第一章~Chapter 1~夕暮れのバス
佐々神たちはプールから出て集合していた……学ランを除いて。
「学ランはどうすんだ?」
佐々神が尋ねると舞華は答える。
「ま、ほっとけばいいじゃない? それよりあっちのプール行こうよ!」
「ちょ、ちょっと……」
梓が声をかけたが、舞華は学ランそっちのけで、別のプールに行ってしまう。元はと言えば、舞華のせいである。悪意に満ち満ちている作戦など考えなければ、学ランは迷子にならなかっただろう……多分。
(いや、学ランのことだから何もしなくても迷子になっていてかもしれないな……)
佐々神は学ランが不憫に思えてくる。
だが、舞華に逆らうと怖いのでついて行く。
佐々神は思う。こんなんでいいのかと。
(いや、仕方ない。世の中、どうにもならないことなんて、いくらでもあるんだ!)
佐々神は自分に言い聞かせた。
佐々神と梓は普通のただ広いだけのプールにいた。舞華の後を追ってここまで来たが……肝心の舞華は小学三、四年生くらいの子供たちとビーチバレーをしていた。しかも、かなり本気でやっている。五歳以上年下に手加減なしでビーチバレーをやる様は、それはそれで勇ましかった。
佐々神の友人たちは、学ランと言い舞華と言い、全く持って意味不明だ。唯一の救いが梓だ。ちょっと天然なところを除けば至って普通だ。むしろいい方だ。気も利くし優しい上に勉強もそこそこできる。
そんな唯一の普通の友人と遊ぼうと思った佐々神は梓を見る。が、佐々神は見てしまった。佐々神の友人全員が意味不明な人たちだという現場を……。
「アズササン、何ヲシテルンデスカ?」
佐々神の問いに当然のように、
「何って、着衣泳の練習だよ。亮平君はやらないの?」
そう答えた梓は上下赤のジャージを着て、両脇には空の二リットルペットボトルを抱えて浮いていた。着衣泳とは読んで字の如く、服を着たまま泳ぐことだ。事故かなんかで服を着たまま水に落ちた時に泳げるようにと習う人も少なくない。着衣泳を習ったことのある人なら分かるかもしれないが、このペットボトルを浮き輪代わりにして浮いるのだ。落ちた時にペットボトルを持っている可能性は限りなく引くと思うが……。その他にも服に空気を入れて浮袋を作って浮くという方法もある。
そんな着衣泳の情報はどうでもいい。梓がここで着衣泳をしていることが問題だ。
(梓だけは普通だと思ってたのに……)
佐々神は涙がこぼれそうになる。
(ていうか、服着たままプールに入ったら怒られるんじゃないか?)
佐々神の疑問はすぐに解決された。
「すぐにプールから出てください! 服を着たまま入ることは禁止しています」
ライフセーバーが拡声器を使って注意する。
佐々神は恥ずかしくなり、一人遠くの誰もいない場所へ移動した。
佐々神たちは夕暮れの中門を出てバスを待っていた。
「あー楽しかったね」
梓が楽しそうに言う。佐々神は思った。梓が一番怒られていたんじゃないかと。
そんなこと気にしていないのか梓は本当に楽しそうだ。
グスンと鼻をすする音が聞こえる。音の正体は学ランだ。
「おでば、ずっどひどりだっだんだよ……グスン」
何言ってるかよくわからない。おそらく、「俺は、ずっと一人だったんだよ」と言っているのだろう。
学ランはついさっき舞華が「仕方ない、アイツは置いて行こう。ったく、迷惑しかかけないやつだ」と文句を言っている時に、佐々神に泣きついて来たところを捕獲した。ちなみに「仕方ない」と言っているが、一分どころか一秒も学ランを探す気配はなかった。
「アンタうるさい。死ねば?」
「う、うわああああん」
学ランはボロボロと涙こぼし佐々神に抱きついてくる。が、寸前のところでかわす。学ランはそのまま地面へダイブした。
ズザー! と地面と擦れる音がする。
「大丈夫?」
梓が駆け寄ろうとするが、舞華がそれを止める。
「梓、病気うつるよ? アイツの血は触っちゃダメ」
舞華がそう言うと一歩引いた。
「信じるなよ。絶対嘘じゃん!」
学ランが必死に突っ込むその顔は、ただでさえ切り傷を負っていたがさらなる傷が出来てボロボロになっていた。
「もういいや。飽きた。帰ろ」
舞華はそう言っていつの間に到着していたバスに乗り込む。それに続き佐々神と梓も乗る。
後から必死で学ランも追いかけてくるが、無残にもプシューという音と共にバスのドアが閉まる。
泣き崩れている学ランを置いてどんどん離れていく様子は実にシュールだ。
そして、佐々神は思う。
「これ、ただのいじめじゃね?」
佐々神たちを乗せたバスは、夕暮れの中、駅を目指しスピードを上げていった。