていた。そして妙に鼻に残る甘い匂いが部屋に充満していた。
二人が座ると真っ赤なミニ丈のチャイナドレスを着た少女が出てきた。黒髪をお団子結びにしていて、完璧な着こなしだった。高校生くらいに見えるが、怪しい色気を出していて、只者ではないと感じた。
手ぶらでお菓子もお茶も持って居らず、不思議に思っていると、少女も椅子に腰を下ろした。三人が円卓を挟んで三角になっていた。
「リンちゃん久しぶりだね。また雰囲気変わったね」
ユキが親しい感じで声をかける。
「まぁな。お前は相変わらずだな。変えてやろうか?」
「私は今に満足してるからいいよ。リンちゃんは今回のは凄く可愛いね」
「可愛さなんて、どうでもいいんだがな。それよりそいつは?」
あまり興味がなさそうに聞いてきた。
「この子は新しくチームに入ったミコトくん。今日は一日私と一緒に行動することになったから、付いてきて貰ったんだよ」
「そうか。話はしていいのか?」
「もちろん。よろしくね」
一切の感情を感じさせない話し方だった。
「エリザベートが消えたのは、お前のチームがやったんだろう。中々しぶとい女だったろうに、よくやるもんだ」
仕留めた張本人が笑顔で話を聞いている。リンは先程から変わらず感情の起伏が読み取れない。
そして長い脚を妖艶に組み、少し前のめりになり声のトーンを落とす。
「それで興味があるのは獣堕ちのことか?テムと名乗っているみたいだが」
「そうだね。そいつのこと、少し気になるかな」
「あいつらは辞めた方がいいぞ」
「手は出さないよ。ただ知りたいだけ」
リンとユキの間で鋭く視線が交わる。
「はっきりと理解している奴が少ないんだが、そもそも獣堕ちについて教えてやろう。良かったな小僧、なかなかない機会だぞ。初心者がワシの話を聞ける機会はな」
リンが恐ろしい笑顔を魅せる。
初めて笑ったリンの顔に、生物としての本能が働く。異質な雰囲気にようやくミコトは気付く。リンの外見と中身が全く違うことに。
獣堕ちになる条件は、人を多く殺した大罪人であること。人を殺したと数えられる基準は二つ。直接殺すか人に指示を出して間接的に殺すか。
しかし兵器で殺した場合はカウントはされない。これは兵器を開発した人間、兵器を使用した人間、つまり現代の人間達がほぼカウントされていないということ。
つまり獣堕ちになった人間は、兵器を使わずに、それだけの人間を殺した正真正銘の悪。本当にヤバい奴だったということ。
「以上だ。獣堕ちと敵対するのがどれだけ無謀かわかったか?」
獣堕ちの話を聞いて、テムへの警戒は最高に達したが、同じくらい強く産まれる疑問。
「いったいクロは何をしたんですか……」
思わず出たミコトの呟きは誰の耳にも届かなかった。
「それでテムの正体は?」
ユキは笑顔のまま聞く。
「本当に手を出さないんだな」
「本当だよ。私のこと心配し過ぎだよ」
「お前の心配ではない。情報を流したワシのところに厄介事がこないかを心配しているだけだ」
「素直じゃないなぁ」
意外にもユキとリンが仲が良く驚く。
「チンギスカン。そういえばわかるか?」
「えっ?」
ミコトは思わず立ち上がる。
「あれ?ミコトくんのお知り合い?」
「そんな訳ないでしょう!」
「冗談だよ。結構昔の人だったね」
ユキは相変わらずの笑顔でミコトをからかった。
「お前は驚かないんだな。つまらん」
「びっくりはしたけど、隣でこんなに驚かれたら冷静にもなるよ」
ミコトは恥ずかしくなって座りなおす。
「でもそんな大物が出てくるとは思わなかったな。でもあれだけ強いなら納得かな」
「テムと戦ったのか?」
「少しだけね。でも勝てないと思ったからすぐ退いたよ」
「それでも生きて帰ってくるなんて流石だな」
リンにここまで認められているユキの正体も気になるが、詮索はできない。
