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魔術の原理―原書  作者: 岸田四季
聖初書~序章~
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序章~Introductory chapter~夏休みの前日の前日

 七月二二日、午後七時過ぎ。

 佐々神(ささがみ)は学校から帰宅し、二階の部屋のベットに寝ころんでくつろいでいた。

 三ヶ月前の地下世界(アンダーグラウンド)の事件は、運よく政府の軍の行動が遅れたため、佐々神、(あずさ)、カトレア以外は地上にいる人間で知っている者はいない。

「りょー君。ご飯出来たわよ」

 この語尾にハートが付きそうな甘ったるい声で読んでいるのが、佐々神の母親だ。

 佐々神は気持ちよくくつろいでいたが、潔く諦め夕食を食べに一階のリビングへ向かう。

 一階に下りると、リビングの曇りガラスの付いた扉を開ける。味噌汁のいい香りが漂ってくる。

「りょー君、早く食べるわよ」

 母親はそう言ってテキパキとリビングのテーブルに夕食を運ぶ。佐々神は手伝おうとしたが、その前にすべて終わってしまう。

 この母親は朝には弱いが、それ以外の時の家事は、まさしく最強だ。手際がよく、どれもミスが見当たらない。

 洗濯をすれば、シワは一つも見つからず。掃除をすれば、埃一つ見つからず。買い物をすれば、二人分の一日の食事が五〇〇円以内に収まる。佐々神からしてみれば、”意味不明”だ。

「ほら、立ってないで早く座って」

 そう母親が言うと、佐々神はハッとなり席に着く。

「それじゃ、いただきます」

 母親はそう言って手をパンと叩く。手を叩くのは癖らしい。佐々神は以前「うるさい」と文句を言ったが、いつまで経っても直る気配はない。

 佐々神もそれに見習い、静かに手を合わせて夕食を食べ始める。

 しばらくテレビを見たり、母親のぶっ飛んだ話しに付き合っていると、玄関が開く音がした。

 母親はその音に気が付くと、

「あ、ごめん。今日お父さん帰って来るんだったぁ」

 間延びした声で言う。

 直後、リビングの扉が開き硬い表情の男性が入って来る。

 佐々神宗太(そうた)。佐々神亮平(りょうへい)の父親だ。

 母親は、ニコニコしながら宗太に言う。

「あ、ご飯すぐ用意するわね」

 語尾にハートが付きそうなくらいの甘ったるい声にもかかわらず、宗太の表情は変わらない。そして、その硬い表情のまま、

「夕食は済ませてきた。亮平、後で私の書斎に来なさい」

 そう言うと自分の書斎に戻っていった。

「なんだよ、あの態度。半年ぶりに帰って来てあれかよ」

 佐々神は思わず文句を垂らす。

 それにもかかわらず母親の表情はニコニコとしたままだ。

 佐々神は疑問に思う。この夫婦関係は普通なのか? いくら佐々神の父、宗太が政府関係の重役についてるからと言って、ほとんど家にも帰らない。今回はたまたま出張だったが、普段でも二、三ヶ月家を空けることはざらにある。それが普通なのか、普通を知らない佐々神には分からない。

「りょー君、またなんか悪いことしたの?」

 佐々神には身に覚えがないが、書斎に呼ばれ時は決まってお咎めの時だ。何か連絡があれば佐々神に会った途端、ぶっきら棒に連絡を伝えるし、まさか佐々神を褒めるなんてことはまずあり得ない。佐々神が宗太に褒められたことは生涯で一度もない。そんな宗太が書斎に呼ぶとすれば“あの事”絡みに違いない。

 佐々神は思わず、箸が止まる。“あの事”に関係しているかもしれない。そう思うだけで、モヤモヤする。

 しばらく、佐々神と母親二人だけの食事が続いた。結局佐々神はご飯を半分ほど残した。

 そして、気の進まないまま宗太の書斎を尋ねる。

 佐々神はコンコンと扉をノックする。中から「開いている」と声が掛ったので、扉を開け書斎に入る。

 中に入るとたくさんの書類に囲まれた宗太がいる。何か作業をする時だけにする眼鏡をかけている。おそらく、何かの作業をしていたんだろう。

 しばらく佐々神が扉の前で立ち(すく)んでいると、宗太は声をかける。

「何をしているんだ? こっちへ来なさい」

 佐々神はそれにおとなしく従う。

「なぜ呼ばれたかわかるか?」

 宗太にそう尋ねられ、佐々神は答える。

「どうせ“あの事”絡みだろ? それ以外アンタは俺を呼ばない。でも、最近は何もしていないはずだ。呼ばれる覚えはない」

 佐々神は言い切った。実際心当たりはあるが知られているはずがない。そう信じ切っていた。

 だが、宗太は表情を硬くしたままだ。何を考えているかさっぱりわからない、そんなような表情だ。

 そして、宗太は口を開く。

「何もしていない、だと? ふざけるな。四月一七日お前は何をしていた」

 四月一七日、金曜日。佐々神はある場所へ行っていた。地下世界(アンダーグラウンド)。フロントに襲われた日だ。

 三ヶ月前のあの事件は、誰にも見られなかったはず。なのになぜ、宗太が知っているのか?

 佐々神は鼓動が早まり、両手に汗を握る。

「なんで、そのことを……」

 だが、宗太は何も答えようとしない。なぜ知っているのか。不明なままだ。

 佐々神の鼓動はどんどん速まる。

「お前にはあれだけ地下世界(あそこ)には関わるなと言ったはずだ。また、元の生活に戻りたいのか?」

 宗太は佐々神を睨みつける。

(あの生活に戻るのは絶対に嫌だ)

 佐々神はそう思ったら、何も言えなくなっていた。

 黙り込む佐々神に対し、宗太は釘をさすように、

「次は分かっているな?」

 そう言うと佐々神を書斎から追い出した。

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