第三章~Chapter 3~消滅
佐々神の三メートル程前に大きな亀裂があるだけで、それ以外はなにもない。音すらもないように錯覚する。実際、パラパラと塵が舞う音や町の方から聞こえる声があるがそれすらも認識できない。
フロントは動かない体を必死に動かしながら、
「テ、テメェ、何しやがった」
佐々神は最大級の空気断絶を使ってふらふらとしながら答える。
「……さっき、お前が、言ってたことを、応用しただけだ」
フロントはまだ地面に倒れている。立とうとするが、穴が空いた風船に空気を入れるように力が抜けていく。
「……応用だァ?」
佐々神は息が上がりながら付け加える。
「さっき、お前が、俺の、攻撃を、空気操って、分解しただろ?」
フロントは何かに気が付いたように目を丸くする。だが、佐々神は気にせずに続ける。
「俺も、それを、利用して、お前の、周りの空気を、無くしただけだ。空気がない、炎は、燃えないだろ?」
フロントは驚愕する。普通はあり得ないのだ。何十年という年月をかけても辿りつけない領域を佐々神はたった一瞬でやってのけた。元々正体不明のコピー能力が備わっているとは言え、フロントの動きを見て、そのほぼ最終地点の業を習得することは不可能なはずだ。例えるなら、子供のキャッチボールを見てプロ野球選手になることと同じくらい意味不明なことなのだ。
佐々神がやったことは、フロントがやったことより遥かに上だ。フロントは佐々神の作った風に対し、余計な風を入れることで塊という集合体を崩し、ただの風に戻した。だが、佐々神がやったことはフロントの放った巨大な蒼い炎の刃に対し、炎の刃の周囲の空気を空気断絶を利用して断絶したのだ。もちろん、従来の空気断絶とは規模も威力も桁違いだ。おそらく、魔力を込めて威力の増強をしただろうが、あの巨大な炎の刃を包み込み、なおかつ周囲の空気まで根こそぎ持っていくのだ。人間のなせる業とは思えない。
フロントは笑う。
「ッチ! ったく、気持ち悪りぃガキだぜ」
フロントは立ち上がろうとする行為を停止する。
「殺せ。お前の勝ちだ」
フロントは目を閉じた。
梓は目を疑った。巨大な蒼い炎の刃が一瞬で姿を消した。見ているだけで喉が焼けるようにヒリヒリと痛む程の威力の炎が目の前から消えた。消防車を何十台用意してもこれを実行することは不可能だ。何があったのか、さっぱりわからない。
「亮平君、勝ったの?」
思わず声が漏れた。何が起きたかよくわからないが、これを起こせる人間として一番可能性が高いのが佐々神だと判断した。
手に取るように分かるほど実力の差は歴然だった。なぜ勝てたのか。やっぱりわからない。
二人の人影は動かない。お互い意識を保っているのが精いっぱいという状態なのか、全く動かない。
梓は佐々神の安否が気になった。あれほどまでのことをして、果たしてまともな状態だろうか。佐々神の様子を見に行こうとした時、佐々神から光が漏れた。いや、佐々神からではない。佐々神の目の前に魔法陣が出現しただけだ。大丈夫だ。佐々神は無事だ。そう確信した。