「最後はカンナくんが来てくれたしね」
「あの化け物か、あいつこそ情報が掴めん」
「カンナくんはカンナくんだよ」
リンにここまでの言われ方をするカンナも気になる。
「それでテムの所属してる組織の情報はある?」
「…………今はまだないな」
「そっか……ありがとうね」
「そういえばテムとは全く関係ない話だが、最近タチの悪い虫が湧いておる」
「そんなのここじゃ日常茶飯事じゃない?」
「そうとも言えるな。ただ今回は少々厄介だ。白薔薇という。お前も気をつけろ」
緊張感が漂う。
しかしユキは立ち上がる。話は終わりのようだ。
「また来るね」
「いつでも来いよ」
二人の会話はそれが最後のようだった。
「ありがとうございました」
ミコトもリンにお礼を言い、ユキに付いて店を出る。
「人を連れて来るなんて、お前も変わったな」
最後のリンの言葉は二人に届かない。リン自身聞かせるつもりもないのだから。
幻想のような時間だった。まるで夢でもみていたような。外に出て日の光を浴びてしばらくすると、正気に戻ったような気になる。
「初めての人はあのお店に長居しない方がいいんだよ」
「えっ?それはどういう意味ですか?」
「あそこは変なお香を焚いてるからね。慣れない人がずっといると、夢と現実の違いがわからなくなるんだよ」
思ったより危険な場所だった。
「でもユキちゃんは本当に顔が広いですね。あんな怪しい人が情報をくれるなんて」
「ここに来たばかりのときはいろいろしてたからね。何もわからなかったから、大変だったんだよ」
笑い話にしているが、実際は壮絶な時間だったと感じた。ミコトが目を覚ましたときはクロがいてくれた。
事前情報なしでこの世界に放り出されていたらと思うとゾッとする。
普通のよくあるストーリーだと、死んだ後に異世界へ転生して、無双してという流れになるのかもしれない。
ただ同じ死んだ後の世界だとしても、この世界では自分以外の人も同じ条件になり、使える魔法も無敵というほどでもない。
完全に実力主義の世界だ。
「私はユキちゃんに出会えて良かったと思ってますよ。ユキちゃんにもそう思って貰えるように頑張りますね」
「ありがとう。そうやってストレートに言って貰えるのは凄く嬉しいよ」
そのときミコトはユキの本当の笑顔を初めて見た気がした。
「さぁ、そろそろお昼ご飯にしよっか。せっかく珍しいところに居るし、普段宿では食べられないご飯を食べよ」
エスコートに従い付いていった先にあったのは、インドカレー屋だった。
「まさかこんなものまで?!」
ミコトの再び驚く姿に、ユキは満足気に感じていた様子だった。
その後は久しぶりのカレーを食べて、懐かしくて感動した。
午後は商業街を歩き回った。
側から見れば美男美女のデートに思えただろう。実際楽しかったし、この世界に来て初めて娯楽を感じてミコトの心はリフレッシュされた。
午後からも少し事件などはあったが、ここでは割愛する。
そして夕刻、全員が集まる時間。そこでは特段何も問題なく、問題なしの定例報告を行う。
夜、ミコトはベットに横になる。
クロもミコトのベットの隅でくつろいでいる。今日あったことをクロに伝える。
「テムの正体がチンギスカンか……」
珍しく言葉に詰まるクロ。
「知ってるんですね」
「当たり前だろう。流石に有名過ぎる」
「確かに強過ぎる相手ですが、もう関わらないのなら大丈夫では?」
「それならいいがな。もう顔も見たくない相手だぞ」
消極的なクロが珍しかった。
「さぁ、そろそろ寝るぞ。明日も誰かと出掛けるんだろう?」
「明日はコヨミと一緒に過ごす日です」
「あの体力バカと過ごすなら、沢山寝てしっかり体力をつけるんだな。」
「そうですね。おやすみなさい。クロ」
「うむ」
ミコトの楽しい一日が終わった。




